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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
「ダンジョン体験しました。」
3/15

「ダンジョン体験しました!」

 T中央国際空港から飛行機で揺られること一時間半、



 着いた先はS県、古き神々の集う国で有名な所だ。


 

 アユム達は早々と荷物受け取り場を抜けて、



 総合空港案内所の前にいた。


 

 セラがせわしそうに受付女性と話している隣で、



 アユムは空港の売店で売ってあった「赤天」なる揚げ物をつまんでいた。


 

 目の前では



「S根県へようこそ」



 とオオクニくんなるゆるキャラが諸手を挙げて歓迎をしているオブジェがあった。


 

「あの、・・・・セラさん。」


 

「何ですか?」



 振り返りもせずセラは受付の女性と話を続けていた。



 今日泊まるというホテルの手配が難航しているらしい。



「いや、何もアレも・・・・。」



 アユムの声が大きくなる。


 

「S根じゃん!」


 

「S根県じゃん!どーなってるんですか!」


 

「G馬県いくんじゃないんですか!!?」


 

 セラはきょとんとした顔をした後、ぽつりぽつり答えた。


 

「あーあれですね・・・よく考えましたらね、まだ何もないんですよ、あそこ。」



「整備されているの入り口だけで、本調査も終わってないので、よくよく考えますと、素人連れて行くには危ないなと思いまして。」


 

「そこで、アユム様には今一番有名なダンジョンを先に体験して頂こうかなと思いまして。」


 

「一番有名?」


 

「はい、ここです」


 

 たたたと構内を走り抜けて、セラが指さした先には、

 

 



「YOKOSO!世界遺産 I見銀山へ!」

 



 

 と威圧感のあるゴシック体でかかれた案内があった。



「I見銀山?」



「はい、有名でしょう?」



 有名もなにも世界遺産である。



 かつてこの国のとある銀山が世界の銀の三分の一を占めていた時代があった。



 それが世界遺産になった理由の一つだと聞く。



「確かに洞窟ですけど、・・・でもダンジョンとは・・・。」



 セラはさわやかな笑みを浮かべる。



「・・・とれたのが銀だけじゃなかったとしたら・・。」



「へ?」



「まあ、行けばわかりますよ。」



 この国有数の観光地が『ダンジョン』・・・。



 アユムはここまでついてきてもまだ壮大な詐欺に遭っているような気がしていた。



 しかし、今、とんでもない美女が自分と並んで歩き、



 昔からの知己のように平然と会話をしているということは事実だし、そちらのほうが奇跡のように思えるのだった。



 今、アユム達は連れだってタクシー乗り場へと向かっていた、



 身長、172センチのアユムと並ぶと、



 ハイヒールをはいたセラは五センチほど高い。



 大きめのバゲッジを引くその姿は構内で明らかに目立ち、すれ違う男達すべてが振り向いた。



 なかにはアユムと顔を見比べて、明らかに舌打ちをする男もいる。



「そういえば・・・。」


 

 アユムは『I見銀山』について思い出したことがある。



 年末、世界遺産に認定された瞬間、S湖に次々と全裸で飛び込むS根県民の姿をLIVE映像でアユムも見ていた。



 正直驚愕したのを憶えている。



 朴訥、純真、礼節、アユムにとってクリーンなイメージしかないS根県民がなぜこんなに狂乱しているのかと。



「・・・あーあれですね、実は・・・・一部の若い奴が祝い酒に『マンド』混ぜてしまってたらしくてですね。」


 

 苦い笑みをがひろがったセラの顔は今までで一番幼く見えた。



「後で参加者を解毒するのが大変だった、と知り合いが嘆いておりました。」



「『マンド』?」



「知りませんか?『マンド』?こんなかんじの・・・。」



 セラの指先が空中に人参のようなものを描く。



「『マンドラゴラ』ですよ、あのゲームとかでわりと有名な。」



「見たことございませんか?」



「ありませんよ、そんなの!」



「本来、大変薬効のあるダンジョン生物なのですが、その幻覚作用から『マジックキャロット』等の呼び名であまりよろしくない人気があります。ネットの裏オークションでもよく売られておりますよ。まあ最近は『魔法ハーブ』として当局の取り締まりも厳しくはなっていますが。」



 セラは説明を続けた。



「ちょっと浅い地下でよく自生しているものですから、若い冒険者が簡単に味を憶えてしまうんですよね。ダンジョンで少し潜ると、隅のほうでよくこれにキマっている連中がよくおります。本当に邪魔なんですよね。それにやり過ぎるとじつは大変危険な薬物だということも解ってきております。世間でよくある練炭自殺というニュースも実は何割かは『マンド』の過剰摂取なんですよ。」



