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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
「ダンジョン体験しました。」
6/15

「I見銀山」③

「これが魔法・・・」



アユムは腰が抜けてその場にへたりこんだ。



よく見ると隣の女子大生、OL達も座り込んでいて、ミキが1人づつ話しかけ、背中を撫でている。



「びっくりしましたか?」



気がつくと横にセラが立っていた。



「あれは『発マナ筒』ですよ」



「『発マナ筒』?」



「あれを用いることによって周囲の『マナ』濃度を一瞬で上げることができるのです」



混乱の極みで呆けた顔をしているアユムをなだめるようにセラは答えた。



アユムはあたりを漫然と見渡す。



先ほどまで薄くかかっていたマナの煙は、今やすっかりと晴れていた。



ヨコヤマは松明を高く掲げて、『マタンゴ』に動きがないことを確かめている。



ぼんやりと明るい洞内にはいまだ焼き椎茸の香ばしい臭いが漂っている。



「ここで休憩したいところなのですが、実はもうじき『マナ』が尽きます。



真っ暗になると皆さんも怖いと思うので、この先にある休憩所まで少し歩きましょう」



ヨコヤマは申し訳なさそうに言った。



女性陣はミキやセラによって落ち着きを取り戻していて、荷物をすぐに抱えては立ち上がった



それを見てアユムは慌てて立ち上がると、ヘッドライトを首から頭へと押し上げて点灯させた。



不意にヨコヤマの持つ灯りが少し薄まったような気がした。 



そして、では消えますとヨコヤマが言うやいなや『マナ』の火は消えた。



再びのしかかってきた暗闇の中でヘッドライトの明かりだけが頼りになった。



「では進みますよ、ここからは暗いからはぐれないようにしてくださいね。」



ヨコヤマを先頭にして列をくんで一行は進み始めた。



OL達が前をあるき、女子大生ズと続いてセラ、アユムを挟んで最後尾に自ら手を挙げたミキがついている。



静止した闇のなかででヘッドライトが蛍のようにゆるやかに流れていく。



鍾乳洞の奥は真っ暗闇の蓋に裂け目のような通路があり、電灯があるのかその入り口から黄色い明かりがこぼれている。



アユムがふと横を見ると、いつのまにか集団は『マタンゴ』達が燃えていたあたりを歩いているみたいだった。



ライトが照らす足下の土は繰り返された炎で真っ黒になっていて、マタンゴの材料なのか隅には見た事がある栽培用の丸太が転がっている。



「ね、言ったでしょう」



セラが言った。









・・・。



ヨコヤマの言うように通路に入るとすぐ脇に休憩室はあった。



蛍光灯の黄色っぽいあかりが岩肌を照らして等間隔に奥まで伸びていく。



再び通路に踏み込んですぐ脇に休憩室とかかれた木の看板がさがっており、固定された鉄の扉が口を開いていた。



休憩室の中は食堂のようになっており、無機質な白い長机にパイプ椅子が整列をしていた。



コンクリートがむき出しの壁にはなぜか自販機が直立している。



部屋にはいるとヨコヤマがアユム達にコインを手渡し始めた。



「はーいではみなさんこれで好きなモノを選んでください」



好きな物、と言いながらヨコヤマが指をさした自販機は一見、地上のものと特に違いはないように思えた。



落下音と共に前に並ぶ女性陣が次々と色とりどりの飲み物を得ては席についてゆき、やがてアユムの番が来た。



低く唸る目の前の自販機は形だけは地上のものと同じものの、よく見ると中身は全く違っていた。



目の前に並ぶ飲み物の奇妙な商品名にアユムは目を疑った。



『アポカリプスウェット』



『9UP』



『闇烏龍茶・マタンゴエキス入り』



『タブ・クリムゾン』



・・・



(なんだこれは・・・)



