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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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朱峰山の遠足

「丘ーを越ーえー行こーぉよー 口ーぶえー吹きつーつー♪」


 ゲルダたちモモ組とナシ組が乗ったバスは、S市の南に位置する丘陵地帯に向かっていた。園児たちはみな、先生に先導されて、著作権の切れた歌を心おきなく歌う。

 今日は坂本幼稚園の、秋遠足である。近場では有名なハイキングコースである朱峰山しゅほうさんでの伝統行事だ。実際、「山」と名前がついているが標高は丘と言っていい。側溝つきの遊歩道が完備されたお手軽コースだ。

 バスから降りると、あたりは一面の深い緑。秋遠足とはいっても、まだ紅葉の季節ではない。平地ではまだセミの声が聞かれるのだが、さすがにここでは絶えていた。空模様も、雨にならない程度に雲があり、運動するにはよい日ごろ。


「はーい、みんな、それでは班にわかれますよー。先生の言うとおりに並んでねー」


 幼稚園の年長組であるモモ・ナシ組は、一列に並んでぞろぞろ歩くのではなく、数名毎の班に分かれて朱峰山頂上広場を目指す。


「やったあ! ゲルダちゃんとだ……えっ……ランドくん……」

「おお、アヤカとランドとか!」

「げっ! ゲルダとぉ?」


 班分けの結果にゲルダは無邪気に喜び、彩佳はとまどい、蘭人は目をむいている。何となく先生の意図が感じられる分け方だった。


「競争するんじゃなくて、ゆっくり景色を楽しむんですよー」


 先生の一言がスタートの合図だった。コースの途中途中に監視役の先生が立って、はぐれる子がいないように目を光らせている。

 登りはじめは、みなにぎやかである。中盤過ぎるあたりから、次第にしゃべっている余裕がなくなっていくものだ。


「これランド、速すぎじゃ。アヤカのことも考えよ」

「けーっ、アヤカ、とろくせーのー。これじゃビリ決定じゃん」

「……ゲルダちゃん、ランドくん、あたしはいいから先に行って……」


 シュンとした彩佳の隣に並び、ゲルダは凄みのある笑みを蘭人に向ける。


「ランド……(にっこり)」

「わ、わかったよぉ……」


 しかし、彩佳はやはり平均よりも足が遅いようで、次第に三人は全体のペースから遅れ始めていた。なんとなく三人に焦りのようなムードが生まれる。「競争じゃない」と先生に言われているが、つい順番を気にしてしまう。先頭を歩いていた蘭人が思い出したようにつぶやいた。


「……あ、そうだ。オレ、頂上への近道知ってるぜ! 前にもここに来たことあるもん!」


 セリフの後半は腕をブンブン回してのアピールである。悪いことにそれが、見張り役の目の届かない場所で、だった──


 ……三人は、歩くごとに草藪の中に分け入っていった。口数少なく歩いて行くが、全員その事実に気づいてはいた。まずい、迷った、と。


「も、もうちょっとだから! もうちょっと行くと、景色のいい所に出て……」

「……それ、さっきも聞いたよ……」

「うっ……」


 蘭人は不安からか、カラ元気をふるって見せる。彩佳は不安を隠そうともしない。ゲルダも……彼女なりに不安を感じていた。


(なぜじゃ? 「気配察知」が働かん……。こんな山ひとつの中なら、同級や先生たちの気配を感じられないはずないのに……)


