観覧車の誓い
市バスがゆっくりと、つづら折りの坂を登っていく。山の頂上部が見えてくると、観覧車その他のアトラクションが見えてきた。
「ふわあ……ホントにネットで見たとおりじゃ……」
窓に張りつくようにして、ゲルダがもらす。ゆうべ、遊園地に連れて行くと聞いてから、タブレットを使ってあれこれ調べたらしい。そんなゲルダをほほえましく見守りながら、タクマの胸にもちょっとしたワクワク感が湧いていたのは内緒だ。
「考えて見ると、遊ぶためだけに、こんなもの作っちゃうなんてスゴイよね」
「私もちょっとドキドキしてきたわ。ふふふっ」
カレンとアリエルも普段より浮かれて見える。先日「ヒドイ目にあった」ゲルダの、埋め合わせというか頑張ったご褒美といおうか、そんな主旨で地元遊園地に行こうと決めたのだが、大人たちも結構楽しそう。
日曜日とあってバスはかなり込んでいた。遊園地もそうだろう。アトラクションの待ち時間がちょっと心配だ。バスが駐車場につくと、乗客はそろって入り口ゲートまで駆けていく。みんな考える事は同じらしい。入り口で一日フリーパスを買って各自首にかけた。
「アレ乗りたい!」
「ゲ、ゲルダちゃん、いきなりコースターはちょっと」
即座に絶叫系を選ぶとは、なかなか豪快である。アリエルは腰が引けていたが、ゲルダの歳では誰かが付きそわなければならない。
「オレが隣に乗るよ。アリエルはパス?」
「ちょ、ちょっとアレは」
「ん、カレンはどうする?」
「え……っと、そのう……」
珍しくカレンの視線が泳いでいる。
「あたしもパス。ああいうのは、やっぱ、子どものモノだろう?」
「……怖いのかえ? シショー」
ゲルダがニンマリ顔で挑発する。シショーと言われて、カレンも顔が厳しくなった。
「んなわけないだろう。うん、乗るよ。乗ってやるって」
「えー……」
むきになってしまったカレンに引きずられて、アリエルも乗る事になった。地上で一人で待ってるのは、さすがにつまらない。
ゴットン、ゴットンと音をたて、車両が坂道を登っていく。アリエルの顔が青い。カレンの胸にも、じわじわと後悔が湧いてくる。あたしらしくもなく、なんであんな挑発に乗っちゃったんだろう。全部あの子のイジワル笑顔が悪い。あれを見るとイジリたくなってしょうがないのだ……
一直線に天に伸びていたレールの先が失せて見える。ゴトンという音と共に頂点に達して……そこからコースターは50度以上の角度で落下を始める。
「きゃぁぁぁぁ~~~~」
「ひえぇぇぇぇ~~~~」
「おおおおお~~~~~」
「あはははは~~~~~」
それぞれの絶叫がハーモニーとなって、秋空に吸い込まれていった。
「あ……ああ……」
「あ……脚が……あるけ……ない……」
「あー、楽しかったのじゃー!」
カレンとアリエルはかなりダメージが大きかった。ベンチに腰掛けて一休みする。タクマもかなりなスリルを味わった。正直、怖かったと言っていい。あたりには同じように青い顔をして休憩している大人たちがいる。地元遊園地、侮り難しである。
「な……なんでこっちの連中は、お金出して怖い目にあおうとするんだい……」
「だらしないのじゃシショー。ドキドキするから楽しいのじゃ!」
コーラを手に一休みの大人たちを、次にいこうとせっつくゲルダ。しょうがない。今日の主役はゲルダだ。
赤毛の幼女は、それから次々と絶叫系マシンを制覇していった。付き添いに乗らざるを得ないタクマもふらふらしてきた。体力のあるなしじゃない。体が危険信号を全力で出している感じだ。頭では、「このゴンドラが地面にぶつかるような事はない」と判っているのだが、ふわりと足元の重力がなくなると、「危険! 危険! 危険!」と体が叫び出す。やはり本能に備わった反応に、逆らえるものではない。
でかいゴンドラがぶんぶん振り回されるアトラクションから降りてくると、メリーゴーランドに乗っていたアリエルが、素人カメラマンに囲まれてフラッシュを浴び、とまどっていた。改めて遠目から見ると、清楚なワンピース姿で白馬の人形に乗るアリエルは、CM用のモデルかと思われるほど決まっている。カレンは売店で生ビールを見つけて、もう飲み出していた。それを見て、カレンが自分の車じゃなくバスを使おうと主張した理由が、ようやくわかったタクマだった。
絶叫系をおおむね制覇して、食堂で昼食にした。コストパフォーマンス的にどうなんだというシロモノだったが、まあそれが観光地値段というものだ。
