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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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物理と魔法2

「さて、それではやってみましょうかー」


 室生が妙なことを言い出した。タクマとカレンに彼らの使う短杖を渡す。よく見てみると、確かに○ャッカマン。ガス噴出口と点火引き金がついている。


「あの、あなた方が使う魔法を教えてくれるわけですか?」


 相手の意図を計りかねるタクマ。自らの手口をさらすとは、そこまでオレたちを信用しているのか?


「異世界の魔法を使われるよりー、そっちの方が安全だという安曇野相談役の判断ですー。例えて言えば、絶対にSXXするなって教えるよりもー、コXXーXの使い方を教えた方が結果的にー〈自主規制〉」

「はいはい、ありがたくご教示されちゃいます。どうぞ」


 室生が数回見本を見せて、カレンがやってみる事になった。


「自分の魔力で引き起こそうとするんじゃなくてー、あくまでライターの炎を加速・増大させるつもりでー」

「加速・増大ね、はいはい……」


 短い起動呪言を唱え、ライターのスイッチを押す。と、人の背丈ほどもある巨大な火球が放たれ、結界壁面に炸裂して消滅した。


「えうぅ!?」

「……へー、こりゃすごいね。えらい効率のよさだ」


 驚愕に口を大開きにした室生と、びっくり顔のカレン。


「じゃ、オレやってみるね」


 ゴゥオッ!


 次に試したタクマが放ったのは、火球をとおり越して炎の奔流。室生は思わず頭を手で覆い、沢村も反射的に片足を引き半身になった。


「ちょっと範囲の絞りこみが甘いんじゃない?」

「ん、加減がわからなかった」

「な、なんですか、これ……」


 平然とアドバイスなど交わす二人に対し、協会のインストラクターは顔色が悪い。

 スタンガンを使ったものなど、いくつかの魔法を試したが、明らかに「物理現象を加速させる」魔法は効率がよく、また、タクマとカレンの魔法の威力は協会側の術者をはるかに上回っていた。

 肩を落としてため息をつく室生。


「はーあ……今日初めて使う術で、これですか……。自信なくすなあ……。やっぱり『魔法が常識』の世界から来た人は違うって事ですかねー……」


 おそらくイムラーヴァから来た人間というより、個人的魔法力の違いだろう。イムラーヴァの中においても、二人は並みの魔法使いと隔絶した存在である。


「……なあ……」

「うん……」


 カレンとタクマは微妙な表情で目くばせをしている。


「……どうかしましたか?」

「いえ、何も……」


 沢村の問いに、表情を殺して答えるタクマ。


「……それでは、私は『物理現象を減速させる』魔法の典型を、お見せしましょう。室生くん」

「はいー」


 沢村にうながされ、室生が取り出したのは小型の回転拳銃。カレンが片眉を上げる


「へえ、あんた方、そういう物を持ち歩けるんだね」

「入ってるのは空砲ですけどー」


 バン!


 銃口を沢村に向けたまま、実演して見せる室生。閉めきった道場の中に、かなり音が響いた。


火薬不活性パウダー・イナクティヴ!」


 沢村の詠唱とともに、空間に魔力の波が走ったのが感じられた。それを受けて、さらに引き金をひく室生。カチッ、カチッっと撃鉄だけが鳴る。タクマは一度目にしているが、カレンには初見である。興味津々で拳銃に見いった。


「へえ、火薬を湿せちゃうとか?」

「……まあ、そう考えてもいいでしょう。火薬の化学反応を減速・阻害する魔法です。効果範囲は二~三十メートル、有効時間は三十分ほどでしょうか。これが使えない者は、管理協会では『戦える魔法使い』とは扱いません。そういう者は結局、自分も銃器に頼ることになりますから」

「へー、有効時間を過ぎると?」

「当然、火薬は燃焼性を取りもどします。『火薬活性パウダー・アクティヴ』……」


 沢村の逆魔法を受け、引き金をひく室生。轟音とともに閃光と硝煙が上がった。


「……うー……あんまり、得意じゃないんですよー……」


 室生は、目を白黒させて耳をほじっている。


「『物理現象の加速、減速』という条件が、ご理解いただけたでしょうか?」


 無表情ながら、どこかドヤ顔っぽい沢村に、タクマとカレンはうなずいた。彼らの意図がどの辺にあるのか不明だが、有益な情報を与えてくれたのは確かだった。

 協会の使者とカレンが互いの魔法資料を交換し、その日はお開きという事になった。一応お茶を勧めたのだが、急ぐからと辞退して二人は帰っていった。


 彼らが帰ったあと、タクマとカレンは顔を見あわせ、つぶやいた。


「なあ、あれ……」

「うん……どう見ても……イムラーヴァの魔法『小火閃ファイアショット』の起動式が含まれている……」


 どういう事だ? 彼らの背後にイムラーヴァ魔法を知っている者がいる? 疑い、迷う二人だった。


 ◇


 魔術管理協会、安曇野の執務室にて。

 沢村から渡された、空間結界魔法の資料に目を通す安曇野。


「ふう……なんて事。こんな魔法技術を託されるとは……。これではどちらが推進派かわかりませんね」

「先生のお気持ちはわかりますが、これは『空間変性』を防ぎながら魔法の研究を可能にします。魔法技術における『グローブボックス』と言えるでしょう」

「ええ……確かに、危険を避けるために使えるでしょうが……」


 安全に研究を進められるという事は、その推進を促すという事でもある。その矛盾に、安曇野は言葉につまる。……わずかな沈黙の後


「で、佐田氏の魔法について、彼らは何か?」

「具体的には何も。ですが……何か感じて、それを隠しているような印象を受けました」

「そう……ですか。全てを明かしてはくれないようですか。無理もない。彼らの信頼を得るには、まだ早い……か」


 椅子を立ち、窓際まで歩み寄る安曇野。


「待ちましょう、もう少し。わたくしに……時間があればいいのですが……」


 ◇


「タクマたちばっかり、ずるいのじゃー! ワラワももっと魔力が欲しいー!」


 居間の床に寝転んでジタバタするゲルダ。見おろして困り顔のタクマとアリエル。絵に描いて額に入れたようなダダっ子の図である。ああ……まあこうなるよなあ。予想すべきだった。自分の短慮を反省するタクマ。しかしどうしたものか……。腕組みして首をかしげる彼に、カレンが声をかける。


