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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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銃と女

 舞台はイムラーヴァ。時間は半年ほど前にさかのぼる。女魔王ゲルドゥアが四聖戦士の手によって封印され、クロムレック王国が瓦解して、間もなくの事。


 ベレラカン王国の地下墓地で、国王、セグル・ミード・ベレラカンは近臣数名とともに、男が「それ」を準備するさまを見守っていた。

 地下墓地の広さは、一般的な教会の礼拝堂ほどはあり、壁面にうがたれたくぼみに魔法の灯火がともされて、昼間ほどとは言えないが観察に十分な光量があった。また、出入り口が限られており、人目を避けるにはうってつけの場所である。


 中年の平民が一人、金属の筒に持ち手をつけたような道具を手にし、筒の一方から何かの黒い粉末と鉛玉を詰めこんでいた。短い縄に火を付けて、爪のようにつき出した部品に取りつける。

 準備が出来たようで、王と宰相に一礼を送ってきた。王の両側に控える宮廷魔術師が、王と老宰相に魔法障壁と身体強化魔法を重ねて唱えた。


風の盾シールド・オブ・ウィンド……!」

地精の守護(ガード・オブ・ノーム)……!」


 身を害すことのないよう、念のため、である。


「始めよ」


 老宰相の指示で、中年男は、十メートルほど離れた場所に置かれた甲冑に筒の穂先を向ける。一とき間をおき、轟音とともに筒から火線が吹き出て、標的の甲冑に大穴があいた。


「ぬうぅ……!」


 あたりからどよめきがもれた。驚愕の表情の王と家臣たち。王は左右の魔術師に、今のが魔法ではないことを何度も確認した。男は筒状の武器を手に、どうだと言わんばかりの表情を王に向ける。それを脇から、若い女が声をかけていさめた。


「父上、王の御前で顔を上げたままとは、いささか非礼ですよ。申しわけございません、セグル王。父はなにぶん、研究一筋なところがございまして、不調法なものでして」

「む、申しわけございませぬ。ご無礼の段、なにとぞご容赦を」


 女は中年男を促し、一緒に膝をついて頭を垂れる。男の娘だという話だった。目にも鮮やかな銀髪プラチナブロンドに、まるで貴族のような立ち振る舞いの美しさだった。一礼して上げた顔は、まるで彫像のように整っている。王の口からかすかに感嘆のうめきがもれた。


「恐れながら、かくの如くにございます。我ら親子、王の偉業に微力ながらお手伝いできますれば無上の光栄に存じます。どうか臣下の末席に加えていただけますよう……」


 口は娘の方がよく回るらしい。まるで父親のマネージャーといった風だった。立て板に水の弁に、王に代わって老宰相が答える。


「追って沙汰する……。今宵は城内に設けた部屋で休むがよい。親子ともどもな」


 休むがよいとは言うが、実質、監禁である。いま目の当たりにしたこの男の技術・兵器を、他国の者に漏らすわけにはいかない。男と娘は一礼し、案内の者に導かれて退出した。


 執務室に戻り、王は興奮したようすでまくしたてる。


「素晴らしい! 事前の口上どおりの威力ではないか! その上、一般兵にも使えるとあれば、量産化のあかつきには、わが国にとって万の魔法使いを擁するにも等しいぞ!」

「おおせの通りではございますが……」


 興奮しきった王に較べ、老年の宰相ラウコンは釈然としない表情だった。先だって王国の下級貴族を介して、中年の「発明家」を自称する男が、有為の発明品があるから王国に召し抱えてくれと申し入れて来たわけなのだが、考えるほどに疑念がわいてくる。


「一体どこであのような兵器をつくり出したものやら? あんなものは、この爺めも、見た事も聞いたこともございません。それに、戦争が終わったこのタイミングで、何故わが国に持ち込んだのか? あの男の素性もふくめ、不審な点が多すぎます。下調べが済むまで、ご判断はお待ちください」

「そんな悠長なことを言っていられるか! あの男を召し抱えて、かの武器を量産させるのだ! もしもどこかで似たようなモノが作られていても、先に数を揃えた者の勝ちよ!」


 王の決定に老宰相は反駁できなかった。不審な点ばかりが目に付くが、どのみち、あの男とその家族をむざむざ解放するわけにはいかないのだ。ならば、我が方が採れる手段は、抱え込んで監視するしかない。そう考えた。……思えばこの時、ベレラカン王国とベレノス連合に、埋伏の毒がうめ込まれたのである。


 しばらくして、老宰相は自分の判断を後悔しはじめた。「火縄銃」と呼ばれた新兵器自体はまだいい。量産にあたって人手も資金も馬鹿食いしたが、軍備とは多かれ少なかれそういうものだ。

