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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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視点:沢村吾郎(魔術管理協会・第二処理部主任)

 携帯に入った連絡は、逃亡していた大杉が捕縛されたというものだった。これで先日、志藤家襲撃に関わった者のうち、逃亡した者全ての確保が終わった事になる──

 尋問室に到着する時間に合わせて、安曇野先生とともに向かう。つまらぬ手間をかけさせられたものだ。佐田蔵人は理事を罷免された後、自宅に引きこもって外部との連絡を一切断っている。つまりは大杉は切りすてられたのだ。そんな状態で逃亡を続けたところで、何ができるというのか。意地を張るだけムダだったものを。

 部屋に入ると、穴が空いたアクリル板の向こうに、入院服に着がえさせられた大杉がいた。やつれているが、目にはまだ意志の光がある。管理協会の拘禁施設は、表向き重度精神病院とカムフラージュされていた。


「これはどうも、安曇野相談役」


 放り出すような言い方で形だけのあいさつをしてくる。俺を無視するという事は、眼中に無いというポーズを示したいわけだ。先生は無表情に彼の向かいに座り、おもむろに語りかけた。


「逃げて済むようなマネだったと思わない事、と警告したはずです」

「ああ、そうだったかな? 最近忘れっぽくなったもんでしてねえ?」


 不遜な調子で返してくる大杉。馬鹿な男だ。佐田にとって、最初から「駒」でしかないというのに。もはや俺が言うべき事はない。全て先生が進め、終わらせる。それだけだ。

 先生は無言でアクリル板を挟んだテーブルの上に、一枚の写真を置いた。何の変哲もない家族写真だが、目にした大杉の顔色が変わる。


「全員を協会の管理下に招待してあります」

「……これが、あんたのやり口かよ!」

「いいえ、あなた方のやり口ですよ? 他者を問答無用で拉致して自分たちの目的のために使役しようとした。それがそのまま自分の家族に降りかかってきただけのこと」

「てめえ……!」


 椅子から立ち上がってアクリル板に手のひらを叩きつける。俺も先生も微動だにしない。こんな反応は飽きるほど見てきた。

 怒りに燃えていた大杉の表情は、次第に冷めて、苦悩の表情に歪んでいく。


「……待ってくれ……話を聞いてくれ。あいつは……あの子たちは、何の関係もないだろう? 処罰するなら、俺だけで十分のはずじゃないか!」

「……十分? 寝言ですね。ひとたび『それ』が起これば、あなた一人の身で償えるようなものではありません。それを何度も教えてきたはずです。にも関わらず、こうした愚挙にでた。償いは当然、あなたとあなたに関わる全ての者にしてもらいます。はっきり言いますが、見せしめになってもらいましょう」


 表情を変えずに、先生は立ち上がり切りすてた。


「あなたが引きおこそうとした『理不尽』を、そのまま味わいなさい」


 そして淡々とその場に背を向けた。俺もその後に続く。


「待ってくれ! そんな……そりゃあねえだろう! 鬼かよ! あんた、鬼かよぉっ! 沢村さん! 頼む! 取りなしてくれよぉぉっ!」


 背後で閉じられた鉄の扉は、悲鳴のような絶叫を完全に遮断した。法治の観点からは「連座制」は不条理かもしれないが、大杉がやろうとした事から言えば、因果応報としか言いようがない。そして事実、「見せしめ」は必要だった。鬼か……。ああ、俺も鬼になるさ。あの光景を、繰りかえさないためならば……


 ◇


 都心からやや離れた場所にある、名の知れた料亭で、俺と安曇野先生は、政権与党のさる代議士と席をともにしていた。


「だいたいね、キミらのようなのを法匪と言うんだ。やれ、あれはできない、あれは触っちゃいけないだの、非生産的極まりない。佐田くんが実用化した魔法の、何分の一かでもお国に貢献した自覚があるのかね?」


 でっぷりとした二重アゴで、高飛車にまくしたてる。佐田のシンパである事を隠そうともしない。


「だいたいにしてだな、魔法技術で他国に遅れをとることがどれほど国益を損ねるか、わかっとるのか? 無論、松代やノブゴロドのような失敗はごめんだが、アツモノにこりてナマスを吹く、というコトワザがあってだな!」


 安曇野先生は黙って資料を差し出した。封筒に「極秘」と印が押されたそれを、相手は怪訝な顔で開いてみる。そうして資料を一瞥したとたん、蒼白になって脂汗をたらし始めた。


「何のマネだ……キミらは、検察にでもなったつもりか?! お門違いもいいところだろう!」

「わたくしは、単に我々の方針を確認していただきたいだけですが。管理協会の問題は管理協会が解決します。先生が協会に対して口を挟んでこられたことの方が、よほど『お門違い』でしょうに」

「……く……キミらは……ワシを脅迫するつもりかね……」

「無論、こんな事は我らの仕事ではありません。余計な仕事を抱えたいとは思いませんとも。しかし、畑違いの干渉を、先にしてきたのはどちらだったか。それを思い出していただきましょうか」


 相手の震え声を、いわおのように冷たく無表情な言葉で返す。資料と安曇野先生と、忙しく視線を動かして、やがて代議士は手元の資料に目を向けたまま動かなくなった。……あと三分といった所か。人が「落ちる」までが読めるようになってきたのは、善し悪しだな……


 ◇


 安曇野和代は魔術管理協会における「抑制派」の重鎮とされている。目的のためなら手段を選ばぬともっぱら噂され、死刑執行人のように怖れられている。……ほとんどは、彼女自身が選んで流したイメージなのだが。それでも組織内で合議された方針外の「逸脱」に対しては、徹底した措置を講ずるのだから、あながち間違ったイメージとは言えまい。

 彼女の近くで勤めるようになってから、時折、昔の写真を眺めているのに出くわした事がある。今では半ば伝説化している、S大逸失文明研究室のチーム写真。若かった頃の彼女は、美しく迷いのない表情で、その写真に収まっていた……

 おそらく、彼女の人間的な心は、あの事故の際に剥落し、その時の中に置き去られてきたのだろう。


 俺もまた、目の前で起こった光景に、囚われ続けている人間と言えるかもしれない。


 魔法技術による空間変性事故は、決して松代で起こったものだけではない。軽度なものでは十件近くを数え、重度なものでは、五十年前の「松代」と、二十年ほど前にR国ノブゴロド村の研究所で起こった事故が挙げられる。俺は、当時の日本側代表団付きの武官としてR国に赴き、その事故を目の当たりにすることになった……。悲鳴と怒号が飛び交う混乱の中、研究所職員の背後に督戦隊を置く事までして、空変事故は辛うじて収束を見た。文字通り膏血を絞るような人海戦術だったが、それでさえも松代の前例があっただけ、まだましな収束手順だったという。

 そうして俺は、自衛隊から魔術管理協会へと、生きる道筋を変えた……


 ◇


 部下から提出されていた人物ファイルに目を通し、チェックする。現状、佐田の息がかかっていた者たちに、打てる手段は打ち終えたといえよう。相手が人間である以上、必ず反動は起きるだろうが。

 その日の職務をほぼ終えて、半ば習慣となっている研究棟の巡回をしていると、就業時間を過ぎているのに明かりが付いたままの研究室があった。……また彼女か。

 入ってみると、窓から見える研究スペースは、カレン女史から提供された空間結界に包まれていた。モニターを食い入るように眺めているのは、室生占地分析主任。優秀な研究者ではあるが、その優秀さが悪い方に出なければいいのだがと、年来懸念を持っている。


「あ、沢村チーフ、お疲れさまですー」

「……ああ、君もな。最近、少々働き過ぎじゃないかね?」

「だって、こんな設備を手に入れたんですよー。今までやりたくてもできなかった実験が、山ほどあるんですー」

「……」


 嬉しそうに分厚い実験計画書を広げてみせる。申請を出して許可されたものだと示す意味もあったのだろう。

 しかし何で彼女が、管理協会のなかで「抑制派」に属しているのだろう? 明確に「抑制派」と「推進派」があるわけではないので、あるいは「安曇野派」と言うべきか……。一度聞いたところによると、佐田蔵人を中心とした集団は、彼女の目には一種の宗教じみた集団に映り、好きになれなかったというが……


「室生くん、一度忠告しようと思っていたんだが……研究熱心は長所に違いないが、あるいは安曇野先生との関係が悪くならないか、その点に不安を感じるよ」

「えー? 安曇野相談役の懸念は、あくまで空変事故を起こさない事でしょう? 魔術の研究自体を禁止しようって考えじゃないと思いますよー?」

「それは……そうなんだろうが……」


 人の感情が、それほど簡単に割りきれるものだろうか? しかし想像してみると、安曇野先生においては、YESともNOとも、どちらもありそうに思えて判然としない。普段の彼女は、まるで感情を失っているかのようで、理性的な判断だけで動いているように見える。しかし時折のぞかせる彼女の素顔は、古い記憶にとらわれた強烈な情念を感じさせるもので、合理の外にあるようにも思われるのだ。


 てきぱきとノートをまとめている室生くんに、それ以上かける言葉が思いつかず、俺は静かに研究室を出た。


(この国の魔術研究は、どんな形になっていくのだろう……)


 人気のない研究棟を歩くうちに、そんな思いが湧いてきた。日々巻き起こる雑事を処理するだけで手一杯といった、近頃の毎日だったが、その向こうにあるはずの「将来の形」を、久しぶりに考える。エネルギー問題、食糧危機、温暖化対策……。人類に突きつけられた難題は数多く、それらの解決のため、わずかでも手がかりになるのなら、科学だろうが魔法だろうがかまわない。そんな悲鳴の幻聴が聞こえてくるような気がする。今、我々の手にない知識・技術を求める事は、あるいは義務と呼ぶべきなのだろうか……

 ふと、一軒の民家に身を寄せてる「来訪者」たちの姿が脳裏をよぎった。


(……善かれ悪しかれ、彼らは「これからの魔術」を、大きく変えてしまうだろうな……)


 彼らとのつながりは、現在までは友好的で有益だったと言える。しかし、これからもそうあり続ける保証は、ない。もしもそれが必要になれば、彼らに対しても非情に徹しなければなるまい。胸の中に鍵をかけるように、その考えを封じ込め、人気のない回廊を辿っていった。

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