魔術管理協会1
志藤家の電話が鳴った。タクマたちではない。叔父たち一家が住む田舎の家の方である。
「史子、電話ですよ……。おや、出かけてますか? やれやれ、よっこいしょっと」
電話に出る祖母の早苗。受話器を耳に当て、一拍おいてからぱっと表情が明るくなった。
「あら、珍しい! お元気でした?」
電話相手は旧知らしい。いくつか言葉を交わすうち、品の良い笑顔だった早苗の表情が曇った。
「タク坊……拓磨にですか? ……はい……はい、それは……」
相手側がしゃべるのに、相づちをうつだけの通話が十分ほど続いた後、早苗は受話器をもったまま一礼して通話を切った。
表情を曇らせたままつぶやく。
「何てこと……まさかとは思っていたけど、本当に『御神渡』の……」
◇
一方こちらは愉快な四人がそろった志藤家である。
「おお~~~? 箱の中に人がいる?」
「ほほー、これがこっちの『魔道通信機』にあたるのかな? 面白いモンだね」
ゲルダとカレンが、テレビを見て驚いている。幼女の方は興奮していると言っていい。
「テレビジョンと言って、遠くの光景を映す機械よ。カメラという道具と対になっていてね……」
おすまし顔で解説するアリエル。初めて見た日には、「箱」の裏側までのぞいて見た事はおくびにも出さない。ちなみに、この家にある家電はタクマが両親を亡くして叔父一家に引き取られる以前からのものなので、結構旧式のものが残っている。
続いてパソコンを説明しようと思ったのだが、ゲルダはテレビの前で固まってしまって動こうとしない。二手に分かれる事にした。アリエルはゲルダのそばについて、あれこれと質問に答え、タクマは二階の一室に据えてあるパソコンをカレンに見せた。そのまま簡単な説明をしたのだが、ネットを使った検索でモノを調べる方法を、あっさりカレンは会得した。畏敬の念を新たにするタクマ。性格を別にすれば、大賢者と呼ばれて当然の人物である、性格を別にすれば。
「一応断っておくけど、ネットの情報ってのは玉石混交だからね」
「ふむふむ、へー、ある程度の資力と教養があれば、誰でも情報発信ができるわけだ。そいつはかなり混沌な事になるだろうねえ。これを見る限りでは、相当に情報が整理されているみたいだけど、よくもこんなふうに秩序だてられたもんだ」
他国人、いや、他世界人の目から見た感想を聞いて、なるほどと普段忘れていた感慨を持つタクマ。
「ところでこの世界に、図書館に類する施設はないかい? お、スルッと言語変換されたって事は……」
「ああ、文字通りの図書館があるよ。都道府県とか市町村と呼ばれる行政区分があってね、その単位ごとに、おおむね一つずつの図書館が建てられている」
「おお、そいつはすごいな!」
「行政区分に所属する者なら誰でも利用可能で……」
そこまで解説して、身分証の問題に気づくタクマ。
「あちゃー、気づかなかった……」
「ん? どうしたい?」
図書館の利用に身分を証明するものが必要だと説明した。都市滞在に身分証が必要なこと自体はイムラーヴァでも同じ事情なので、特にカレンに驚きはない。
「こっちで身分を証明するものっていうと……運転免許証か住基カードだなぁ……うーん……」
「……悩むってことは、すんなり手に入るもんじゃないんだね?」
説明しては考えを繰り返し、タクマは戸籍制度と、その記録が元になって各種身分証が作られる仕組みとを解説した。自分が普段意識せずに浸り込んでいる社会のシステムを、外部の人間に説明するのは思った以上にめんどくさい。
腕組みして首をひねっていたカレンだが
「……タクマ、人の世の常って事で聞くけどさ」
「なんだい?」
「身分証明にその二つが一般的で、それがないといろんなサービスが受けられないとなると……偽造する連中もいるよね?」
「……それは……そうだろうと思う」
