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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
「ダンジョン体験しました。」
8/15

エピローグ 「ダンジョン体験しました」

・・・。



深夜、『I見銀山』・・・。



地下60階、閉館したはずの洞内でなぜか人の話し合う声が響いていた。



電源の落ちた暗闇で二つの朱いランプが人魂のように寄り添って揺れている。



『I見銀山』には洞内地図に載っていない通路がある。



『教会』から始まる『一般』用の道には『ツアー』の道とは違って、幾つもの枝道が延びている。



そのいくつかは地図に載っているものの、すべては調査がされず、未だ把握されていない道も多い。



その一つで闇に紛れて男と女が話をしていた。



「できないよ!そんなの!」



二人の話し声は女の激昂する声からいささか激しい応酬になった。



思いがけず女の激しい拒絶を受けてか、闇に浮かぶヨコヤマの顔は酷く歪んでいる。



その容貌は普段整っているからこそ、より醜悪に見えた。



「お前・・・そんな口をきいていいと思っているのか・・・」



押し殺していた悪意を吐き出すように低い声をヨコヤマ絞り出す。



「あの写真がどうなるかわかっているのか・・・」



「ひっ・・」



ヨコヤマの言葉にミキは悲鳴をあげた。



年上に好感をもたれがちな素朴な顔が、今は恐怖と苦痛で歪んでいる。



暗い洞内での二人の会話はいつしか一層深い窪地へと落ち込んだようだった。






・・・。



 『I見銀山』では『キャンプ』が認められていない。



『ダンジョン』によっては『F士の風穴』のように認められている所もあるのだが、



『I見銀山』は毎回夜8時頃から館内放送を始め9時には完全に閉鎖される。



この規則を破った者には最低10年間の入洞禁止と罰金200万円が課せられる。



観光客むけに整備されて一般公開された30年前当時には多数の処分者が出たそうだが今では捕まる者はほとんどいない。



いつしか警備も手薄なものとなっていた。



ヨコヤマはそれをいいことに合い鍵をつくり、この隠れ道を私用にたびたび利用していた。



そのすべてが今と同じく非合法なことに関連していたのは言うまでもない。






 さて、深い闇での会話は続いている・・・



「・・・だからあの女にコレを飲ませろといってるだろ」



ヨコヤマは出口で着替え終わったミキが携帯のアドレスをセラと交換していたのを見ていた。



それはミキにとっては自分の保身のためだったのかもしれないが、今の追い詰められたヨコヤマにとっては『蜘蛛の糸』だった。



(うまくやれば話を覆すことが出来るか・・)



「お茶でもなんでもさそって飲ませるんだよ!」



「だめだよ、こんなの飲ませれないよ、犯罪じゃん」



ミキはヨコヤマの持っている小瓶を指さした。その中では緑色の液体が踊っている。



この緑色の液体、『マンドラゴラ』と『サイレン』の粉を混ぜた物は『虻散湯あぶさんとう』とよばれ『地下マーケット』にて高値で取引されている。



当初はその『薬効』の高さからだったのだが、その『幻覚性』が知れ渡ると取引は文字通り『地下』に潜ることとなった。



一説によると、『無理うち』、いわゆる女性に対しての『暴行』に使われるという。



ちなみに、『無理うち』とは若い『不良冒険者』たちの間で使われる隠語である。



飲酒や薬物などによって女性から正常な理性を奪ってから襲うことを意味する。



『ダンジョン』の薄暗い闇のなかで話されるこの『無理うち』という汚い暗号を今ではミキも知っている。



 どうしてこうなったのか、ミキは今でも後悔している。



初めてツアーで潜った時、ガイドだったヨコヤマに助けられた。



目の前に突発的に現れた『死鬼』、それに立ち向かうヨコヤマの広い背中と鋭い眼差し。



解散後、夜、夕食を一緒に食べないかと誘われて、舞い上がって気がつくと次の日の朝だった。



見たことのない天井に見下ろされて、ここどこ、と慌ててベッドから跳ね起きるとミキは裸だった。



隣で同じように裸で寝ていたヨコヤマが体を起こし、状況がのみこめないミキをそのまま抱きすくめた。



困惑と羞恥につつまれてミキは抵抗すらできなかった。



早く終われ、とただ異邦の天井を見ていた。



次の日、家に帰り着いたミキが電話で事実を問い詰めようとしたときにヨコヤマが口にしたのが『写真』と『動画』の存在だった。



「僕たちの愛し合う姿が写っているよ」



電話をもってうなだれたミキの足下にぽっかりと地獄が口を開いていた。



それからヨコヤマの『協力のお願い』が始まった。



『ミキちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどさあ・・・』



ミキが粘り強く抵抗を続けていると、体への要求はいつしか金銭への『援助』に変わった。



いや当初からそれが目的だったのかもしれない。



今回のツアーにしても、



今月、指名が3人ほど足りないからなんとかしろよと言われて、慌ててミキがお金を作って友達をさそった結果だった。



お金の8割はミキが立て替えた。チナツとハルは本来のチケットの額を知らない。



お金を集めた手段は口にしたくない。



誰にも言えない。



親には絶対言えない。



ただでさえお父さんを亡くしてへこんでいるお母さんをこれ以上悲しませたくない。



もういやだ、もうやめてよ。おねがい。



「もうやめてよ、犯罪だよこんなの」



ミキはいつのまにか泣いていた。



子供のような鳴き声があたりに反響する。



「なに言ってるんだ、もう戻れないんだよ!」



ヨコヤマは荒く叫ぶと、泣き叫ぶミキの襟をつかんでそのまま壁に押しつけた。



ヨコヤマと同じくらいの背丈のミキはヨコヤマと頭をぶつける形になり、額をうった。



さらに腹を押されて、ぐうと声をだしてミキはむせる、ほほをつたった涙がヨコヤマの手にかかる。



「どうあってもいうことを聞かないか・・・それならばこっちにも考えがあるぞ」



「おい・・・」



ヨコヤマは後ろを振り向くと声を上げた。



不意にヨコヤマの後方に3つの人魂が現れた。



人魂、いや三つのランプの明かりは足音にあわせてゆらゆらと揺れながらこちらへ近づいてくる。



「誰・・」



「ヨコッチ、来たよ」



野太い声が走る、こちらを刺すランプの明かりのまぶしさで顔は見えないが声が低い、男だ。



低い薄ら笑いが二つ続き、合計三人。



どうやらヨコヤマの知り合いらしい。



「おおータカちん、ヒロぽん マサくん、ごめんね急に」



「いいよ、俺らの仲じゃないの」



タカヤ、ヒロシ、マサルはヨコヤマの大学での悪友である。



ヨコヤマは大学では優等生の仮面をかぶりながら、一方では『地下』と呼ばれる学内の無法者たちとも交流をもっていた。


 

彼が『ダンジョン』に傾倒する中で当然のように女や金を見て知り、それにまつわる『地下』集団に火に飛び込む蛾のように近づいていったのだった。



語られることのない『地下』はどの国にもある。



地下銀行、地下取引、それらアンダーグラウンドの住人達をこの国では『地下』集団と名付けていた。



「こんどさー『サバト』あるんだけど、来る?」



きっかけは学舎裏でタバコを吸っていたタカヤに誘われたそんな一言だったと思う。



学内で知らない者はいない程真っ黒な噂の絶えないタカヤに誘われて、ヨコヤマは一瞬は躊躇したものの、好奇心が勝った。



タカヤに連れて行かれた『サバト』の会場は『F岡県』北部にある炭鉱跡地の『ダンジョン』だった。





初めて見る『サバト』はヨコヤマにとって目も眩むような光景だった。



月明かりすら差さない『ダンジョン』の深い闇のなかで『薬』と『音楽』の波にひたすら身をまかせる男女が浮かび上がる。



ゆれている、世界がゆれている。



ヨコヤマは目の前の人波に身を放り出していた。



やがて、いつしか快楽の波が引いて女二人とシーツの海でたゆとうているヨコヤマの耳に、いつのまに近づいたのかタカヤが囁いて来た。



「ヨコちんさー、ダンジョンのガイドやっているんだってね、ちょっとさー、お互い『コラボ』しない?」



タカヤはそこで言葉を一つ区切ると、ひたすら明るい声を出して続けた。



「融通してほしい品物がちょこちょこあるんだけど・・・」



その夜からヨコヤマにとってただ煩雑なだけだったダンジョンの闇が怪しく輝いて見えるようになった。



ヨコヤマが女や金を融通し、彼らが暴力を提供する。



そして非合法のブツをときどきヨコヤマの職場である『I見銀山』で預かる



なんてことはない、鉄砲エビとギンポ、よくある共生の関係だ。



ヨコヤマはこの関係にいつしか慣れ、既に自分が半『地下』の住人になっていることなどは露にも思っていなかった。





・・・。



 今、闇に浮かぶ3つの明かりはじりじりとミキとヨコヤマの方へと近づいてくる。



「・・・それでさ電話で言ったように、この子は君らにくれてやるよ、好きにしていいよ」



「さあっすがーヨコっち、話がわかる-!」



下卑た笑いが洞内を反響する。



「ちょっと・・・嘘でしょ」



突然の状況に混乱していたミキも自分が供物として置かれている現状にやっと気づいた。



「や、やめてよ!」



「へっへっへ・・・さてどうしようかな・・・」



「女体盛」



「うほ、たまんねー・・・」



「女体盛」



震える獲物を目の前にして狼たちは遠慮無く欲望の牙をきらめかせる。



「いや・・・こないで・・」



「女体盛」



にょたいもり?



