「I見銀山」①
『I見銀山』までは駅からすこし距離がある。
しかしバスはなく、歩く以外の手段がないので、アユムとセラの二人は駅からだらだらと続く緩やかな坂道を進んでいた。
銀山周辺は旧市街がそのまま残されており、茶屋や土産物屋として内部のみ改装されて利用されている。
その古い町並みが奥に向かうにつれて道にせり出してきて、軽自動車がすれ違うぐらいがやっとの幅になっていた。
自然と人の波が合わさり、ちょっとした初詣の客ぐらいの人出が道に溢れている。
ただでさえ夏の外気にさらされて暑いのに、この人混みで熱があがり、アユムのTシャツはダンジョンに入る前だというのに、既に汗に濡れていた。
ボリュームを上げて飛び交う明るい声に戸惑いながらも、まぶしい顔でアユムはあたりを見渡す。
「すごい人混みですね・・・コレ・・みんなダンジョンに行くのですかね」
「いえ、さすがにこちらの高齢のグループはいかないでしょう」
セラは隣で背中をかがめて群れているグループを見つめた。高齢者達がわーわーと話す様子はどこから声をだしているのか、蝉を思わせてかしましい。
「荷物も少なすぎますし、さすがに『潜行』はスポーツですから」
気がつけば道を流れる人の波は完全せき止められ停滞していた。
アユムはあたりを見ると、長い列になっているのだと気づき、うたれたように列の最後尾らしきところに足を伸ばして並ぶ。
「アユム様、何をしていらっしゃるのですか」
セラが怪訝な顔でうかがう。
「えっ、いや列に並ばなきゃと」
ハーといつものように息を吐き、セラは言う。
「アユムさま・・ここは『銀坑口』でして・・・いわば観光用ですね。これから私たちの向かう所は違います、あちら・・・」
とセラが指さした先には民家の横に人一人通るのがやっとくらいの隙間があり、壁には『ダンジョンはこちら』と日に擦れた文字で案内があった
「私たちはあそこの裏にある『探検口』へと向かいますよ」
セラの指指した隙間という表現がふさわしい民家の細い脇をすり抜けると、左右を木の柵に覆われた迷路めいた通路が少し続いた。
本当に大丈夫かと疑念に思いながらもアユム達がさらに進むといつしか木の壁がとれ、さっき来たような町並みが広がる道に出た。
そしてその道の奥は大きな柵によってせき止められていた。
「あれが『探検口』です」
セラが柵を指さして言った。
身長の二倍ほどの大きな柵の中心にゲートがあって、その脇に券売所の建物がある様子は動物園か遊園地を思い出される。
その柵の向こうでダンジョンの入り口か、『一級埋設重要文化財:I見銀山』と表札のかかった公民館風の建物がたたずんでいる。
だまされてるんじゃないかと怪訝に思っていたアユムの目の前にこうして『ダンジョン』は現れた。
奇妙にもあたりに人影はなかった。
セラはアユムを一別すると、
「朝、遅刻したので集合時間ぎりぎりなのです・・・急ぎますよ」
と言って券売所へと向かった。
「『剣の森』まで大人二枚 『ミカゲ・エステート』で予約していた者です」
券売所に立って、ガラス越しにセラが声をかけると、返事もなく高校生ぐらいの女は引き出しから細長い券を二枚とりだすと前に突きだしてきた。テーブルには少女雑誌が開いて置いてある。
小豆色の券はプラスチック製で手に巻き付けて固定できるようになっていた。
セラは手に取ると腕にまいて見せた。アユムも見よう見まねで巻いてみた。
よく見ると巻いた券の表面に日にちと時間がスタンプで押されている。
「もう時間がありませんので、着替えたら入り口へと急いでください」
