承魂者1
カレンの車で帰ろうとしたタクマ一行に、安曇野は同行したいと申し出た。重ねて相談したい事があると言う。
帰路では、ゲルダはすでにうつらうつらしていて、到着した時にはタクマが背負って寝室に運んだ。
居間でもう一度、タクマたちと安曇野一行が顔を合わせる。
安曇野はおもむろに、テーブルの上に銅貨を置いた。それを目にした志藤家側全員が目を見開く。銅貨の表面に刻まれているのは、紛れもなくイムラーヴァ共通文字。
「本日、佐田蔵人の自宅を捜索して、発見されたものです。我々には、この銅貨に記されている文字が理解できないのですが……あなた方ならば、あるいはと思いまして」
タクマはアリエルとカレンを見渡し、うなずき返されてそれを明かした。
「アリエルとカレンの故郷、イムラーヴァの共通文字です。この銅貨は……オレは見た事ないけど」
「タクマはまあ、知らなくて当然だね。こいつは百年くらい前に、西方諸国連合のあたりで滅びた王国、ベレヴァルトのものだ。結構、レアものだよ」
一時の沈黙の後、
「つまり、佐田蔵人という男は、イムラーヴァからの転移者だと?」
タクマがダイレクトに出した結論に、安曇野は首をひねりながら留保を付け加えた。
「あなた方がそう認めて下さったという事は、彼がイムラーヴァという異世界と、繋がりのある者なのは間違いないでしょう。しかし……彼の来歴を調べた限りでは、出生記録その他、不審な点は見られません。むしろあからさまに怪しいのは、彼の祖父にあたる人物ですね。戸籍記録に、明らかに改ざんされた痕跡がありました」
「……となると、その祖父というのが転移者であって、佐田はその子孫?」
「そう考えるのが自然と思います」
腕組みして吐息を漏らす志藤家側三人。協会の魔法に、イムラーヴァ魔法の起動式が組み込まれていたのは、それが原因か……。一つ疑問は解けたが、更なる疑問が湧いてくる。佐田の祖先が転移者だとして、それは自らのぞんでやった「術」なのか? あるいは事故とか? 佐田が保有していたイムラーヴァ魔法の知識はどれほどのものだったのだろう? タクマたちを拉致して利用しようとした事を考えれば、それほど高度な知識を持っていたとは思えないのだが……
「なあ、お願いなんだけど……その佐田の自宅を漁って得られた資料、あたしにも分析を手伝わせてくれないかな?」
「はい、もちろんです。むしろこちらからお願いしたいくらいですとも。資料も、押収した物のほか……」
「え~と、捜索自体が、完全には終わっていないと報告うけてますー。屋敷と一体になったような、『設備』らしきものも発見されてましてー。残念ながら、既に破壊されているとの事ですがー」
カレンの申し出を即答で受ける安曇野。室生の報告からすると、どこまで成果が上がるかは未知数だが。
「……もしも佐田氏が転移者の子孫なら、こんなやり方をしなくていいのに。イムラーヴァの血筋を引く者どうしで協力し合えれば……」
「ん~、それは相手が意図するところによるねぇ。佐田ってのにとって、イムラーヴァ魔法が出世のための道具でしかなければ、協力しようって申し出ても、貪ることしか眼中にないかもよ」
アリエルのつぶやきを、カレンが軽くたしなめる。考え方の底が性善説だからなあと、妹を見るような表情だった。
とにかく……事がここにいたっては、仮に佐田が協力を申し出ても「はいそうですか」と受けられるわけもない。
「……わたくしは残念ながら、全ての人間が手をとり合えるとは考えない方ですが、それを措いても、佐田氏のやり方は、強引で性急すぎるように思いますねえ。前回の襲撃で地位を追われたのは確かなのですが、時間をおけばいずれ復権可能だと思っていました。それが、外国の軍隊まで引き込むとは……」
「いずれにせよ、佐田を拘束してしゃべらせればよい事です。あの男の内面など、我々が予測してもしかたがありません」
安曇野の疑念に、沢村が体育会系の意見を返す。鉄面皮な男だが、彼もまたハラワタが煮えくりかえっているのだろう。
捜索協力の段取りなど打ち合わせて、管理協会の面々が帰る頃には零時を回っていた。玄関まで三人を見送ったタクマは、ふと思い出して尋ねてみた。
「沢村さん、ちょっと聞きたいんですけど……『火薬不活性』って、爆弾なんかにも有効なんですか?」
「ん? そうだな。携行可能な兵器に使われる爆薬には、おおむね有効だね。破壊工作によく使われるプラスチック爆弾だと、各国軍隊で使用されているもののほとんどに有効なはずだ。先日渡した資料に書いておいたはずだが……」
「……はい、ちゃんと読み直します」
「うむ、では」
軽く脱力のタクマをよそに、協会の三人は帰っていった。
