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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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イムラーヴァにて

 場所は変わってイムラーヴァ、暗黒島タルタロスの奥地に建つ城塞の中で。


「バルドマギさま……ネストロモの魔王城に向かわせた斥候から報告が」

「うむ、読み上げよ」


 調度だけは、まるで玉座のようにしつらえられた一室で、座にふんぞり返っているのは肥満体の魔族。水牛のような形の大型の魔力角は、かなり高い魔力を持っている証である。部下らしい獣人型魔族からの報告を傲然と促した。


「……残念ながら、城内への潜入はできなかったもようです」

「ちっ、使えん……」

「ですが警備していた人族兵士の会話から、封印の間に異常があったと思われる、とあります。部隊全体が相当に動揺していた、と」

「ふむう?」

「さらにこれは別の斥候からの報告ですが、ネストロモ周辺で人族の偵察部隊が活発に動いている、との事です。戦闘目的ではなく、何かを捜索しているようだった、との由」

「ほう……ほほう……!」


 バルドマギと呼ばれた魔族は、バロック調の椅子をきしませて立ち上がった。顔には醜悪な笑みが浮かんでいる。


「封印の間で異常があり、周りを人族がウロウロ探し回る。面白い、実におもしろい! フハハハハハ!」

「はっ……」

「……しかし手駒は手元になければ意味がない。斥候を増やせ。もしもそれが本当に起きたのなら……ゲルドゥアを真っ先に確保せねばならん!」

「ははっ、ただちに手配いたします」


 部下が退出し、バルドマギは再び椅子に巨体をあずけた。


「さて、四聖戦士とやらの始末からかからねばと思っていたものを、ひょっとして、運が向いてきたか……?」


 肘掛けにほおづえをつき、浮かべた笑みは、なぜか「侮蔑」にしか見えなかった。


 ◇


 さらに、グラドロン教皇国執務室。現教皇ラムゼル・ミスカマスと、聖騎士ロレント・ジンバルが差し向かいに卓を挟んでいた。


「失礼します。旧魔王城調査隊が帰還いたしました。隊長のプロントが報告に参っております」

「通しなさい」


 衛士に短く指示するラムゼル教皇。一礼して扉から出た衛士と入れ違いに、実直そうな威丈夫が入室してきた。


「ただいま戻りました。教皇さま」

「うむ、ご苦労さまでした、プロント卿。で、封印は?」

「消失しておりました。物理的に封印方陣が毀損された様子はなく、文字通りの消失であります」


 室内の三人に一時沈黙が落ちる。が……意外とか驚いたという様子はなかった。ロレントが口を開く。


「何か気づいたことは? 手がかりになりそうなものは……」

「は、奇妙なことに、かつて玉座があった場所に、暗い色の水晶状石柱が現れており、内部に王冠らしきものが見えました。玉座と王冠を内部に閉じ込める形になっており、我々の手では破壊することも動かすこともできませんでした」

「……それは『魔王冠』が初期状態に戻ったという事ですね。『聖剣』と同じように、有資格者が現れるまで、その状態のままだと聞きます」


 ラムゼル教皇が博識を披露したが、それはさらに謎を深くする


「それでは、ゲルドゥアがあそこから立ち去ったとして、『魔王冠』を置いていったという事でしょうか? 自らの王位の象徴を?」

「ふーむ……」


 ロレントの疑問に教皇は答えず、腕組みして考え込んだ。長考するときのクセである。

 一旦そこから離れて、ロレントは質問を続けた。


「魔王ゲルドゥアか、彼女を擁したとおぼしき魔族は見られなかったか?」

「旧魔王城警備隊の者たちは、いかなる者も城に入っていないと言明しております。接近した者さえいない、と。ネストロモのセルニア執政官は、魔力振動の異変には気づいていたようですが、市民の宣撫に努めるだけで怪しい動きは見られませんでした。念のため、旧クロムレック国のドルツの関とコアン港、タロスの渡しに捜索隊を向かわせましたが、それらしい情報は入っておりません」

