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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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科学はどこに行った?

 ゲルダは坂本幼稚園から通常、午後三時頃に帰ってくる。最近はアリエルがバス停まで迎えに出て、一緒に家に戻るのがパターンだった。

 家に帰ってから、一時間ほど小学校教科の勉強である。最近は、アリエルがネットで仕入れてくる「家庭でできる科学実験」が、二人のブームだった。


「はいっ、すりおろしたニンジンに、オキシフルを注ぎまーす……」

「おお、ブツブツ泡が出てきたのじゃ!」

「ここに、火の付いたお線香を入れると……はいっ!」

「おおおお! 燃えたぁ! これが酸素というものかぁ!」


 大受けである。はっきり言って、やって見せながらアリエルも楽しんでいる。


「次に、重曹をこうして熱すると……」

「おお、これも泡が出てきたぞ?」

「これに火の付いたお線香を入れると……今度は」

「あ、パッと消えてしまった! ということは、今度は燃えるのを抑える何かが出ておるのじゃな?」


 この世界の科学文明はスバラシイ。作りあげてきた知識体系・応用技術もすごいが、「実験」という行為が、またすばらしい。「科学」に初めて触れる者たちが、実際に起こる現象を自分の目で確かめられるのだ。やっていて、無条件に面白い。


「ただいまー」

「おお、帰って来たかタクマ! 今日はプリズムというので光を分けてみたのじゃ!」


 予備校から帰って来たタクマに、待ちかまえていたように実験の話をするゲルダ。自分が見たものを誰かに言いたくて仕方ないらしい。そういえばオレも母さんにそんなことをしゃべりたがったな……。ちょっとしんみりとした思い出に浸る。物置を探せば昔の学習雑誌の科学実験フロクが見つかるかもしれない。ゲルダの相手をしながら、そんな事を思い出した。

 見つけたフロクのいくつかは、大好評で、ゲルダの科学熱はますます強まるばかり。


「うおおぉぉっ! すごいのじゃ! もうこれからは科学の時代なのじゃ! 魔法なんか時代遅れなのじゃ!」


 いや、それはどうかと思うけどさ。こっちの世界で、血眼になって魔法技術欲しがってる人もいるんだよ? 思いながらも口には出さないでおくタクマだった。


 ◇


 次の日、タクマが帰ってくると、ゲルダが出迎えに来ない。いや、それはそれでいいんだけど、アリエルも出てこないとは……

 居間の前に来ると、何やら不穏な雰囲気である。ゲルダがアリエルに詰め寄っている。


「……ウソじゃろう? そんな、そんな事が……あるはずがない。そうであろう?」

「ゲルダちゃん……」

「科学は……二人で求めた科学は……どこに行ってしまったのじゃ……のう、アリエル……?」

「そ、それは……」


 何をやってるんだろう? とにかく入ってみるか。──世の中の主人公には、唐突に耳が聞こえなくなる「難聴スキル」持ちがいるが、タクマは言わば「空気難読スキル」持ちである──


「たっだいまー、どうした二人とも、深刻な顔して」

「た、タクマっ、後はお願い!」


 タクマをゲルダの前に押しやって、アリエルはキッチンに逃げ込んだ。


「何なんだよ一体……」

「た、タクマ……」


 向かい合ったゲルダの瞳が潤んでいる。


「ど、どうしたんだよ」

「マイナスイオンって、何じゃ……?」

「ヱ」

「ホメオパシーって、何じゃ……? コラーゲン採って、お肌プルプルって、何なんじゃ……?」

「えと、その、あれだ」


 タクマ、明後日の方向に目を反らし、冷や汗がダラダラと額を伝い落ちる。


「そんなものが、どうして『社会の公器』と言われるメディアで、大手を振って報道されとるのじゃ……? そもそも、報道番組と名のるものが、その最後で星占いを流すのはどういうわけじゃ……タクマ……答えておくれ……この世界は、科学技術を謳っておきながら、なぜこんな科学的根拠のないモノを流しておるんじゃ? ウソか? ウソなのか、タクマ? これらは……みんな……」

「うん、ウソだね。サーセン」

「早すぎじゃろう! 認めるのが!」


 話を聞いてみると、いわゆる「ニセ科学」が大手を振って各種メディアで報じられているのにショックを受けたらしい。


「……信じられないのじゃ! 世の中はウソばかりなのじゃ! 大人はみんな信用できないのじゃ! もうグレてやるのじゃ!」


 タクマ、ぽこっとゲルダの頭にツッコミチョップを入れる。


「うにゅぅ」

「どこでそんな事、覚えた?」

「……五時頃にやってる、昔のアニメで見たのじゃ……」


 まあ、グレてやるは置いといて、ニセ科学が、しかも商品化されてCMバンバン打たれているわけだから、ゲルダの不審も、尤もと言えばもっともだ。

 しかし……説明しづらい。はっきり言い切れば、この社会では明らかなウソが見逃され、半ばサギと言っていい商活動が放置されている。それを認めないわけにはいかない。アリエルが答えづらそうにしていたのも当然か。彼女としては「よそさまの社会体制」を、あしざまには言いたくないだろう。