「そんなに悩むなよ大将。いずれやらなきゃならない事なんだからさ。あたしがゲルダに魔力コントロールを仕込むから」

「仕込む……って」


 驚いてカレンを見るタクマだったが


「そうよねえ……魔力の細かいコントロールを覚えて、暴発させないようにしないと、ゲルダちゃんを街中にも連れ出せないわ」


吐息をつきながらのアリエルの言葉。どうやらそれは彼女にとって既定路線だったようだ。タクマとしてはゲルダに翻訳腕輪の必要量以上に魔力を与える気はなかったのだが、考えて見れば、いつまでも彼女の魔力量を管理しておけるわけもない。室生の言うところの『絶対にSXXするなって教えるよりもー、コXXーXの使い方を教えた方が』だろう。完全に遮断するより、コントロールの仕方を教えるべきか。


「……そうだな、そうしよう。頼めるかカレン」


 事、魔法の使い方に関する限り、タクマもアリエルも彼女にはかなわない。適任だろう。


「まかせておきなって。というわけでゲルダ、今日からあたしがあんたの先生役だ」

「先生じゃと? 何じゃ、また、いろいろ覚えなければならんというのか?」


 アヒル座りでふくれ面の幼女。


「今のままじゃ一定以上の魔力は与えられないね。きちんと魔法を起動させて、魔力を保持して、狙った場所に意図した強さであてる。それができて初めて、魔力を持つ資格があるのさ。この間みたいに、話している最中に魔力を散らしてしまうようじゃ落第だね」

「ぐにゅにゅにゅにゅ……」


 歯がみしながら葛藤してたゲルダだったが、何かに気づいたようで、上目づかいで三人を見渡した。


「……そんなことをワラワに教えてよいのか? それは魔法使いとしてワラワを強くする事と同じじゃろうに」

「……それは確かにそうなんだけどね」

「今、この世界で、事故を起こさないで生活していくためには必要な事だから。イムラーヴァに帰った後の事は、その時に考えればいいと思うわ。私たちには争う未来だけしか用意されていないわけじゃない。魔族と人族が仲良く暮らすことだって、きっとできるはずよ?」


 心の中で、『今、私たちがこうして暮らしているように』とつけ加えるアリエルだった。


「でもね、ゲルダちゃん。もう分かってくれていると思うけど、この世界は私たちが争っていたイムラーヴァとは別世界で、ここで生活している人族も、魔族との争いとは無関係なの。だから、習い覚えた魔法で、この世界の人族を傷つけるのは決してやってはいけないわ。それは、見当ちがいの八つ当たりでしかない。わかるでしょ?」

「……うん……」

「だから、それは私たちと約束してね? 私たち以外の人を、魔法で傷つけない。いい?」

「……その言い方だと、おぬし等は傷つけていいように聞こえるぞ」


 言葉尻を捉えたつもりのゲルダだったが


「ほっほー、ま、出来るならやってみなってところだね。今のあんたじゃ、逆立ちしたってカレン姐さんにかすり傷ひとつ付けられないね」

「戦争は終わっているんだけど……まあ、オレらがうらまれるのはしょうがないしなあ」

「あなたがそうしたいなら、それはそれで仕方ないと思うわ。私たちなら、身を守るくらいの力は持っているし、ね……」


ある意味余裕の、三人の返事だった。が、答えるアリエルの表情が少し寂しげで、ゲルダは思わず目を反らした。アリエルの哀しい顔は、なぜか見たくなかった。


「じゃ、指切り、ね」

「指切り?」

「そう、こう……小指をからめてね。ゆーびきーりげーんまーん、ウソついたら針千本のーますっ。ゆーびきーったっ!」


 アリエルにうながされるままに、指切りをし、後のセリフに蒼白になるゲルダ。


「は、は、は、針千本のますぅぅ!? ひ、ひどいのじゃ! あんまりのケイヤクなのじゃ! 最初にジョーケンをカイジすべきなのじゃ! これでは知らない間にレンタイホショウニンにされるよりアクシツなのじゃ!」

「あはは、あんたが約束守れば平気だろ? ほら、さっそく始めるよ?」

「ばかアリエルー! ケイヤクをカイジョせよー!」


 カレンに道場に引きずられていくゲルダ。タクマとアリエルは笑顔でそれを激励した。


(……約束を破った私が、あの子と約束を交わすなんてね……)


 自分の小指を見ながら、皮肉な思いにとらわれるアリエル。しかし、今ならばわかる。大人が子どもと交わす約束は、絶対に守れという契約ではなく、それが破られたら自分も一緒に結果の責任を負うという、大人の覚悟なのだと……。それは、あの時のタクマの背中が、彼女に教えてくれた事だった。


「……でね、タクマ。ゲルダちゃんの修行が一段落ついたら、幼稚園か保育園に通わせたいと思うんだけど……」

「幼稚園かぁ。不安だけど……社会常識身につけるには、いつか同年代の子に混じるべきなんだろうなあ……」


 ゲルダの教育方針を話しあう二人。結婚前から既に、子持ちの夫婦のようだった。

この節、終わり

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