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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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怒濤の土曜日2

 公園につくと、人だかりができていた。広場のすみに簡単な舞台がそなえられて、普段は野外ステージなどに使われる場所である。


『ふはははは! 愚かなる人族どもよ、恐れ入ったか! きさまらに正義の鉄槌を下すべく、ワラワは帰ってきた! おのが非道を悔いてひれ伏すがいい!』

「日本語でおkー、何言ってるかわかんねーぞー」

「なんだいこれ、何かのイベント?」

「何の演出か知らんけど、話の意味わからんと、ついてけんなー。あの子せっかく可愛いのに」


 ステージ上に、薄闇も目に鮮やかな赤毛の少女が立っていた。年のころは十二~三歳か。頭部には角がはえ、身にまとっているのは露出のきつい黒革ボンデージ姿。淡い褐色の肌が黒革の隙間からのぞいている。見事な悪魔コスプレであった。少なくともそう見えた。


『なんじゃキサマら! 反省の色が見えんぞ! 魔族をいじめた挙げ句、ワラワまで閉じ込めおって! ごめんなさいすれば許してやってもいいと思ってたが、もう気が変わったわ! 焼かれておのれの愚かさを悔いるがいい! 豪雷波サンダーウェーブ!』


 両手を掲げて呪句を叫ぶ。手の間にバチバチと火花がちり、振り下ろされた手の先から


「おいっ! あれは!」

「まずいっ!」


パチパチと三メートルほど火花が伸びて……消えた。

 茫然とする少女。飛んで割り込もうと前傾姿勢のまま、目が点のタクマ、アリエル、カレンたち。


「おお~かっけ~!」

「もう一回! もう一回!」


 観客には大受けだったが。


『こ、これは何かの間違いじゃ! いや、魔素がないのが悪いのじゃ! 卑怯じゃぞキサマら! 手の込んだ嫌がらせをしおって!』


 少女は半べそをかいている。イムラーヴァ共通語をしゃべり、魔法を使っているという事は、今しがた跳躍してきたのは彼女と思われるのだが……


「ねえ、あれって……ゲルドゥア……じゃない?」


 自身の言葉に対して、迷いのあらわなアリエルの声。


「え? いや、それはない……だろう?」


 タクマたちが知っている女魔王ゲルドゥアは、二メートル近い長身に、さらに一メートルほどもある巨大な魔力角をそびえさせ、プレイメイトも裸足で逃げ出すプロポーションの赤毛の魔人である。破壊的な魔法を暴風のように繰りだして、四聖戦士を散々に苦しめた難敵だった。結局彼らをしても完全に倒すことはできず、封印という次善の策でしのぐしかなかったのだが。……赤毛?


「……とにかく、今跳躍してきたのは、あの子で間違いないだろうね。んで問題は、あの子が魔族らしいって点なんだが……」


 瞳の虹彩の特徴的な形。そして頭から生えている角が、魔法を使う時にオーラを帯びるとあっては、単なる作り物であるはずがない。魔法に優れた魔族特有の『魔力角』である。

 どんな風に接したものかと、考えながら女の子に近づくカレン。戦争終結をもって、人族と魔族の対立は一応終わったことになっている。魔王国の幹部は処罰され、一般の魔族は戦争責任を負わされずに通常の生活に戻った。……あくまでも表向きは。イムラーヴァでは人族と魔族に共通の権利を認める法基盤がなく、その時の力関係で片方が他方を圧迫してきた。今は「人族のターン」である。人族側が魔族を勝手に奴隷化して売買する行為が横行していた。

 カレンはそんな風潮には乗れない。戦争が終わった以上は人族と魔族は「お前、俺」の関係になるべきだと思っている。戦争前に放浪生活を続けて得た彼女のモットーは「あれもある、これもある、皆それぞれある、それでいい」という代物だ。彼女の性格に拠るところ大だが。目の前の魔族の女子も、何とか穏便に保護できればいいんだが……

 彼女の前に立ち、イムラーヴァ共通語で話しかける。


『ああ、お嬢ちゃん、ちょっといいかな。話を……』

『あ、ああーーーーっ!!』


 カレンを見て絶叫し、飛びすさる女の子。


『き、きさまはカレン・イクスタス! わ、ワラワを仕留めに参ったか!』

『……どこかで会ったかなぁ?』


 タクマとアリエルも説得に協力しようと近づく。


『お嬢ちゃん、落ち着いて話を聞いて(にっこり)』

『わたしたちに敵意はないわ。そもそも戦う理由なんて……』


 二人を視界に収めた少女は、顔面蒼白、ずりずりと後ずさって、ステージ端の柵に背をぶつけた。


『タ……タクマ・シドウ……アリエル・フェルナバールまで……』


 三人の顔と名前をきっちり覚えている者は、イムラーヴァでも多くない。メディアが発達している社会ではないのだから。となれば相手は、実際に会ったことのある者に限られるわけで……


『ふ、ふふふ、そうか、そう来たか。い、今のワラワを確実に殺そうと、四聖戦士のうち三人を遣わしてきおったか。し、しかしただではやられんぞ! 魔素がないこの地だろうと、ゲルドゥア・マグナス、最後の一暴れを見せてくれるわ!』


 言葉は勇ましいが、背を預けた金属製の柵がガチガチと振動している。いやそうじゃなく問題は、自分でしゃべった名前……


『……あのー、キミ、ほんとにゲルドゥア?』

『い、いかにも、ワラワはゲルドゥア・マグナス。魔族の剣にして盾たる王。虐げられたる民のため、命尽きるとも省みはせじ……うっ……うぅっ、くふっ、ふえぇぇ……うわああぁぁぁん!』


 少女はへたり込んで泣き出してしまった。


『わあぁぁぁん! いやじゃぁ……死ぬのはいやじゃぁぁ! 助けてぇ、バルドマギぃ……。ふえぇぇ~~ん!』


 大泣きする少女を前に立ちすくむ三人。ふと気づくと、背後の観客(野次馬)たちの、非難のこもった視線が痛い。


 ピリピリピャーッ


 響いてきた笛の音に、さらに三人は脱力する。


「はい、散って散ってー。イベントも集会も許可されてませんよー。盛り上がるのはお店でねー」


 やってきて野次馬をさばいているのは、顔を覚えてしまった警官二人組。しかも昼間にカレンの件で会ったばかり。


「なんだ、またキミたちか!?」


 こっちの顔も覚えられていたし……。まあ、当然か……。いつごろなったら忘れてくれるだろう。


 話はややこしい事になった。警官から見れば、年端もいかぬ女の子がボンデージ姿という卑猥な格好をさせられて公衆の面前にさらされていた事になる。そして女の子に通じる言語で話すタクマたちは、どうしたって身内か関係者に見える。その上その子がタクマたちに拒絶の態度を示していては、タクマたちが女の子に恥ずかしい格好をさせたために当人から嫌われていると結論づけるのも、やむを得ないといえばやむを得ない。

 警官たちが達した結論が、外見的には説得力のあるものだったので、タクマたちは早々と正攻法の釈明を諦めて精神魔法『説得パースウェイド』に頼った。女の子の親は別にいて、自分らはそれを止めにきた友人という構図を飲みこんでもらった。

 ごめんなさいお巡りさん。お仕事ご苦労さまです。

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