二人が着けたのを見るとやる気のない券売所の女は柵の向こうをゆびさして言ったきり、うつむいて漫画を読み始めた。
####
「はい皆さん、集まって下さーい!」
明るい声が『待合室』に響き渡る
『探検口』の入り口をくぐり、更衣室を抜けると、高い天井と板張りのホールがある。
壁沿いならべられた自販機とともにパイプ椅子、テーブルが置かれ、ちょっとした待合室として使われていることからこのダンジョンでは『待合室』と呼ばれている。
その中心でアイドルかと見間違うようなまぶしい風貌の青年が女性の集団を集めて話をしている。
「はいみなさん準備はよろしいですかー、ちゃんと用具を身につけていますかー」
「はーい」
彼の前にいならぶ若さのめだつ女性達はだぶだぶのダンジョン服に身を包み黄色い声をあげる。その声には何処か媚びが含まれていた。
最近話題の『ダンジョン女子』というやつだ。
(・・5点・・3点・・4点・・4点・・)
いつものように目前の参加者らの風貌に点数をつけながら、
このダンジョンのガイド、ヨコヤマは内心舌打ちをしていた。
(ちっ、しけてやがる)
しかし内面の毒づきがどれほど荒れ狂おうともアイドルを思わせる彼の表情はけして揺れることはない。
ヨコヤマは腕時計を見た。たくさんのスイッチが目立つゴム引きの時計は当然ダンジョン用『ドリフター』。
『カオス』社製のこの時計はマナ濃度や方位などたくさんの項目が測れるので世界中のダンジョン愛好家達に愛用されている。
時間は既に9時半を示していた。
「二人来ていないそうなのですが、もう時間ですので出発しますね」
「はーい」
再びあがる黄色い声。
彼を見つめる女性陣のどの顔にも奇妙な陶酔が漂っていた。
いま居並ぶ女達全員が、ダンジョン愛好家必読の雑誌、『季刊:洞人』で美青年ガイドとして組まれた彼の特集を見て参加しているからである。
ヨコヤマはこのガイドのバイトをはじめてもう4年になる。
大学が長期の休みに入る夏と冬にこのバイトに入るのだ
このバイトの存在は探検部の先輩におしえてもらった。
正直、仲がよいわけではなかったが、今では威張るしか能のなかったあの不細工な先輩に感謝している。
このバイトはおいしい。単に金銭的なことだけではなく、女の面においてもだ。
世に『吊り橋効果』という専門用語がある。
不安定な状況に置かれた男女がその状態を恋愛と錯覚してしまうのだ。
高校から潜った経験のある、ダンジョン歴6年のヨコヤマは学生ガイドとしてこのダンジョンのアトラクションを任されている。
急勾配にアクシデント、突然の遭遇など数々のアトラクションを用意して、参加した女性達がちょっとした体験をした後はヨコヤマにとってもめくるめく『体験』が待っているのだ。
彼女もいるし別に女に飢えているわけではない。ただパズルのように詰めて女を落とすという暗いゲームにやみつきになっているのかもしれない。
(まあ、今回はとりあえずは5点の女かな・・・)
と人知れず失礼な決定をして、ヨコヤマが決して表にでない笑みを内心うかべているとき、遠くから呼ぶ声があった
「すみませーんー待ってください、遅れましたー」
見ると、遅れていた客だろうか、二人の人間がこちらに走ってくる。
「おっ・・」
そのとき初めてヨコヤマの表情が崩れた。
テレビの中でしかお目にかかれない美形の女だった。
使い込まれた探検用のつなぎは腰のあたりで膨らみを締め付けていて、腰のその細さを思わせる。
そしてその上に乗る小さな顔は縁なし眼鏡が知的にまとめていて、後ろで束ねた髪が艶やかに揺れている。
(10点キター!)
