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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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エラトステネス涙目

 旗日の休日、自習を一段落させたタクマは二階の勉強部屋から居間におりてきた。居間ではアリエルがゲルダに理科を教えている。


「で、そのエラトステネスという古代地球の賢人は考えました。太陽光線がどこでも平行に進むなら、シエナという都市でできる影と、アレキサンドリアという都市でできる影に角度の差がでるのは、地球が丸いからだと。そうして、こういった図から、地球の大きさが割り出せると考えたのです。……すごいでしょう? 二千年以上前の時代なのに、精密な機械もなしに地球全体の大きさを、かなり正しく計算したのよ?」


挿絵(By みてみん)


 ああ、そんな話もあったなあ。冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注ぐタクマ。アリエルも、こちらの世界に来てから知ったはずのエピソードなのだが、ゲルダに教えるのが楽しそうだ。よほど感動したのだろう。が、しかし


「納得できないのじゃ! なんで地球が丸いのじゃ! そんなだったら、端っこにいる人は滑り落ちてしまうのじゃ!」

「ふふ、そう感じるのは当然かもしれないけど、同じ日同じ時刻に、シエナとアレキサンドリアで、地面に映る影に角度の差ができるのは……」

「その、太陽の光が平行だという前提からしておかしいのじゃ! お空で光っているお日さまからは、ぱぁーっと光が広がって伸びているのじゃ! 実際、そう見えるではないか! アリエルの描いた図は、これが正しいのじゃ! 見よタクマも!」


 タクマも座ってゲルダの図を見る。え? これは……


挿絵(By みてみん)


 アレ? アレレ? これでも一応スジは通ってしまうんじゃないかい? 困惑のタクマ。


「ふっふーん、どうじゃ参ったか!」


 ドヤ顔、いやドウジャ顔のゲルダをよそに、アリエルは図をしばらく見て考え込む。と、おもむろに居間に備え付けたタブレットパソコンを起動させ、何かを検索して操作してから数値をメモした。


 ちなみにタブレットは、ネットを使う人数が増えたので新たに購入したものだ。臨時収入もあったし。


 閑話休題。ゲルダに向かってにっこり笑みを向けるアリエル。


「な、なんじゃ。ワラワはガクモンジョーのギモンテンをハッピョーしただけなのじゃ! おしおきされるような事はしていないのじゃ!」


 アリエルの笑顔におびえるゲルダ。


「うん、そうよね。自分で考えて疑問を持って、解決していかないとね。えらいえらい」


 小さな頭をなでなでする。出合ったころと比べて手入れがよくなったせいか、さらさらでツヤのある赤毛になっていた。


「こ、子どもあつかいするでない!」


 顔を赤らめてアリエルの手をふり払うゲルダ。やたらと「子どもじゃない」を強調するさまは、見ていてつい笑みが湧く。

 気にしたようすもなく、アリエルは説明を続ける。


「さて、大地がたいらで太陽がそのまわりを回っていると考えると、大地はどこかで途切れていて、太陽の進行とぶつからないようになっているはずです。太陽が昇るときと沈むとき、ドッカーンと音がして地が震えるなどということはありませんから、ね?」

「当然じゃろう」

「となると、大地は太陽が沈む所の手前で途切れているはずよね? 太陽が大地の回りを回る軌道の内側に、大地はお盆のような形で納まっているはずです」

「……理屈から言えばそうであろうな」


 警戒ぎみに考えながらも、アリエルの説明に同意していくゲルダ。


「さて、太陽と大地の関係はそうであると仮定しておいて……三角形の性質を考えて見ましょう。三角形は、三つの角度が同じならば、同じ形と言えます。同じ形の大きさ違いになるわけね」


 アリエルは三角定規を平行移動させて説明をする。


「ふむ……で、あろうな」

「三つの角の角度がわかって、一つの辺の長さわかれば、三角形全体の形と大きさが決まります。つまり、残り二辺の大きさも計算で出せるわけ。ゲルダちゃんの図だと、地球の大きさは計算できないけど、地面からの、つまりシエナとアレキサンドリアから太陽までの距離が算出できる事になります」

「ほ、ほう」


 はて、アリエルには理屈でゲルダの「説」を打ち負かす方策があるのか? 自分には、もっと直接的な方法以外、ちょっと思いつかない。タクマもアリエルの手元に注目した。


「太陽、アレキサンドリア、シエナをつなぐ三角形は、太陽の角が七・二度、アレキサンドリアで八二・八度、シエナで九〇度の直角三角形になります。シエナからアレキサンドリアまでの距離を、エラトステネスがそうしたように九二五キロメートルとすると、アレキサンドリアから太陽までの距離は七三八〇・三二五キロメートル、シエナから太陽までは七三二二・一二八キロメートルと計算されます」

「ふ、ふむう、よくわからんが、長い距離じゃのう」

「さて、シエナから太陽までの距離がそうなると、平たい地面の周りを太陽が回っているという天動説モデルでは、シエナから太陽が昇る地点までのと、沈む地点までの距離と等しくなるはずです」


挿絵(By みてみん)


 あ、そう来たか!