見たことのない商品群にアユムの手は宙を無意味に掻き続けた。



「ハヤミ君大丈夫かい?」



買いあぐねているあゆむを見かねてか後ろからヨコヤマが顔をのぞかせる。



「いや、見たことのない商品ばっかりで・・・」



「地上と違う・・・そう、通常の飲食物はマナ濃度によって変質して、爆発する可能性があるので、『ダンジョン』では禁止されているんだよ・・・まあ空港みたいなものだね。



あ、そうそうこれが精がついていいよ」



ヨコヤマが指さした先には黄色いラベルがやけに目立つ小瓶があった。



黄色いラベルに黒い文字はコントラストが効いていて、『24時間戦えますか?』の標語が踊っている。



『リライズ(マンドラゴラエキス配合)』 



アユムが飲んでみると毒々しい外観に似合わず、香料のよく効いた爽やかな味で、さっきのアトラクションで乾ききった喉をうるおしてくれた。



「うまい」



あまりのうまさにアユムの口から感想がついもれる



「えー私もそっちにすればかった。」



アユムの感想を聞いて興味が沸いたのか、向かいの席に座るヒロコが甘えたような高い声を出す。



「どんな味なんですか」



その隣に座るマナミもどこか身を乗り出して聞いてきた。



「味は・・どう説明していいのか・・・



ともあれ、体が熱くなってきて・・・力が沸いて来そうな感じです。」



「沸いてますよ」



口をつけた『マッ茶(魔素茶)』を置いてセラは言う。



「へ」



「これらの飲み物は実際効果がありますので」



セラは続けた。



「『機能性食品』というやつですね・・・瓶のラベルを見てください。



左上にトクホ(特別洞穴用食品・とくべつほらあなようしょくひん)のシールがあるでしょう。



このマークがある食品などは一定のマナ濃度において特殊な反応を起こすように設計されているのです」



「ちなみにこの『リライブ』の場合は飲んだ者の『生命力の向上』となります。



多少魔物にかじられたぐらいなら大丈夫ですよ」



「うーんじゃあ次魔物が現れたときはハヤミ君にお願いするかな」



ヨコヤマもセラの冗談に乗ってきた。



「いや、勘弁して下さいよ」



苦笑するアユムを囲むようにどっと部屋に笑いが満ちた。



アユム達はそのまま三十分ほど話しこんで、



では出発しますよ、という、ヨコヤマの合図で再びダンジョンへの潜行は再開された。








・・・。



一行は黙々とダンジョンを潜っていった。



先刻の『マタンゴ』のような化け物が出ることはなかったが、



途中壁に隠された隠し扉や、底が見えない大穴、それに掛けられた丸太橋を渡るなどの小さなトラクションは用意されていて、延々と繰り返される岩肌の迷路にも飽きることはなかった。



『危機』はお互いの絆を強めるらしく、いくつかのアトラクションを終えると、いつのまにか一行はすっかり打ち解けていた。



アユムも女子の中にいることに違和感を覚えなくなっていた。



今、なだらかな勾配を下っていて、先頭を行くヨコヤマとミキ、ハル、チナツ達『女子大生ズ』が連なって話している後ろで、セラはマナミと不動産投資の話をしている。



「最近女性用の投資ダンジョンの話がよくありますけど・・・セラさんどう思いますか」



「階層の規模的にいって正直あまりオススメはできません」



まだ学生のアユムには投資の話はどこか専門的で理解できなかった。



二人からさらに遅れて最後尾で、アユムは同じく脱線したヒロコとお笑い芸人の話に夢中になっていた。



自他共に認めるお笑い好きであり、お笑いについて『けっこう詳しい』と自負しているアユムが押すのは、しゃべくり漫才の王道をいく『海千・山千』。



「アユムくん、『乱☆つくね人』ってしっている?」



それにたいしてヒロ子の押す『乱☆つくね人』は拡声器を持った覆面二人組が客席に歌と共にツッコミと過激すぎる言葉の爆弾をただ落としまくるという前代未聞の『テロリストスタイル』。



