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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
19/71

法定外トレード

 志藤家に身を寄せる四人の、生活パターンがおおむね固まってきて数日後。タクマがシャワーで朝練の汗を流してくると、キッチンには朝食の用意ができていた。


「アリエル、まだかー?」


 朝食に、今にも飛びつきそうなゲルダ。和風の朝食もすっかり気に入ったようだ。……納豆以外は。


「もうちょっと待って、みんなでいただきますしましょう? タクマ、カレンを呼んできて」

「おう」


 カレンの寝室に割り当てられている部屋をノックしたが返事がない。声をかけてから戸を開けるともぬけの殻、シーツに寝たあとがない。


「? ひょっとして……」


 二階の「遊戯室」に向かう。一応受験生のタクマは、パソコンやゲーム機などは、勉強部屋とは別の部屋にまとめてある。今ではネットで調べ物をする者が交互に使っている。特にカレンはこちらに来てから入り浸っていると言っていい。

 開けてみると、やはりカレンがいた。モニターに顔を突っ込みそうな姿勢をしている。


「カレン、ごはんだよ……っておい!」

「んあ?」


 振り向いたカレンの目が真っ赤である。


「一体何時間やってたんだよ……」

「んー? 忘れた。しかしインターネットってのはすごいね。文字通り情報の海だわ」


 大あくびをしながらキッチンに向かう。


「ほどほどにしときなよ。いくらカレンでも、ネット情報を全部頭に入れるなんてムリなんだし」

「ああ、わかっているよ。これで一応の区切りにするつもりさ。……ところでタクマ、今夜九時ころ、ちょっと手を貸して欲しいんだけど」

「手? 何するんだい?」

「ん、生活費の調達」


 全身を硬直させて、カレンを凝視するタクマ。それは犯罪者を見る目であった。


「おいおいおい、何だよその目は! 大丈夫だよ、やましい事じゃないって、信用ないなあ、おい」

「……具体的ニ、何ヲスルンデスカ?」

「んーと……取引相手のこともあるから、今は言わないでおく」

「…………」


 タクマがカレンに向ける視線は、既に仏像のごときジト目である。


「だから、後ろ暗いことじゃないってば! 世の中にはあるでしょう? 法には反するけど人倫にもとるわけじゃないって行為が?」

「かかかカレン姐さん! ウチの家計はそこまで逼迫してませんって! あなたにそんなマネをさせるわけには……って、オレもぉぉぉお?!」

「おのれは何を想像しとるかぁぁぁっ!!」

「何をやっておるのじゃ、タクマにカレン! さっさとゴハンにするのじゃ! お腹と背中がくっつくのじゃ!!」


 にぎやかな志藤家の朝であった。


 ◇


 夜の八時半、カレンとタクマは着替えて家を出ようとしたのだが、アリエルにちょっと引き留められた。


「はい、視線はまっすぐー、チ~ズっ」


 着替えた二人を面白がって、アリエルが記念撮影をしたがったのだ。デジタルカメラを使うのが楽しくて仕方ないらしい。……まあ、カレンとタクマの格好も、大概だが。


「……まるでヤクザの情婦とボディーガードの黒服なのじゃ……」


 ゲルダがジト目で論評する。一体どこでそんな表現を覚えてくるやら。悔しいことに、それがまことに当を得ている。カレンはボディラインがはっきり出る深紅のミニドレス、タクマは黒のスーツ姿で、双方サングラスをかけている。おまけにタクマはかなりな重量のスーツケースを持たされていた。


「じゃ、行ってくるねー」

「はい、遅くならないでね」


 カレンは意気揚々と家を出る。タクマは……


「カレン……この格好で、城跡公園まで歩くの……?」

「ん? 何かヘンかい?」

「すっごく……怪しく見えると思うんだけど……」


 汗が額をつたい落ちる。ほとんど罰ゲームです。知識ってのは急速に吸収できても「場」にふさわしい格好っていう、ニュアンス的なものは難しいんだなあ。改めてそんなことを思うタクマ。


