魔王さまにお願い
「お日さまがー 雲を照らして青い影ー お花はー 咲いて笑うのですー♪」
アリエルがゲルドゥアの手を引きながら歌っている。「こちら」の世界の歌である。ゲルドゥアはあたりをキョロキョロしながらついて行く。近所の○まむらで買った服が、微妙にだぼついてサイズがあっていない。当人を連れて行けずに大急ぎで見つくろったのだから、まあ仕方ないと言えばしかたない。二人の後をタクマ、カレンが続く。物珍しそうな幼女のようすに、自分の目であたりを見て、別世界だと納得してくれないかなー、などと思うタクマ。すんなり納得してくれたら面倒ないんだけど。道行く人たちが先を行く二人に注目しているのがわかる。ゲルダの鮮やかな赤毛は非常に目立つし、顔立ちも客観的に見てなかなか可愛らしい。アリエルと一緒だと、他人の目から見てどうみえるだろう? ……まあ、どんな形にせよ血縁関係があるようには見えないかな。二人の容姿はタイプが別方向すぎる。
五月晴れの日曜日。無邪気にピクニックを楽しめたらいいのだが、残念ながら向かう先は近所の神社。タクマたちが魔力回復ポイントにしている場所である。一刻も早くカレンの魔力回復を図らなければならないし……ゲルドゥアだって、それなりに魔力が必要だ。事情はかなり二律背反しているが、ある程度の魔力を与えないことには、この子に「現状認識」してもらうのが難しい。
神社についた。ここはいつ来ても閑散としている。タクマたちの目的には好都合だが。
赤毛の幼女が鼻をひくひくさせている。
『ここには……魔素があるのじゃ』
『あまり濃くはないけどね。さ、ゲルダちゃん。こう、まっすぐ背を伸ばして、鼻から息を吸ってー口から吐くー。ゆっくりーゆっくりー』
『変な名前の略し方はやめよ……すー、はー……』
『すー、はー……こんな事やるの、駆けだしの頃以来だよ……』
『すー、はー……こればっかりは慣れてもらうしかないね……』
文句をいいながらも言われたとおりにするゲルドゥア。自分にとって魔力回復が最重要課題だと、わかってはいるから。
タクマとカレンも深呼吸を始める。大人三人に幼女が一人、ポーズを決めて深呼吸するさまは、ちょっとヘンな集団に見えないこともない。
『終わったら帰ってお昼ご飯にしましょうね。朝とは別のメニューにするからお楽しみに』
『うっ……』
ゲルドゥアが微妙に動揺する。タクマにはアリエルの狙いがよくわかる。欠食幼女を食べ物で釣って、逃亡を事前に抑えようというんだろう。うまくいくかなー?
……ダメでした。
少量、魔力が回復したと思ったら、ゲルドゥアは突然駆けだして距離を取り、タクマたち三人に向かって両手を向けた。パチパチと手の間に電光が弾けて、雷魔法の発射態勢に入っている。
『すまぬ、このまま行かせておくれ……』
『ゲルダちゃん……』
アリエルの哀しそうな顔に罪悪感が湧いたのか、思わず目を逸らすゲルドゥア。大した魔力量ではないので、タクマが取り押さえようと思えば簡単なのだが、それでは根本解決にならないし……。カレンは片眉あげただけで、魔力回復の呼吸を続けている。自分が出るまでもないと判断したようだ。
『……ひとりで逃げ出してどうするの? 何度も言ったけど、この世界は元いたイムラーヴァとは別世界なの。ここで私たちが争う理由なんてないのよ?』
『それを鵜呑みにするわけにはいかぬのじゃ。魔族は、人族に何度もだまされて来たのじゃ。お、おぬしらは結構いい奴らで、おいしいゴハンもくれたけど、それでも頭から信じるわけにはいかないのじゃ。ワラワには、魔王を名乗った責任があるのじゃ。つらい目にあっている仲間を助けなければいけないのじゃ……ああ!?』
話しているうちに、弾けていた電光が消えていく。魔法を放つまで保持しておけなかったのだ。せっかく貯まった魔力をムダに散らしてしまった。
『ありゃー、お嬢ちゃん、魔力制御がなってないねー。以前戦った時は、魔力量に圧倒されて気づかなかったけど、実は細かいコントロール苦手なのかい?』
カレンがざっくり言い切ってしまう。
『にゅう……』
涙目でへたり込んでしまうゲルドゥア。アリエルが近づいて、その手を取った。そのまま手首にブレスレットを着けさせる。
『……隷従の鎖か』
ゲルドゥアが言っているのは、装着者の自由を奪う魔道具。主に奴隷などを従わせるために使われる。力を失って、しかも逃げだそうとした自分には、着けられて当然と思ったのだが……
『違うわ、これは翻訳の腕輪。これを着けていれば、この世界の言葉が理解できるわ。少しずつ魔力を消費するけどね』
驚いてアリエルを見上げるゲルドゥア。アリエルは自分の腕にも着けてある腕輪を示し、同じ物だと納得させた。
ちなみにゲルドゥアが着けているのは、カレンがアリエル用にと持ってきた一本である。タクマが既に渡していたので、余っていた。
閑話休題。
『ね、ゲルドゥアちゃん。ずっととは言わないわ。周りの状況がわかるまで、私たちと一緒に暮らしてみない? 今、この世界にいるイムラーヴァ人は私たち三人だけだし、今の時点ではイムラーヴァに帰る手立ても見つかっていないの。この世界はメディアという、その……知識を得る方法がいろいろあるから、一緒に暮らしていても、調べられる事はいっぱいあるわ。イムラーヴァに帰る方法が見つかって、自分自身でやりたい事を見定めて、それでやっぱり一緒にいられないと考えたなら、その時は笑ってサヨナラしましょう? それまでは……ね?』
『…………』
なおも逡巡するゲルドゥア。「人間不信」の根は深そうだ。見ていたカレンがタクマをつつき、何かを耳打ちした。タクマは眉を上げてちょっと考えてから、ゲルドゥアの前に進み膝をついた。
『大魔王ゲルドゥア陛下に申し上げます。どうかこの世界での争いは矛を収めて、しばらくオレ、じゃなかった私のあばら屋に滞在していただけませんでしょうか? できる限りご不自由のないよう努めますので』
勇者が魔王に膝を折って懇願する形を作ったわけだ。「魔王の品格」にこだわっているらしい幼女には、さすがにこれは効いたようで小さい声でうなずいた。
『……うん……』
『よかった!』
アリエルが笑顔でゲルドゥアの手をとる。ばつの悪そうな上目遣いで見上げるゲルドゥア。
『ね、あなたの名前、ちょっと呼びにくいから、ゲルダちゃんって呼んでいいかしら?』
『す、好きにするがよい……』
照れたのか、頬を染めて目を反らしつぶやく幼女。以降、この子の名前をゲルダと表記する。
『さあ、散らしてしまった魔力の分、もう一回行くわよー。魔力回復深呼吸ー』
『うにゅ……お腹減った』
遠く、市役所の屋上にとりつけられたスピーカーから、正午を告げる音楽が流れてきた。