いくつかの劇場を空気もろとも凍りつかせた伝説の『地下お笑い師』だ。 



「ヒロコさん、なかなかマニアックなんですね・・・」



『乱☆つくね人』のライブはあまりのカオスっぷりによく酒やドラッグが飛び交う危険なものになると聞く。



そのせいで出入り禁止になった劇場も多いという。



アユムは群衆の中で髪を逆立ててヘッドバンキングするヒロコを想像した。



社会人として働くということは何かをすり減らしていくことなのかもしれないとアユムはふと思った。



「あれ・・・なんか霧がでてきました?かすんで見える」



地下に向かって螺旋状に下がっているという通路は深くなればなるほど湿気を増したのか、何故かあたりがかすんで見えた。



話しに夢中だったアユムが、気がついて、もう一度目をこらして見ても、どこかうっすらと霧がかったように前の集団の背中が見えない。



かろうじて等間隔にならぶ蛍光灯が目で追えた。



「あー、確かになんか向こうがよく見えない・・・マナミはどう?」



「あ、私も・・・」



ヒロコの言葉にマナミが目を細めて賛同した。



「『マナ』が出てきたようですね」



アユム達の疑問にセラは腕時計を見せて答えた。



細い腕に巻かれた液晶にデジタルの数字が20と浮かんでいる。



セラは表示を指でなぞって、これはただの腕時計ではないと言った。



「これはマナ計測器です。空気中の『マナ濃度』をはかることができます。



今現在は20パーセントあります。・・・まあ、これぐらいなら特に危険はありませんが、急激に『マナ濃度」上昇すると『潜行病』にかかるおそれがあります。



それに長時間高濃度のマナにさらされますと、身体に良くない影響があります」



「えーでもこないだ、雑誌の『Ahan-Ahan』でダンジョン特集があって、『マナ』が美容にいいって、『マナビオティクス』だ、って記事を読んだのですけど」



ヒロコが驚いた顔で口をはさむ。



「いや、効果はありますよ、実際これくらいの濃度だと、マナは内蔵機能を活性化し、毒素の排泄をうながします。



さらに『マナ』の刺激が肌に潤いと張りをあたえ、若返らす効果があるといわれております。



これはバル研究所のジャン・ヘンドリック教授によって近年証明されています」



「えー、すごい!」



セラの説明を聞いてか、突然ヒロコは手袋を外すと化粧水を塗るように洞内の空気を掻いては顔にたたきつけ始めた。



苦笑しながらセラとマナミは見ている。



アユムはすこし考えこんでいた。



セラの説明に少し疑問に思う点があったのだ。



「じゃあ、さっきの『マタンゴ』の時の『発マナ筒』も体に悪いんじゃないんですか」



そう、地上の物理法則を歪曲して火の玉を作り出すほどの『マナ濃度』。



アユムは先刻体験した『マナ』の凄まじさを思いだしていた。



「それは大丈夫です、さっきの『発マナ筒』においてもマナ濃度は60を超えていません。それに一瞬です。



・・・問題となるのは85より上の濃度。



この濃度に長時間さらされますと、美容にいいどころか、老人になったとか赤ん坊になってしまったなどといった異常すぎる変化が報告されているのです。



そしてその原因はまだ解明されていないのです。



ともあれ、『潜行』時我々ができる対策とすれば『マナ』を吸い込みすぎないように『マナマスク』をするか、マナを浄化する薬物を飲んでマナを速やかに排出しなければいけません。