「にゅ?」

「世界はそれ以下の大きさということになるわよね? 太陽がめぐる軌道の内側に、世界は納まっているわけだから。」

「そ、そうであろうなぁ。ええと、七三二二・一二八キロメートルが東と西側に広がっているわけだから、倍になるわけじゃの。それよりちょっと小さいのじゃろうが、ずいぶん広いではないか、この世界は」

「ところがね、そうでもないのよ? 詳しいことははぶくけど、昔、馬を使った隊商キャラバンの進む速度は、一日平均十八キロメートルだったという記録が残っているの。それで計算すると、七三二二・一二八キロメートル進むのに四〇六日少々かかるの。一年と一カ月ちょっとね。その倍でも、二年と二カ月余りで世界のはじからはじまで旅ができてしまう計算になるわ。世界はそれよりも小さいはずなのだから……少し世界がせまくない?」

「うっ、サンゾウホウシたちは何年もかけて……」


 ゲルダの視線が泳ぐ。あー、そういえば西遊記のドラマにもはまっていたっけ。思わずタクマの頬がゆるむ。


「んーー?」

「ぐにゅにゅ……」


 アリエルの、笑顔から放たれるイジワル光線に、目を逸らして耐えるゲルダ。


「そ、そうじゃ! 別に太陽が沈む位置が世界のはしっこである必要はないのじゃ!」(かきかき)


挿絵(By みてみん)


「大地に開いた穴を通って太陽は昇ったり沈んだりするなら、大地はもっと広くて問題ないのじゃ!」


 おいおい……


「ちょっとちょっとゲルダちゃん。それじゃあ太陽が沈む穴の周りが、大変な事になるわよ?」

「そんなのどうでもいいもーん! 大地はワラワじゃないもーん! かってに『素焼きの大地』にでもなればいいんだもーん!」


 あーあ……意地になっちゃった。こりゃもう理屈じゃおさまらないなあ。タクマは「直接的な方法」で割って入った。


「皆さん、ちょっと休憩しましょう。こういうテレビ番組があります」



 ズドドドドドド……テレビ画面に、H2Aロケットの発射シーンがアップで映る。DVDに録画しておいた科学番組を再生して見せた。


「うおおお~~~!」

『……こうして打ち上げは成功し、準天頂衛星イチビリは無事軌道にのったのでした……』


 画面には宇宙から見た地球の姿。番組ナレーションは淡々としているが、ゲルダは大興奮である。


「おお~~! 本当に地球は丸いのじゃ! 青いのじゃ! 光ってるみたいなのじゃ! でもどうして、丸いのに人は滑り落ちないんじゃ?」

「それはね、『もの』には互いに引き合う力があるからよ。万有引力の法則という名前で、理科の勉強が進むと、いずれ知ることができるわ」


 ほっぺたを膨らませて、アリエルをジト目見るゲルダ。


「アリエルはこの番組、見たことがあったのか?」

「ええ、まあ一応……」

「イジワルなのじゃ! 最初から見せてくれればよかったのじゃ! ばかアリエル!」


 頬に人差し指をあてて苦笑いのアリエル。


「う~~ん、でも、直接見る方法がないのに、『ものの姿』を考えだけで知るのって、すごいことだと思わない? そんなふうにして、この世界の人たちは独自の文明を発達させてきたのよ? 宇宙から見た地球の映像を最初に見ちゃうのって、物語の最終話だけをいきなり見てしまうみたいで、もったいないと思うんだけど……」

「そんなの時間の方ががモッタイナイのじゃ! 世の中はニッシンゲッポなのじゃ! 連続ドラマも全部見るかどうかは、早い回で見切らないといけないのじゃ!」


 極めて即物的な返事に、タクマも苦笑いするしかない。


「うーん……確かに、一クールで視聴候補が十本超えると、一話目で切る決断は必要よね……」


 腕組みしてうなずくアリエル。何の話か……。恋人の文化選択に、非常な不安を覚えるタクマだった。

三角形の計算は「計算サイト」のお世話になりました。ここにお礼申し上げます。

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