 器用なことに、話しながらもセラの手はてきぱきと動き、



 自身の黒塗りの高そうなスーツケースを呼び止めたタクシーのトランクに入れると、



 すかさず運転席にまわって、地図を見せてなにやら指示をしている。



「・・・でホテルはここなのですが、買い物があるので・・・に寄ってほしくて、・・。」



 アユムはというと持ち出した荷物はナップザック一つだった。



 高校三年生の時に買った、緑色をした『グリズリー』のザックは一日分の下着とタオル、そして歯磨きなどの衛生製品で膨らみ輪郭を失っている。



 心配になったアユムは、家をでるまえに荷物が無いのだが大丈夫かとセラに聞いたが、



「あら、よい冒険者の荷物はすくないものですよ。」



 などとセラは言っていた。



 アユムは今、午後の日差しにあぶられて、ガラス越しに構内で流れていく人々を見ていた。



 家族、カップル、学生、ひとり、行き交う人は皆おのおのの方向を見て、 誰一人としてアユムと視線が合うことはなかった。



 流れているのか、流されているのか、目の前でただただ、人の波は続いていく。



「アユム様、参りますよ-。」



 いつのまにかタクシーの助手席に座っているセラが声をかけてくる。



 ともあれここまで来た以上、彼女を信じて任せるしかない。



 アユムは後部座席に乗り込んだ。



 車内は、外の日差しに燻されたのか、冷気に混じって、座席のゴムの臭いが強く鼻を突いた。



 アユム達を乗せたタクシーは静かに走り出した。


 


 

※※※※




「先に明日の準備を買いにいく。」



 とセラに言われて、



 空港でタクシーに乗り込んでから、



 かれこれ車で一時間程走っただろうか。



 田んぼ、家、畑、田んぼ、家、畑、また田んぼ・・・。



 目の前では録画されたかのような風景がただ繰り返されていく。



 いつしか車中での会話も少なくなり、アユムが少し寂しくなったころ、



 日が傾いて紺に濁り始めた風景に突然光の密集があらわれた。



 昔本で見た、砂漠の中に現れる一夜町のようにそのアウトレットモールはあった。



「ダイコクキャッスルです」



 セラがつぶやいた。



 着く前に傾きを強めた太陽は、



 駐車場に着いたときには完全に山の端に沈みかかっていた。



 タクシーを駐車場に着けると、アユムたちは早足で、



 アウトレットモールの中央入口へと向かった。



 真っ暗に近くなった駐車場で、等間隔で並ぶ街灯の光の道を歩いていく。



 駐車場からみる『アウトレットモール』は中からあふれるこぼれんばかりの光を受けて、ぐるっとあたりを取り囲む壁は暗く、影の帯になっている。



 その中心にひときわ大きく光をこぼす入り口があり、その口の上ではLEDか中央入口という白い文字が光っていた。



 近づいて見てみてアユムは度肝を抜かれた、



 当初ブロックかと思った周囲を取り囲む城壁はすべて丹念な石垣で築かれていて、



 中央入口の門にいたっては巾六メートル程の跳ね橋が天然の川を引用した水路に渡してあるぐらいの凝りようだった。



「すげえ!」



 思わず中世か!とつっこみそうになって、アユムは唾を飲み込んだ。



 セラ曰く、



 『O田ダイコクキャッスルアウトレットモール』はここ、山陰でも一、二を争う規模のショッピングセンターだそうだ、



 当初九十年代初頭、全国のテーマパークブームのときに、


 

 『O田マジックランド』として東欧かどこかの世界遺産の城下町を下敷きにしたテーマパークとして始まった。



 その後、バブル崩壊、テーマパーク閉鎖と聞き慣れた経緯をたどった後、平成になって地元の旅行会社、『HI5』が買い取って、



 社運を懸けたアウトレットモールとしてリスタートを切ることとなったそうだ。




「いらっしゃいませー!」



 門の脇にはカラフルな東欧の民族衣装を身にまとった女性がいて、



 笑顔と共にパンフレットを手渡してくる。



 隣には衛兵よろしく鎧などで完全武装のコスプレをした男が無愛想にこっちを見ている。



 重厚な門をくぐると目の前には中世の城下町が広がっていた。



 パンフレットの写真を見るに、



 昼間に来ると赤い色で統一した建物の屋根がたいそう綺麗らしいが、



 今は夜、



 のしかかる闇をはらうかのようにそこここで焚かれた本物の松明の明かりが石畳を荒く照らし、幽玄な雰囲気をつくっている。



 すこしはなれた先にテーマパークの残り香か、メリーゴーランドと観覧車が見えた。


 

 淡い電球色でライトアップされたそれらは少し明るく、中空に浮いているように見える。



 アユムは入店してびっくりしたのだが、



 どこにこんな人たちがいたのだろうか、いつのまにか、あたりには若いカップルや家族連れの影で渦巻いていた。



「今日は夜市が立つみたいですね。」



 そういえば奥の方で仮設の屋台が列を作り、混雑を活気をばらまいている。



「この近辺は娯楽がないので、普段何もなくても夜になれば皆さんここに集まりますが、特に今日は特別ですね。」



「夜市のときは、県外からも来る客が多いらしいですよ、あとで時間があればよってみましょうか。」



「さて。」



 セラは東側を指さすと、



「私たちの向かう店はあちらですので、先に明日の準備を買いにいきましょう。」



 と言った。



 東にむかって中央回廊をしばらく歩くとその店はあった。


 建物はあたりに準じて石造りで、大きく取られたガラス窓からはランプが彩る温い灯りと色々な服や雑貨が目に飛び込んでくる。



 そして入り口には『K日山荘』と彫られた木の看板が掲げられていた。



「えっここって山用品なんじゃ・・。」



「ちゃんとダンジョン用品もあるんですよ。『I見銀山』が近いから、繁盛していて一番品揃えがいいのですよ。大抵初心者のみなさんはここで買って行かれますよ。」



「そっ、そうなんですか・・・。」



 そのときだった。



「おっ、セっちゃんやん!」



 松明の影になっている店の脇の路地から声がした。



 ふりむくと濃い闇に紛れて誰かが立っている。



 声の様子から若い男のようだ。



 闇に隠れて顔は見えないがワークブーツを履いた足下が見えた。



 男は話しながらこっちへ近づいてくる。



「いやー、ひょっとして君ら、明日『ダイブ』るん?ワイも『ダイブ』るんやけど」



 足下しか見えず、低い声の質となまりの強い関西弁も相まって、



 アユムには暗闇が話しかけてくるように思えた。



「サキシマさん。」


  

 沈んだ声で返事したセラは声の主を知っているのか露骨に眉をひそめている。


 

 サキシマと呼ばれた男は店に入るのを遮るように前に立った。



 一言でいうとEグザイル風と言うのだろうか、日焼けというよりは焦げたという言葉がふさわしい小太りの体に、黒いジャケットにジーンズをまとっている。


 

 無精ひげで汚い顔の上には艶のあるリーゼントが起立しており、首でチャラチャラうるさいシルバーのネックレスと鋭い目つきがやけに印象的だった。



「ハイパー・ダンジョンクリエイターのサキシマや。」



「よろしくな。」



「はいぱあだんじょんくりえいたぁ・・・?」



「そうや、聞いたことあるやろ、『世界のサキヤマ』、それワイや、知らんか?」



 サキヤマは怪訝な顔をしてセラに振り返る。



「セラちゃん、なんや、このコ素人か?」



「こたえる義理はありません。」



 セラは冷たく壁を張る。



「なんや、教えてーや、わしとセラちゃんの仲やんけー。」



「失礼ですが『ゴキブリ』には知り合いはおりません。」



「なんやて!ワイのどこが『ゴキブリ』やねん!」



(黒くてつやつや・・・確かに・・)



 セラの返答に噴き出しそうになって、アユムは口を押さえた。


 

 ふと横を見ると店内の窓から人影がこちらを伺っているのが目に入った。



「セラさん・・・!」



 店長だろうか、頭髪とひきかえに立派なヒゲをはやした老人は眉間に皺をよせて不快感を隠さず、こちらを見ている。



 今にも店外にとびでてきて、水でもまき始めそうな雰囲気だった。



「やばいですよ、とりあえず店入りましょうよ。」



「・・・しかたがありませんね」



「そやな、ここで話してても近所迷惑なるし。」



 サキシマはすっかりついてくる気のようである。


 

 そういえば、サキシマの訛りが飛ぶたびに、珍しいのかさっきから行き交う人々が振り向いてを見ている。


 

「ッ・・・!」



 セラはサキシマを睨みつけると、太い樫でできた店の扉に手をかけた。 



「いらっしゃいませー」



 店内は冷房が効いており、汗で粘ついた体にちょうど気持ちがよかった。



 店内は天井、床、すべての壁が木で仕上げられており、吊されたランプもあいまって、山小屋をおもわせて、どこか落ち着く。



 店員は二人だけのようだった。



 今、真ん中の山用品の売り場で初老の客に登山靴を説明する女の子は学生の様で、アルバイトだろうか。



 そしてカウンターからこちらを冷たい目で射すくめ続ける男。



 初老の風貌に、薄くなった頭髪に立派なヒゲ、さっきの男だ。



 貫禄がある。どうやら店長らしい。


 

