表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
46/71

誘拐2

 車の振動に、ゲルダは意識を取り戻した。自分が目隠しされて、後ろ手に手錠をかけられているのに気づく。瞬時、思考を巡らせ、まだ気を失っていることを装った方がいいと判断した。

 意識を広げ、まわりの状態を探る。アリエルとカレンが教えてくれた「気配察知」。魔法を行使するというより、自分自身が魔力の受容体となるようなイメージで……。車は普通乗用車。前に男が二人、後部座席にさらに二人、ゲルダを挟みこむ形で乗っている。

 自分だけが拉致されているという事は、賊の目的は最初から自分だったのだろう。どうする? アリエルと交わした約束は、こいつらに当てはまるのか? 迷い、考えるゲルダ。と、その時、事態は別の方向へ動き出した。


『おい何だ! 後詰めが……』

『……協会の追っ手だ。あれはエンジンの作動を妨害する術。思ったより早かったな……』


 車内の男たちが騒ぎ出した。後方から追っ手が迫っているらしい。タイヤの鳴る音が、かん高く響いた。


(アリエル!)


 追っ手の中に見知った気配を感知し、ゲルダの不安がぬぐったように消え去った。アリエルが助けに来てくれた。すぐ後方に迫っている。


(おのれ……足手まといになってたまるか、なのじゃ!)


 魔力を小さく絞りこみ、手錠にこめる……


 ◇


 沢村が運転する黒のリムジンは、明かなスピード違反だったが、それを止めようとする警察車両はなかった。アリエルの感覚を頼りに、室生がスマホで地図を参照して逃走ルートをわり出す。ゲルダを拉致した連中は高速道にも乗らないで、ひたすら山間部を進む。このまま進めば、裏日本側の海岸線に辿り着くと思われるのだが……


「あれーですよねー?」


 室生が指さした。前方を、黒い車が三台、編隊を組むように走っている。


「……真ん中の車です。そこにゲルダちゃんがいます!」

「前と後ろのは護衛役だな。室生くん、『燃料不活性ガス・イナクティヴ』を。後方の一台は相手をせずに脱落させたい」

「了解ですー」


 沢村は指示とともに、一気に車を加速させた。編隊の後方車は、明らかに進路妨害に出たが


「『燃料不活性ガス・イナクティヴ』ー」


室生の気の抜けた詠唱とともに、がくんと減速した。沢村が見事なハンドルとブレーキのコンビネーションを見せた。タイヤを滑らせながら相手のわきを抜ける。そのまま前方二台を追おうとしたが、彼らも又、減速しだした。分断されるより三台の乗員戦力で戦った方がいいと判断したらしい。車がガードレールすれすれに停車した。前の車から、銃口を伏せたまま、拳銃を構えて黒服の男たちが迫ってくる。


「『火薬不活性パウダー・イナクティヴ』! 室生くん、後方はまかせた!」


 唱えて沢村は車を飛び出した。手に持つのはスタンガン。男たちが銃口を上げ、発射した。


「!? くっ!」


 二の腕に手傷を負わされた。機先を制された沢村は、身を翻して車のドアを盾にする。なぜ奴らの銃は無効化できない?


「『地精の守護(ガード・オブ・ノーム)』! 沢村さん、体の防御力を強化しました。拳銃弾程度なら防げるはずです。それと、あの銃は煙が上がってません!」

「む、そうか!」


 アリエルが使った身体強化魔法と銃の指摘が、混乱しかけた沢村を冷静にした。おそらく連中の使っているのは強力な空気銃だ。魔術管理協会が追っ手になる場合を想定していたのだろう。

 アリエルがポーチから紙の束を取り出した。


「馳せよ、精獣!」


 起動の呪言とともに、前後の黒服たちに向けて放つ。それは見る見る小動物の姿に変わり、駆けだして突っ込んで行った。「こちら側」の世界の符法術を参考に組みあげた、漢字を使った呪符の試作品である。ウサギや犬、猫、小形馬ポニーと、その姿はバラバラで、中にはラクガキとしか思えないような異形の姿も混じっていた。


『な、何だこいつは?!』

『うわぁっ寄るな! チクショウ!』


 男たちの間から混乱した罵り声があがった。拳銃弾が命中しても動物たちはまるで動じない。彼らにじゃれつくかのように跳ね回る。実のところ呪符精獣たちには「紙」の質量しかないため、体当たりしても何のダメージも与えられない。実際の戦闘力は皆無に近いのだが、相手を幻惑するには十分な役割を果たした。


「『治癒ヒール……風精の祝福ブレス・オブ・シルフェ』!」


 アリエルは沢村に治癒をかけ、さらに二人に強化魔法を重ねた。とたんに沢村・室生の目には、敵の動きがスローモーションに見えてきた。


「『ライトニングボルト』!」


 スタンガンから放たれた雷光が、敵を一人、また一人と麻痺・昏倒させていく。敵は相当に訓練された軍人らしかったが、反応速度が違いすぎる。自分を支える身体強化魔法の威力に驚嘆しながら、二人は敵を射ぬき続けた。

 精獣が込められた魔力を使い果たし紙に戻るころには、車外に出た敵はほとんど立っていなかった。アリエルは護身用の杖を持って飛び出した。


「待ちたまえ、君っ!」


 沢村の制止も聴かず、アリエルは走る。目指すのはゲルダが捕らわれている車両。途中立ちふさがった黒服を、目にもとまらぬ杖さばきで打ち伏せた。相応に武術修行をつみ、強化魔法がかかっているのだ。女の細腕といえども特殊部隊隊員に引けを取らない。車まであと五メートル……と、その時、後部ドアが開き、ゲルダを抱えて銃を突きつけた男が現れた。無言で武器を捨てるようにうながす。

 タクマかカレンならば、彼らの目的がゲルダである以上、傷つけるはずがないと見て「やれるもんならやってみろ」ブラフをかけたかも知れない。しかしアリエルにその発想はなかった。表情を引きつらせたまま、杖を投げ捨てる。男が含み笑いをもらして一歩出ようとした時、


「ぐわぁぁぁ!」

「焼けろゲスが!」


ゲルダの雷撃魔法をもろに受けてはじけ飛んだ。はずしていた手錠を捨て、目隠しをむしり取るゲルダ。背後の男に「ざまあ」の視線を投げつける。

 その瞬間、ゲルダは車内の助手席に座る男と目があった。細面の四十男。何か不安定さを感じさせる、異様なまなざし……


「魔族だと? 抜かった!」


 男はかん高いかすれ声でそうもらし、運転手に発進をうながした。タイヤを鳴らして車は逃げ出した。ゲルダを人質にした男が、右手を轢かれて悲鳴をあげる。

 あたりは既に、沢村、室生とアリエルによって制圧されていた。「し、しんど」とつぶやきながら、室生が気絶した連中を拘束し、道の脇に引きずり寄せている。携帯電話で連絡をとる沢村。おそらく逃げた車両の追跡依頼だろう。


「ゲルダちゃん!」


 アリエルが走り寄り、ゲルダを抱きしめた。


「大丈夫? 痛いところない?」

「だ、ダイジョウブ……なのじゃ。……あの、アリエル……」

「どうしたの?」


 やはりどこかにケガを? 不安そうなアリエルの顔を見て、視線をそらしてゲルダが言ったのは


「や……やってしまったのじゃ……魔法を……ごめんなさい……」


黒服相手に使った魔法の詫び。アリエルは苦笑して、もう一度ゲルダを抱きしめた。


「私が言ったのは普通の人たちにって事よ。あなたを傷つけようとする相手に、何を遠慮する事があるもんですか! ……ちょっとだけ、手加減は必要だけど」

「そ、そうじゃな! ロボットサンゲンソクにだって、自分の身を守ることはギムづけられておる。ジエイのためには、当然じゃな!」


 にぱっと、安堵の笑みを浮かべるゲルダ。アリエルはゲルダを抱いたまま、さらさらの赤毛に頬ずりを続けた。


(すりすりすり)

「…………」

(すりすりすりすりすり)

「………………」

(すりすりすりすりすりすりすり)

「……アリエル……いい加減、ウザイのじゃ……」

(が~~~~~ん!)


 ◇


 数時間後、タクマたち一行は、安曇野の要請で某ホテルの一室に集まっていた。夕食はホテルのルームサービスですませた。かなり気合いの入ったフルコース・メニューだった。詫びのつもりもあったのだろう。

 タクマ、アリエル、カレン、あくびしてるゲルダと、安曇野、沢村、室生と、さらに二人、役人風の男が卓を囲んでいた。役人風の一人は白瀬と名乗る軍人ぽい人物、もう一人は小沢と名乗り、高級官僚という印象だった。どちらも年齢は五十台後半か。

 最初に口を開いたのは安曇野だった。


「このたびは、わたしどもの不明により、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。面目ありません」


 深々と頭を下げる安曇野。それに沢村と室生も従い、残り二人は、そのままの姿勢だった。つまり別組織の人間という事だろう。


「しかしながら言い訳させてもらえれば、まさか監視対象者が、組織内の賛同者シンパを放っておいて、他国の軍隊を引き入れるとは……。我々としても想定外の出来事だった」

 頭を下げたままで、沢村の発言。「ソーテーガイ、ソーテガィー♪」とカレンがはやす。気持ちはわかる。想定外という言葉、ちょっと流行りすぎと思われる。


「事件全体で意図されていた構図は……、おそらくカレンさんの推測で間違いないでしょう。管理協会の前理事、佐田蔵人は、ゲルダちゃんを拉致してR国に連行し、そこで魔術研究の材料にしようと考えた」


 安曇野がはっきりその名を口にした事に、一瞬驚いた表情の沢村、室生だったが、特に異議を発することなく姿勢をもどした。


「我々がとった措置で、皆さんは一応、日本国籍を有する身です。それをR国に拉致するには、一度身分を失わせる必要があった。つまり、行方不明者にする必要が……」


 安曇野がため息とともに言葉を切ったのを、小沢が引き継いだ。


「拉致・連行するにあたり、例えばK国のように問答無用でやってかまわんという立場もありうる。しかし、表向きとはいえ、一応スジの通る言い訳を用意しようとしたという事は、R国としては、わが国と、その周辺国との外交関係を完全に断つつもりはなかった、といえるでしょう。現状、我々はそう分析しています」

「とは言え……そのための方策が、あんなマネとは……」


 発言を挟んだ白瀬の口調に、抑えきれない怒りがこもっている。


「ええ……ゲルダちゃんが通っている幼稚園の園児を、まとめてフェリーで沖合に運び、そこで沈没させる……。乗客の数名は遺体が発見されないでしょう。少なくとも、発見されない状況を、不思議ではないと主張できます。そして、ゲルダちゃんはあくまでその事件で行方不明になったのだと主張する……」

「R国内で赤毛の少女が拉致されているという情報が漏れても、あくまで別人と言いつのる、という筋書きでしょうな。浅知恵に思えますが、確実な論破が難しい主張というのは、外交上の武器になり得るものです」

「……あたしも、その可能性に思い至ったときには、まさかと思ったよ。はずれているなら、その方がいいと思った」


 安曇野と小沢に相づちを打つ、カレンの口調がいつになく重い。アリエルが感じていた「悪意」、沢村からもたらされた外国勢力介在の可能性。それらが彼女の中で直観的に結びついた結果だった。しかし……自分がそれに思い至ったことに、軽く自己嫌悪を感じてさえいる。


「ともかく……事件を、一人の犠牲者もなく解決した君らについては、満腔の謝意を表したい。よくやってくれた……」


 今度は白瀬が立ち上がって頭を下げた。率直な人物らしい。


「それで……これ以後は、どうなります?」


 タクマの質問。自分たちの身分とも、事件の成り行きともとれる。


「……佐田蔵人は、魔術管理協会の魔術利用『推進派』の中心人物でした。ですが、今回の事件で、完全に立場を失ったと言ってよいでしょう」

「組織どころか、日本国内にもヤツの居場所はないぞ! 国内に外国の特殊部隊を引き込むとは、外患誘致罪の適用さえ考えられる!」

「それは……ちょっと。彼らの攻撃目標が日本政府の組織か施設かだったら、文句なしですけどね……」


 安曇野のセリフに白瀬が興奮気味に乗っかり、まあまあといった調子で小沢がなだめた。


「手ぬるいなあ。……まあ、法律畑は私の守備範囲外だ。逃亡中の佐田が逮捕されれば、どういう罪状になるか、他の連中が頭をひねってくれるだろうさ。確実なのは、ただでは済まないという事だ。ああ、済ませてなるか……!」

「佐田氏の後ろ盾になっていた連中も、内閣から放逐されるでしょう。ま、ニュースをご覧あれ、といったところですな」


 後ろ盾って、入閣している政治家なのかよ。内心、あぜんとするタクマ。


「うむ……、で、君たちの処遇だが、特に希望がないなら、今まで通りとしたい。無論、我々の警固その他の保護を求められるなら、応じるにやぶさかではないが、それはむしろ望まれないのでは……と思うのだが」

「ええ……出来れば自由に暮らせるのが一番ですね」


 白瀬にタクマが答え、志藤家の面々には異存なかった。いくら待遇が良くても、カゴの中の鳥はごめんだ。


「……取り立てて、我々に『何かやれ』とは求めない、と?」


 カレンの問いに、苦笑気味に小沢が答える。


「まあ……今回の事例で、ざっと見ただけで異常、もとい、異様な現象が多数起こっているからねえ。技術畑の連中には、いきり立ってるのも居るのは認めます。しかし……それを抜きにして、今回君たちがやった事は、相当に大きいメリットを政府にもたらしている。R国特殊部隊隊員の全生け捕りとかね。交渉次第では、R国からかなりの譲歩を引き出せそうだ。端的に言って、君たちは日本政府に『貸し』を作ったといえます。そう……なにがしか、君たちの協力を得たいと思ったとしても、まずは魔術管理協会を通しての話にします。君たちを直接わずらわせる事はしない。それは約束しましょう」


 安曇野もカレンにうなずいて見せた。管理協会が政府諸機関の緩衝役になる、という事か。

 タクマは、モップの先が乗っかった状態で凍結している時限装置を前に、あれこれ悩んでいる技術者を想像し、かすかな同情を覚えた。アリエルは「全生け捕り」の部分でぴくりと頬を引きつらせたが、すまし顔を装った。……実のところ、ゲルダの雷魔法を受けた隊員は、アブなかったのである。アリエルの治癒魔法であの世の縁から戻ってこられたが。


「正直、表だって処理できる事件ではないけど、海外ニュースなども注意して見ていれば、色々と面白い事が見えるかもしれないよ……」


 小沢のそんなセリフを最後に、座は一旦お開きとなった。

この節、終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