例えば、さっきの休憩で私が飲んでいた『マッ茶』、あれには体に蓄積されたマナを相殺する効果があるのですよ。



まあ、今は「濃い『マナ』はヤバイ」ということだけをしっかり憶えて置いて下さいね。」



セラの説明が終わるやいなや、



返事の代わりか、ぐうとひとつアユムの腹が鳴った。



「あはは、アユム君」



「そういえばもうすぐ昼ですね」



ヒロコとマナミがやんわりとフォローする。



前方からアユム達を呼ぶ声がしたのは、はずかしさにアユムが棒立ちになっているときだった



「集合してくださーい。次のアトラクションを始めますよ」



先行していたヨコヤマ達はさらに奥にいっているようで背中は見えない。



「おーい、アトラクションしますよー」



うすぐらく闇がたむろする奥から呼びかけは繰り返されている。



アユム達が自分たちを呼ぶその声を辿ると、



しばらく歩いた通路の横にある部屋から呼ぶ声がした。



扉の開いたその部屋をのぞき込んでみると、なかには二十メートル四方の空間が広がっている。



岩肌が目立つ外の通路と違って、部屋の中は垂直の壁と床一面に柔らかなゴム製のタイルが貼ってあって、ころんでもクッションのようで柔らかい。



しかし不思議なことはその部屋の床や壁、至る所に焦げ跡や何かが引っ掻いたような跡が見えることだ。



「あ、来ましたね」



部屋の中央にはヨコヤマがこちらを向いて立っていて、



その後ろには大人二人隠れれそうな大きな宝箱があった。



宝箱の黒い木目は本格的だが、メッキ丸わかりの金具部分でそれが模造品だということが見て取れる。



なにかアトラクションの雰囲気を出すための道具かとアユムは思った。



「はい、皆さん集まりましたね。では昼食の前に、ちょっとしたアトラクションをやります」



ヨコヤマはそう言った後、短く無線で本部とやりとりをすると宝箱の横に並んだ。



「はい、ここに宝箱がありますね。すっごいお宝が眠っているかもしれませんよ。開けてみましょうか」



というとヨコヤマは横一列に並ぶアユム達に指をさし、人を選ぶように振り始めた。



「じゃあ、アユム君やってみるかな」



ヨコヤマの指がアユムの前で止まる。



セラがにっこりと笑みを浮かべた。



「えっ、ハッ、ハイ」



「このカギを使ってね」



ヨコヤマの手渡したカギは十五センチほどの棒から出っ張りがただ出ているだけのシンプルな物で、銀色に鈍く輝いて重い。



ヨコヤマから指名をされて、前に出たアユムは宝箱の前に屈んだ。



箱が近くなり、湿気を含んだ木の臭いがする。



「えーとこの鍵を差し込むと」



宝箱をよく見てみると中央の金具に小さく穴が空いている。ここが鍵穴だろうか、アユムは鍵をおずおずと差し込んだ。



鍵穴は隙間に余裕があるようで、するするとすいこむと、やがてかつんと音がして先が突き当たった感触があった。



アユムはもう奥に押せないことを確認すると鍵をゆっくりと右にまわした。



ばつんと大きな音が一つ、息を殺して見守る一行の前に鳴り響いた。



この跡の指示を仰ごうとアユムはヨコヤマを見る。



「あーハヤミ君そのまま、蓋開けちゃって下さい」



アユムはヨコヤマの指示通りゆっくりと蓋を持ち上げる。



木のすれる音をして蓋は後ろに反り返り、完全に開いた。



ぽっかりと天に向かって口を開いた宝箱の中身は闇の澱が沈殿していて、見えない。



部屋は薄暗い。天井をみあげると、なるほど小振りの白熱灯が一つだけさびそうに光っているだけだった。



中をよく見ようとアユムが頭を箱に差し入れたそのときだった。



「あれ」



箱の底に膜をはっていた薄暗い闇が突然四散し、いきなり赤黒い動物の体内が目の前に広がった。



恐怖に凍り付くアユムの鼻先で紫色の舌が踊っている。



「ハヤミさん!」



「きゃー」



蓋が跳ね閉じ、アユムの体が宙におどる。



アユムは『宝箱」に飲み込まれた。



『何か』に飲まれたという事態にやっと気づいたアユムは、慌てて逃れようと手足を振り回すが、抜けない。



女性陣の絶叫が室内に反射する。



『宝箱だったもの』は今や本来の姿を現していた。



アユムのを口に咥えこんだまま、茶色の毛がみっしりと生えた獣の手足が箱からつきだし、その足を振り、辺りを疾走する。



「『ミミック』だ!」



