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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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承魂者2

「確かアリエルやあたしが次元跳躍してきた時に、協会は魔力反応を拾い出していたけどさ、それって佐田の魔道具が放っていた魔力、拾えてないかね?」

「あー……それはちょっと難しいでしょうー。あの時は飛び抜けた魔力の波だったから検出できたんです。普段はノイズみたいな記録しか残ってないです」


 室生の返事から、管理協会が持っているだろう魔力感知装置は、『ラーヴァの瞳』ほどの能力はないと見当をつけるカレン。


「そっか、残念。一応念のため、佐田がその記録をいじってないか調べておいてね」

「はあなるほど、佐田氏の立場なら記録の改ざんも可能だったかも。了解ですー」


 室生が律儀にメモを取っている。正直期待が持てない線でも、きちんと確認とってつぶしておくのは調査の基本だ。


「あと、佐田蔵人のプロフィールをまとめてくれないかな。出来れば、祖父の代からの一族情報も一緒に」

「あ、それはまとめてありますよー。車に戻ったら渡せますー」


 めぼしい調査を終えた室生とカレンは、現場組を残して一足先に協会の出先研究室に戻ることにした。室生の運転で、来た道を逆になぞる。昼前には某大学に戻れそうだった。


「お昼はどうされますー? 大学の学食も悪くないですよー。量が学生盛りですけどねー、あはは……カレンさん?」


 後部座席でカレンは、渡された佐田のプロフィールを驚愕の表情で凝視していた。


「マジ……? ビンゴ……?」


 佐田蔵人の祖父、佐田冷輝れいてる。一八XX年、五十歳で結婚。翌年、佐田澄人すみとが誕生。澄人が十六歳になった年に、冷輝は死亡。死因は不明。佐田澄人、一九XX年、四十九歳で結婚。翌年、佐田蔵人くろうど誕生。蔵人が十六歳になった年に、澄人は死亡。死因不明……

 それは、自分の子孫に自分の人格を移し替える「禁呪」を行使した者の典型的なパターンだった。


 ◇


 話がイムラーヴァの、それも禁呪に関わる問題と聞いて、室生は安曇野も交えた場での説明を求めた。某官庁の地下会議室。何かのスケジュールを切り上げてきたらしい安曇野と部下たちが、カレンの説明に聞き入っている。


「事は百年以上前にさかのぼる。あたしたちの世界に、かつて存在した小国で、ある宗教教団が『永遠の生を授ける魔法』というのを売りに勢力拡大を図った」

「それはまた……」

「どこでも人間の欲って、同じなんですねー……」


 列席者は安曇野と室生、それから秘書官か研究者っぽい男女が一人ずつ。初めて見る男性職員は丁寧にノートを取っていく。


「あたしはこの魔法を直接は知らない。禁呪扱いになった後、魔法技術に関わる記録も廃棄されたんで、伝わっているのは『結果、どうなったか』という歴史記録だけだ。しかし外形的な事をさらうだけで、かなり非道なシロモノだと知れる。この魔法、自分の血を引く子どもに自分の魂を移し替えて、『承魂』をくり返すことで『永遠に生きられる』と謳った」


 同席者全員が目をむいて固まった。それは本質的に、自分の子どもを生贄にして延命を願うに等しい行為だ。


「哀しいことに、狂信的な連中が一定数いたようで、王国内で大問題になった。国は行為自体が非道なものだと認め、教団の術を禁呪指定した」

「当然です! 信じられない……子どもを、自分の子どもを犠牲にして、そこまで利己的になれるなんて……」


 初見の女性研究員のまっすぐな反応に微笑を返し、カレンは続けた。


「うん、あなたの言うのはもっともだけど、『利己的』というのは、ちょっと違うかもしれない。なぜなら、この魔法は魂を移す施術者側の犠牲も求めるから」

「え、どういう事です?」


 カレンは佐田一族の出生記録を取りだして解説する。


「冷輝氏にせよ、澄人氏にせよ、独身時代が長く続いた後、結婚してまもなく子どもが生まれている。一人で動ける時間が長い方がいいと言わんばかりだ。そして子どもが十六歳になった時に、示し合わせたように死亡している。原因不明になっているが、記録が故意に消されているだけで、理由ははっきりしているよ。『承魂』の儀式の際に、自ら命を絶ったんだ」

「!」


 驚愕の表情を浮かべたのは女性研究員ひとり。安曇野と室生は、むしろ冷ややかな態度を貫き、男性研究員は黙々とノートをつけ続けた。


「……驚くことはないよ。ある意味、当然の帰結さ。魂の移し替えが終わったら、施術者が生きていれば、この世に同じ魂が二つ存在する事になる。承魂の術は、自ら命を絶つまでを含めて一続きのものなんだ。この魔法を行使した連中ってのは、永遠の命のためなら自殺してもかまわないっていう狂信者だったわけ。ま、『私には身を捨てても実現しなければならない理想がー』とか、言っていたとは思うけどね」