昼食後は、まったり系のアトラクションに移った。これはアリエルも乗れるので、ゲルダの付き添いを交代する。アリエルから愛用のデジカメを受けとって、二人ではしゃぐ姿を撮りまくるタクマだった。こうしてみると、ゲルダもなかなかアピール度ではポイント高い。あたりの、カメラやビデオを持ってるお父さんらしき人たちが、三々五々、ゲルダとアリエルにレンズを向けていた。
ベンチでだらけているカレンのとなりに座った。飲んでからコーヒーカップに乗ったためか、ちょっと顔が赤い。
「……視線を感じないかい?」
「……ああ。ま、害はないでしょ」
園のあちこちに視線の鋭い従業員がいた。佐田の事もあるので、管理協会かなにかが手を回しているのだろう。……まあ害はない。むしろ、お仕事ご苦労さまです、だ。
古びた建物の前でゲルダの足が止まった。古びた……というか、そういう作りなのだ。
「ここ、何じゃ?」
「ん、オバケ屋敷だね」
「オ、オバケ屋敷?!」
動揺するゲルダ。カレンがめざとくそれに気づいて
「よーし、入ってみよー」
「な、なんじゃ、手をはなすのじゃカレン!」
ゲルダの手を取って歩き出す。タクマとアリエルは苦笑い。
「おやぁ? コワイのかいぃ? 魔王さまともあろう方がぁ?」
「こ、怖いはずなどないではなにか! よかろう、入るぞ皆のモノ!」
カレンが口元を押さえて身もだえている。ゲルダのセリフが「コワイから一緒についてきて」に、脳内変換されているのだろう。さらにポケットに手を入れて、おもちゃの手錠を取り出し、すばやくゲルダの右手につけた。
「な、なんじゃこれは?」
「あたしが作った、魔法封じの道具」
「……なんで、そんなモノをつけるんじゃ」
上目づかいでジト目のゲルダ。小さな肩に手を置き、カレンは諭すように語りかける。
「ゲルダ……ここのアトラクションが、『作り物』だってのはわかっているよね?」
「当たり前であろう。『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体となんら関係はありません』なのじゃ」
「だから、コワイからって出てくるお化けに、魔法を放ったりしたらダメなんだよ? 大けがしちゃうだろ?」
「な、何を言っておるのじゃ。ワラワが作り物にびびって魔法を放つなど。人をバカにするのも大概にせよ」
「じゃ、魔法封じして入っても大丈夫だよね?」
「うっ……」
タクマやアリエルにチラチラ視線を送ってくるゲルダ。二人とも困り顔ながら、「あー、それは仕方ないかも」という内心は一致していた。
「さー、入ろ、入ろ。せっかくのフリーパスだから使い倒さないと」
「ふ、ふん。当然じゃ! こんなモノが怖いはずなど……」
ゲルダの手をとり、ずかずかと入場するカレン。タクマとアリエルも後に続いた。
しばらくして建物からは、「にょあ~~~」「のぉほほほ~~~」「やめぇ~~~」「いやじゃぁぁ~~~」などという悲鳴がこだました……
「う……うう……ひっく……ひっく……」
「あー、面白かった! ドキドキするから面白いよなあ、ゲルダ!」
「ちょっとカレン、大人げなさすぎよ……」
半べそかいているゲルダの肩を抱きさすり、抗議するアリエルの顔も少し青ざめている。うんまあ、地方都市のオバケ屋敷にしては、がんばった内容じゃないでしょうか? そんな感想を抱きながら、タクマは身を寄せあう二人をカメラにおさめた。
売店のドーナッツでゲルダのご機嫌をとる。そろそろ日が陰ってきて、屋外でアイスクリームは遠慮したい季節だった。ゲルダの食べっぷりに、お夕飯食べられなくなるわよとアリエルがなだめる。ふと、そんな風景が当たり前になっている自分たちに気づき、笑みを浮かべるタクマだった。
うろこ雲がオレンジ色に染まりだしてきた。眼下に広がる街の灯火が次第に増えていく──
「最後に、あれ、乗ろうか」
「うん! テッペンはいい眺めであろうな!」
タクマが指さしたのは観覧車。無論ゲルダに異論はない。アリエルも同乗して、カレンは地上で待つという。
ゆっくりと虚空を登っていくゴンドラ。地上の建物はどんどん小さくなっていき、街の灯火とアトラクションのイルミネーションが足元に広がっている。
「……キラキラの景色じゃ……」
