怒濤の土曜日3
『ひっく……ちゅぷ……ひっく……ちゅぷ……』
泣き止まないゲルドゥアだったが、棒つきキャンディを与えると、一応おとなしくついてきた。黒革ボンデージ姿はさすがにまずいので、一緒に買ったポンチョ型コートを着せてある。コンビニって本当に便利だなぁ……
『ひっく……ちゅぷ……ワラワを……どうするつもりなのじゃ……ぺろ……』
『うーん……まずはオレの家に行ってからね……』
正直タクマもどうしていいか計りかねている。
『悪いようにはしないから安心して』
ゲルドゥアの手を引きながら、アリエルが優しく声をかけた。
『ひっく……ちゅぱ……悪いようにしないというのは……ぺろ……悪人がよく言うセリフだと……ぺろ……バルドマギが教えてくれたのじゃ……ちゅぷ……』
泣きながらもキャンディを放さないのは、かなり気に入った証拠だろう。あとでいくつか買っておこう。おとなしくさせるのに役立ちそうだ。そんな事をタクマが考えていると、ぽろりとキャンディを落としてしまった。あれ? 飽きたのかな?
と、見ると女の子は地面にへたり込んでいる。
『ああ、おいしいのが……』
手を伸ばしてキャンディを拾おうとしている。アリエルが『また買ってあげるから』と止めようとしているのだが、それ以前に手元が定まらず、拾えない。そのうち上体がふらふらしてきた。
『ゲルドゥアちゃん? ちょっと、どうしたの……? タクマ、この子、ヘン!』
アリエルの緊張した声に反応し、タクマはよろめき倒れるゲルドゥアを抱きとめた。まるで熱病のように体が細かく震えていた。それでいて体温は、むしろ低すぎるように感じる。抱き上げて、そのまま家まで走った。
布団をしいて寝かせたが、すでにゲルドゥアの意識はない。苦しそうな表情で、額には汗が浮いている。病気なのか? どうしたらいい? 魔族を病院に連れて行って、治療が可能だろうか? とにかく、着ているものを脱がせて楽にさせようとしていたアリエルが、びくりと手を震わせた。
「っ! 何これ……」
胸のあたりを慎重に探る。幼い胸の心臓あたりに指が触れたとき
「タクマ、カレン、ここに何かあるわ! すごい勢いで魔力を吸収している!」
発したアリエルの言葉を受け、カレンが横に座った。
「ちち……あたしの魔力はスカンピンに近いってのに」
アイテムボックスを開いて魔力回復薬を取り出し、一気にあおった。カレンの最大魔力量に対しては、雀の涙の回復量だったが。さらに用途が知れない魔動装置を引き出し、アリエルが示したあたりを探る。
「……心臓のわきに、何か人工物が埋め込まれてる。魔力を消費して機能するものみたいだ。今、この子の魔力はほとんどゼロなんだが、代わりに生命力を吸収しているみたいだ」
「なんだよそれ、そんなの、命を削るようなシロモノじゃないか。なんでそんなもんが……」
カレンの分析を聞いて、アリエルはゲルドゥアの胸に手をあてて自分の魔力を注ぎだしだ。少女の苦悶の表情が、徐々にやわらいでいく。
「アリエル? よせ、そんな事をしてもムダだ。時間かせぎにしかならないよ」
「カレン、これを止める方法はないの? このままじゃ……この子は……」
カレンも真剣な表情で考えるが……数秒の沈思のあと、首をふった。
「……だめだ、もっと設備が整った場所でないと危険すぎる。現状じゃ、この魔道具らしいのが、この子にどんな影響を及ぼしているかもわからない」
「そんな……それじゃ結局……」
アリエルの悲痛な声に、カレンは静かに応えた。
「アリエル……ゲルドゥアなんだよ? かつての戦争相手で、人族にさんざん被害を出した相手なんだよ? そいつを抜きにしても、この魔道具を埋め込んだのは魔族自身がやったことに違いないんだ。あたしたちが、それをどうにかしなけりゃならない理由はないさ」
非情ではあるが正論だった。普段の言動がどんなにちゃらんぽらんに見えようが、肝心な判断は冷徹なまでに正確。それがカレンが大賢者と言われる理由である。だがしかし
「戦争の罪を問うのだって、生きていればこそじゃない! この子は今、生きているの! 死神の手に渡ったら、二度と取り戻せないの! 今、ある命を消したくないって……そう願うのが理由で、何がいけないの!?」
激情とともに発せられたアリエルの言葉に、思わずカレンは圧倒された。この子は……こんなに激しく自己主張する子だったろうか?
「アイテムボックス……」
タクマの押さえた声に、そちらを見ると、『聖なるナイフ』と呼ばれる魔法武器を取り出したところだった。刃自体に神聖魔法が込められており、アンデッド系の魔物に大ダメージを与えるが、生きているものに使うと傷口が化膿しないという特性を持っている。
「タクマ……」
「カレン、『透視』と『移し見』で魔道具の位置と形を伝えてくれ。アリエル、摘出が終わったら、すぐに『治癒』を」
「おい、タクマ!」
驚愕の表情のカレン。無理もない。こんな場所で摘出手術など、ほとんど無謀と言っていい。
「ほっとけば必ず死ぬ。やれば死ぬかもしれない。ならば、やるしかない」
覚悟を決めたタクマの表情は、イムラーヴァで何度も見たそれだった。ある時は、味方の数十倍の敵に襲われた平原で。またある時は、ほとんど不可能と言われた潜入作戦の夜に。それを見た時、カレンは抗弁をやめ、アリエルは自分のなすことだけに考えを集中した。彼らが何度もそうやって死地をのり越えてきた、あの時のままに。
「『移し見』……見えるかい。二つの魔法同時では、あんまり長く保たないよ」
「……ああ、十分だ」
「どうぞ……」
少女の体をまたいで膝をつき、ナイフを構える。
「『風精の祝福』……!」
敏捷を増す支援魔法を唱えてから、タクマは機械のような正確さでナイフを振るった。
「『治癒』!」
アリエルが即座に傷口をふさぐ。……出血は、驚くほど少なかった。タクマの左手に、取り出された乾電池ほどの大きさの物体が乗っている。
ゲルドゥアの表情が一気に安らかなものに変わった。規則正しい寝息をたてている……。と、その時、彼女の体に変化が起こり出した。
「む?」
「えぇ?」
「ほ?」
ゲルドゥアの体が縮んでいく。特に魔力角が、見る見る小さくなっていく。タクマたち三人が驚愕の視線を送る中、十二~三歳くらいに見えていた少女体型は、四~五歳ほどの幼女体型にまで縮んでしまった。角は髪の中に隠れる程度になった。
「こりゃ一体……」
「なんなの……」
自分たちが成し遂げた、ほとんど奇跡的な手術の成功も忘れて、三人は目の前の光景にあぜんと見入った。
この節終わり