 アリエルやカレンから教えられた、魔法のパッシブセンサーが、なぜか使えない。まるで自分たちが、魔力結界の中にでも迷い込んでしまったかのようだ。

 いい加減、歩き疲れてしまった所で、お昼ご飯にすることにした。あたりの笹を踏み倒して、座るスペースを作る。


「さーて、オカズはなんじゃろうなー? おおー、ハンバーグじゃ! アリエルのハンバーグは世界一なのじゃ!」

「…………」

「…………」

「おお、アヤカ、おいしそうな卵焼きじゃのう? ワラワのハンバーグと交換せんか?」

「……うん……」

「ランドのお弁当はまたリッチじゃのう! この、ブロックみたいな色違いのモノは何じゃ?」

「……魚のテリーヌ……って言ってた……」

「ランドのお母さまは料理が上手なのじゃのう! 大したものじゃ!」

「……これは、お手伝いのサキさんが作ったやつ……」

「む、そ、そうか」


 二人を励まそうと元気にふるまうゲルダだが、いささか空回り気味である。卵焼きを飲み込んだ彩佳が、しゃくり上げ始めた。


「……ヒック……ヒック……おかあさん……会いたいよ……帰りたいよ……」

「……ごめん……ヒック……オレが……あんなこと、言わなけりゃ……ヒック……」


 何と蘭人も体育座りでしゃくり上げ始めた。意外にも素直に自分の非を謝っている。


「元気を出すのじゃ二人とも! だいじょうぶ、絶対に帰れる! ワラワがみんなを連れて山からおりるから! ワラワを信じるのじゃ!」


 仁王立ちになって断言するゲルダ。二人はびっくりした顔で、ドヤ顔で胸をはる赤毛の幼女を見上げていた。


「さあ、だからちゃんとゴハンを食べるのじゃ! どのみち、もうしばらく歩かねばならんからのう!」


 ゲルダの力強い声に励まされたのか、ようやく二人は泣きやんで、弁当を食べ終えた。そのまましばらくそこに座って休む。

 ゲルダは空を見上げた。すでにうっすらと日が陰りだしている。


(どうする? 確かドラマでは、こういう場合には動かずに救助を待つ、とゆうておったが……)


 その時、ガサリと草を分ける音がした。見ると、そこにいたのは……


「い、イノシシ?!」


 かすれた声で彩佳がつぶやく。蘭人は声がでないようだった。ゲルダはすばやく立ち上がって、二人をかばう形でイノシシと向き合った。

 巨大なイノシシだった。少なくとも園児たちにはそう見えた。微動だにせずこちらを見つめている……

 彩佳、蘭人は、自分たちでは抵抗すらできずに踏みにじられると思ったのだが、目の前に立つ赤毛の同級生が、髪飾りを外して拳銃をかまえるようにイノシシに向けた。わずかにためらった後、


「にょっ!」


力の抜ける声とともに、髪飾りからパチッと音がして、イノシシめがけて電光が走った。ゲルダが使ったのは圧電素子を仕込んだ髪飾り。カレンが用意してくれた「物理法則を加速して」魔法を使う手段である。


「えっ!」

「なっ!」

「にゅっ?!」


 驚愕の声を上げる二人。意外の声を上げたのは一人。髪飾りから走った電光は確かにイノシシを貫いた。がしかし、イノシシは何の痛痒も感じないようにつっ立ったまま。


(なんじゃこいつは? ただの動物ではない?)


 ゲルダが、更に強力な魔法を使うことを決断しかけたとき、イノシシは突然、霞のように消え失せた。


「「「…………」」」


 園児三人、声もない。そのまま、自分たちが見たのが幻だったのかと、固まっていたのだが……


「……あっ……鈴の音……」


 言いつつ彩佳が立ち上がった。耳の後ろに手を添えて、あちこち首をかしげている。


「音? ……そんなの……」


 蘭人には聞こえないようだった。ゲルダも耳を澄ましてみたが、それらしい音は……


「こっち……」


 彩佳がある方向に向かって歩き出した。不思議な思いにとらわれながら、ゲルダと蘭人も後に続く。草をかきわけて歩くうちに


「あ……」

「聞こえるのじゃ……」


二人にも鈴の音が聞こえてきた。もう、迷わず音の方へと三人で急ぐ。と、突然草むらが途切れて、小さな広場に出た。……その中央に、緋袴の巫女装束の女が立っていた。


 シャン……


 巫女が手にする鈴から、音が響く。何だろう……体の中に、しみこんで来るような音色だ。


 シャン……


 三人は女の前に並んだ。女はかすかにほほ笑んで、鈴を振る。


 シャン……


 そうして一方を指さし、語った。


「お行きなさい……」


 三人は示された方向に、顔を向けた。……ゲルダだけが視線をもどして疑問を口にできた。


「おぬしは……何ものじゃ?」


 巫女は、笑みを深くして言葉を継ぐ。


「まずは大切な人たちを安心させてあげなさい。ほら……」


 シャン……シャン……シャン……


 鈴の音に操られるように、三人は歩き出す……


 ふわふわと、まるで夢の中を歩いて行くようだった。しばらくして、三人はハッキリした道に出た。道脇にコンクリート製の側溝が通っている。朱峰山の登山コースだった。

 そのまま、下りと思しき方向に歩いていると


「ゲルダちゃーん……!」

「あっ、アリエル!」


ふもとの方からアリエルが駆けてきた。ブラウスにスカート姿と、運動には向かない服だ。家から急いで駆け付けたことが察せられた。アリエルはゲルダを抱きしめ、それから他の二人も腕の中に抱え込んだ。


「良かった……みんな無事で、本当によかった……」


 涙声でくり返す。ちょっと大げさだと思ったゲルダだったが、ふと思いついて「気配察知」をやってみる。……感じる。アリエルが走って来た方から、幼稚園の先生が登ってくる。丘の反対側のコースに、カレンの気配がある。その他、坂本幼稚園の職員の気配が、あちこちに感じられた。他の園児たちは、もう引き上げた後らしい。


(どういう事じゃ? なぜ今はちゃんと感知できるのじゃろう?)


 ……おそらく、アリエルも今のいままでゲルダたちの気配を察知できなかったのだろうと思い当たった。だから少々取り乱しぎみだったのだ……

 アリエルと一緒に探していたらしい教師がようやく追いついてきた。携帯電話で他の職員に、三人の無事を連絡している。そのまま麓まで歩いて降りた。大丈夫? 歩けないならおぶってあげようか? とアリエルと先生が声をかけたのだが、三人とも不思議と疲れを感じていなかった。訊ねられるままに、近道をしようとコースを外れて道に迷った事を語ったのだが……


「あれ? お昼を食べてから、どうしたんじゃったか……」

「えっと……」

「……どうしたんだっけ?」


 とにかく、歩いて登山コースに戻れたのは確かなのだが、それまでの過程がはっきりしない。三人とも、奇妙に思って記憶をさぐり続けたが、疲れていて覚えていないのだろうと教師にしめくくられた。

 登山口まで戻ってくると、カレンや他の職員たちが待っていた。もう少しで警察に通報する所だったという。なんにせよ、無事でよかったと撤収しようとしていたところに、ものすごい勢いで走ってくるマウンテンバイクが一台。駐車場の砂利を散らして停車した。


「無事か、ゲルダ!」


 連絡がおくれ、予備校からここまで自転車で突っ走ってきたタクマだった。みんな無事に見つかったと聞かされ、脱力しながらも喜んだ。幼稚園の職員は、半ば呆れてマウンテンバイクを見つめていた。S市からここまで、二十キロくらいはあるだろうに。

 すでに空は暗くなっていた。幼稚園の職員と志藤家の面々は、おのおの車に分乗して、朱峰山から引き上げた。


 ◇


 ほんの少し余話が続く。

 家に帰ってから、ゲルダは、迷子になった最中の不思議な出来事を年長三人に語った。気配察知が機能しなかった事。途中での記憶が曖昧な事などを。三人、首をひねって不思議な事があるもんだと思ったのだが、あえて追求しようとは思わなかった。……一人、カレンを除いては。日中ヒマな身で、家事もアリエルにまかせっきりだという状況もあったが。


 翌日、カレンは朱峰山に一人で向かった。気配察知をしながら、登山道を上っていったのだが……途中の記憶がないままに、なぜか登山口の駐車場に戻っていた。

「えっ? 何これ、どういう……」


 夢から覚めたような気分だった。ふと左手を開いてみると、そこに何かの塗料で「図」が描かれていた。

 五つの印が十字型に並んでいる。中央は、凸字様の印。その上下左右に黒点が打たれ、下の点が更に○で囲まれていた。


挿絵(By みてみん)


「……これは……」


 不思議な気分だった。自分は、この図の意味を知っているはずだ。なぜかその確信があった。そして、狐につままれたような体験をしたにも関わらず、「薄気味悪い」気持ちには、全くならなかった。

 カレンは図を紙に書き写し、考え続けた。


(中央の印は、確か城跡を示す図だ。城跡公園なのか? ……二重丸は、おそらくあそこ。この図を与えられた朱峰山の位置だ。あそこはちょうど市街地の南にあたる。となると、他の印は? ……ひょっとして、アリエル、あたし、ゲルダが同じ場所に転移して来たのは、理由があると?)


 何となくだが、それが「転移」に関連した事だと、そう思えたのだ。後にその図は、彼女がイムラーヴァに帰還転移する重大な手がかりとなる。

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