時々ニュースにもなる話である。
「その手の話ってさ、『インターネット』とやらで調べられるかい?」
「……できるかできないかで言えば、できると答えるしかないけど……」
ネットで検索すれば、怪しいサイトで「免許証作ります」だの「住基カード作ります」だの見つかるだろう。しかし……当然それらは非合法で、相応にリスクが伴う取引になるはずだ。
「取り締まる側からしても……同じ手順で偽造職人連中にあたりをつけられるわけで……」
「まあ、リスクはあるんだろうねえ」
「うん、ネットで見つけた相手に身分証偽造してもらったとして、何ヶ月かしたら『警察』って言う取り締まり機関の連中が家を訪ねてくるって事も……」
ピンポーン、狙ったようなタイミングで玄関のチャイムが鳴った。ちょっとドキッとしたタクマ。階下からアリエルが応対する声がする。あれ? この声は……。急いで玄関に向かう。
「早苗ばあちゃん!」
「おお、タク坊、元気でやってたかい?」
訪問者は、満面の笑みを浮かべ、みやげの野菜が入ったバッグを下げた祖母の早苗だった。
早苗に自己紹介と挨拶をするタクマの仲間たち。
「アリエル・フェルナバールと申します。一年前の縁により、タクマくんに日本でのホームステイ先を引き受けていただいてます」
三つ指ついてとは言わないが、優雅さを感じるアリエルの一礼であった。タクマの親族相手という事で、少し緊張しているのが感じられる。
「おやおや、えらいべっぴんさんですねえ、ほっほっほっ。タク坊は果報者だこと」
笑って挨拶を返す早苗。いい加減、タク坊はよして欲しいと思うタクマだったが、おそらく一生言われ続けるんだろうなあとも思う。
「カレン・イクスタスです。あちこち旅するのが趣味でして、アリエルと一緒にタクマに世話になってます」
「おや、これまたべっぴんさんだこと。確か史子が、この家の監督役をお願いしたとか……」
「あっ、そうっすねぇ。お世話になるだけじゃなく、お世話してることにもなってますねえ」
あははと笑い合うカレンと早苗。何というか、あっさりと相手との距離をちぢめてしまうのは、やはり旅慣れた特技なんだろうなあ。そんな事を思うタクマ。
「ふっふっふっ……ワラワはゲルドゥア・マグナス! 第十六代魔王にして、魔族の国クロムレック王国を統べる者! 勇者タクマのたっての願いを容れて、このあばら屋に滞在してやっているのじゃ! ありがたく思うがよい!」
「「「「………………」」」」
まずったなあ、予想された展開だったのに。立ちポーズを決めているゲルダに、どうしたものかとタクマが迷っていると、アリエルが笑顔のまま、ひょいと幼女を抱えた。
「ちょっとお話しましょうね、ゲルダちゃん……」
「何じゃアリエル! まだ勇者の祖母の返礼を受けておらぬぞ……おい……放せ……」
別室に連行されるゲルダ。しばらくして
「にゅあーーーっ! やめぇぇぇ! にひぃぃいいっ! のほほぉぉぉぉぉっ! ゆるひぃ、てへへぇぇぇぇぇ~~~!」
響いてくるあられもない幼女の悲鳴。
「ちょっとようす見てくるね……」
言い置いてタクマは居間を出た。早苗とカレンはすましてお茶を飲んでいる。
廊下の奥は板張りの道場になっている。タクマの祖父が昔使っていた場所だ。戸を開けると、赤毛の幼女がアヒル座りで号泣していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……もうしませんのじゃ、ごめんなさい……」
そばに立つアリエルに声をかける。
「アリエル……何をしたの」
「……昔、私が聞きわけない事を言った時……乳母頭がした……その……おしおきを……」
真っ赤な顔で口元をおおうアリエル。
「これ以上は聞かないでっ……」
「ハア……」
フェルナバール王国第三王女にも、子どもの頃には色々あったらしい……