暗い獣欲を滾らせるヨコヤマの目にふと同じく走りくる隣の男が目に入った。
あきらかに今回揃えましたという新品の探検服を着せられていて、対照的に冴えない顔の上では目が落ち着きなくあたりを飛び回っている。
どう見ても初心者のようだ。
さて、このダサい男はこの美女とどういう関係だろうか。
(まあどうでもいい・・)
(ここは俺のダンジョンなんだ・・・)
「いやーおまちしておりましたよ」
遅刻者にざわざわと騒ぎ出す女性陣を抑えてヨコヤマは笑った。
どす黒い内心と外面が一致した、今日一番の笑顔だった。
####
アユム達が集団に追いついた時にはツアーは出発する寸前だった。
やばいと慌てて走るアユム達を、同年代風のガイドが暖かい笑顔で迎えてくれた。
「いやーでもよかったですねー、もうちょっと遅れていたら出ていましたよ」
ヨコヤマと名乗ったガイドは大学生でバイトだと言う。聞けば年もアユムより三つ上なだけだった。
『リア充』という表現がふさわしい彼の風貌をアユムは呼吸も落ち着かず、まぶしく見上げた。
「さあ皆さん、出発しますよ」
ヨコヤマのかけ声と共に、セラが集団と軽い挨拶を交わしたのみでツアーは始まった。
そして今、アユム達はホールの奥にあったエレベーターに乗って、俗に『教会』と呼ばれる50階に一気に向かっていた。
資材搬送用の巨大なエレベーターは八人乗ってもまだ空間があって、さっきの延長で微妙な隙間と緊張感が充満していた。
「確かハヤミさんでしたっけ・・・ダンジョンに潜るのは初めてなのですか」
この空気をほぐそうとしたのか、隣になったガイドのヨコヤマがアユムに話しかけてきた。
「それにしても、いい服着ていますね。『ダンジョン服』に袖を通したのは初めてですか」
さすがに服の善し悪しが解るのだろうか、それ『モクテスマ』ですよねと一発で言い当ててヨコヤマは続けた。
アユムはさっき着替えた更衣室を思い出していた。
プールを思わせる男女別の広々とした部屋には真新しいロッカーが並んでいた。
部屋の隅には監視カメラに見守られて貴重品boxまであった。
あたりは冷房が効いていて暑くもなく、寒くもない。
濡れたTーシャツとGパンを脱ぐと、背負って来た大きなザックに入れていたダンジョン用具を取り出し、身につけ始めた。
機能性があると書かれていたスパッツにアンダーシャツ、靴下をはき、ハイカットのスニーカーで足首を固めたあと、赤いジャケットに袖を通したときには何か胎の底から力がわき上がってくるような感覚を覚えた。
振り向いてアユムは壁に掛けてある鏡を見る。
上から下まで原色が目立つが、見ようと思えばどこか騎士のように見えなくもない。
家庭の金銭的理由からファッションというものに縁遠かったアユムだが、ファッションにこだわる友人達の気持ちが少し分かったようなきがした。
「はい、初めてです」
「どうですか」
「いや、なんかわくわくするなと」
アユムの感想に同意するように『モクテスマ』のジャケットがしっとりと重い。
「そうですね、今日は更にワクワクできるように頑張りますよ」
ヨコヤマは人好きのする笑みを浮かべた。
「えー初めてなんですか、じゃあ一緒ですね☆」
二人の会話に触発されたのか、先程『OL仲間』と紹介された2人組のうちの明るい髪をした女性がアユムに声を掛けてきた。
「私達も初めてなんだよ、ねーまなみ」
ヒロコと名乗った明るい髪色の女性は隣にいたややぽっちゃりとした女性をの肩を揺すって言った。
「えっ・・・うん」
まなみと呼ばれたふっくらとした色白の女性は、突然の振りに動揺を浮かべて不明瞭な声で返事する。
女子とまともに話すなど経験の少ないアユムはどう対処していいか解らない。
あっ、どうもなどあたりさわりない受け答えをして静かに硬化が始まってしまった。
「後ろの皆さんも初めてなのですか」
金縛りにかかるアユムを見かねたのか、振り向いてセラが口をはさむ。
「あ、私は高校の時に何度か潜ったことがあります」
不意にアユムの背中から声が飛んだ。
振り向くと、後ろの壁沿いに並んでいた『大学仲間』のなかでひときわ背の高い子が手を挙げていた。
ミキと名乗った経験者の彼女はアユムと目があってはにかんだ顔をしている。頭の横では束ねた髪がふわついていた。