ダンジョン経験のあるミキが叫んだ。



「ヨコヤマさん!」



ミキは振り向き、ヨコヤマに助けを求めた。



不思議なことに、完全恐慌におちいった周囲のなかで、なぜかヨコヤマは笑いをこらえている。



「ミキさん、落ち着いて下さい。あれはアトラクション用に用意した歯がない品種です。



ただなめまわされるだけでアユムさんの命の危険はありません」



走り回る『ミミック』の奇声と女性陣の絶叫が飛び交う中で、声を張り上げてヨコヤマは女性陣に説明した。



やがて『ミミック』は咥えることにつかれたのか、アユムをはき出すと、身軽になってより早い速度で部屋を走り回っている。



床に投げ出されたアユムはヨコヤマの言うように『化け物』の唾液で頭をべとべとにしているが、どこにも血がでているところは無く、怪我はなさそうだ。



アユムすこしもだえると子鹿のように足をふらつかせながら立ち上がった。



「アユムさまこれを」



いつのまにかアユムの隣に立つセラはタオルを手渡しながら彼の肩を支える。



こみ上げる笑いをこらえきれないのか、肩がふるふると揺れている。




「いや、なにがなにやら」



セラの手に支えられてやっと人心地ついたものの、さっきまで頭を咥えられて振り回されていたアユムは混乱の極地に至っていた。



「あれは『ミミック』と呼ばれる化け物でして」



「『ミミック』?」



「はい、正式名称は『ドウクツヒトダマシ』と言われております。



ダンジョンに生息し、薄い『マナ』由来の繭をつむいでは擬態し、本来鍾乳石や水辺に化けては近づくコウモリなどを襲っていたらしいのですが、



近年、人間と接触することによって生態に変化が起こり、宝箱やゴミ箱などに擬態するようになって未熟な『潜行者』が大怪我をするという事故がよく報告されております。



まあ今回の『アレ』はアトラクション用に牙を抜いてありますので特に危険はありませんよ。



ただ飛び回るのが厄介なだけです」



セラは目の前で飛びまわる『ミミック』を指さした。



壁際で佇むアユムとセラの前ではちょっとした修羅場が繰り広げられていた。



これを使ってくださいとヨコヤマが用意していた『棒』を手にした女性達はミキの指揮の下、



飛び回る『ミミック』におののきながらも嬌声をあげ、囲み、やがて状況に慣れてきたのか時に殴りつけて攻撃を加えている。



特にヒロコの攻撃は見物だった。



「キェー!」



明るい髪を振り乱し、さっきまでの『ゆるふわ』の仮面を脱ぎ棄て、『こまり顔メイク』ならぬ『コロシ顔メイク』で棒を一心不乱ミミックに打ち据えている。



苛烈な攻撃にミミックは屈み込み、一瞬足を止める。



「きゃーヒロコさん、すごーい」



ヒロコの攻撃が当たる度に嬌声が沸き、太鼓を叩くような鈍い音が部屋に響く。



アユムはあっけに取られていた。



「すごいですね」



「・・・社会人にはいろいろとあるのですよ、いろいろと」



アユムは『乱☆つくね人』が好きだといったヒロコの高揚した顔を思い出した。



「アユム様・・・それよりも『アレ』を倒さないと昼御飯にありつけませんよ」



「えっ」



「あの化け物の腹に鍵がしこんでありまして、それを取らなければ『食堂』、後ろの扉が開かないのですよ」



「や、やります」



アユムはセラが手渡す『棒』を受け取ると戦闘へと駆け出した。



「ミミックは内部を攻撃しませんとらちがあきませんよ」



セラがアドバイスを投げる。



「ハヤミ君!」



「ハヤミさん!」



やはり男手は心強いのかアユムの顔を見て一同の顔に軽く笑顔が浮かぶ。



その様子をヨコヤマは壁際から注意深く見守っていた。



ヨコヤマに気づいたアユムは女性陣がかくもパニックに陥らずに闘っていられる理由が解った。



後ろから見てくれているセラも含めて、アユムは心強く感じ、落ち着きを取り戻した。



「オラァ!」



手始めにアユムは少し離れた距離から踏み込みながら『ミミック』を打つ。



高い音程の空木を打つ音が響く。



どうやら表面を強く叩いただけのようで、大きな音の割りには『ミミック』はぴんぴんしていて、アユムの手にしびれるような感触が残っただけだった。



外を叩いても無駄だとセラが言っていた意味が分かった。



「アユムくん、だめみたい、固いのよこいつ」



「中よ、中」



ミキとチナツが叫ぶ。