「うむ……」


 騎士プロントの調査はまずは行きとどいたものといえた。


「各地に派遣した捜索隊には、どういう指示をしておいたかな? 捜索対象を、どこまで具体的に言ったか、という事だ」

「怪しい動きをしている魔族の集団がいないか、とだけ指示しております。旧魔王城云々は、一切伝えておりません」

「うむ、適切だった。プロント、申し訳ないが今後の事だが……」

「わかっております。調査隊全員、白蓮棟にこもって外部と連絡を取らぬようにしております。無論、私もこの後向かいます」


 遺憾の面持ちのロレントに、笑みを返してプロントは答えた。事は、それほどに重要な情報である。たとえ最終的には秘匿できなくても、できるだけ漏洩は遅らせるべきだ。

 踵を鳴らして一礼し、プロントは退出した。

 教皇のうなずきを合図に、ロレントは卓上に図を広げた。折れ線グラフのように見える。いや、地震計の記録と言った方が近いか。それはグラドロン教皇国の、いわば魔道レーダー、『ラーヴァの瞳』の検知記録だった。


浅黄あさぎの月十四日十三刻、カレン・イクスタスがフェル王国の『勇者召喚の間』から単独の次元跳躍を行いました」


 ロレントの指は、図に記録された波形の大きくなっている部分を示す。


「そしてそれから二刻とたたずに、ほとんど同じ反応が現れました」


 さらにもう一つのピークを示す。波形は確かによく似通っている。


「……そして君の『縛魔の紋章』が消え、旧魔王城の封印方陣が消失した……。やはりこれは関連した出来事と見るべきでしょう……」


 ラムゼル教皇の言葉に、ロレントは一瞬自分の左腕に目を向け、視線を戻した。

 ラムゼル・ミスカマスは、気品がありながらも芯が強いという印象の老人だった。年のころは七〇前後か。自分の部下にも敬称をつけて呼ぶタイプの人物である。懐刀のロレントに対しては、気の置けなさを示す言葉遣いだったが。

 腕組みをしてしばらく考え込み、ゆっくりと言葉をつなぐ。


「アリエルが次元跳躍し、その先がタクマ・シドウどのがいた世界と見て、カレン女史がそれを追った。この推論が正しく、カレン女史の単独跳躍が成功していたら、三人の縛魔の紋章が、その世界にそろった事になる。そして、それからほとんど間を置かず跳躍反応と封魔方陣消失が起こったとなれば……ゲルドゥアは三人の封印基点に引きずられたと見るべきでしょう」

「引きずられた……ですか」

「例えるなら……君たち四人が一枚の網の四隅を持って、魔王ゲルドゥアにかぶせて動けなくしている。ところがその内三人が別世界に移動してしまった。移動した先に網自体が引きずられて、中身のゲルドゥアも引っ張られる。そして封印対象が次元を超えた衝撃で、封印魔法が崩れてしまった。そんな風に考えると、前後の記録とつじつまが合います。魔王冠がこちらの世界に残ったのは、この世界のことわりに強く結びつく秘宝アーティファクトであるため、次元の壁を越えられなかったという解釈でどうでしょうか。フェル王国第一勇者伝説によると、異世界から来た勇者は聖剣を携えたままでは帰還できなかったといいます。それと同様の結果だったのでは……」


 教皇の推論にうなずくロレント。なるほど、ゲルドゥアが自分で王冠を捨てていったと考えるより、よほど筋が通る。推論が正しければ、カレンの次元跳躍が予想外の結果を生んでしまったわけか。しかしそうなると……


「そうであったとすれば、タクマの世界に、ゲルドゥアが現出した事になります」

「そうなりましょうな……」


 ロレントの表情は硬い。教皇も眉根を寄せている。あのゲルドゥアが封印から解かれ、出現したとすれば、その世界にどんな災厄がもたらされるか……


「ラムゼルさま、私の次元跳躍を許可していただけませんでしょうか?」


 ロレントの衷心の訴え。かつての四聖戦士がそろえば、異世界とはいえ、ゲルドゥアの脅威から守れるかもしれない。だがしかし……


「それは無理です。第一、勇者帰還時と同規模の次元跳躍を行うには、術者が足りないでしょう。かつては西方諸国同盟とフェル王国が協力し合えたから、優秀な魔道士を集められたのです。現状では……」


 眉を寄せ目を閉じたまま、ラムゼル教皇は首をふる。イムラーヴァの人族は、哀しいかな内輪もめの真っ最中だ。


「タクマどのの世界について、詳しくはわかっておりませんが、彼の残した証言のいくつかからは、国家とそれに属する軍隊があると予想されます。遺憾ではありますが、彼らの世界自体の防衛機構に期待しましょう」

