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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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魔術管理協会3

 居間に場を移して、タクマたちと老婦人一人が向かい合った。取り巻きの男たちは同席せず、表に駐めた車で待っている。敵意はないと示すためらしい。

 ゲルダは奥の部屋から居間まで出て来たのだが、力尽きてソファで寝息を立てている。既に幼女にはお休みの時間だ。

 和代と呼ばれた老婦人は、タクマに名刺を差し出した。


 『非公認団体 魔術管理協会 理事相談役 安曇野和代あずみのかずよ


「名刺というのは、印刷会社にお金を払えば、どんな内容でも作ってもらえるので、身の証には役立たないと思われがちですけどねえ」


 おいおいと、心中ひそかに突っこむタクマ。


「ですが相手の自称する名前や肩書きを、覚えておくにはいい道具ですね。歳を取って記憶が怪しくなると、利点がわかってきます」


 出されたお茶を一口すすり、安曇野相談役は本題に入った。


「先月の十一日に、S市の城跡公園を中心に大規模な魔力の振動波が観測されました。わたくしどもの組織の来歴は省略いたしますが、端的に言って、この魔力振動は何ものかが異世界から渡ってきた証ではないかと考えたのです。調査の結果、同時刻に目撃されて、しかも戸籍記録が不明な人物が浮かび挙がりました。……アリエルさん、あなたです」


 言葉の調子は柔らかいが、示す内容は突き刺すように直截である。アリエルの顔はかすかに青ざめている。


「そこで一つの仮説が立てられました。アリエルさんが異世界からの転移者、『御神渡おみわたり』であって、魔法文明を持った世界から来たのではないか、というものです。この仮説から、わたくしどもの団体で二つの立場に意見が分かれました。アリエルさんを我が組織に『招待』し、仮説の当否を確かめて、あわよくば身につけている魔法技術を提供してもらおう、と」


 アリエルはさらに青ざめ、タクマの顔には逆に朱がさした。


「言葉は丁寧だけど、つまりアリエルをモルモットにしようってことですか!」

「もう一つの立場は……魔法技術の急激な流入は望ましくないというものです。詳しい説明ははぶきますが、異世界の技術は、場合によってはその世界の物理法則を変質させかねないという危惧をもつグループです」


 タクマの怒気のこもった問いを、さらりと流して続ける安曇野。なかなか肝の据わった人物らしい。


「端的に申しまして、わたくしは後者の立場を代表する者です。前者の立場にたつ者からは、保守的・退嬰的と批判されますが、現在ある秩序を破壊する危険よりはずっとましだと考えておりますので」

「…………」


 自分はあなた方の敵ではないという宣言に、タクマも一応、怒りの矛を収めざるをえない。


「管理協会は話し合いを続けまして、幸いわたくしたち『抑制派』の意見が大勢を占めるに至ったのですが、おとといの事件が『推進派』に火を付けるきっかけになってしまいました。同様の魔力振動が、ほとんど間を置かず二度も観測されたのです。しかもアリエル嬢が身を寄せている場所に、二人の無戸籍者が増えていた。これはもう異世界からの転移仮説を疑いのない事実に昇格させる出来事でした」


 あちゃー、という表情のカレン。魔力に関してなにがしかの観測技術を持っている相手には、次元跳躍は気づいて当然の強烈な現象だ。魔法技術があると仮定して行動すべきだったか……


「そして魔術活用推進派の中心的人物が、自分の信奉者をまとめて、今夜のような実力行使に出た次第です。恐らくは、異世界の魔法技術を自分が独占する事を狙っていたと思われます。……それがこの世界に、どんな影響を与えるかを考慮しないで」


 一呼吸置き、かすかにためらったような調子で、安曇野は話を続ける。


「本当に偶然だったのですが……異世界転移者が身を寄せている相手というのが、わたくしの旧友のお孫さんだとわかり、それでそのご縁を頼って警告を送らせていただいた次第です。わたくしが直接、志藤拓磨くんに連絡するよりは、よほど受け入れやすいのではないか、と……」