すこしはなれた横ではハルがおびえて竦まっている。



「キキ・・えっアユム君?」



正気を取り戻したのか、ヒロコが横を向いた瞬間、隙がうまれた。



ミミックはその隙を見逃さなかった。



「きゃあ、」



『ミミック』はその醜悪な巨体をぶつけるとヒロコを吹き飛ばし、囲いを破ろうとした。



しかしその逃走はいつのまにか閉じられていた扉によって阻まれて、壁沿いに走りまわるだけに終わった。



「ヒロコさん!」



ふきとばされたヒロコは顔を打ったのか額が割れ、血を流している。



「はーい、ヒロコさん治療-!」



ヨコヤマはすかさず中へと入ってくると、背中の鞄を下ろし、中から小箱を取り出した。



『Bファリン』と書かれた見覚えのある箱を開けると、錠剤を梱包から取り出した。



「マナ濃度は30・・・いけるね」



「Bファリン?」



「そうだよ。これがよく効くんだよね」



「Bファリンが?」



「よく3分の1が優しさでできているといってるけど、実は残りの3分の2の成分がマナによく反応するのさ」



ヨコヤマは、気絶して口を開けているヒロコに錠剤を水といっしょに放り込む。



ヒロコの喉が上下し、錠剤が飲み込まれる。



すると、ぽうと淡い光がヒロコの体から沸きだし、全身を包み込んだ。



湧き出る光に比例して、切れていた額が逆回しで塞がっていく。



張り付いていた血糊も光と化して宙に消えていった。



「Bファリンはね、まあ、文字通り回復薬といったところだね。『潜行』するやつはみんな持っているよ」



「ん・・・きゃあっ」



軽くうなった後、目を覚ましたヒロコは自分を膝枕していた人物がヨコヤマだと知って慌てて跳ね起きた。



「もう大丈夫そうだね、・・・まあヒロコさんはちょっと休んでいてね」



それからヨコヤマは袋から丸い玉を取り出すと、アユムへと手渡した。



表面は緑色のプラスチックで、形も大きさもテニスボールを思い起こさせた。



「アユム君、それ『スライム』。



マナに反応して粘つくから『ミミック』の足を止めれるよ」



「『スライム』?子供の頃に遊んだことがあるような・・・」



アユムは子供のときにあそんだ、プラスチックの容器に収められていたどろどろのゲルを思い出した。



「あー、そうそう、それ。一緒のやつだよ」



「ただこれも成分からよく『マナ』に反応してね。『マナ』濃度が高い環境だと性質が変わってしまうの。



嘘かほんとか、85を超えると『意識』を持つっていわれててね。



ともあれ今は30だから爆発して、ねばついて、足止めとしては十分機能するから」



ヨコヤマは部屋の中央をゆびさした。



戦況はヒロコが脱落して膠着状態に陥っていた。



ミキたちは猛烈な体当たりをまのあたりにして、すこし腰が引けていた。



遠巻きに『ミミック』を囲んではじりじりと一進一退を繰り返しているだけだった。



攻撃にも打って出ない。



「いや、おなかがすいちゃってさ、だからもうそろそろカタつけてきてくれないかな」



すこし疲れた声でヨコヤマは言う。



「わかりました!」



しかし『スライム』ボールをヨコヤマから預かって膨らんだアユムの自信は、



包囲のなかで一匹だけ倍速で動くミミックを見て風船のようにしぼむことになる。



(あまりにも早すぎる)



「ハヤミくん!なにしてるの、その玉使わないの!」



「いや、自信無くて」



「だったら貸して!私がなげる」



チナツが叫ぶ、



後で知ったのだが、彼女は中学高校とソフトボールを経験していて、球技に自信の無いアユムよりもこの任務に遥かにうってつけだった。



しかし、そのチナツにしても『ミミック』の動きは早すぎて、投げる体勢に入ったまま逡巡していた。



「ごめん、一瞬でも動きを止めてくんない」



投げる動作に入っては止めるを繰り返している。



その間にもミミックは囲んでいる女性陣の包囲網を足で掻き回している。



(足止め、でもどうすれば・・・)



アユムは考えるが、答えは出ない。



気持ちだけが先行し、心臓が早く脈打つ。



そのとき、ふとアユムの目に止まったのはミミックの細い足だった。



一瞬方向を変えるために足を止めたミミック。



その箱の外見から毛の密集した細い足が床に伸びている。



(そうだ、アレを払えば何とかなるかもしれない)