アユムは今気がついたのだが、確かにミキが着ている服は他の女子四人とはあきらかに違っている。
「私個人は普段、もっと難易度が高いダンジョンに行くんだけど、ハルとチナツは今日初めてなので」
「うん、私は大学でミキちゃんと仲良くなって、それで今回誘われて・・・」
「私も」
三つ編みに眼鏡の地味目なハルは日に焼けた肌がやけに目立つチナツと口を合わせて答えた。
「セラさんはどうなんですか」
ヨコヤマが聞いた質問はアユムも聞いてみたいと思っていた質問だった。
「私は仕事で何度か潜ったことがあります」
「・・・とはいっても国内で、深度もそう深くないのでそう自慢できるものではありませんが・・・」
「そうですか・・・私は9アビスの内、今1つ攻略しております」
「それはすごいですね!」
「キャー!」
後ろの女子からも驚嘆の声が上がった。
「9アビス?」
聞き慣れない言葉にアユムはセラに聞く。
「9つの有名なダンジョンですよ」
指で作った9を一本一本折りながらセラは言う。
「有名な所で言えばこの国における『F士山の風穴』、Aナトリアの『Kッパドキア』、Pリの『Kタコンブ』・・・
どれも『確認窟』ながらその深さ、危険性で有名な『最深淵』で、現地では地獄と呼ばれ、恐れられているのです。
これらを攻略したものは『冒険者』として褒め称えられ、挑戦者を『9ダイバー』、
9つを攻略した者などは『9ライブス』として『最高の名誉』を得ることができるのです」
「『9ライブス』?」
「これはやり遂げるに9つの命がないとできないという地元の故事から来ております。
まあ、潜り方にも色々とスタイルがありまして、ベースキャンプをはりながら大人数で潜る『セーブ・スタイル』や、
単独で潜る『選ばれし者・スタイル』などそれぞれ団体ごとに流派や認定などもあります。
まあいろいろとややこしいのですが、それはまた後でおいおいご説明させて頂きましょうか・・・」
とセラの説明が終わったときだった。
宣言するようにヨコヤマが言った。
「僕は来年、『Kッパドキア』に潜ります」
セラを射貫くような目で見つめる彼の横顔はアユムがいつか本でみた美術の彫刻のようだった。
一瞬の静寂の後、興奮をまぶされた女性陣の吐息が満ちる。
「すごーい」
「かっこいい」
「ハヤミくんはどうだい、君も『9ダイバー』になるのかい?」
ヨコヤマはアユムに向き合って問う。
「いや僕は・・・特に」
ヨコヤマにそういわれても昨日まで狭い六畳半のアパートしか知らなかったアユムには想像もつかない世界である。
ましてや『深淵』や『地獄』など言われても想像がつかない。
「実はアユム様は『ダンジョン』を相続なさったのです」
「!」
「!」
しばらく張り詰めた静寂は絶句であった。
「・・・ちょっすご」
「えっ・・信じられない・・」
ざわめきは少し遅れてきて、あたりをよどした。
(えっなにこのリアクション?)
「ハヤミ君、スゴイじゃないかー!!」
アユムの肩を強く叩いてヨコヤマは言う。
「学生の身分でダンジョンオーナーになるなんて滅多にないことだよ」
「えっ・・そうなんですか」
「そうだよ、ダンジョンを合法的に手に入れようと思うと昔と違って今では手段が限られてくるからね。
まずある程度のお金とコネがないと手に入らない。・・・ステイタスみたいなものだよ」
「ところでどうやって手にいれたんだい」
ヨコヤマの質問はアユムもまたセラに聞きたいことだった。
アユムはセラに視線を投げると、お父様がお掘りになられましたとセラは短く返した。
「掘った!」
ヨコヤマは胸で腕を抱えた。
「なかなか珍しいパターンだね、私が知っている限り自分で掘ったパターンというのは四国のT島県の『D菩薩峠』、K知県の『S田ダンジョン』とかかね。
なかでも一番有名なのがT木県の『T川埋蔵金跡』だね。
ここはTV局も絡んでいるので入窟料が半端なく高いとのことだけど、
こないだ好奇心で潜った友人が言うには大権現トラップが半端無くて楽しかったとのことでした」
熱を帯びる会話の間にもきしむ音と共にサビの目立つエレベーターは階を下げていく。
20、21とボタンのように並べられたランプに灯りがともっては移っていく。