「ご無沙汰しております。」



「おやっさん、お久しぶりッス。」



 セラとサキシマはコワモテの店長と知り合いの様で、カウンターに進むと談笑をはじめた。



「おう、お前らなぁ・・・。」



 二人の背中越しにみる店長の顔がだんだんと解凍されてくる。



 すこし離れて、アユムは聞き耳を立てるが、店内にはジャズだろうか、柔らかな音楽が流れていて、三人の話は聞こえない。



 アユムはぐるりと店内を見渡してみた。



 店は外で見たよりも奥行きがあって、山用品からカヌー用品までジャンルごとに整頓され置かれている。



 さらに用品を置いてある棚はどれも色が落ち着いていて、住宅の古材を使っているのか、古木の風格があって、大変趣があった。



 アユムはなにげなく目の前に掛かっているジャケットを手にとった。



 肩の辺りが緑色で目立つカラフルなジャケットは雨に強そうだ。



 いいなとおもって、金額を見ようとアユムは襟元に手を突っ込む。



 そのときだった。



「あー、おまえおまえ、あかんて、そんなんあかんて」



 急に後ろから声が飛びかかってきて、アユムはびっくりした。



 振り向くと黒いと言うより小汚い顔の男が立っている。



 さっきの男、サキシマである。



 並んで立つと、三十台前半に見えるサキシマはアユムより五センチほど背が小さい。



 サキシマはジャケットを指さして言う。



「それは山用のジャケットや。」



「俺らはな、そんなんやったらあかんねん。」



 えっ、なんで・・・とアユムが聞きかけると、



 サキヤマは店の奥をゆびさして言った。



「ダンジョン用やないねん、これは。」



「まあ、ついてこいや。」



 サキシマは店の奥を指さした。



 店の奥、天井からつり下げられたカヌーの下で間仕切りか、店内を横断して引かれている黄土色のカーテンが空調に揺らめいていた。



「おう、ねえちゃん、前ごめんな、ちょっと奥いくで。」



「あうっ・・、あ、はい・・」



 通路をふさぐかたちで話し込んでいた客と店員の女の子の間を傍若無人にも割り裂くと、



 サキシマはずかずかとアユムをつれて店の奥を目指した。



「ダンジョン用はここやで」



 カーテンをめくるとそこにはちょっとした小部屋があった。


 

「おお。」



 部屋の壁には『ダンジョン』と書かれた案内の板が貼られていて、



 壁面に沿ってラックと木の棚が並んでいた。



 どれも中には花が咲いたように派手な服が詰まって並べられている。



 部屋の中央には洋服店よろしく、オススメの格好をしたマネキンとガラス棚にシャツが折り目正しく鎮座していた。



 さらに、棚の一つにはガラスの水屋があって、何に使うのだろうか、

 

 

 液体の入った小瓶、瓶詰めの薬草、見たことのない生物の剥製が理科室よろしく並んでいる。



 サキシマはジャケットの一つを手に取ると、襟元についてある『金色のタグ』を見せて言った。



「『オリ』はいってるかどうか、ちゃんと見ておくんやで。」



「『オリ』?」



「おま・・・・、ダンジョン潜るのに『オリ』知らんの!?」



 サキシマは信じられないという顔をしている。



「『オリ』やんけ『オリ』、『オリハルコン(R))』やんけ!」



「知らんか?S国のアトランティス社が開発した、『防魔透湿性機能性素材』・・・・。」



「『オリハルコン(R)』。」



「ファ!」



 アユムは困惑した。



 十九年生きてきたが、そんな『もの』は聞いた事がない。



「おまえ・・・ホンマ、何も知らんねんな・・・。」



 哀れむような目でサキシマはこちらを見る。



「まあ、この『金色のタグ』が目印やから、憶えとけよ。」



 ハーと大げさにため息をつくとサキヤマは、



 ハンガーラックからジャケットを一つ抜くと突然、中央の棚に放り投げた。



「まあええわ、今回は特別にワシが選ぶん手伝ったろう。」



 畳二畳分ぐらいの大きさのある中央の棚では商品の上に次々とサキヤマの放り投げるジャケットが被さる。

 


「はっ?・・・いや、いいです!」



「遠慮せんでええよマサル君。」



「アユムです。」



 アユムのけばだった返事に気づいたのか気づかないのか、



 サキシマはなぜかまぶしそうな顔でサキシマはアユムを見ると話を続けた。


 

「いやいや、君、初体験なんやろ?」



「初心者と呼んでください!」

 


「いっしょのようなもんやんけー。」


  

 サキヤマはアユムをからかうようにゲスな笑いを浮かべている。



 (ホント、嫌いだコイツ。)アユムは思った。 



「まあ、この『H・D・ハイパーダンジョンクリエイター』のワシがオススメを選んだろ言うとんや、まかせとき。」



「いや、本当にいいですから・・・。」



 アユムは入り口の方に目を泳がせるが、カーテンが舞って邪魔をして、セラ達がいる入り口の様子は見えない。 



「アユやん、ほな説明すんで。」



 入り口に戻ろうと動かしたアユムの足先をサキヤマが止める。



 アユムが振り向くとサキヤマは先ほど棚に放りなげていたジャケットを裏返したりして、ひとつひとつ確認している。



「いやいや、アユやんてなんですか!やめてくださいよ。」 



「アユやんはアユやんやん、わいら友達やろ。」



「いやいや!さっき会ったばかりじゃないですか!」



 アユムは正直他人であると叫び出したかった。



「何いっとんねん、よく言うやんけ、ホラ。」



「一度あったら友達で、♪毎日あったら穴兄弟だ、♪って・・・知らんか?」



「そんな下品な標語聞いたことも見たこともないですよ!」



「まー、まー、やさしく教えたるからまかせとけって。」



 サキヤマは最後のジャケットを確認し終えると、棚に置き、



 急にシリアスな顔を作った。



「それにな、ほかの大人の意見を聞くっちゅうのも大切や思うんやけどな・・・。」



 不意にドスのきいた声に突き刺されたアユムは断る元気をそがれたかたちになった。


  

「ほな、はじめよか!」



 そんなアユムの様子を見て満足したのか、サキヤマは明るい声で呼びかけてきた。



「アユム君は・・・『魔素』っちゅう言葉を聞いたことがあるか?」



「『魔素』・・・酸素みたいな奴ですか?」



 社会学部のアユムは理系の知識は高校三年生で止まっている。



 あげくに、家にはテレビがないのでニュースも正直把握できていない。



(『魔素』・・・なんらかの海外で発見でもあったのだろうか。)


 

 アユムは思った。



「ええセンスしとんな、自分!」



 サキヤマは手をひらいて、大げさにリアクションをする。



「そや、ダンジョンには『魔素』があんねん。」



「『魔素』はな、『気』とか『マナ』とか俺らの業界では呼ばれとんや。」



「中学校の頃、試験管を水素で満たした実験があったやろ?」



 アユムは中学校の頃、にやにやと笑みを浮かべた理科教師がマッチの火を近づけた瞬間、破裂音だけをのこして煙が立ち上がったのを思い出した。



「そう、それや。」



「『水素』なんかと同じようにな『魔素』に満たされた空間はな、結構特殊な反応が起こるねん。そんでな、薄くなる高山の酸素のように、ちょうどダンジョンではな、深いところに行けば行くほど魔素が濃くなってくんねん。」



「でな、高山病みたいに『魔素』中毒になってまうこともあんねん。『オリハルコン』はそれらいろいろを防いでくれるんよ。」



(『魔素中毒・・・。)



 アユムは荷物を担いでゼエゼエとむせる自分を思い浮かべた。



「まあ、それだけじゃないんやけどな。」



「とりあえず今は深く潜るんやったら『オリ』がいるって憶えといてや。」 



(『魔素』・・・。)



 見たことも聞いた事もない世界が今再び広がる事ににアユムは少しおびえを感じていた。


 

「でな、バージンのアユム君の装備やけどな。」



 サキヤマはまず向かって一番左端に並べられていた水色をベースに肩から上が黒色のジャケットを手に取った。



「これが『アスタリスク』や。」


 

「Aメリカの会社で低価格を武器にこの業界の世界的シェアを一番もっとる会社や。作っているのも、服だけじゃなく、リュックからバーナーまであらゆるダンジョン用品を網羅しとる。」


 

「まあ、一番無難っちゃー、無難やな。」

 


 3Dのホログラムか、胸元に貼られた「*」のマークが浮き上がって輝いていて見える。

 


「次が『ルサ・ルカ』。」



 次にサキヤマは隣のジャケットを拾い上げた。



 アウトドア用品には似つかず、表面をキルティング加工された紫色のジャケットのシルエットは美しく、普段着でも普通に使えそうだ。



「これはR-マニアの会社で当初、タイツとかユニフォームとかスパスポーツ用品を作ってたのがこの業界に参入してきたらしい。」



「東欧の魔女による、従来の繊維と『オリ』の接着に定評があり、スタイルと機動性に特徴がある。実際『ダン女』の子達に動きやすい、おしゃれやといわれて大変な人気があるねん。」



「『ダン女』?」



 聞き慣れない単語に思わずアユムは聞き返した。


 

 驚いた顔をして、サキヤマは返す。


 

「えっ、『ダンジョン女子』やん、知らへんのか?」



「今、すごいんやでー。もう、どこ行ってもきゃあきゃあ言ってたまらへんわ」



「・・・。」



「まあ、明日『I見』潜るんやったら、たぶんめっちゃおんで。楽しみにしとき・・。」


  

 というとサキヤマはにやにやと笑みを浮かべている。



 ひとしきり笑ったあと、サキヤマは、さ、次行くでと言って、最後のジャケットを取り上げた。



「これが『モクテスマ』、Mキシコの会社や。」



 モクテスマと呼ばれたジャケットは鈍い赤色になにか象形文字のような模様が全面に描かれていて、どこかグロテスクに見えた。



 持ってみろとサキヤマから手渡されて、アユムは手に取ってみると、モクテスマと呼ばれたジャケットは前の二つより明らかに少し重い。



「そやろ。それが『モクテスマ』や。」


 

「Mキシコは良質の『オリ』の産地で、よその商品よりも大量の『オリ』を縫い込んでるんや。更に製法も特殊で、『モルマ』と呼ばれるサラマンダーから抽出した幻覚剤によって職人が神との交信をしながら一針一針縫っていくというキ○ガイの極みの製法をしとるんや。大量生産すると職人が廃人になってしまうからできないというとんでもない代物や。」



「それゆえ値段が高い。」



 サキヤマがつまんだ値札にはとんでもない金額が書かれていた。



「いちじゅうひゃくせんまん、じゅうまん、ひゃくまん・・・!」



「三百万!?」



「そや」 

 

 

 サキヤマのドヤ顔が目に入った。



「まあ、三百万で驚くのも解るけどな、他のも結構ええ値段するで。」



 サキヤマはそう言うと先の商品に付いた二つの値札をつまんで見せた。



 値札では冗談か『0』が連らなって踊っている。



「七十五万円に百五十万円!高いじゃないですか!!」



「まあな、そんなけオリハルコンが貴重っちゅうこっちゃ。」



 サキヤマは三つを再び棚に並べると言った。



「まあ、ジャケットはこんなもんや。」



「さあ、アユやん、どれを選ぶ?」



「いやいや、どうといわれても・・。」



 選ぶといわれても一万単位の買い物でも緊張するアユムに百万単位の買い物など想像できなかった。



「ええの買っとかなあかんで、妥協したら命に関わるからな。」



 いのちに関わる・・・?アユムは混乱と緊張でめまいがした。



「いや、僕金ないですし、その・・・ごにょ」



「なんや、金の心配しとんかいや。」



「大丈夫や、ワシが貸したる。」



「へっ?」



「金利は十日で一割ぐらいで大丈夫やから・・・」



「・・・。全然っ大丈夫じゃないですけどね。」



 饒舌なサキヤマの口を壁際から凛とした声が刺した。



「セラさん!」「うぉっ!」



 セラはいつ来たのかカーテンの隣に音も無く佇んでいた。



 店主から受け取ったのか大きな紙袋を棚に置くと、



 並べてあるジャケットを手にとって確認を始めた。



「・・・ん、まあ選択と説明には残念ながら悪い点はないですね・・・。」



「おいおい、人を詐欺師のようにいうなよ!」



 サキシマが不平か口を差し込む。



 セラはかまわずつづける。



「アユムさま、この男サキシマはこの業界で『地ゴロ』、いわゆるブローカーとして大変よろしくない評価を得ております。その手口として借金を膨らませて、ダンジョンを巻き上げるなどと報告がありました。」



「おいおい、俺はアユやんが金に困ってるいうから・・・。」



「なお、我々ミカミ・エステートではアユムさまに一時金として五千万円の融資を用意しております。結果としてダンジョンに抵当を設定させて頂くことにはなりますが、返済まで三年間の猶予がありますので、ダンジョン経営がうまくいきますれば、そのお金で返済すればよろしいですし、失敗しても、所有権の放棄だけで免責となるため、アユム様の借金になりません。」



「ごっ・・ごっ・・ごしぇんまん!!」



「はー、こりゃ完全にタイミング間違ったな。」



 ショックで泡をふいているアユムを脇に、サキシマは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。



 その姿はいたずらが見つかった子供のようでどこか愛嬌がある。



「まあこんなんでゲットできるなんて思えへんかったしな。」



 突然、すっとこちらをまっすぐに見つめるアユムとサキシマの視線が絡んだ。その瞳にいつもの濁りはなかった。



「まあ、アユム君、でも『その方』が君のためになると思ってるんはホントやで。」



「よう考えて見いや。五千万の一時金が簡単に用意される物件てそら恐ろしいと思わんか?・・・下半身でへたに物事考えとったら命取られてまうかもしれんで・・・。」



「サキシマ。」



 怒気をはらんだセラの声があらばしる。



「おおこわっ!、ほなペテン師はこのへんで退散するわ。」



「まあ、アユちゃん、ほな明日、ダンジョンでな。」



 そういうとサキシマは捨て台詞を残してカーテンをひるがえしてでていった。



「・・・たく、本当に油断も隙もない・・・。」



 セラは棚の上のジャケットを整えると振り返って、たちすくんでいるアユムに気づいた。



「アユム様、恐ろしいですか。」



アユムは答えなかった。ただ、いままで家族や大学を通してしか見えなかった世界が急に広くかんじて、寄る辺のない不安に苛まれていたのだ。



「アユム様・・・。」



 アユムがはっと顔を起こすと目の前にセラの顔があった。



 黒目がちの大きな目が潤みを持ってこちらを見つめている。



「あのバカが言ったように確かにダンジョンは危険を伴うといえるかもしれません。」



「しかし、では会社を起業することは?世界一周旅行はどうでしょうか。冷静に考えてみるとありとあらゆるものがそのリスクを内包しているのではありませんか?」



セラは力なく垂れ下がっているアユムの手をとった。その冷徹な外見ににあわず、セラの手のひらは柔らかく、暖かかった。


 

「まあ、明日『I見銀山』ダンジョンに潜ってからもう一度判断して頂いて結構ですので、今は明日の準備を買いましょう。まだ靴とか帽子とか必要ですので。」



 アユムのぎこちないうなずきを得て、セラはやわらかな笑みをうかべた。



セラの用意したホテルはアウトレットモールの内部にあった。



 かつてはテーマパーク付属の施設として作られたホテルはまさに城としか表現できなかった。



 おそらく膨大な費用がついやされたのであろう、削りだした石を天まで組んだ重厚な外観はあたりを威圧し、今、アユムがいる部屋には赤いカーペットが松明に照らされていて、やわらかなベールの天幕に覆われたベッドが暗闇に浮かびあがっていた。



 一晩泊まるのにいったいいくらの費用がかかるのだろうか、



 考え始めるとたちまち頭の芯で『0』がラインダンスを始める。 



「あー、やめやめ。」



 今日一日、驚きの連続で思考するのにも疲れ果てたアユムは、



 食後の満腹感もあってか、崩れ落ちるようにベッドに寝転がった。



「ダンジョン・・か・・」



 アユムは夕飯時にレストランでセラと話したことを思い出していた。



・・・。



「魔素ですか・・・。」



 テーブルに置かれたろうそくの灯に揺れるセラはアユムが直視できないほど蠱惑的だった。。



 三杯の葡萄酒はセラの頬にアルコールの紅を注し、唇を濡らしていた。 



 つい言葉を失いそうになってしまうアユムは冷水を人のみすると、言葉を続けた。



「はい・・・あの人、サキヤマさんが言っていて・・・。」



 二人がホテル併設のレストラン『銀の魚亭』に来たときには既に夕食のピークを過ぎていて、店内の客のほとんどは夕食を終え、ライトアップされた中庭を肴に酒を呑んでいた。


 

「アユム様は、特に食べれないものはありませんね。」


 

 雰囲気に完全に呑まれているアユムをあやすようにメニューを取ると店員を呼び、てきぱきと注文を始めた。

 

 

 物腰のやわらかな店員はうやうやしく下がると、十五分ぐらいたって、テーブルに料理が並び始めた。それまでにセラは前菜を片手に葡萄酒を飲み続けている。



 そして頃合いをみて、アユムは聞きたかった先ほどの話を切り出したのだ。


 

 アユムの質問に、セラはグラスを送る手を止めずに答えた。



「アユム様は『Fィラデルフィア実験』という話をご存じですか?」



「『Fィラデルフィア実験』・・・?」



「その様子ではどうやらご存じないようですね。」



 セラは話を続けた。



「まあ、たわいもない都市伝説ですよ・・・



『Aメリカの東海岸、Fィラデルフィアの沖合にて、ある日、海軍の極秘の実験が行われた。



磁場を転移させるというその実験の結果、突然あたりに霧が発生し、なんと、船が瞬間移動してしまったという。



さらに驚いたことに、発見された船内からは奇妙な状態に陥ったたくさんの死者達が見つかった。



ある者は黒こげに焼けて、またある者は真っ白に凍り付いて・・ただどれも共通していたのは、あり得ない恐怖がその表情に張り付いていたということだった。・・・。



さて、いったい彼らはなにを見たのだろうか・・・。』



とこんなお話です。地方や時期で『極秘の実験』が『台風』に変わったりしますが、だいたいの内容はこんな感じです。」



 セラは話しながらもまた一口、グラスを口に運んだ。



 光の加減か、濁った血のように見えるワインがグラスを滑り赤い唇に吸い込まれていく。



「・・・さて、ここからが本題なのですが・・・。」



 飲み干したグラスを置くと、一段と声を潜めてセラは急にこちらに顔を近づけて来た。濃い影がセラの目元に広がった。



「私の知っている話では、先ほどの話と少し違うところがありまして・・・



『瞬間移動したその船、Eルドリッジが謎の霧に包み込まれる直前に連絡があったという・・



(こちらEルドリッジ、突然謎の構造物が水面に現れた。門の構造からいってなにかの遺跡のようだ。入り口らしきところには階段すら見える。調査の為に近寄ってみる。)



