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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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ゲームは一日一時間

 カレンとゲルダが加わって、タクマ、アリエルの「日程表」は微調整を余儀なくされたが、予備校という「外因」があるタクマの方は、そう大きくは変わらない、変えられない。いつも通りの時間に家を出て、午後の講座が終わってから帰ってくる。

 家に帰り着いて、買い物がつまったザックを肩から下ろして居間に入ると、ソファーに座ったゲルダが熱心にテレビに見入っていた。


「ただいま、ゲルダ」

「うむ? うん……」


 ふり返って返事をしたゲルダ、何か言いたそうなようすだったのだが、言葉を飲みこんでテレビに視線を戻した。

 タクマは隣りあったキッチンで夕飯の準備にかかっていたアリエルに、頼まれていた食材を届ける。


「ただいま、アリエル。はい、これでよかったかな?」

「お帰りなさい、タクマ。……うん、大丈夫、これだけあれば足りるわ」

「夕飯のしたく、大変になっちゃったね」

「平気、むしろこのくらいの人数の方が効率がいいわ」


 ほほ笑むアリエルは、まるで腕まくりしそうな雰囲気。思わずタクマも笑みを返す。

 居間に戻ったところ、ゲルダが声をかけてきた。


「のう……勇者」

「ん? 何?」


 人前ではその呼び方、やめて欲しいなーと思いながら、タクマはゲルダのとなりに腰かけた。ちょうどいい、という気持ちもある。いろいろゲルダと話したい事はあったのだが、どう切りだしていいか迷っていたのだ。


「朝からテレビとやらを見ていたのだがのう……」

「うん」

「この魔道具は、この国の民が知るべき事、知りたいと思っているはずの事を告知する……ものよな?」

「うん、まあざっくりいえば、そうだね」

「なぜおぬしはテレビに出てこないのじゃ? 仮にも勇者であろうに」

「…………」


 軽くこけそうになるタクマだが、まあイムラーヴァから来たばかりのゲルダは、そう疑問をもって当然かと思い直す。


「ゲルダ、オレが勇者であったのは、あくまで向こうの世界でだけなんだよ」

「ほう?」


 タクマは自分がイムラーヴァに召喚されて勇者となったいきさつを説明した。「魔王」にこんな話をするとはなぁと、感慨を新たにする。


「ほほう、イムラーヴァに渡って、聖剣を引き抜いて、初めて勇者になったわけか。となると……こちら側では、ただの平民なのかや?」

「うん、そう言えるね。ただ、一応言っておくと、こちらには向こうで言う『貴族・平民・奴隷』という身分はないから」

「うむ、それは昨日アリエルから聞かされた。シミンビョードーとか、言っておったが……」


 明治維新のスローガンを持ってくるのは違和感があるが、まあタクマの教科書のお下がりで勉強しているアリエルとしては、やむを得ないか。


「……立ち入った事を聞くが、おぬし、昼間はきまって出かけておるようじゃが、どこで何をしておるのじゃ? こちらに仕えておる君主でも?」

「いや、仕えるというか、仕事をする以前の身分、じゃなかった、立場なんだ。こちらには、大学という上級学校があってね……」


 できるだけゲルダにわかりやすい言葉を選んで、自分が予備校生で大学受験を目指している事を説明する。最初は興味深そうに聞いてたゲルダだったが、次第にタクマを見る目がジト目になっていくような……


「……つまり、こちらの世の中で、一人前と認められる以前の立場と?」

「うっ……まあ……そういう事……」

「なんという事じゃ……ワラワが教えられていた限りでは、人族には『魔王冠』に類するような秘宝があり『聖剣』と呼ばれる、と。その聖剣に選ばれし者が勇者だという話じゃったのに……半人前じゃったとは……」

「ぐぬぬ……」


 そういうお前はどうなんだ幼女魔王、と言いたくなったが、さすがにそれはオトナ気ない。


「そ、そういえば、ゲルダ、『魔王冠』はどうしたんだよ?」


 苦しい話題そらしだったが、わりと素直にゲルダはついてきた。


「わからん……こちらの世界で気づいたら、無くなっておった」

「ふうん? 直前に何があったか、覚えていないかい?」

「……何か暗いところで、目が覚めないけど起きなければならんような、そんな心持ちでいたのだが……急に何かに強く引っぱられて……気づいたら、あそこにいたのじゃ」

「…………」


 ゲルダがこちらにやってきた理由は、カレンが一応の仮説を立てていた。イムラーヴァでラムゼル教皇が示した推論と、ほぼ同じなのだが、タクマたちはそれを知るよしもない。

 赤毛の幼女はソファーの上で体育座りして、つま先を上げ下げしている。


「……どうやら……ここがイムラーヴァではないという事は、認めねばならんようじゃのう……。勇者を半人前と呼んで、人族が得するとは思えんし……」

「まあ、そうだね……」

「テレビというのを見ても、わけのわからん事ばかりじゃ。わけのわからない事は、人をだますウソにも使えんはず……。キョウカショというのを読めば、アリエルの言うとおり、こちらの世界の事がわかるのか?」