やるしかない。 



口の中でやるんだと何度も繰り返すと、かあ、と体の中心が熱せられたように感じた。



走り出したアユムはミミックの軌道に先回りすると『スライディング』で『ミミック』の足を刈ろうとした。



が滑り込んだはずのその動きは、どうみてもひとりでに転んだと呼ぶほうがふさわしいものだった。



アユムにつまづいたミミックは自らのスピードで空中で一回転すると地面に猛烈な勢いで突っ込んだ。



「よし」



チナツはその一瞬を見逃さなかった。



チナツの細い指先から放たれたボールはシュート回転とともに緩やかな放物線を描いて『ミミック』にぶち当たった。



玉が割れ、ガラス玉が砕け散るように周囲に幾万の破片が散り、液体をまき散らした。



「キィ」



あたりに巻き散らかされた液体はすぐに糸を引いて粘性をもち、『ミミック』の足を地面に縛り付けた。



「だりゃっ!」



『ミミック』が動けなくなったのを確認して、駆け込んできたミキはハードルを越えるように『ミミック』の口を蹴り飛ばした。



『ミミック』の上口は大きく後ろに流れ、天にむかってぽっかりと大きな口を開けた。



口先からはみ出た紫色の舌が空中でのたうち回っている。



「見えた!」



「今だ!」



足を止めた『ミミック』を囲い込んだアユム達は一斉に棒で『ミミック』の口を打った。



ぼこぼこと肉を打つ鈍い音がビートのように部屋に響く。



棒が上下する度に周囲に血か体液か青い液体が飛び散った。



「ピー」



程なく、断末魔の絶叫をあげて『ミミック』は動きを止め、しばらく蠕動を繰り返した後、完全に沈黙した。



「!」



同時に箱の中から猛烈な煙が立ち上がって周囲が見えなくなった。



鼻腔をくすぐる甘い香りは『マナ』の臭いだ。



「よし」



倒したのを見て、少し離れた壁際でセラが拳を握っていたのは誰も気づかなかった。



すぐに『マナ』の煙は流れ、目の前には側面に穴の開いた粗末な木箱だけが残されていた。



「これが『ミミック』の正体?」



「うぇーきもちわる」



チナツが苦い声を出す。



木箱の底には10センチくらいの紫色の蛭のような生き物の死体があるだけだった。



なるほど、どうやら舌に擬態していたものが本体だったようだ。



「ん、これなんだろ」



チナツは木箱の隅に転がっていた銀色の金属棒をつまみ上げた。



『鍵』だった。



「激戦、お疲れ様でしたー。そして『鍵』入手おめでとうございます」



「『鍵』?」



手を叩きながらヨコヤマはつかつかと歩き寄って来て、改めて演技掛かった声色を作った。



「コングラチュレーション!君たちは食堂のカギを手に入れた!」



そしてヨコヤマは後ろを指さした、戦いに夢中で気づかなかったが、さらに奥に部屋があるのだろうか、サビの浮いた鉄製の扉がそこにあった。



「さあ、美味しい昼飯が待っているよ」



ヨコヤマが言った。






・・・。



先ほどの喧噪から一転、静まりかえった部屋に金属を擦る音が響く。



「あれ、・・・開かない」



「アユム君、ちょっと逆じゃないの」



少しの金属音がつづいた後、カチンという音とともにサビついた音をとどろかせ扉が開いた。



「あ、開いた」



扉をくぐったアユム達の前には『休憩室』と同じ風景が広がっていた。



壁際の自販機、長机にパイプイスとまったく同じ作りで壁の色以外は特に違いはないようだった。



あと一つ違うのはあたりに空腹を高ぶらせる、美味しそうな匂いが充満していることである。



アユムが匂いの元に目を向けると、二つ並べられた長机の上には大小様々な皿が置かれていて、それぞれ上に鮮やかな色の料理が盛られている。



「あーすごーい」



「いやーん美味しそう」



「私おなかぺこぺこ」



「バイキングになっています。手を洗ってからいただきますをしましょう」



女性陣の黄色い声をいなすと、部屋隅の化粧室を指さしてヨコヤマは言った。



「アユム様は頭も洗ったほうがいいかもしれませんね」



ぞろぞろと化粧室に向かう女性陣をしりめに、セラが苦笑をしながらタオルを手渡してきて言う。



アユムは『ミミック』との激戦で、血と唾液によごれた自分のことに思い至った。



とてもじゃないが食卓に見せれる顔ではないのかもしれない。



「そうですね、ちょっとふいてきます」



追いかけてきた尿意もあいまってアユムはタオルを受け取ると化粧室へとそそくさと走っていった。






・・・。



底冷えのする化粧室は地下のくせにきれいに清掃が行き届いており、蛇口からはお湯も出てきた。



常に冷気が漂う『ダンジョン』は潜れば潜るほど寒気を増してきて、



戦闘の後、どこか肌寒さを憶えていたアユムにとっては、ここでの暖かい湯はなにより気持ちよかった。



アユムは暖かい湯の筋を手で受けると、頭から顔に掛け流した。



はねかった雫はボウルで湯気を作り、あたりに湯気が充満する。



「ふぁ・・」



緊張を弛緩させる気持ちよさにアユムは思わず声が出た。



こんな地下深くでお湯が出るなんていったいどういう仕組みになっているんだろう、と軽く疑念を浮かべながら髪を洗い終えたアユムは髪の水を切って、タオルで拭いた。



大きな一枚板のガラスが目立つカウンターには今、アユム以外に人はいない。



ヨコヤマは外で皿を並べ、食事の準備をしている。



ふと思い出したようにアユムはジャケットを脱ぐと袖をまくり上げ、さっき滑り込んだときに打った肩を映した。



床に転がった際にゴムとすれたのか左肩が赤く滲んで跡になっている。



アユムは手の伸ばして触ってみるがあまり痛みは感じない。



ただの打ち身だろう。



アユムはさっき、戦闘後にセラにほめられたことを思い出していた。



戦いが終わって、冷静になったアユムは体のきしみから、あちこちに体をぶつけているのがわかった。



いくらゴム引きでクッションが効いてはいても、痛いものは痛い。



(お見事でしたよ、アユム様)