「ふー、まだ開いていないのは残念だけど、開いたときは是非連絡してよ、絶対遊びにいくから」
アユムの頭を超えて、セラと二三回専門用語を交わし合った後、興奮をかくせない表情でヨコヤマは言った。
気がつけば階を示す灯りは45の位置まで来ていた。
ヨコヤマは振り向くと言った
「はい、みんな、もうすぐ『教会』につきます。
人の出入りもありますので、着きましたら速やかにエレベーターから降りて下さいね」
地下50階は通称『教会』と呼ばれている。
エレベータのなかで飛び交っていたその『教会』という言葉に何のことかアユムはついていけなかったのだが、
その疑問は地下50階にエレベーターが到着して一気に氷解した。
目の前には確かに『教会』というほかない光景が広がっていた。
周囲の岩を削って作られた天井は高くアユムの背丈の五倍ほどある。
その天井のそこここにつるされたステンドグラス風のランプが幻想的に滲んでいる。
部屋の奥には呪術的紋章の目立つ巨大な祭壇のようなものがある。
中心に大きな十字架が掘り出されており、その舌に和服を着た妙齢の女性が乳飲み子を抱いている人形がある。
その祭壇の裾では屏風のように屋台風につくられた本格的なキッチンスペースが場所を占めて、中では立ち上る湯気とともに料理人たちがせわしなく動き回っていた。
祭壇に向かって並べられるべき椅子はテーブルを挟んで向かい合い、フードコートを作っている。
それぞれのテーブルには人々が座り、暖かい料理や飲み物を挟んで話しに夢中になっていた。
ぱっと見てアユムはこんなに人がいたのかとおどろいた。
見る限り六十人ほどいそうである。
「はい、ここが地下50階、通称『教会』と呼ばれているエリアですね。」
「ごらんの通り、この見事な教会は一説によると迫害を逃れこのダンジョンに隠れ住んだ『カクレ』とよばれる異教徒たちが彫り上げたと言われております」
なるほど、確かにそういわれると和装の男女は某聖書に出てくる物語の登場人物に見え無くない。
「幕末を経て、維新ののちにこの史跡は世間に明らかになったとの口伝があるのですが、未だ定かではありません。
ともあれ、今は食堂兼ホールとしてこのダンジョンへいらっしゃるお客様の為に憩いの場として開かれております。」
ぐいぐちとテーブルをすりぬけながらサキヤマは続ける。
「よそのダンジョンと違って、このダンジョンでは『洞小屋』がありませんので、食事が出来るのはここだけとなっております。
今見えるように他の『潜行』の方々や、地下100階の極地研究所の研究員などもよく食事にまいりますので賑わってますね。
ともあれ皆さんにはツアーで弁当を用意しておりますので、このまま通過したいと思います」
そういうとヨコヤマは屋台の後ろに回り込んだ。
屋台の裏には男女別々の簡易トイレが八個ほど起立し、その奥に三メートルほどの幅の通路が口をあけていた。
通路を塞ぐ為にあるのか、脇についた木製の扉は開いたままで固定されている。
「はい、ここからが『剣が森』までのダンジョンのとなりますので、行きますよ、皆さん準備はよろしいですか」
「喉が渇いたとかトイレに行きたいとかありませんね」
はーいと女子達の明るい声に添えてアユムも返事をする。
脇ではセラもうなずいていた。
「ダンジョン暗いところもございますので、はぐれないようにだけ気をつけてくださいね。
さっき集合時に言ったように応答には絶対返答してくださいね」
教師のように指をたてて目の前のアユム達にやさしくヨコヤマは言う。
「はい、では行きますよー」
ヨコヤマを先頭に、『OL二人組』『女子大三人組』と続いたのち、アユムとセラが通路に吸い込まれた。
木で四方を抑えた通路には電気がひいてあるのだろうか、一定の間隔で蛍光灯がついてある。
先頭を行くヨコヤマの肩越しにのぞき見ても、
その奥は伺えない程深い。
不意に強くなった冷気と湿気がアユムの鼻を突く。
(こうして見るとただの洞窟にしか思えないな)
平凡な感想を浮かべるアユムを見越してか、
隣で列をつくるセラがどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべていたのをアユムはそのとき知らなかった。