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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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カラオケのお作法

 カタンと音をたてて郵便受けにハガキが落ちる。それを手に取る、待ち構えていた手。貼りあわされていた紙を慎重にはがし……書かれてあった結果を確認する。


「よっしゃー!」


 玄関先でガッツポーズのタクマ。届けられたのは高認合格の通知だった。自己採点の結果、自信はあったものの、これで目標のハードルを一つ越えたことになる。

 居間に入ると、そこでも試験が行われていた。ゲルダの小学校教科卒業試験である。出題はカレン、採点はアリエルの担当。ゲルダ、アリエルにカレンも頭を寄せて、既に採点に入っていた。結果は……


「合格よ、ゲルダちゃん! おめでとう!」

「よっしゃーなのじゃー!」

「大したもんだよ、えらいえらいっ! 特に算数、満点じゃないか!」

「にゅふふふふ~~! やってみたら、けっこう面白かったのじゃー!」


 おお、ここにも合格者がいたか。ゲルダよ、今日はオレたちは同志だな! タクマ、鷹揚な気分で声をかける。


「おめでとう、ゲルダ。頑張ったなあ」

「あら、タクマ、そのハガキって……」


 アリエルがめざとく見つけてくれた。って、これ見よがしに手に持っていれば誰でも気づくか。


「高認の結果が届いたよ。オレも合格だ」

「あら、一段落ね」

「ほー」

「そう? よかったね」


 ……みんなの反応が微妙に薄い。いや、確かにタクマの目標からすれば、一段落ついた程度なのだが。


「いやしかし、ゲルダの算数の上達は正直驚いたよ。あたしは『中学受験』の有名校の問題を一問入れておいたんだけど、それも解いちゃったね」

「あ、そういう問題だったのね! 採点していて、私も一瞬解き方がわからなかったんだけど……。ゲルダちゃんの解答見て、感心しちゃったわ」

「にゅふふふ、もっとほめてもよいぞえ?」

「へえ、そんな問題も入れたのか? どんなのだい?」


 算数の問題用紙を見るタクマ。図形の問題だったのだが……


「……あれ? これは……小学生の算数の段階で解けるのか?」

「ん……そりゃあそうだろ」

「なんじゃタクマ、解けぬのかえ?」


 一見では解き方の見当がつかない。にんまり顔のゲルダに、思わずむきになってしまう。


「え~っと……補助線引いて、この辺の長さをxとして、この辺は1-xになるわけで……」

「え? タクマ、考えすぎというか、いらない知識を持ちこんでるような……」

「xってなんじゃ? ワラワはのう……モガモガ」

「ちょっと待ちなって、家長にがんばらせて見ようよ」


 ゲルダの口を、背後からふさぐカレン。完全に面白がっている。おのれ、小学生の図形問題ごときに! ……ちょっとだけ、受験有名校あなどり難し!

 ウンウン頭を絞るタクマだったが、正答に届かない。アリエルは夕飯の支度にかかりだし、ゲルダ、カレンも脇で囃すのに飽きてきて二人で格闘ゲームを始める。

 ……結局、夕食時間になったので、ゲルダが「種明かし」してタクマの呻吟に終止符をうった。図形の配置を変えて考えればいいだけの話だった。xやらyやらを持ちこんで考えていた自分が切ない。すっかり頭が固くなってしまったのを実感し、落ちこむタクマ。

 夕食はハンバーグにオムライスという、ゲルダへのお祝いメニューだった。最初からメニューは決まっていたようで、アリエルはゲルダの合格を確信していたようだ。


「わあ、このオムレツ、おっきい!」

「ちょっと端っこを削ってごらんなさい?」

「うん……あ、チャーハンが入ってる!」

「正確に言うとチキンライスだけどな。じゃ、ゲルダ、小学校課程卒業おめでとう」

「はい、タクマも高認合格、おめでとう!」

「本試験まで気を抜くんじゃないよ、家長?」


 思いおもいの飲み物で乾杯した。


「うん、オムレツライス、美味しいのじゃ!」

「ふふっ。お代わりも用意してますからね」

「考えて見ると、まんまなネーミングだな、オムライス」

「シンプルが一番ってことだね。覚えておいたら、タクマ?」

「ぐぬぬ」


 夕食が終わっても、何となく浮き立った気持ちがおさまらなくて、タクマはみんなを近所のカラオケBOXに誘った。アリエルは尻込みし、カレンはニュートラル、しかしゲルダが「行ってみたい!」と食いついたので、そろって出かける運びとなった。


 1BOXを一時間だけ借りた。さあ、サクッと盛り上がってサラッと帰ろうと思っていたのだが、みんなの「食いつき」が今ひとつ悪い。一番乗り気だったゲルダも、マイクやモニター周辺の機械に気を取られてオドオドしている。これはお手本を見せてやるべきだなと考えて、タクマ、真っ先にハイテンポな持ち歌を入力。さらに証明を落としてミラーボールを回した。


「ふわ!」

「ええ!」

「なんぞこれ!」


 前奏からノリノリで舞台に上がり、ポーズを決めて歌い出す。


「ティクミー、テイクミー、ユアハート!俺のこの手を取ってくれー! ♪……」

「「「…………」」」


 ちょっとやり過ぎなくらいナルシスティックに決めて歌い終わると、ネイティヴ・イムラーヴァの三人は、むしろ完全に引いていた。


「ちょ……ちょっとタクマ……これが『カラオケ』の作法なの……?」

「と、問おう、それは何かの罰ゲームかと」

「お、おい勇者よ。勇気を使う方向が間違っておろうに……」


 ……カラオケでは「羞恥心」捨てないと盛り上がらないよと伝えたかったのだが、見事にすべってしまった。切ない。

 気を取りなおして三人に、知ってる曲を入れてごらんと勧めたのだが、みな顔を見合わせて遠慮し合っている。しかたないのでタクマが探すことにした。


「えーっと……あったあった、ゲルダ、ピョンキーの歌、うたおうぜ」

「えっ? そんなのが……」


 前奏とともに、番組のサブテーマ曲が流れ出した。


「ピョンキー、ラッキー、ピョンピョンピョン ♪……」

「森や山辺の草原で~♪……」


 次第に緊張がとけて、ゲルダの歌声が大きくなってきた。マイクでエコーがかかった自分の声が、気持ちいいようだ。


「木こりのおじさん、牧師のおじいさん、マルプテ村のゆかいなみんな~♪……」


 途中から完全に一人で歌いきった。みんなで拍手。ゲルダは顔を赤らめながら、けっこう楽しそう。


「アリエル、オレとデュエットどう?」

「えっ……その」


 強引に曲を入れてしまう。某N○Kでしつこいほどかかっている「華は柵」。テレビ視聴時間が長いだけあり、イントロで曲はわかったらしく、緊張しながらもタクマに合わせてきた。

 ぎこちない歌声が、次第に大きくなめらかになる。歌いながらタクマは、自分が初めてカラオケで歌った時の感覚を思い出していた。スピーカーから流れてくる、エコーのかかった自分の声。恥ずかしさが次第に気持ちよさに変わっていったものだ。アリエルもきっと同じに違いない。

 最後の一小節だけ、タクマが裏メロディを歌ってハーモニーに仕立て上げた。みんなで拍手。おじぎで締めるアリエル。恥じらいに頬を染めながらも、ほほ笑んでいた。

 さて次は……


「な、カレン」

「いやいや、遠慮しとく。聞いてるだけで十分だって」

「恥ずかしいのは最初だけで、だんだんキモチよくなっていくから」

「何をいっとるのかね、キミは」


 押し問答しているうちに、ゲルダが次の曲を入れてしまった。おお、まあ今日の主役はゲルダだな。今度はアニメのテーマソングだった。


 それから、おおむねゲルダとタクマが交互に曲を入れて数曲歌った。互いに軽く息を切らして一息入れていたら、アリエルがマイクを取って立ち上がった。しかしカラオケ機に曲は入れていない。


「うるわしきマルデ、月の神。双子のエルドと手を結び、夜空を互いに照らしていく♪……」


 それはイムラーヴァの民謡だった。夜空を交互に通っていく、双子月を讃える歌。なるほど、歌は別に機械の伴奏がなければ歌えないってものではない。人の声ひとつがあればいいんだ。……しっとりしたメロディに、手拍子やタンバリンの手を止めて、聞き入る三人。タクマは初めてこの曲を聴いた時を思い出していた。あれは確か、ロレント、カレン、アリエルと旅に出て、どこかの荒野で野営した時。たき火を囲んでいる時に、アリエルが小さく歌いだし、カレンにうながされて次第に大きく、夜気にしみるような歌声を聞かせてくれた……

 アリエルが歌い終わって、みなが拍手してた時、ちょうどよく部屋の電話が鳴った。延長はなしで切り上げた。


 カラオケBOXを出て家路をたどる。ゲルダは、いつもはオネムの時間なのだが、初のカラオケ体験に軽く興奮しているのか、まだ眠気が起きないようだ。


「あー、面白かったのじゃ! 特にタクマはいいミセモノだったのじゃ!」

「ゲルダちゃん、あれが正しいカラオケなのよ、きっと。私たちが知らないだけで」


 アリエルの弁護が、むしろタクマの心にイタい……


「カレンも今度は歌おうぜ」

「あ、ま、その、そうだね、気に入る曲を探しておくよ」


 何となく目が泳いでいるカレン。


「なんじゃ、カレン。ひょっとしてオンチなのかや?」

「そそそ、そんな事ないって! あたしを誰だと思ってるのさ! 放浪楽士のカレンさまだっての!」


 ……なにかどこかで聞いたようなセリフである。カレンが最後まで歌わなかった理由が、わかったように思うタクマたち。

 夜道を歩き、丘の上のバス停にさしかかると、空には綺麗な満月がかかっていた。


「……相変わらず、落っこちて来そうなお月さまじゃのう……」

「本当ね。大きなお月さま……」


 ちなみに、イムラーヴァにも月はある。地球のものと比べると小さい衛星が二つ。双子月と呼ばれている。現在の地球に知的生命が存在している理由に、大きな衛星があったために地表の環境が安定していたと説明される事があるが、それが正しいなら、知的生命が発生する惑星は、ある程度以上の衛星を持っている可能性が高いと言えようか。


 残暑はまだ厳しいが、月の光に秋の訪れが近いことを感じるタクマだった。

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