「は……」


 教皇の言葉に、歯がみする思いながらもうなずくロレント。自らに被害が及ばぬという「エゴ」かも知れないが、世界を渡る方法が用意できないのもまた事実だった。

 腕組みのまま沈思する教皇。権謀術数を好まない人物だったが、立場上、物事の裏側を考えられないでは勤まらない。


「ところでカレン女史は……フェル王国側にどこまで話しているでしょう?」

「『アリエルを助けるために勇者召喚の間を使わせてくれ』と持ちかける、そう言っておりました。そうでなければ、『放浪の大賢者』の頼みとはいえ、フェル王国の至宝ともいうべき施設を使わせてはくれないだろう、と……」

「でしょうな。……しかしそうなると、フェル王国側にも事情を知った者がいる、ということになります。防諜には、当然注意しているでしょうが……」

「はい……どこまでベレラカン王国の耳から遮断し続けられるか」


 ラムゼル教皇とロレントは、「秘密を守り続ける」ことについて悲観的な考えの持ち主である。情報はいずれ漏れる。関係者を、例えば皆殺しにしようと、その皆殺しという事実から「何かを隠そうとしている」情報は伝わってしまう。

 フェルナバール側からカレンの動きが漏れるのが、時間の問題だとすれば……もう一つの「材料」は、遅延させられないものか?


「ラムゼルさま、重ねて僭越ながら……このたびの『ラーヴァの瞳』の記録公表は、中止か延期することはできないでしょうか?」


 『ラーヴァの瞳』の記録は、イムラーヴァ全体の守護を掲げる教皇国の国是により、無償で各国に提供されてきた。そういう姿勢を保ち続けてきたからこそ教皇国は宗教上の権威を保ち、各国から喜捨が寄せられてきたと言える。しかし今回の『瞳』の記録と、大賢者カレン・イクスタスの動静を考え合わせれば、ある結論にたどりつく者が出てくるかもしれない。その懸念から発せられたロレントの提案だったが、教皇はため息をついて退けた。


「それはできません。『ラーヴァの瞳』いや、グラドロン教皇国自体の国是に反します。一時この職を担っている身では、変えられない、変えてはいけないものはどうしてもあるのです」


 グラドロンにおいて、最高指導者の教皇は高位の大教導師による互選によって選ばれる。その点、地球におけるバチカン市国とカトリック教皇に似たシステムだった。

 ラムゼルは立ち上がり、歩きながら言葉を続ける。


「無論、私自身の感情としては、現在のベレラカン王国に対して不信と憤りを持っています。アリエルの命を狙ったのが本当なら、計画した者をこの手で張り倒してやりたいくらいですとも。しかし……フェル王国と連合が対立している時だからこそ、グラドロンがどちらかに肩入れしているという印象を与えるわけにはいかないのです。その一線が崩れれば、和平を仲介する事もできなくなる……。教皇国自体が戦乱に巻き込まれることにもなりかねません」


 他国の王族・貴族を、敬称をつけてよぶ教皇だったが、アリエル・フェルナバールだけは例外だった。彼女は神聖魔法をグラドロン教皇国で修行した身であり、ラムゼル教皇にとって直弟子ともいえる関係だった。

 教皇の苦衷を察し、ロレントは話題を変えた。


「プロントたちの防諜禁錮はどれほどの期間に?」

「……とりあえず、一週間としましょう。彼らにおいしいお酒でも差し入れて下さい」

「はっ」


 一礼して部屋を出ようとしたロレントの背中に、教皇は語りかけた。


「今回の事態は、魔王復活を願う者にとっても想定外だったはずです……なんらかの、新たな動きがありましょう」

「はい」

「それを掴めれば、こちらから切り込むこともできるはず……。今は耐える時です」


 もう一度ラムゼル教皇に一礼し、ロレントは執務室から出た。偵察隊が防諜のためカンヅメにされている宿舎に向かう。途中、テラスの窓から暗い夜空をながめ、遠い戦友たちに思いを馳せた。


(すまない、タクマ、アリエル、カレン。ゲルドゥアの脅威をお前たちに押し付ける形になってしまった……無事でいてくれ……)

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