さすがに今日は色々ありすぎた。それぞれの寝室で床に就く三人。
だが……カレンはしばらく寝付けなかった。百年ほど昔、例の銅貨を発行していた王国で起こった事件が脳裏に浮かんできたのだった。それは一種の「宗教内戦」だったと聞く。そしてそれはベレヴァルト王国の国力を削ぎ、周辺国含め、広範囲にわたる「禁呪」さわぎを引きおこした。
(……いかんな。西方史の印象的なエピソードだけど、調査の予断になっては……)
それでもカレンの脳裏から、しばらく禁呪の事が離れなかった。それは一種の「承魂」魔法。自分の子孫に人格を移植して「永遠の生命を得る」ことを謳ったものだった。
◇
「押収文書はこれくらいですね」
「んー……魔法の研究家ってわりには少ないねえ。記述も全て日本語だし。どうだろう? 分析はあんた方がやって、意味不明な箇所が出てきたら、あたしが意見を言うって事で」
「はい、ではそういう形で」
カレンはさっそく管理協会に指定された施設で押収資料の分析を手伝っていた。某大学の歴史研究室である。大学の空いている研究室は、魔術管理協会にとっていい偽装先だという。
残された文書・魔道具は量も少なく、重要度の低いものしかないようだった。おそらく佐田の手によって、あらかじめ持ち出しと処分が行われたのだろう。
「んー、こんなもんか……? よければ屋敷ってやつを見せてもらえないかね」
「やはりあなたの目から見ても重要なものはありませんか……。では、佐田の屋敷に案内しますー」
室生の運転で郊外に車を走らせる。佐田の屋敷は「不便な」と言い切れるほど辺鄙な場所にあった。彼が就いていた役職からすれば、もっとましな場所に家を持てたろうに。
到着して外観を見ると、屋敷はツタに覆われた古い洋館だった。「魔法使い」の家としては似つかわしいかもしれない。、祖父の代から受け継がれてきたものという。カレンが邸内に立ち入ると、外部より明らかに魔素が濃いのに気づいた。これはどうやら、魔力回復施設が設けられている。佐田か祖先か知らないが、自分と同じような事を考えた者がいたようだ。
大まかな調査の結果、主要な施設は地下にあるとアタリをつけた。
「ほう? これはこれは……」
カレンは地階の雑然とした一室に足を踏みいれた。彼女に知るよしもないが、かつて佐田がバルドマギの映像と相対していた場所である。証拠隠滅とおぼしき破壊の跡が生々しいが、見る者が見れば、その用途は隠しようがなかった。
「こいつは通信用の魔道具だよ。以前はあの中央部に映像を投影する部品があったはずさ。水晶球が一般的だね」
「ほほー!? 魔術による遠隔通信ですかー。初めて見ましたー」
服が汚れるのもかまわずに、重々しい構造物の下やら背後やらをのぞき回るカレン。
「残念だが、装置の心臓部は抜かれているね。そいつを調べられれば、通信先の見当がついたんだが……」
「まあ佐田氏としては、残しとくわきゃないですよねー。相手はやっぱ、R国の魔法技術関係者ですかねー」
「む……」
カレンがまっさきに予測した通信相手は、イムラーヴァの何者か、だった。佐田という男が、こちらの魔法にイムラーヴァの起動式を組み込んだという事実。それでいてゲルダを拉致して利用しようとしたという事は、当人は自足できるほど魔法知識を持っていないことを指す。そこから出る推論は、佐田は通信を介してイムラーヴァから魔法技術を得ていたという事。魔法技術の、言わば密輸だ。
こちらの世界にいる誰かが相手なら、科学技術による通信で充分用は足りるだろう。携帯やスマホなど、呆れるほどの通信インフラである。わざわざ使い勝手で劣る魔法道具に頼る意味はない。
しかし……防諜の問題を考慮すると、確かに室生の言う線もあるかもしれない。ネットで読みかじった「エシュロン」だの「プリズム」だのという言葉が脳裏をよぎる。
(イムラーヴァと交信していたのは確かだろうが、R国側と「チャンネル」を使い分けていた線もありうるか……)
推論を胸の内に納めておく。
更に、地下回廊が繋がっていた場所に向かう。鍾乳洞を利用した小部屋があって、天井から光が差し込んでいた。以前は何かが置かれていたらしい棚などがあったが、すでに撤去されたあとだった。……上方から光が差し込むさまが、何となく現地最大宗派の聖堂のように思われる。
「……なんだろう、なにかワケありの場所に思えるけど……」
「そうですねー、棚のところに、以前は何かがあったんでしょうねー」
室生とふたり首をかしげるが、モノが残っていない状態では仕方ない。
残念ながら、探偵小説のような決定的証拠は転がっていなかった。魔力回復方陣が仕込まれているらしい場所の調査をアシスタント役に命じ、カレンと室生は地上への階段を上った。