 おどけた口調で付け加え、先を続ける。


「まあそんな事情で、教団と王国との関係は悪化した。さらに教団周辺の在家信者たちから、魔法の効果自体を疑う声が上がった。『魂を移し替えた』と主張する子どもが、以前の人物が持っているはずの記憶があやふやで、人格的にもそぐわない行動をとっている、と」

「あらー、それはまた……大体にして、『魂を移し替えた』って事は、どうやったら証明できるんでしょうねー」


 腕組みしてうめく室生に、カレンはうなずきを返す。


「後から考えてみると、そこからして話が怪しいんだよね。例えばある程度の記憶転写に成功して、被術者に『お前は父親になったんだよ』と暗示を与える。それで『魂を移した』と、強弁できないことはない」

「「「うーん……」」」


 出席者のうめき声が重なった。ハモるというほど、きれいではなかったが。


「あたしらの世界にも、魔法管理協会みたいな組織がある。様々な神を信仰する宗派を横断して、魔法技術をできるだけ客観的に評価しようって研究集団だ。くだんの魔法がうたい文句どおりのものなのか、被術者を対象に調査が行われた。結局、記憶の転写は認められたが、転写元──施術者──に較べてあまりに貧弱で、これではとても魂の移植などと呼べないと結論づけられた。『性格・人格』って計測しづらいものは無視して、あくまで『記憶』転写率で判断したってわけだ」

「一応の決着がついたわけですか」

「しかし……教団側を完全に黙らせることはできなかった。あたしたちは、たとえ多少の物忘れはしても、人格的な統一性は保ち続けていると考えるもんじゃない? そこを強調すれば、多少の記憶劣化はあろうが、魂は元の人物そのままだと主張できる。教団は、王国側と対立を深めていって、それはついにクーデターにまで発展した」

「そこまで行っちゃいましたかー!」


 室生の驚きに、うなずき一つ返して、カレンはお茶で喉をうるおした。


「実を言うと、その王国ってのが、先日安曇野さんが見せてくれた銅貨の発行国さ……。クーデターは王国の転覆まで至らなかったが、相応に国力を削いで、その後、他国に併合される遠因となったそうな。

 しかし……そのクーデター騒ぎ、後から歴史の一コマとして眺めても、唐突感がぬぐえないんだよね。なんでそこまでやったんだろう? って。滅亡の遠因と言っても、その時点での戦力差は歴然だったのに。どうも当時の教団支配層が、軒並みその『承魂』を受けたジュニアたちだったそうで、彼らが異様に好戦的だったらしい」

「あ、ちょっと理解できる気がします。『承魂』が否定されたら、彼らのその時点でのアイデンティティも否定されてしまう。それは、耐えがたい事だったのでは……」


 小さく手を挙げて発言する女性研究者は、まだ学生っぽさが抜けていなかった。カレンの顔に小さな笑みがわく。


「確かにそれもあったかもね。また、あたしの魔法の師匠の一人は、こんな見方をしていた。『承魂』がある程度の人格と記憶の転写を行うものだったとして、被術者の元人格を完全に消し去って上書きするものでなければ、被術者の中で二つの人格・記憶の葛藤コンフリクトが起こる、と」

「む……」

「それは……」


 居並ぶ者全員が、「それ」の先に危険な匂いを感じた。


「……あるいは、クーデターを率いた『承魂』者たちは、精神を病んでいた……病まされていた、のかも知れない」


 カレンのしめくくりを受けて、室生がため息をつきながら佐田一族のプロフィールを手に取った。


「イヤな話ですねー……。それが、二重に繰り返されているかも知れないなんて……」

「……ん? 二重って?」


 室生とカレンが呆けた視線を合わせた。


「あ、いえ、だから、冷輝氏から澄人氏に『承魂』が行われ……そこで葛藤コンフリクトが起こって、そして澄人氏から蔵人氏の段階で、さらに葛藤が重ねられる……」

「あ……!」


 言われてみればその通りだ。なぜ気づかなかったんだろう。他者の視線って大事だなあ。そんな事をいまさら思うカレン。しかし……だとすれば、佐田蔵人の精神状態は、劣化コピーを重ねるように二重にかき乱されているわけで……


「今、私、蔵人氏のファナティックな行動は、これで説明できるんでは? と思ったんですが……」

「しめじっち、鋭い! しかし……」

「へんな呼び方、やめて下さいー!」

「気が重くなる指摘だねえ、こりゃ……」


 頭を抱えるカレンたちだった。いまだ佐田が捕まっていない事実が、より不気味に感じられる──

この節、終わり

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