 だが、やっぱり最初に認めないわけにはいかないな。


「すまん、ゲルダ。オレたちの世界では、こうなんだとしか言いようがない。一応、消費者庁とか、そういった組織があまりに酷いウソは宣伝に使わないよう、監督はしてるんだけどね。事前に『こういう表現は許しませんよ』という通達を出していると、それを言葉巧みにすり抜けて宣伝する連中が絶えないんだ」

「何という事じゃ! それではサギ師を野放しにするのと変わりないではないか! 『振り込め詐欺にご用心』などと△共広告機構が宣伝しておいて、そのすぐ後には名の知れた大企業の☆ラズマ◆ラスター空気清浄機などとCMが流れるとるのじゃ!」


 うん、ぐうの音も出ない。お役所からすれば、サギ師と企業の違いって、税金を取れるかどうかしか違わないんじゃないだろうか。逆いうたら、サギ師がきちんと税金納めたら、取り締まらなくなったりしてな。

 ……あれ? そういえば☆ラズマ◆ラスター言ってた企業って、調子良かったっけ? ふと思ってタブレットで検索してみるタクマ。


「あー、これは……業績悪化してるんだな。はっきりと」

「む、どういうことじゃ?」


 ゲルダが納得できないと言っていた企業が、没落ぎみだと教えた。


「それ見たことか! 天罰てきめんじゃ! ああ、カミサマは天から地上を見ておるのう!」


 満面の笑みで天を仰ぐゲルダに、科学はどこに行ったと言いたくなったが、口をつぐむタクマ。


「つまりさ、ゲルダ。オレたちの社会って、商業活動……店で売られるモノについては、ある意味『裁く』ことを一般のお客さんに任せているんだよ。正しい、納得の出来る製品を作る会社は繁栄して、そうでない会社は没落する。政府のお役所も法律でもって企業を裁くことはするんだけど、それは場合によっては善し悪しなんだ」

「なぜじゃ? 悪いことをした企業はきっちりシメてやるべきじゃろう? ワラワには、『お客さんが裁く』というやり方は、遠回りに過ぎると思えるぞ?」

「それはその……これもまた、オレたちの社会の『恥』になるかもしれないけど、政府の役所ってのが、必ずしも信用できる裁き手じゃないからなんだ。はっきり言って、企業側から金銭を渡して取り締まりを逃れようなんて、そんな事だって起こりうる。そこまで露骨な不正じゃなくても、『お役所に権限を持たせすぎるとロクなことにならない』というのが、ひとつの常識になっているんだ」


 非難してくるかと思ったが、ゲルダは腕組みして考えている。


「うみゅー……そうか、悪代官と越後屋の関係じゃな? 『お代官さま、これでよしなに』『まかせておけ越後屋。ふふふ、わしはこの菓子が大好物でのう』のパターンじゃな? なるほど、○れん坊将軍は現実にはおらんだろうからの……。世の中を健全に保つには、いろんなやり方があるわけか……」


 何とか納得してくれたみたいだ……冷汗三斗ってのはこういうことか。


「自分で考えても、遠回りな方法だと思うよ。今のやり方だって、うまくいっている実感は正直薄い。でも、世の中を『取り締まる』方法ってのは、採点三十点の方法から四十点の方法に変わるような、そんな少しずつの改善なんだと思う」

「まだるっこしいのう……。もっと、こう、スパーっと、悪い奴らを一網打尽にする方法は……」


 無言で顔を見合わせるゲルダとタクマ。唐突にゲルダが顔を伏せた。


「……あるなら自分で考えろって事じゃな。自分で考え出せずに、今ある制度を批判するのは、それは卑怯じゃ……」

「え? いや、卑怯ってことはないと思うけど」

「民草は、グチを言ってもいいのじゃ。じゃがワラワは、自分でよりよい『取り締まり方法』を考えねばならんのじゃ。ワラワは、王なのじゃから……」

「…………」


 意外な所でゲルダは自己完結してしまった。この子はいまだに一応、魔王の自覚を持ってるんだなあ……。今さらながら、そう思う。


「……お話、一段落ついた? お夕飯の準備、できたけど……」


 アリエルがキッチンから顔を出して訊ねる。ゲルダはピョンとソファーから飛びおりて、キッチンに走る。


「今日のおかずは何じゃー?」

「豚肉の冷しゃぶよ、さ、手を洗ってきてね」

「はーい」


 相変わらず食欲には正直なゲルダだった。……王の自覚ってなんだろう……

 マジメに相手しないで、食べ物で釣って逸らせばよかったかなあ。結構、本気でやった問答に疲れたタクマ。そんなズルが脳裏をよぎる。しかしまあ、正面から答えた分「信用」を一つ積んだと思おう……

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