 早苗に視線をやる安曇野。タクマの祖母は目を閉じたまま、まるで舟をこいでいるかのように見えたが。


「……先輩が珍しくあわてておられるようでしたから、切迫した事態だとは思いましたけど、まさか警告を受けた今日の今日とは思いませんでした」

「申し訳ありませんでしたねぇ……。わたくしたちが相手の動きをつかんだのも、ギリギリのことでしたもので……」


 老女二人の過去にどういう物語があるものやら。確かなことは、二人の間に未だに強い信頼の絆があるらしいということだった。


「だいたい事情はわかりましたけど、質問いいっすか?」


 カレンが緊張感のない声をあげた。たぶん意識してやっているのだろう。


「ええ、どうぞ」

「ぶっちゃけた話、あなた方『魔術管理協会』ですか? あたしらをどうしたいんです?」


 実にぶっちゃけた問いだった。アリエルも安曇野に不安げなまなざしを送った。


「……それは……あなた方がこの世界で、何を望むかにもよるんですけどね……」

「おっしゃる意味が今ひとつ」


 苦笑ぎみの安曇野に、放り返すようなものの言い方。カレンは時々こういう言い方をする。あれこれと細かい事情を裏読みすればいくらでもできる人物なのだが、結局それは骨折り損と判断したときには。


「例えば……あなた方が、元の世界の魔法技術を用いて、この世界を支配する存在になろう、などと」

「あははははははは! 冗談じゃないっすよ、めんどくせえ!」


 大口開けて笑い飛ばすカレン。タクマもはははと笑ったが、ゲルダが寝ていて良かったなどと内心思った。


「ふふふ……そう、そうなのでしょうねえ。わたくしもそれなりに人を見る目はあるつもりですが、あなた方は何というか……昔の、いえ」


 自分の言葉を自分でさえぎって、苦笑する安曇野。


「とにかく……わたくしにはあなた方が、害意のある人たちには見えません。どうでしょう? ひとつ取引をして、それでお互いに無干渉で済ませる、というのは?」

「取引? ほう、条件は?」

「まず、協会はあなた方に干渉しない。正確に言うと、推進派の動きを抑えて、あなた方に今夜のようなちょっかいを出させない」

「それ取引条件になりますか? 『何かをしてあげる』ってプラス条件じゃなくて、『何かをしないでいてあげる』ってマイナス条件じゃないですか。犯罪ギルドの『痛い目みたくなかったら、言うとおりにせいや』ってのと同列ですよ?」


 カレンの指摘はなかなか手厳しい。安曇野から言えば「推進派」と「抑制派」は別だろうが、外部から見れば「魔術管理協会」という一組織である。


「ふふ……そうですねえ。ですが、あなた方に求めるのも『何かしてくれ』じゃなくて『しないでくれ』という条件だったら、釣り合いが取れるんじゃないですか?」

「ほう? 具体的には?」

「あなた方の世界の魔法を、この世界では使わないでくれ、それが条件です」

「…………」


 双方の間にしばし沈黙が流れた。


「無論、私たちが自分で『魔法』を使っている以上、あなたがたに完全に使うなと求めるのは虫が良すぎます。出来るだけ使わないでくれ、という線を条件にしたいのですが……どうでしょう?」

「……いいでしょう。取引を飲みましょう」


 挙げられた条件に、タクマは即断を下した。


「タクマ、うまいレトリックだったけど、あたしらが相手のために魔法を使わなくていいってんならともかく、自分のためにさえ使わないでってのは、あたしらにとってデメリットでしかないんだよ?」

「オレは、この世界に帰ってきて、自分の行動に条件をつけたんだ。それは『魔法に頼らない、使いすぎない』ってことだった」

「そうね……私がタクマにあって、最初に約束したのもそれだったわね」


 タクマとアリエルの言葉に、ほう、といった調子で眉を上げる安曇野。自分が条件にしたことを最初から心がけていたとは……世話がないというか……


「メリット・デメリットで言えば、カレンの指摘通りだと思うけど、それでも取引全体でいえば、納得できるバランスだと思う」

「……ん、あなたの判断に従います、マイロード」

「よせよ……」


 タクマとカレンのやりとりを、微笑みながら見つめる安曇野。やはり……昔の「彼ら」に雰囲気がよく似ている……。そんな思いを抱いて。


「あの……出来るだけ使わないという条件ですが、条件自体は文句ないんですけど、具体的に『これは大丈夫』『これは危ない』という区別はあるんでしょうか? もしそうなら、事前に教えて頂けると……」