よくわからない単語の連呼に、迫り来る恐怖を一瞬置いといて、ふとミキが疑問に思ったそのときだった。



「・・・おい、うるせえぞヒロシィ!」



「まったく、なに言ってるんだ」



「・・・・ん・・・ヒロぽん?」



今ヒロシを振り返って見て、ヨコヤマ達は重大な異変に気づいた。



ダンジョンの闇で今の今まで気づかなかったが、ランプに切り取られたヒロシの影法師は、彼らが知っているヒロシにしてはやけに小柄だったのである。



ヒロシは身長190cm程ある痩せぎすの体型だが、今ランプの明かりでうっすらなぞられた輪郭はどうみても170未満の小太りな体型だった。



「・・・。」



ヨコヤマ達は無言でヒロシに向き直ると、体勢を整えた。



彼らの手は静かに腰に走り、忍ばされている凶器に指がかかる。



ヨコヤマのポケットのなかで刃先のとがった刃渡り10センチほどのバタフライナイフが冷たく答える。



「おまえ・・・ヒロシじゃないな・・・・」



「おまえ・・・誰だ」



じりじりと距離を詰めたヨコヤマ達の前に生気のない巨大な顔が浮かび上がった



ぎょっとしてヨコヤマたちの足が止まる。



謎の男は奇妙なアニメの面をかぶっていた。



緑色の帽子に赤い髪、張り付いた笑顔は下からの明かりに照らされてかえって恐怖をあおっている。



「・・・『Pーターパン』だ」



ざらつく闇の奥で『男』が吠えた。



「悪い子達がいるって聞いて、ネバーランドから迎えに来たよ」



...。



(まったく今日はなんて日だ)



怒りと困惑でヨコヤマの胸中は濁りきっていた。



(突然の調査に謎の男、まったく、くそったれが)



目を閉じたヨコヤマの中でさっきまで噴出していた怒りの炎が収縮し、青く鋭さをました



いままでタカヤたちとリンチや女を襲うなどの『やんちゃ』をしたことはあっても、ヨコヤマは人を殺したことはなかった。



ただ今日一日の出来事は彼を完全に『地下の世界の住人』に追いやるには十分だった。



(どっちみちこのままじゃじり貧だ。幸いこの未確認通路だと発覚は遅れるだろう。その間に飛ぶか・・・)



指先がすーっと冷えてくるのがわかる。



腹がすわった。



(死にたいようだな・・・いいぜ、ヤってやる)



覚悟を決めたヨコヤマの横顔は殺意に隈取られていた。



「おい、タカヤ、マサル、アイツ止めるぞ、死んでもかまわん。」



ヨコヤマは小声で前に立つ二人に目で合図をすると胸に隠し持っていた『発マナ筒』を放り投げた。



(家畜が・・・調教してやる)



乾いた音を立てて地面に『発マナ筒』が二、三回転がると猛烈な勢いであたりにマナをまき始めた。



「エム、ネセム・・・・(星よ・・集え・・)」



『アズラット式』の呪文が洞内に反響する。



この術式の名前は『雷の鞭』。



マタンゴの時に使った『炎の矢』とは違って、『マナ』の力によって、空気中に静電気を起こし、人工的に雷を起こすのだ。



雷で打たれた人間は麻痺し、身動きがとれなくなるのが狙いなのだが、あたりどころによっては死者も出る危険な『魔法』でもあった。



「ゼムナート、ズヌ、バ、ベズ・・(雷の精よ、手をつなぎ・・・)」



異変が起こったのはその時だった。



「なんだっ」



「うわー」



突然前列で守りを固めるタカヤとマサオの二人の背中から植物上の触手がのびあがり、男達の体に巻き付く、



男達が手を振り、ツルを払う仕草はまるで踊るように見えた。



三度四度の抵抗の後、ヨコヤマをも巻き込んでツルは完全に手足にからんで三人の身動きを止めてしまった。



あたりの空気は澄んでいて、『発マナ筒』から放たれたはずの『マナ煙』が一瞬にして尽きている。



どうやらツルは『マナ』を吸って膨らんだようだった。



「オイ!なんだこれは!」



血相をかえてヨコヤマは叫ぶ。



「『くっつき虫』だよ。知らないのか?」



「はあっ?」



「あの二人にここへ来るまでの道すがらくっつけてやったんだよ」





 