「うーん……教科書だけでわかるってもんでもないけど、それは追々、いろんな物を自分の目で見て、体験していく手だよ。……今度の休みの日に、城跡公園の向こう側の繁華街に案内するよ。せっかくこっちの世界に来たんだ。観光と思ってみたらどうかな?」


 きょとんとした顔を向けるゲルダ。


「カンコウって何じゃ?」

(うーむ、そこから説明が必要か……。イムラーヴァじゃ、確かに物見遊山なんて、よほど裕福でヒマな人でなければやろうと思わないだろうなあ。旅自体がリスクの高い行為だし)


 ゲルダを教え導く役目は、やはりイムラーヴァ人であるアリエルかカレンが適任なのだろうか。自分では、教える手がかりになる「イムラーヴァの常識」からして、ちょっと怪しい部分がある……。せいぜい、一年ちょっといた程度だから。

 見た事のない風景を見に行ったり、食べたことのない料理を食べに行くのは娯楽なのだとゲルダに説明していると、カレンが帰ってきた。街をあちこちうろついてきたらしい。考えて見ると「放浪の大賢者」の二つ名もちである。イムラーヴァでは珍しいプロ旅人と言えようか。○田ヒデみたいな。


「タクマー、ゲーム機って持ってるかい?」


 いきなり勢いこんで、そんなセリフを投げてきた。どうやら街のゲームセンターに刺激されて、店員か何かに家庭用ゲーム機の事を聞いてきたらしい。タクマが持っているのは一世代前の据え置き機だったが、久しぶりに居間のテレビに接続して起動させた。

 カレンがぎこちなくもアクションゲームを始めたのを見て、ゲルダがうずうずしている。手に持つコントローラーをうまく操ると、画面に映っているキャラクターが障害を越えられるのだと、理解したようだ。


「あー、失敗か、くそっ、わかっていたのに……」


 何度目かのゲームオーバーで、ゲルダがガマン出来なくなった。


「それ、ワラワにもやらせるのじゃ!」


 一通りアクションゲームを遊んで、今度はカレンがゲルダを誘う形で二人で対戦格闘を始めた。どうやら街のゲームセンターで引きつけられたのはそれらしい。タクマは受験生なもので「ゲームは控える」と自分に課しているため、解説役に徹することにした。なかなか二人とも覚えが早い。完全にハマってしまったようだ。


「不思議じゃ、クグツの術でも、他者をこんな風にうまくは動かせぬのに! 面白いのじゃ!」

「ふーん、打撃に投げに防御、か。ジャンケンみたいなもんなのに、こうまで作り込まれてるとたまんないな! わかっていてもハマっちまうぜ!」


 二人とも、一戦ごとに目覚ましく動きが良くなっていく。タクマから見て、自分の体験や高校時代の同級生のケースを例にとっても、破格と言っていい上達ぶりだった。──が、ゲームはゲーム、永遠にやっていられるものではない。


「あら、みんなそろっていたのね。ご飯できましたよ」


 アリエルが声をかけたのだが、ゲームにハマり切っている二人は、その世界から抜けだせない。いや、ゲルダはぴくんと反応したのだが、まるで体がそこから抜けだせないかのように、ゲームに集中している。……次の対戦が終わったときに、タクマは割って入った。


「はい、ここまでね、戦績はセーブしておけば残るから」

「えー、もう一戦! 今のゲルダのはまぐれ勝ちだろうよ!」

「ゴハン……ゲーム……うにゅ……じゅる……」


 素直にコントローラーを手放せない二人に、タクマは重々しくうなずいて語りかけた。


「二人とも……これは家庭用ゲームの普遍的ルールなんだけど」

「なんだよ?」

「なんじゃ?」

「『ゲームは一日、一時間』覚えておきなさい」

「えぇ~~っ! そりゃないだろう?」

「短すぎなのじゃ~~!」


 うん、オレも昔はそう思った。でも、「監督」する側からすれば、何と有りがたい一句なんだろう。『ゲームは一日、一時間』……。○橋名人に心の中で感謝しながら、二人をキッチンに向かわせるタクマ。ゲルダの「こちらの物事」に対する態度が意外に素直な事に、一種の安堵を感じていた。魔王さまもフツーの子どもと好き嫌いのセンスは同じらしい。

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