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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
30/71

ゲルダの入園1

「ただいまー」

「はーい、お帰りなさーい」


 予備校から帰ったタクマを、真っ先にアリエルが迎えた。いつもより長めのキスを交わす。


「…………ふぅ……ね、タクマ? これから揚げ物にかかるから、ちょっと手が離せないの。道場にカレンとゲルダちゃんを呼びに行ってくれない?」

「ん、OK」


 キスが長めだったのは、それが理由かとプチ納得のタクマ。二人に邪魔されない確信があったわけだ。

 道場に行き、引き戸を開ける。魔力結界は外側から見ると、素材不明な白い壁に見える。手を当てて認証呪言を唱えながら、中にふみ入るタクマ。


 バチヂッ!


「おおっと!」


 入った瞬間、小さな電光が身をかすめ、タクマは大きめのマージンをとって避けた。服に穴が開いたらたまらない。


「小さく、小さく、絞りこんで! 次は八連射いくよ!」

「はっ……はっ……いつまでチマチマした術をやらせるんじゃー!」


 カレンとゲルダは修行の真っ最中だった。もう実際に魔法を放って練習しているのかと、驚くタクマ。精神統一から始めて四~五日ほどしか経っていないのだが。


「ほいっ、一、二、三、四……」

「にょ! にゅ! にょ! にょ!」


 かけ声は脱力ものだが、ゲルダは小さく収束させた雷魔法を放って、カレンの投じた的を射貫いていく。一つ一つの魔力量がそろい、狙いも正確になってきた。


「よーし、よくやった! 全弾命中だ!」

「ふぅーう……これしきのこと……ワラワなら当然じゃ……」

「へっへっへっ、よく言うよ……おっ、タクマ」


 ようやくタクマに気づく二人。ゲルダは息を弾ませ、額から汗をたらしている。相応にハードだったらしい。


「そろそろ切りあげ時だよ」

「おう、ちょうどいい区切りだな。ゲルダー、一緒に一風呂浴びようぜー」

「えー?! カ、カレンは荒っぽいからイヤなのじゃ……」


 カレンに拘束されるみたいに抱き寄せられ、ゲルダは困惑顔。


「一緒に入れば風呂が早く空くだろ。頭洗ってやるからさ」

「カレンにシャンプーされると、目に染みるのじゃー!」


 そのまま風呂場に連行されていった。アリエルほどではないが、カレンもずいぶんゲルダに構うようになってきたものだ。


 夕食は天ぷらだった。さっくりとした衣ぐあいは、家庭料理としてはなかなかの高レベル。自分で料理するようになって三カ月足らずというのに、アリエルの上達ぶりは大したものである。

 しかし……サラダ油で揚げた天ぷらに「このゴマ油の香ばしさ」だの、キス天食べて「なんちゅうもんを食べさせてくれるんや」などというセリフが食卓を飛び交い、タクマは心を鬼にして○味しんぼ禁止令を公布した。


 夕飯が済むと、皆、居間ですごす。決めるともなしにそういう流れができていた。アリエルはタブレットで家計簿をつけ、ゲルダとカレンはTVゲーム。タクマはざっくりと復習・予習を済ませる。八時をまわるころには、ゲルダがうつらうつらしだして寝床に入る。


 それからが年長組の、いわばミーティング時間である。


「カレン、ゲルダの魔力コントロールの進み具合は?」

「ああ、もう『抑制』コントロールについては合格点だしていいと思う。正直驚いているよ。ひいき目なしに見て、あの子は魔法の才能があると思うぜ」

「へえ……」


 先のことを考えると複雑な思いも湧くが、ともかく目の前の課題は順調にクリアされている。


「じゃあ、そろそろゲルダちゃんの幼稚園か保育園、検討してもいいかしら?」

「む……そうだな。一応確認しておくけど、『他の園児とケンカした』ってのは、一回や二回は覚悟しとこうな」

「りょ、了解です」

「あはは、まあ避けられないだろうねえ」


 缶ビール片手に笑うカレンを見て、タクマは眉根を寄せて宣告する。


「何、余裕ぶっこいてんの? あの子が問題起こしたら、母親役として頭を下げに行ってもらうのカレンになるよ?」

「え……」


 一瞬の間をおき


「「ええ~~~~~っ!!」」


カレンと、なぜかアリエルの驚愕がハーモニー。


「え、何で、どうして? あの子の母親役、アリエルの役どころだろ?!」

「あ、あたし、カレンにゲルダちゃん取られちゃうの……?」

「落ち着け、二人とも冷静に、レーセーに、なろーね」


 特にアリエル、本気でゲルダを自分の子どもっぽく捉えていたみたいで、ちょっと引く。

 タクマの説明はざっくり言うと、このメンバーで、公的に母親役というか保護者役を担えるのはカレンしかいないというものだった。


「さすがに二十歳なってないオレたちじゃ、保護者役はムリだって。この国では、成人年齢は二十歳なんだから」


 イムラーヴァにおいては十六歳が一般的成人年齢である。十八、十九で子持ちというのも珍しくはない。しかし、冷静に考えてみるとイムラーヴァにおいてさえ、例えば十九歳で五歳児の親を名のるのはムリがある。ましてやこっちの世界では……


「うーん……適性を抜きにしても、年齢条件がそうなっているんじゃ、カレンにまかせるしかない……のね。はあ……」


 なにげにアリエルのセリフがひどい。


「そうそう、この中じゃカレンだけがアラサーなんだから……いでででででで!」

「あ、あたしはまだ二十五なのに、その言い方はすっごく、身震いするほど、腹が立つ!」


 カレンに梅干しされるタクマ。ちょっと、かなり、本気で痛い。

 ともかく、ゲルダを保育施設にあずけてみる事は決定した。シーズン外れの申し込みだったが、運よく転入者用の特別枠を設けている幼稚園が見つかった。バスで十分ほどの距離にあり、坂本幼稚園という。申し込みに際して、カレンが母親という設定は本人の強硬な反対を受けて、友人の子どもを預かっている保護者ということにした。そして魔族の特徴である瞳の虹彩の形を「そういう特別な例」と事前に説明しておいた。注意しなければ気づく者はほとんどいないだろうが、転ばぬ先の杖、予防線をはっておいてソンはない。


 ◇


 小高い丘の上にあるバス停。そこに園児服を着た幼児たちと、見送りに来た母親たちが集まっていた。五組ほどのペアの中に、鮮やかな赤毛の子と一八〇センチ近い長身の保護者という、ひときわ目立つ二人連れが混じっている。


「あらー、今日がはじめてなんですかー?」

「ええ、そうなんですよー。本当はこの子の両親も一緒に来日する予定だったんですが……予定が狂ってしまって」

「あらあら、特別枠が残っていて幸いでしたわね」

「…………」


 カレンは如才なくあたりの奥様と話を合わせるが、ゲルダは結構緊張しているらしく、終始無言のままである。他の子たちも、ゲルダの鮮やかな赤毛に興味津々のようすだが、親の前だからか、近寄ってこようとしない。

 坂の下からボディにキャラクターがペイントされたバスがやってくる。停車して開いたドアから、次々子どもたちは乗りこんでいく。ステップを超えられない小さい子は、職員らしいおばさんが手を貸して登らせた。ゲルダは一人で乗りこんだ。ちょっと振り向き、カレンに向けた顔が得意そう。カレンの顔にも、思わず笑みが浮かぶ。

 発進したバスに軽く手を振って、近所の奥様方の話に、適当に相づちをうちながら帰路につく。カレンの頭のなかでは、(申し訳ありません、全部ウチの子が悪いんです!)だの(初めての日本の幼稚園で、右も左もわからなかったのです。どうかお許しを!)だのと、シミュレーションが続いていた。



 意外というか、入園初日、特に問題も起こさずにゲルダは帰ってきた。バス停でアリエルに迎えられ、家の敷居をまたぐと、とたんに緊張がとけたのか


「うにゅ~~……疲れたのじゃ……」


ため息とともにもらすゲルダ。居間に入ってソファに身をあずけた。アリエルにうながされて、園児服を着替えてからオヤツのイチゴ大福をほおばる。ちなみに、カレンはこの時間、自動車学校に行っていた。


「……ね? どうだった? ゲルダちゃん?」

「ん~~~……」


 アリエルもネットで「あれこれ詮索しない方がいい」とか「子どもの自主性を信じて干渉しすぎない」とかの言葉は頭につめ込んでいる。しかし、それで泰然としていられるほど人生経験をつんでいない。


「……やたらと髪を触られたのじゃ……。引っ張るくらいのヤツもいて、ちょっと痛かったのじゃ」

「うくっ!」

(わ、私が丁寧に洗いあげて、ブラッシングしてきて……世の中に赤毛と言われる髪の毛で、ここまで艶やかでサラサラの芸術品はまたとあろうか。いや、ない〔反語〕。それを、無遠慮に触ったうえに、痛いと感じるまで引っ張るなんて……っ)


 アリエルの胸に、滅多に起きない怒りが湧く。落ち着け、おちつけと自分に言い聞かせる。


「それでのう……オトコで一人、妙に乱暴なヤツがおってのう……。特定の女の子をやたら叩いたりするんじゃが、この、叩かれてる子がどうしたわけか、自分ではっきり『イヤじゃ』と言わないのじゃ……。あれは見ていて、腹立たしかったのじゃ……」

「……そう……ゲルダちゃんは、どうしたらいいと思う?」

「……難しい所なのじゃ……新参者のワラワが注意しても、やめてくれるかどうか、わからないのじゃ」

「そうね、私もそう思うわ。そこはやはり、先生に話して、注意してもらったほうがいいと思うわ」


 事がゲルダ個人から離れると、いたって理性的に判断できるアリエルだった。ゲルダは難しい顔で考えこみ、


「……それって密告チクる事にならんか?」


 ああ、いけない。幼稚園に行く前に、テレビで偏った社会学習をさせてしまった。ゲルダのセリフに、後悔しきりのアリエル。


「ゲルダちゃんも、自分で言っては効果がないと思うでしょう? それに幼稚園の先生は、そういった事がお仕事なわけだから……」

「……うん、そうじゃな」


 とりあえず、タクマたちが帰ってくる前に一応の聞き取りを終えたアリエルだった。


 その日も、ゲルダが就寝してから「ミーティング」が行われたのだが、アリエルの報告を聞いて、初日にしてはまずまずのスタートだったと締めくくられた。

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