ため息をついて、ゲルダがつぶやく。生まれてこの方、見た事もない風景で、他に言葉が見つからなかった。窓ガラスに顔をくっつけるようにして見入っているゲルダを、タクマも微笑みながら観ていたのだが、やんわりと話を切り出した。
「ゲルダ、一度話そうと思っていたんだけど……『こちら』の世界で暮らしていく気はないか?」
ぴくりと肩をふるわせたが、ゲルダは視線を外に向けたまま。アリエルは驚いた顔を上げたが、やがて物思わしげな表情を、ゲルダの背に向けた。
「こちらの世界は……見てのとおり、あっちよりかは殺伐としていない。そりゃまあ、馴染めない所はあるだろうけど、おおむね暮らしやすい世界だと思うよ。身びいきかも知れないけどね……」
「…………」
「お前は魔王って称号にこだわりがあるみたいだけど、それって結局は、自分の人生を他人の手でゆがめられた結果だと思う。こっちの世界で、自分のやりたい事、なりたい自分を探してみるのは……どうだろう? すぐに答えろってんじゃないんだ。ただ、考えてみてくれないかって話で……」
「孤児院から連れ出された時、残された仲間たちはみんな、ワラワたちをにらんでおった……」
タクマの話をさえぎって、語られたゲルダの声は低く、どこか遠くに語りかけているようだった。
「……悲しい、つらい、選ばれたお前が憎い……そんな言葉が聞こえてくるようじゃった……」
「ゲルダちゃん、でも、連れて行かれた先で、あなたはむしろひどい目にあったじゃない。その子たちはそれを知らない。わかりようがない。だから……負い目になんて、思わなくていいのよ」
アリエルが言葉を添える。ゲルダの肩を抱こうとして、なぜかためらって手を引いた。
「……違うのじゃ、アリエル。負い目というのではない……。ただ……あの目を、あんな目をする子たちを、なくしたい……のじゃ」
「…………」
ゲルダの言葉に、胸を突かれた思いのタクマ。この子は……そんな事まで……
「……難しいことなのじゃろう、とは思う。こっちの世界はとても豊かじゃが、それでも貧しい、ひもじい人たちはたくさんいるのであろう? ワラワひとりが、向こうに戻っても、できることはたかが知れておるのじゃろう……。でも……あの子たちとの関わりを捨てて、一人で幸せになるなんて、できない……」
ゲルダは視線をタクマに向けた。
「それに、一人でお腹をすかせておったワラワが、誰か一人を助けられたら、トントンじゃ。二人助けられたら、大もうけじゃ。そうではないか? そこから先は……ずうっともうけっぱなしなのじゃ」
笑顔で語る、遠い夢を。小さな枝を投じて海を埋めようとする、そんな遠い夢を。タクマは、その笑顔に──
「そっか……じゃ、二人でやろう」
「えっ……」
そう、応えた。
ゲルダがきょとんとした顔になる。アリエルはかすかに息をのみ、そしてゆっくりと、柔らかい笑みをタクマに向けた。
「手伝うよ、ゲルダ。イムラーヴァで、一緒に」
「……なぜ……おぬしは……こちらの世界の……」
「だが、イムラーヴァの『勇者』さ。向こうにだって知りあいがたくさんいて、その人たちが悲しかったりつらかったりするのは、やっぱり見過ごせないからな……」
無造作に、タクマはゲルダの手をとった。
「お前もそうだ。もう……他人じゃない。お前が一人で重い荷物を背負うのを、黙って見ているのはイヤだ。二人で背負おう」
「タクマ……」
タクマとゲルダの手に、アリエルが手を添えた。
「三人で、です」
「う、うん、言葉のアヤだ。ずっと、一緒だから」
「ええ、もちろん」
「アリエル……」
ゴンドラは、頂点を過ぎて降りて行く。暮れていく空を背景にして、ゆっくりと──
帰りのバスの中で、ゲルダは早々と眠ってしまった。ゆうべ、楽しみ過ぎてよく眠れなかったらしいと笑うアリエル。丘の上のバス停から、タクマはゲルダを背負って歩く。
「……何かあったの? 観覧車でさ」
カレンにも、三人の雰囲気が変わったのが感じられたらしい。タクマのざっくりとした説明に、ふんふんとうなずいていたが
「もちろん、あたしも数に入ってるんだよね?」
「当然、向こうに帰る方法見つけるのが大前提だし」
「頼りにしてますカレン。ふふふっ」
腰に手を置き、胸をはって言うカレン。「ガキ大将みたい」と思いつつ、ヨイショしてやるタクマとアリエルだった。
日が短くなったなあと思いながら、いつもの帰り道を行く──。アリエルが小さく童謡を歌いだし、タクマもそれに和した。