 アリエルが学生のように手を挙げて問うた。


「……もっともな疑問ですね。その点は……後ほど我々の研究職の者に、ご説明に上がらせます。少々お時間を下さい」


 お茶を一口し、安曇野は微笑んで続けた。


「応じて頂いてありがたく思います。状況からいえば、わたくしたちも疑われてしかたのない所でしたのに。カレンさんにしてみれば、我々の内部対立も芝居だと見る事もできる、そんなお考えでしょうね」

「まあね」

「その点は、信じていただくほかありません。後ほど心ばかりの品を贈らせていただきますので、それを詫び状がわりと思ってください」


 取引による「紳士協定」の成立を確認し、安曇野たちが志藤家を辞去していった時には日付が変わってた。今日はここまでとして、皆それぞれの寝床に入った。



 翌朝、何ごともなかったかのように起きだし、五人は朝食を済ませた。ゲルダのにぎやかな和食の喜びっぷりに、目を細める早苗。美味しいと言ってたくさん食べるだけで親孝行、そんな言葉を思い返すタクマ。

 後片付けを済ませると、早苗は午前中のバスで帰ると告げて


「タク坊、バス停まで荷物持っておくれ」

「はいよ」


タクマと一緒に家を出た。

 バス停までの道をゆっくり歩く。すこし坂道を登ると汗ばむほどの陽気だった。陽炎かげろうのたつ道行きの中、ぽつりと、早苗はつぶやくようにタクマに語りはじめた。


「……わたしはねえ、昔、この世界と別な世界がつながる現象を研究する機関で働いていたの」

「……」

「それを示す言葉は、色々と残ってた。マロウド、オミワタリ、こちらから別な世界に迷い込むのをマヨイガなどと……。和代先輩に会ったのもその時さ。そして色々あって、色々あって……そこを離れた。……今、思い返すと学問というより、戦争に負けた日本が面目を取り戻すといったような思い入れが……冷静な目を損ねていたのかも知れないわ。別な世界からもたらされる技術を活用しようという考えだったあの人も、むしろそれを慎重に制限すべきだという考え方に変わっていった……」


 祖母の言葉は誇るというより、悼み、悔恨を感じさせるものだった。思えば、孫に今まで話さずに来たことなのだから……明るい記憶ではないのだろう。

 話題を変えるつもりで、努めて軽い調子でタクマは言った。


「じゃあさ、ばあちゃん、オレが異世界に行ってたって話した時、何で信じてくれなかったの?」

「ほほほ、信じなかったわけじゃあないけどね、半信半疑ってところかな? その手の話はねえ、よく調べると九割八分は普通に説明つくもんさ」


 バス停に着いてしまった。いつもの街の風景が眼下に広がる。丘の下から日を照り返して、バスが登ってくる……


「それにまあ、タク坊が帰ってきたからねえ。一番の心配事が片付いた後だから。ほかの事情は、どうでもいいもんさ」

「……どうでもいいって……結構、その、オレの名誉に関わるっていうか」

「おや、ウチの家族でタク坊をウソツキ呼ばわりした人はいませんよ。そうでしょう?」

「え? あ……」


 言われてみれば、その通りだった。え? という事は、みんな、オレのいう事を……半信半疑くらいには?

 バスが到着してドアが開いた。また来るねと言い残し、早苗はバスに乗った。

 手も振らず、声もかけなかったけれど、タクマは走り去るバスをずっと見送り続けた──


 ◇


 数日後、安曇野和代の名前で、アリエル、カレンの身分証と、ゲルダを含んで市役所で各種証明を発行してもらう手順書マニュアルが送られてきた。

この節、終わり

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