 (・・・通称『くっつき虫』、ひっかける鈎を持つ植物の種を称するこの名称にあてはまる植物は多い。



しかしながら、実はそのほとんどが最終生息地を『ダンジョン』としていることはあまり知られていない。



我々が普段目にする雑草としての姿はあくまで『かりそめ』の姿でしかない。



これら『ダンジョン生息植物』の最終形態はあくまでダンジョンでのみ確認できるのだ。



ダンジョン内においては日光による栄養が期待できない。



それゆえ『ダンジョン植物』は自然と栄養貧弱地における『食虫植物のような生態になっている。



例えば『クズリュウソウ』の生態を説明しよう。



『クズリュウソウ』は多くの場合、ネズミなどの小動物によって運ばれる。



そして一定のマナ濃度を感じると発芽し、蔓によって獲物達の身動きを封じ込め、逃亡を防止するのである。



完全変態を終えた『クズリュウソウ』はつぼみを膨らまし、淡く発光する白い花を開く。



この自光してあたりを白く照らす花には同時に催淫効果のある花粉をまき散らす能力もあるのだ。



そしてつるに囚われたあわれな獲物達の性欲を昂進させ、繁殖のロンドを踊らせ続けるのだ。



これによって『クズリュウソウ』は生気の吸収とエサとなる個体数の管理をするという人間の牧畜に似た仕組みを完全に構築しているである。



・・・・)




(引用 ミカゲ埋蔵図書館蔵書 アソウ・シンクロウ著 『植物とダンジョン~その知られざる生態』より)







 「なんだよ・・・コレ!」



ヨコヤマのすぐ後ろで静かに形作られたつぼみは膨らみを増しながら蠕動と共に饗宴の花を開く。



ヨコヤマは慌てて逃れようとするが、蔓はいつしか編み物のように絡んで強度を増し、完全に拘束されたようで、頭しか動かなくなった。



そして、白い花が咲いた。



瞬間、周囲は発光する花の明かりに照らされて明るくなった。



そして腐敗臭と甘い香りが混じり合った匂いがあたりをつつんだ。



(この匂いはやばい、『マナ』が混じっている・・)



ヨコヤマは直感で危険に気づいていた。



「おい、やばいぞ、鼻をふさげ・・・」



しかし、無情にも力を振り絞ったヨコヤマが振り向き見たのは完全に理性をうしなったタカヤとマサオの姿だった。



『潜行者』としての経験が浅い彼らが花の出すフェロモンに速攻で囚われたとしても無理はない。



能面のような顔で二人はツルに手伝われながら服を脱ぎ始めている。



「おい!・・・お前等!・・・大丈夫か・・・」



ヨコヤマは戦慄した。



「大丈夫だよ、命までは奪わないから」



「はっ」



いつのまにか『Pーターパン』はヨコヤマのすぐ前にまで来ていた。



奇妙にも肩に三脚を担ぎ、手にはビデオのような機材を持っている。



「まーぬるいね、君たち。・・・ヤるよと言われる前にヤられることなんて『9アビス』じゃザラだからね」



「・・・俺たちをどうするんだ」



「うちの店で売る『動画』を撮らせて頂く」



「なんだとぉ」



「『ヤッた』んだから、『ヤられる』のもあたりまえだろ・・・小学校でならわなかったのか」



「なっ・・」



「まあ、ヤりすぎたんだな・・・君たちにおもちゃにされた子には某県議会議員の姪っ子ちゃんもいてね。『ミカゲ』の連中としても『禊ぎ』が必要だったのさ・・・」



というと男は三脚を据え置き、ビデオをまわしはじめた。



「・・・まあまあ、せいぜい高く売ってやるから・・・よろしく」



赤いランプが暗闇に点る。録画開始の合図だ。



「おっおい」



ヨコヤマは後ろを振り向いた。



いまやタカヤとマサオは自光する花が発する白い照明の下に裸をさらしていた。



股間では隆起した肉のくちばしが上を向いている。



花のフェロモンによって、完全に理性が失われているどころか発情までなされていたようだ。



「やっ、やめろ・・・・あっ、あっ、」



拒否するヨコヤマを無視して、にじり寄ってきた二人はヨコヤマの体に手をかけると服を脱がした。



ヨコヤマの白い尻が月のように闇に浮かんだ。



「アッアアアアアアアァァァア!!」



やがて肉を打ち付ける鈍い音と共に、ヨコヤマの絶叫が洞内をゆらした。






・・・。



「はあ、はあ、・・・・」



真っ黒な闇の中をミキは手探りで出口に向かっていた。



突然の男の乱入の後、隙をついて逃げ出したミキは何度か辿った道を思い出しながら傷だらけで地上を目指している。



途中、ヨコヤマらしき者が放った絶叫が背中から追いかけてきた。



(あの男にやられたのだろうか)



