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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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視点:フレイア・フェルナバール(王国第二王女)

 フェルナバール王国の首都イムレバネン。王宮の一室にて。


 寄せ木細工の卓上で、お茶が徐々に冷えていく。窓を通して空を見上げると、次第に暮れかかっていた。……遅い……。普通ならもう会議は終わっているはずなのだが……


「フレイアさま、お茶を淹れかえましょう」

「いえ、結構よ、ありがとう」


 侍女頭のフェイが気を回している。私のいらだちが、彼女らにも伝わっているのだ。いけない、これでは臣下に心の内を見透かされるようなものだ。

 その時、待ちわびていた声が聞こえた。


「フレイアさま……レクオン皇太子がお見えです」


 侍女の先触れに続いて、レクオンが入室し一礼した。愛嬌のある顔立ちに笑みをうかべ、どことなく愛玩犬を連想させる。……いけない、いけない。ポロリと漏らしてしまいそうだ。


「姉上、お待たせしました。会議が益体やくたいもなく長引きまして」

「……殿下。軽々しく頭を下げられませんように。皇太子に定められました以上、私の方が先に礼を示すべきところです」

「おやめ下さい姉上。こんな場所でそのような建前など……」


 むしろ自分自身を戒めるために言ったことなのだが、レクオンはまるで捨てられた子犬のような顔になってしまった。……ああ、自分に懐く弟が可愛くないはずもないのだが、この子が次代のフェルナバール国王を名のると思うと、少々不安な思いに駆られる。

 ともかく、今は会議のことを……


「……で、会議はどのように?」

「それがダラダラと長引くだけで、実りのある話はほとんど出ませんでした。連合はキグナス西部で侵攻を止めて膠着状態が続いています。一番の強行派だったベレラカンが最近大人しいようで、各国とも自分から先陣を切るつもりはないようです。セグル王も、先だってのアリエル姉さまの一件を恥じて、意気消沈しているのでしょうか?」


 それはないだろう。アリエルが襲撃された状況を考えれば、ベレラカンは明らかに「確信犯」だったはず。それを今さら「恥じる」など……

 レクオンはフェイの勧めるまま、私のはす向かいに腰かけた。淹れられたお茶にすぐ口をつける。それなりに喉が渇いていたらしい。


「こちらから、再度の使者交換は打診しているのですよね? ベレラカン側は何と?」

「頑なな態度で拒否して来ました。ベレラカン側がフェルナバールに使者を送るつもりはない、の一点張りです。全く……アリエル姉さまのような事態が起こった後で、こちらから再度使節を送れるはずがないというのに……」

「…………」


 どういう事だろう? ベレラカンの態度は、外面的に見る限りでは矛盾している。戦線を進めるでもなく、かといって交渉にも積極性が見られない。「最近大人しい」が、国力の息切れの表れならば、交渉に出るのが定石だろうに……。短慮な傾向があると言われるセグル王が、自分のメンツにこだわっているだけなのだろうか? それとも……何かを着々と準備しているというのは、考えすぎだろうか?

 なにか、嫌な予感がする……。かつてのベレラカンは、良くも悪くも行動原理がはっきりしていたのに。かの国の宰相ラウコンが亡くなってから、パターンが変わったように思う。それは……


「で、頼んでおいた事は訊ねてもらえました? ベレラカンのラウコン宰相亡き後、セグル王の相談役になっているという、あの……」

「ラミア……でしたか。ええ、ロアン爺に尋ねてみたのですが、『レクオンさまも美形にはお耳が早い』などと冷やかされましたよ」


 渋面をつくって、半ばグチのようなレクオンの口吻だった。ロアン宰相がレクオンをからかっているのが目に見えるようだ。私の予想が当たっていれば、ロアンはレクオンの質問を「成長」ととって喜んでいたと思うのだが。


「しかし一応は調べてあるようでした。ベレラカン王国に召し抱えられるまでの経歴は父親ともども不明のまま。現在、セグル王に相当重用されているようではあるが、具体的にどの程度政策に影響しているかは不明。ええと、『閨での睦言は、公にはならないもので』と、そんな言い方をしていましたね、爺は。監視はしているが、外部から文書その他で指示を受けている証拠は掴めていない。少なくとも、頻繁に連絡をとってはいないだろう……との事でした」

「そうですか……動向を注視してはいるわけですね」


 やはりロアンはラミアに注目していたか。定石どおりとはいえ、心強い。……生意気な見方なのだろうな。彼のほうが私より、ずっと長いあいだ国政と外交に携わってきたのだから。

 さて、ラミアという女が、外部と連絡を取っている形跡が掴めないというのは……よほど偽装がうまいか、またはラミア自身に判断の自由が認められているか。後者とすれば、単なる「美形」だけの女ではないという事になるが……


「なにも姉上が気にかけるような相手ではないと思いますよ? 外交官連中が『彫像のような美女』などとはやしておりますが、姉上の美貌に及ぶはずがありませんとも」


 ……私が考え込んだのを、なんとも脳天気な方向に解釈するレクオン。いい加減、自分の姉が「見た目」だけを喋々さえるのが嫌いだと覚えてほしい。「フェルナバールの白磁」だの「金糸をまとった白鳥」だの、そんな言い方は、「フレイアさまはさかしいゆえに行き遅れている」という無礼な言動とコインの両面でしかない。どちらも女性を容姿でしか評価していないのだ。