 問題は、発明家の娘の方だった。爽やかな弁舌とその美貌で王に取り入って、あっという間に寵愛を受けるようになっていった。最近では政治向きの事柄にも口を挟んでいるらしい。老宰相は、日増しに自分がうとまれて、王との関係が疎遠になっていくのを感じた。


 そして──宰相にとって、驚天動地の事態が起こった。王が自分に相談なく、クロムレック戦役の戦後補償に、フェルナバール王国の港町キグナスを要求したのだった。事実上、フェル王国にケンカを売ったにひとしい行為だった。この時ばかりは、招請なしにでも強引に参内し、王に諫言せずにはいられなかった。


「どういう事なのです、セグルさま? 戦役の敵国はクロムレックであり、敗戦国もクロムレックです。領土割譲を求めるなら、そこにすべきでありましょう!」

「爺……、魔族どもの呪われた地の、どこに求める価値がある? 土地はやせこけ、なにがしか収穫があったとしても、我が国への運搬費用を考えれば到底割に合わぬ。お前も以前から言っておったではないか。

 そもそもベレス海峡のこちら側は、海神ベレスに祝福された我らの地だ。民草どももほとんどが、ベレスの土地をラーヴァの連中が奪ったと考えているのだぞ。過去の失地回復を願って何がおかしい?」

「何をおおせられます。かつてあの地を治めていたのはベレパレス公国ではありませんか? わが国がどうして権利を主張できましょう?」

「まあ待て、さすがにそれだけではない。むろん理由はほかにもある。例の火縄銃に必要な火薬の原料……『硝石』だがな、なかなか量が集まらんで焦れておったのだ。それが、あれを集めさせていた民草が聞き捨てならぬ情報をもたらした。硝石は、戦前はキグナス港に二束三文で輸入されていたというのだぞ! これをむざむざ見逃せるか! 要するにだ、キグナスを押さえれば火薬の大量生産が可能になる! 既に火縄銃を手にしている我が国ならば、大陸に覇を唱えるのも不可能ではない!」

「…………」


 いけない、王の悪い部分に火が付いてしまった。内心、頭を抱える老宰相。若い頃から名誉欲が強く、幾度もいさめてきたのだったが、ここに来て、火縄銃という新兵器を得て、完全にのぼせ上がってしまった。


 事態は彼の思惑を超えて進行が早かった。ベレラカン王国は、自らが盟主を自認するベレノス西方諸国連合の各国に檄文を飛ばして戦力を募った。火縄銃という武器の「火縄」は、文字どおり新たな戦乱の口火になったのである。ベレノス連合は戦後補償において、クロムレック領よりうまみのある地を求め、場合によってはフェル王国領をという強硬な主張を開始してフェルナバールと戦争状態に突入していった。自国のみならず、連合すべてが欲に目がくらんだ状態に、老宰相は自らの無力を嘆くほか術がなかった。


「……しかし、これはどういう事か。我が国は『銃』のために強硬になったと言える。しかし、連合の他の弱小国まで歩調を合わせる理由はないはずでは……まさか?」


 宰相ラウコンは、自分が築きあげてきた人脈をフル活用し、連合諸国の内情に探りを入れた。彼の懸念であった、銃が他国にまで広まっているという形跡はなかったが、各国の後宮に、素性の知れない美女がまぎれ込み、政治向きに口だししているらしい例がいくつか挙げられた。

 懸念が疑念となってふくらみ、宰相はさらに彼女らの動静を探ろうとしたのだが……その矢先、身内から驚愕の情報が伝えられた。

 それは他でもないセグル王による、魔族との裏取引。超えてはならない一線だったはずだ。魔族から硝石の大量提供を受ける代わりに、フェルナバールの王女を……人族の英雄である四聖戦士の一人を、売りわたす事だった。

 セグル王が、年来四聖戦士に好感を持っていないのはわかっていた。フェル王国が召喚した勇者に王国第三王女、さらにグラドロン教皇国の聖騎士という、西方連盟諸国にすれば地縁のないメンバーである。唯一、賢者カレンは西方連盟の辺境国で魔法修行をしていた経歴があった。しかし、その言動は魔族に対して好意的な場合も多く、貴族層には必ずしも受けがよくない。とは言え、民衆レベルでの彼らの人気は今だ絶大なものがある。

 老宰相は、王を止めねばと思った。己の老い先短い命を差し出してでも。だがしかし……彼の命は王の面前まで保たなかった。


「……なりません、セグルさま……そればかりは……なりません。ベレラカンの……未来が……ぐふっ!」


 老宰相ラウコンは、参内前夜、急な病に倒れ、ほどなく卒した。侍医が診察をするのも間に合わない容態の急変だった。口さがない連中の間で、毒殺の噂が立ったが……


 老宰相に替わって、王のそばで相談役に収まったのは、銃の発明家の娘だった。名を、ラミアという──

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