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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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ゲルダの過去

「はっ……はっ……はっ……」

「どうした? もう降参かい?」

「なにを、まだまだなのじゃ!」


 今日も道場の結界内で、ゲルダとカレンの模擬戦が行われている。カレンの防御陣を、ゲルダの魔法が突破できれば勝ちなのだが……未だに一勝もできていない。


「にょ! にゅ! にょ!」


 相変わらずのかけ声で、ゲルダが魔法弾を放つ。


「そらそら、ちょっとはパターンを変えてみたら?」


 余裕でさばいていたカレンだったが


「うにゅう!」


気合いとともに、放たれていた魔法弾が分裂した。そのままラセン起動を描いてカレンに迫る。


「おおっと!」


 驚いた様子でこれをさばいたのだが、さらに重ねられていたフェイントに引っかかった。背後から魔法弾が襲ったのだ。


「おわっ!」

「は、入ったぁ!」


 ゲルダもカレンも驚愕の表情だったが、やがて赤毛の幼女は手放しの笑顔でバンザイし、師匠は一本とられたという苦笑いを浮かべた。


「入ったの? ワラワの勝ちだの?」

「ああ、お前の一本だよ。大したもんだよゲルダ」

「やったあ! やったのじゃー!」


 飛び上がって喜ぶゲルダ。一応のハンデはあったが、よくもこんな幼女が自分から一本とったものだ。カレンの胸にも弟子の成長を喜ぶ思いが湧いたが、やがて複雑な感情に変わっていく。この子は確かに魔法の才能がある。一種の天才といえるかも知れない。このまま成長してったらどうなるやら。そしてそれは、自分と人族にとってどういう結果をもたらすだろう? 正直、そら恐ろしい気がする。

 頭を一つふって考えをたち切った。そんな事はその時考えればいいことだ。人間は、望ましくない未来を回避するために努力することができる。この子となら、どんな形であれ、戦う前に話しあいの機会が持てるはずだ──


 その日の夕ご飯、ゲルダの食欲はいつにも増して旺盛だった。炊きこみご飯を何杯もおかわりして、アリエルを喜ばせた。


 翌日、事故が起こった。ほんの少しのくい違いが重なったために。


 ◇


 昼食後、カレンは自室にあてられた二階の洋間で、腕組みして首をひねっていた。古い物ながらしっかりした作りのデスク上に、ゲルダに植えこまれていた『魔道臓器(仮称)』が置かれている。再調査にかかっていたのだが……進展ははかばかしくない。


「はて、完全に壊れたのかねえ。魔力をかけても反応しないし……」


 まるで反応しないのでは、取っかかりがない。気分転換にと、パソコンが置いてある「遊戯室」に向かう。そして少々ネットに気を取られ──その間、魔道臓器を出しっぱなしだった。

 もう一つの「くい違い」は、その日ゲルダの通っている坂本幼稚園が午前中で終わりだった事。いつもより早くゲルダが帰って来たのである。


「ただいまー!」

「お帰りなさーい、ゲルダちゃん。手を洗ってらっしゃい」

「うん、アリエル、カレンはおるかー?」

「二階にいるはずよ?」

「ようし、一丁もんでやるのじゃ!」


 台所のアリエルと言葉を交わし、二階に向かう。カレンの部屋の扉を、ノックもなしに勢いよく開いた。


「カレンー! 道場で対戦じゃ! 今日もボッコボコにしてやるのじゃ! ……ん?」


 カレンは席を外しているようで、木製デスクの上には、なにやら奇妙なモノが置いてある。……気のせいか、どこかで見たような気がする……

 何の気なしに近づき、手に取ったとたん、それは目覚めた。


「きゃぁぁぁぁー!」


 ゲルダの悲鳴に、カレンは飛び上がった。悲鳴の場所は……あたしの部屋? しまった! 部屋に駆けこむと、階下から飛んできたアリエルがゲルダを抱き上げるところだった。


「ゲルダちゃん! しっかりして、ゲルダちゃん!」

「いやぁ! いやぁぁぁ! やめてぇぇっ! 許してぇぇっ!」


 ゲルダの右手に、魔道臓器が食い込んでいる。まるで触手のようなアストラル体が伸びて、小さな手にからみついている。ゲルダは意識が混乱しているようだった。アリエルがそばにいる事も、わかっていない。


「ちくしょう! まずった!」

「カレン! 外れないの! ゲルダちゃんから、これがはずれないの!」

「取ってぇ! とってぇぇ! お許しくださいバルドマギさまぁっ!」


 手でつかんで引き抜こうとしてもビクともしない。食虫植物が罠に落ちた虫を溶かすように、じわじわと魔道臓器はゲルダの右手に触手をくい込ませていく。


(さっきまでまるで反応なしだったのに、ゲルダが触ると起動した……。何かの認証システムか?)


 カレンは左手をゲルダの右手に合わせ、精神を集中して、自分の魔力をゲルダのそれに偽装してみる。魔力には個人的なゆらぎがあって、それぞれパターンが異なる。指紋ほど厳密に違うものではないが、各人の声ぐらいには違っている。

 呼吸を整えながら、自らの魔力を操作するカレン。と、突然、魔道臓器から伸びる触手がカレンの手に向かいだした。


「あっ……!」

「ビンゴ!」


 カレンの顔に不敵な笑みが浮かぶ。魔道臓器の認証システムは、ある程度魔力パターンが共通すれば、より魔力量が大きい方に向かうらしい。触手が次々と、ゲルダを離れてカレンの手に食い込む。アストラル体のそれは、まだ完全に実体化してはいない。しかし見る者に鳥肌を起こさせる光景だった。


「カレン! それじゃ、カレンが!」

「大丈夫だ、アリエル。それより、ゲルダの介抱を!」


 ゲルダは既に、苦悶の表情で気を失っていた。右手から、最後の触手が離れて、アリエルはゲルダを抱き上げた。

 うぞうぞと手に絡みつく触手をそのままに、カレンは左手をデスクの上にかざし──おもむろに魔力偽装を解く。

 とたんに魔道臓器は作動を停止して、乾いた音をたてて机上に落ちた。



 夕飯も食べずに、ゲルダは眠り続けた。寝苦しそうな表情で、ときどき寝言をもらす。「お腹すいた……寒いよ……」とか「戻るのはいや……」とか、口調からして普段のそれと違っていた。八時を回った頃、アリエルが額の寝汗をふいている時に、ゲルダは目を覚ました。


「……あ……ああ……、だいじょうぶです……、あたしは、だいじょうぶですから……、だから、見捨てないでください……、あそこに、返さないで……」


 言葉の最後は涙声だった。アリエルが、ゲルダの手を取って自分の頬に当て、自分の手をゲルダの額に当てた。


「大丈夫、どこにもやらないわ……。安心して、ここは、タクマの家よ。私たちの家。どこにもやらない……だから、安心していいの……」

「……アリエル?」

「そうよ、私。ここにいるわ。大丈夫、ゲルダちゃん。だいじょうぶ……」


 ゲルダは上半身を起こして、アリエルの胸に顔を埋めた。アリエルは、そのまま小さな肩を抱きしめて、無言でゲルダが落ち着くのを待った。


 居間でカレンが、悄然とした顔でタクマと向かい合っていた。反省しきりの表情である。タクマの表情も暗い。ゲルダに秘密にしていた魔道臓器の件がばれてしまった。あの子になんと説明したものか?

 と、そこにアリエルに手を引かれ、ゲルダが入ってきた。


「ゲルダ、その……」


 立ち上がって語りかける二人を、アリエルはさえぎった。


「お夕飯食べるって。お腹はすいてるっていうから……」

「…………」


 ゲルダは無言でキッチンに入り、用意されていた夕飯を食べ始めた。……いつもどおり、食欲は旺盛そうだった。それをのぞき見て、それほど悪い心証ではないようだと、見当をつける二人。

 食べ終わると、歯を磨いてもう寝ると言うゲルダ。彼女を気遣うようすの三人に、ふり返らずに告げる。


「……思い出した事があるのじゃ。……明日、話すから……」


 そういって自分の寝室に引きあげていった。


 ◇


 翌朝、タクマが朝練に起きだすと、居間のテレビがつけられていた。誰が起きていたのかとあたりを見てみると、道場に続く廊下の縁側に、ゲルダが座っていた。


「おはようゲルダ、今日は早いな」

「……きのう、寝過ぎたから目が覚めてしまったのじゃ……。ちょっと頭、痛い」


 隣に座って一緒に庭を眺める。そろそろ秋の気配が濃くなる頃だ。


「おはよう、ゲルダちゃん」

「ふあぁ~、ほはよおー」


 アリエルとカレンも起きてきた。そのまま縁側に並んで座る。

 ゲルダは、ぷらんぷらんと足をふり、何から話したものか、考えているようすだった。……やがて、ぽつぽつと語り出した。


「ワラワは……孤児院にいたのじゃ……。どこにあった孤児院か、よくはわからぬ。でも、いつも寒くてひもじかったのは、覚えているのじゃ……」

「…………」


「ある日、孤児院に貴族さまがきた。お金か食べ物をくれるかもしれないとオトナに言われて、みんなで並んで出迎えたのじゃ……。貴族さまはバルドマギといって、たいそう肥えておられた。孤児院に来たのはヨウシを迎えるためだという話じゃった。どういう意味か、よくわからなかったが、貴族さまの所に行けば、ひもじい思いをしなくて済むかもしれないと思って、みんなでお願いした。わたしを連れて行ってください、と。……バルドマギ……さまは、ワラワたちみんなに、何かの魔道具に触れるように言った。そうしてワラワを含めて、確か五人が選ばれたのじゃ……。うれしかった……これでひもじい思いをしなくても済むと思った……。でも、選ばれなかったみんなの、悔しそうな顔を見るのは、つらかった……」


 アリエルがみんなに乳酸飲料を配った。それを一口飲んで、ゲルダは続けた。


「バルドマギさまの屋敷にいって……確かに寒くてひもじい事はなくなった。でも、かわりに訓練がはじまったのじゃ。走ったり、腕立て伏せをさせられた。それもキツかったが孤児院よりはましだから、みんな文句も言わずに従っておった。その場をまかされていた者が、『できるだけ土台を作っておく』と言っていたのは覚えておる。そして……どのくらい経ったろう。みなの体が、あばら骨が透けて見えない程度になった時、地下の広い部屋に集められて、『あれ』を植えつけられたのじゃ……」


 ゲルダは自分のヒザを強くつかみ、何かに耐えるようだった。隣に座ったアリエルが、そっと肩を抱き寄せる。……次第にこわばった体がほぐれて、話を再開した。


「怖かった……気持ち悪かった。自分が何かに乗っ取られるようで、やめてくださいと何度も叫んだが、だれも、やめてくれなかった……。仲間の一人が、胸が裂けて倒れたのは覚えておる。それから……よく思い出せない。たぶん、気を失ったのだと思う」

「ゲルダ……もういい。つらい事を、思い出させてしまったな」


 タクマが止めたが、ゲルダは笑顔を向けて来た。……とても天真爛漫とは呼べない、苦い笑みだったが。


「大丈夫なのじゃ。それから先は……そんなに悪いことはなかった。ワラワは魔族の王になるのだとバルドマギさまに言われた。魔法の訓練を受けて、自分がどんどん強くなるのを感じた。魔王としての振るまい方を教えられて、たくさんのオトナがワラワの前にひざまづいた。皆がワラワに従い、もう誰にもひどい目にあわされないで生きていける、そう思った」


 空を見上げ、笑顔で語っていたのだが、表情を曇らせて顔を伏せる。


「……でも……いろんな事を忘れてしまったのじゃな。ゆうべ思い出すまで、全然気づかなかった。いま思えば……あの時より、孤児院から一緒に来た仲間と会ったことがない……。話も聞いておらんな……」

「…………」


 一同、声がなかった。以前、魔道臓器について話しあった時、おだてたか欺したかして装着させたのかと言っていたのだが、それどころではない。これではまるで人体実験だ。消息が知れないという孤児院の仲間は、おそらくもう生きていないのではないか。犠牲が出る事を前提でやったなら、人体実験をとおり越して人身御供とさえ言える。

 そして今までその時の記憶を失っていたという事は、精神魔法で記憶を操作されていたという事だろう。たぶん、強力なものを長期にわたって何度も使われている。戦闘中に支援魔法バフ解除を受けるなどは良くある事なので、そんな時に記憶を取り戻したりしないようにするには、厳重な「処置」が必要だったはずだ。それもまた、危険きわまりない行為だ。被術者の精神を壊しかねない。


「そんなわけだから……ワラワはホントは、マグナスの家名を名のる資格はないのじゃ。親の顔さえ覚えておらん。マグナスが、魔族の英雄の血筋だと、それさえもおぬしらに教えられるまで知らなかった……。滑稽じゃな……このしゃべり方も、何もかもニセモノで……ワラワは……何の価値もない……アイタッ!」


 顔を伏せたままだったゲルダに、カレンがデコピンを一つ入れた。


「価値がないなんていうな。あんたは昨日、あたしから一本とったじゃないか。ウソも冗談もなく言うが、あれが可能な魔法使いはイムラーヴァ全体でも滅多にいないぞ?」

「ゲルダちゃん、人は──魔族も含めてという意味よ? 人は、存在するだけで意味があるの。顔を向けて笑い合って、楽しい、うれしいって思えるのは、その人が『何かができる』からじゃない。それはもう、『生まれてこの世に在る』からだとしか言いようがないわ。何かできるという事に、なにがしかの価値があるとすれば、それは後から努力して変えられる事よ。そしてあなたはそれを続けている。いっぱい勉強して訓練して、食べて遊んで、あなたは昨日のあなたとは、少しずつ違った自分になっている。そうでしょう?」

「……カレン……アリエル……」


 ゲルダの目がうるんでいた。タクマは、頭をかいて


「……オレの言うこと、無くなっちゃったよ……」


とだけ。皆が小さく笑った。

 居間のテレビから、特徴的な音楽が響いてきた。


「あ、ピョンキー……」


 ゲルダが好きな幼児番組である。


「ほら、行きなさい」

「うん!」


 アリエルにうながされ、駆けだすゲルダ。と、立ち止まり


「アリエル……あのな」

「なあに?」


わずかにためらった後、


「ワラワは……孤児院でゲルダと呼ばれていたのじゃ……」


それだけ言うと、居間に走って行った。三人は笑顔で、その後ろ姿を見送った。そうか、ゲルドゥアという名前の方が、後からアレンジされたものだったのか……


「いけない、朝ご飯の支度!」

「今日はコンビニでパンでも買ってこようか?」

「やれやれ……しかし、ひとつ片付いた、ね」


 カレンの言葉にうなずき合う三人。ゲルダが魔道臓器を再び着けたがるなどは杞憂だった。隠し事がひとつ減ったわけだ。そしてあの子も将来の事を、他人に植えこまれた教えからではなく、自分で考えて決めていくだろう。


(あれ? かえって教育の責任が重くなったのかな?)


 タクマの脳裏を、そんな考えがよぎった。

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