アユムに疲れが打ち寄せてきてその場に座り込んだときに、傷を見せてくださいと駆けつけたセラはそのときこうほめてくれたのだった。



その一言でいっぺんに体が軽くなったような気がした。



「『ダンジョン』か・・・」



アユムの独り言は空中をしばし漂ったあと、部屋隅の静寂に溶けていった。 







・・・。




「いっただきまーす」



先刻からの空腹のあまり、みんな早口になってしまった食前の礼だった。



長机を二つ合わせて作った食卓に取り皿を並べ、アユム達は向かい合って座っている。



アユム達は『OL達』と一緒に座り、対面に『女子大生ズ』とヨコヤマが座った。



アユムは改めて机の上に乗っている皿を見た。



二つある保温ジャーにはご飯と味噌汁が入れられ、熱を保っている。



盛られた新鮮な葉物サラダと煮物が陶器の鉢に盛られ、隣の更には天ぷらが組まれている。



その中で何より目立つのは骨の貫通したソフトボール大の肉だった。



「『マンガ肉』ですよ」



これはなんですか、というアユムの質問にヨコヤマは答えた。


「S根県はここ『I見銀山』で名物の『D級グルメ』ですよ。



ダンジョンの楽しみは食べることでもあります。



名ダンジョンに名物あり。



そのような名物を『D級グルメ』と呼びます」



「アユムくん、とってあげようか」



まごついているアユムを見かねてか、ミキが会話に割り込んで来た。



ミキは自身の肉と油ものでいっぱいになった器を置くと、『マンガ肉』をつかんで、こちらに手渡してくれた。



「あ、ありがとうー」



アユムはチナツから『マンガ肉』を受け取った。



『マンガ肉』はずっしりと重く、まだうっすらと熱をまといっている。



よく焼き上げられた表面はうっすらと肉汁を滲ませ、スパイスの香気が鼻をくすぐる。



一口食べてみてアユムはその芳醇な味にびっくりした。



肉としては赤身肉なのだが、従来の赤身にない深いコクがある。



どこか香ばしい牧草の風味に果物のような甘い匂いまである。



(なんだこれは!)



アユムは衝撃で言葉を失った。



「熟成肉なんですよ、今話題の。



『マンガ肉』は昔の鉱夫たちが手弁当に持ち込んでいた干し肉をルーツにして作られています。



きつい、きたない、きけんと3Kの極みである『ダンジョン』での『納務仕事』を支えたのは干し肉のタンパク質でした。



そしてこのダンジョンは冷気と言い、湿気と言い熟成にうってつけでしてね、昔からこの地方では干し肉の生産が盛んだったのですよ。



まあ、今はよその『ダンジョン』でもワインとかハムとか作ってますけどウチのダンジョンでは通常の倍以上熟成させてましてね。



肉ではここが一番だと思いますよ」



ヨコヤマが嬉しそうに説明する。

その手にはアユムと同じく歯形にえぐられた『マンガ肉』を持っている。



「ほんと、おいしーい」



「うまーい」



「これはなかなかですね」



歓声を上げるOL、女子大ズの後について淡々とセラもうなずく。



女性陣の評価も上々だった。



「なんか原始人にもどったみたいですね」



「いや、犬って感じ」



アユムやヨコヤマの目を忘れたかのように目の前で、



厚い、薄い、朱い、淡い唇達が油で艶めき、次々と食べ物を咥えていく。



食べては話し、食べては話し、話題は途切れる事がなかった。



アユムは思った。



(食事は不思議だ。ただ食べて話すだけなのになぜこんな幸せに感じるのだろう)



そんな空気が一度凍り付いたのは、他に先じてヒロコが天ぷらを取り、囓りながら感想を言ったときだった。



「このキノコの天ぷらもおいしー」



空気が一瞬にして凍り付いたのが感情の機微に疎いアユムにもわかった。



「キノコ・・・」



「まさか・・・」



一同の目が天ぷらが乗っている皿に落ちる。



ヨコヤマは笑って訂正をかける。



「いやいや、これは『Eリンギ』、あの歯ごたえがいいキノコですよ。



『Cイタケ』とは違いますよ」



「ですよねー」



「おいしー」



安心した一行は各々天ぷらを口に運んだ。



さくさくと口に広がる香ばしい味はアユムにとっても大変美味しかった。



「・・・まあ、実をいいますと『Eリンギ』も『マナ』に反応して『マギマタンゴ』に変化するのですけどね」



ヨコヤマの一言に一行は食べる手を止めた。



「酒が欲しいところですね」



いや、セラだけは淡々と口に運んでいた。



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