「肝っ玉の小さい男だねえ。……ま、来た方角を知られるわけにもいかないか」


 カレンは小さく詠唱し、『隠身インビジブル・ゾーン』の魔法を唱えた。平たくいえば光学迷彩魔法だ。


「え? ちょっとカレンさん?」


 「紳士協定」に引っかかるものを感じるタクマだったが


「『出来るだけつかわない』だったろ? 大丈夫、ちょっとだけ、先っぽだけだって。先っぽだけ魔法」


わけのわからない事をうそぶいて、カレンはすましている。



 城跡公園の奥まった場所、街灯の光も届きにくい所で魔法を解いた。後はひたすら待つ。既に人通りも絶えて、公園下に見える車の光の列もまばらになっていた。


 ……車の低いエンジン音が聞こえる。遠くドアが閉まる音がして、しばらくすると、かすかに落ち葉を踏む音が近づいてきた。

 現れたのはグレーのスーツを着た男ふたり。顔をさらしていたひとりがボストンバッグを持ち、もうひとりはサングラスに不織布マスクをした、いわゆる貫禄のある体格で、どうやらそいつが格上らしく見えた。


「取引に応じていただき、感謝しますわ」


 カレンが芝居がかった声で語りかける。タクマは全力で無表情を装った。


「……バッグを交換していただきたい。真ん中まで来てもらおう」


 マスク男の言葉とともに、ボストンバッグを持った男が歩いてくる。タクマもスーツケースを下げて歩み寄った。双方荷物を地面に置き、交換して元の位置に戻った。男はスーツケースを開けて中身を確認する。タクマもボストンバッグを開いて中を見た。中身は一万円札の束。確か百万円単位のものが、十束は軽く超えている。軽く脇の下に汗がにじみ出る。バッグをカレンに渡すと、札束を一つずつよりわけるように並べ替えている。自分の視線から見て札束が重ならないようにして、『鑑定』の魔法を使っているのが察せられた。

 相手側もケースから取り出した金貨に、何かの器具を押し当ててチェックしている。かすかに困惑のこもった声があがった。


「……見たことのない金貨だな」

「お求めの物はきんでしょう? 純度に不満はございまして?」

「……いや、ない」


 双方バッグを閉じて向かい合った。


「良い取引ができましたわ。ありがとうございます。……それではこれで失礼」


 一礼し、その場に背を向けるカレンとタクマ。タクマは背後の気配に全神経を集中した。背後から拳銃で撃たれるシーンが脳裏をよぎる。……が、スーツ姿の男たちも、背を向けておとなしく去って行った。道が、監視カメラがある所にさしかかる前に、カレンが再び『隠身』の魔法を使った。


 家の前で魔法を解く。二人、扉をくぐると即座に鍵を閉めた。思わずため息をつくタクマ。アリエルが出迎えにきてくれた。


「お帰りなさい、タクマ、カレン」

「あ、ああ、ただいま」

「おうっ上首尾だったぜ」


 そういう言い方やめてくれよカレン……。心中ひそかに突っこむタクマ。

 居間に入るとバッグを開けて、ポンポンポンと札束五つほど、カレンはタクマに押しつけた。


「あんたの取り分。あたしらの生活費込みで、ね」

「これじゃ多すぎだよ……オレの金貨も出すよ」


 持ち慣れない大金に落ち着かない。何か後ろめたい事をしているような気分になる。


「ホントに変な所で肝っ玉の小さい男だねえ。戦うときには無謀と紙一重の決断下すくせして。だいたい、フェルナバール金貨なんて、あんたの方があたしよりずっとたくさん持ってるだろうに」


 カレンの言うとおり、魔王封印の後にフェルナバール王国より莫大な報奨金をもらっていたタクマである。全てアイテムボックスに死蔵されているが。

 金貨を取り出して適当な枚数をカレンに渡す。それで気が済むのならと、カレンも受け取った。


「しかし、もらった金貨をこっちの通貨に換金した事はなかったのかい? こっちでも金は貴重なんだろう?」

「……正直、考えたことはあったけど、こちらには存在しない金貨だからヘンに勘ぐられるんじゃないかと思って。さっきの連中もその点に引っかかってたじゃないか」

「奴らがどうしても金自体が欲しいとわかっていたからね。金貨の素性を詮索する余裕はないとふんで、取引持ちかけたのさ。事実追求してこなかったろう?」


 ドヤ顔のカレン。体にピッタリのドレス姿のまま、ガキ大将のような顔をされると、どうしようもない落差が……


「いったいどこでそんな情報を……」

「ネットの海で」


 言いながらカレンは冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブを引いて一気にあおった。


「ぷはーっ、仕事の後の一杯はうまいっ」

「…………」


 ま、一応は生活資金に余裕が出来た事だし、結果良ければ全てよし、か。そんな事を思いながら、アリエルが渡してくれたしぼりタオルで汗をふくタクマだった。

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