「何を言っているのです。私がそんなことにこだわると思っているのですか? セグル王の側に唐突に現れた『美女』となれば、何ものかが意図をもって送りこんだと疑って当然です。ロアンも、それが定石とわかっているから、わざわざ監視しているのですよ?」

「あ……なるほど、勉強になりました」


 叱られて嬉しそうな顔をしてどうするのです。少しは悔しいとか、そういう気概を……。ああ、この子に私の半分でも負けず嫌いな所があれば。歯がゆい……が、しかし、この子は自分のために、ちゃんと頼んでおいた事を訊ねてくれたのだ。平静に、平静に。

 自分で直接ロアン宰相に訊ねるか、王室情報部の報告に目を通せたらどれほどよいか。

 ともかく、頭を切り換えよう。「手がかり」になるような情報は、今のところ得られていないようだ。


「で、わが国としてはどのように動くのでしょう?」

「父上も決めかねておられるようでした。各領地に出兵をうながしているのですが、なかなか集まらないようで。ロアン爺などは怠慢だと腹を立てて、父上になだめられていましたよ。ははは」

「…………」


 それは太平楽に笑ってよいことなのか……。それに父上も父上だ。自分の父親としては、手放しの愛情を注いでくれたことに感謝している。しかし一国の王としては、気が弱いというか、お人好しというか……。平時であれば臣民に親しまれて善い国王と呼ばれたのかもしれないが、こういう時勢でははなはだ頼りない。……レクオンは父に似過ぎたとも言えようか。

 あるいは自分の見方は、必要以上に父上に対して辛い点数をつけているかもしれない。メルドキオ師の著書『法治国』によれば、その時々の王の性格に左右される国は二流だという。法律に裏付けられた機構があってこそ一流と説いている。その伝でいけば、父上の性格云々よりもフェルナバール王国の「機構」こそが問題なのだが……。残念ながら、その視点からも、私は現在の王国を評価できない。官僚機構の細々とした部分が、因習に縛られて機能不全を起こしていると感じている。

 最大の不満点は「女は政治に関わってはならない」という不文律だ。おかげで会議にも自ら出席できず、もどかしい思いをしながら、弟に教えてもらう羽目になる。


(といって、私自身に戦役を終わらせる妙案があるわけでもない……か)


 フェルナバールの行く末に漠然とした不安を感じているが、しかし「この方向に進めばいい」という明確なビジョンがあるかと自問すれば、答えが出せない。目先の問題、例えば兵力がなかなか集まらない状況も、魔王国クロムレックとの長い戦争で疲れはてた農村を思えば、無理もないことではある

 ああ、自分にもしも賢者カレンのような知力があれば……。しかし、無い物ねだりをしても始まらない。人は生まれ持った器量を認めた上で、何を為すかを決めなければならない。


(誰か……王国の民心をまとめ、奮い立たせるような人物はおられぬものか……)


 堂々巡りの末、何度も行き着く考えだった。姉である第一王女キリエラの嫁ぎ先であるフェルミ公爵も、しょせんは典型的な世襲貴族でしかない。


 今さらながら、異世界の勇者タクマ・シドウどのをあっさり帰還させた事が悔やまれる。四聖戦士の筆頭、聖剣に選ばれた彼こそ、民心をまとめ一新させるにふさわしい人物だったのではなかろうか。

 無論、人倫の道から言えば、あの時アリエルが説いた事は正しい。彼の人生に、私たちは自分の都合だけで干渉した。ねじ曲げてしまったと言っていい。自分らの願いを叶えてもらった以上は、速やかに元の世界に返すのが当然だ。あの時は、その「正論」を認める事こそ誇りある行いと思ったのだが……

 時が経ち、次第に硬直していくような我が国のさまを見れば、あの時、例えアリエルに恨まれてでも、自分が彼を籠絡すべきだったか。そんな思いが湧く。いや、アリエル自身がタクマどのを婿に迎える形でもよかった。どちらも何やら、互いが気になっていたようすだったのに。

 それが祖国にとって益になる事ならば、私は妹の下流に立つ事になろうとかまわない。


「姉上……あまりお心を悩ませられますな。やや手詰まり感はありますが、西方連合との戦自体は、決して我が国に不利になっているわけではありませんから」


 弟の気遣わしげな声に、自分が少しばかり見当違いの想念にとらわれていたのに気づく。この子は、もう少し深く考えて欲しいものだが、私の方も少々、気を回しすぎな独り相撲だったかも……


「……『勇者の間』から跳ばれたカレンさまの事を考えていました。早くアリエルを連れて帰還されないものかと」

「ええ、本当ですね。アリエル姉さま、どうなさっておいでか……」


 話題を変えようと軽いウソをついたのだが、返された言葉は、思いのほか私の心に染みた。

 聡明で正直なアリエル……。身近に居たときは、ものの見方が理想的すぎるのに物足りない思いをしたものだが、いなくなってみると、二人で忌憚なく意見を言いあえた時が、なんと貴重なものだったか。

 露骨にフェルナバールに肩入れするのは嫌うだろうが、賢者カレンも、この場にいればベレラカンの情報くらいは教えてくれたろうに。大抵は意地の悪い『謎かけ(リドル)』のかたちで、だが。

 どちらも身近にあった時には、歯がゆかったり、いら立たしいものだったのに、失われるとこんなに心細いなんて。


(早く……早く、戻られませ。フェルナバールが、イムラーヴァ全体が、大きく揺らぐ前に……)


 二人の顔を思いながら、胸の内の不安を抑え、祈るように強く願った。

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