恐怖に身震いを一つしたあと、ミキはまた進み出した。



あの男は一体何者だったのだろうか、ミキはふと思った。



しかし今はそんなことはどうでもいい、ただ地上に出ることだけを考えよう。



一刻も早く地上に出て、警務員でも警察でもどこでもいい、助けを求めよう。



そのときだった。



「おい」



ミキの背中から突然低い声がかかった。



「ひいい」



恐怖のあまり跳ね飛んで、いきおいあまったミキは回転してその場に転んでしまった。



荒い足音と共に追いかけてきた灯りが地面に屈んだミキを照らす。



突然の眩しさに目をかばいながらもミキは足下に伸びた人影をたどって、目の前に立つその『男』を見た。



こいつがさっきの男だろうか。



顔には奇妙なアニメの面をかぶっている。



「こ・・・こないで!」



恐怖に苛まれながらも自分を取り戻したミキは胸ポケットからナイフを抜き、構える。



銀色の刃が身をきらめかした。



「・・・おいおい、熱くなるなよ、俺だよ、俺」



「・・・?」



「今日会っただろ・・・ダンジョンで」



「えっ?」



『Pーターパン』は目の前で顔に手を伸ばすと自らの面を引き外した。



なるほど、ミキは今、目の前に現れた男の顔に見覚えがあった。



もじゃもじゃ頭に汚い無精ひげ面、・・・このひとは・・・。



「・・・ほい、電話」



ミキが結論に至る前に、男は手に持った携帯電話をぶっきらぼうにミキに投げつけた。



「ミキさんですか」



ミキがおそるおそる開かれているガラケーを耳に当てるとどこかで聞いたような落ち着いた声が聞こえた。



「ミキさん、この度は当社に関連する期間社員が申し訳ありませんでした・・・この度、彼が所持していた『データ』は現時点においてすべて破棄したことをここで誓約いたします・・・」



セラはまず淡々と報告をのべたあと謝罪を始めた。



「ふぇえ・・・」



初めセラの声におどろいたミキは、やがて状況を理解し、セラからすべての説明を受けて安堵した。



セラとの会話が終わった後、ミキはガラケーをそっと閉じるとその場に伏して泣き出してしまった。



「おいおい、泣くなよ・・・」



『ピーターパン』の困惑にもかかわらず、その鳴き声はしばらく洞内を揺らし続けた。





・・・・。


 

夜も更けて月はさらに輝きを増したようだった。



静かさを感じさせる月光があたりの木々や建物の輪郭をほのかに浮かび上がらせている



夏特有の生ぬるい風の吹き抜ける音以外に、電話でなにかやり取りする声があたりに響いている。



「ムスコ君はどうしてる」



「食事のあと疲れていたのかすぐに部屋に行ったわ」



「ん」



「それよりも、コージ・・・言葉」



「あ、・・ちっ熱くなるとついつい忘れてしまうか・・・『ほんま』・・・」



くっくっと『サキシマ・コージ』は含み笑いをした。



やがて、では、と一方的に言い放つとセラは通話を切った。



ガラケーをポケットにしまいながら、サキシマはさっきまでの状況を振り返っていた。



ミキはひとしきり泣くと落ち着いたようで、一人で帰れると言った。



とりあえずタクシーを呼んで、ホテルへと送るように指示した。



後は四時間程時間をつぶして『ビデオ』とバカ3人組を回収すれば今日の仕事は終わり。



後は車で転がっている一人とあわせて、明朝、たこ部屋に放り込むだけだ。



人事の人間には金を握らせて沈黙させてある。まず表面化する心配はないだろう。



(完璧でんがな、まんがな、なんてな・・・)



月光に照らされながらサキシマは仕事の後の一服を楽しんでいた。



鼻より立ち昇る紫煙はゆるやかに夜空に溶けてゆく。



サキシマは『ダンジョン』で見たアユムの眼差しを思い出していた。



楽しさに弾む視線はかつての自分だ。



(・・・楽しいよな、『ダンジョン』は・・・ムスコ君・・・)



(でもな、暗くて得体が知れないから『ダンジョン』って言うんだぜ・・・ましてやそのオーナーなんて・・・)



(明日から楽しくなってきたぜ・・・)



 サキシマの浮かべた影のある笑みは闇に紛れて月ですら気づかなかった。

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