そしていつのまにかあたりに濃い霧が立ちこめ始めた・・・』



ここから後は一緒ですけどね。」



 まさか、と言おうとするアユムの口を白い指を立てて、封じるとセラは続けた。



「またこんな話しもありますよ・・・



『Mキシコ南部、Yカタン半島の付け根にあたる部分でとある遺跡が発掘されたという。



その遺跡は奇妙なことに、入り口の開封と同時あたりを霧が沸き立ち、なかから時代も年代も、もしくは人ですらあるかもわからない。



我々人類と完全に違う進化をとげた謎の文明の墓が出てきたということだけがわかった。』



・・・・」



「ふふふ、少し話しが脱線しましたね。『魔素』のことでしたね。」



「『魔素』日本的にはこの呼び方が定められておりますが、世界的には『マナ』と呼ぶのが定説です・・・。



さて学会において『マナ』の存在が初めて提唱されたのは1970年の事です。



侮蔑と冷笑の嵐のなかで一人の狂えるアメリカ人によってそれは発表されました・・・。」



「1969年、Pンシルバニアの地域博物館に勤める古文書補修係のその男はその日、テレビの生中継で月に降り立つ人間を見て、衝撃と共に『ある仮説』を思い付きました。



本名、ロバート・ホースト、通称ボビー。Aイルランド移民をルーツにもつ彼は時代の説明できない出土物、いわゆるオーパーツに大変魅了されていて見境無しに古文書で発掘の様子を記したものを収集していました。



その収集の過程である日、彼はあまりに多い発掘者たちの変死に気づきました。



変死事件といわれて、特に有名なのは1900年代初頭におけるTタンカーメン王墓における発掘隊の変死じけんです。



あるものは人体発火を起こし、またあるものはある朝、ベッドの柔らかい布団にくるまれて凍死するという荒唐無稽の驚愕の事件でした。



まあ、Tタンカーメンほど有名ではありませんが、こういった話は遺跡発掘の際どこにでもある話です。



このように理由も分からず、発掘時についてまわる変死体に、ボビーは長らく頭を悩ませていました。



なぜ彼らは変死したのか。



病原菌、毒素、ありとあらゆる事象が考えられます。しかしながらある日、テレビの中で宇宙遊泳しているAポロ11号の乗組員達の姿を見て、ボビーはあることに気づきました。



『そうだ、宇宙は何も無いと言われているのに、暗黒物質が仮定されているではないか。



ひょっとするとすると地下においては地上においては観測できない何か物質が存在するのではないのだろうか。



そして不運にもそれを持ち帰ってしまった人間が変死体として死を迎えているのではないだろうか-。』



これが地下における観測不能物質を『マナ(魔素)』と仮定するという『マナ理論』でした。



しかしながら発表の結果はあまりにも残酷なものでした。考古学学会は彼から学位を剥奪し、永久追放とすることにしました。



ペテン師の汚名を着て、博物館での仕事も追われたボビーは二年後、テキサスの場末のモーテルで自らのこめかみを銃弾で撃ち抜いた哀れな姿で発見されました。



後にマナ発見の父と呼ばれる人間にしてあまりにも哀しすぎる最後でした。



さて、世界はこのとき『マナ理論』を黙殺しましたが、それから十年後、いやおうなく『マナ』と向き合わねばならないとある事件が南極で起こります。これは『Nルウェー極地事件』と呼ばれています。」



「1980年、事件はNルウェー南極駐在員から本国へ打たれた一つの電報からはじまりました。



内容は、南極の分厚い氷の下から明らかに文明を感じさせる地下構造物が発見されたとのことでした。



続報を待つ本国のアカデミーの期待をよそに、奇妙なことにその後一切の連絡がつかなくなりました。



事態を重く見たNルウェー政府は隣のAメリカ基地にNルウェー基地の状況確認をお願いすることにしました。



Nルウェーの奇妙な依頼を快諾したAメリカ隊を待っていたのは、霧の海に伏せる、完全に異郷と化したNルウェー基地でした。



防寒コンテナを五つ組み合わせただけの簡素な基地はそびえ立つ迷宮に変化しました



不可解なねじりを加えられた柱が悪魔の角のように突き出し、その外壁はどの文明とも一致しない呪術的彫刻で埋め尽くされていたというありさまでした。



後に生還から二週間後、病院にて人体発火で亡くなることになるケリー極地調査副隊長は報告書にてこう証言しております。



『その建物を見て、誰もが息ののんだ・・そこがこの世の所では無いのはあきらかだったからだ。・・我々は地獄に迷い込んだのだ。』



調査の結果は悲惨の一言で尽きるでしょう。



まず完全に行方不明になった15名のNルウェー隊、彼らはまだ見つかっていません。



そしてAメリカ隊25名。



10名が調査途中に行方不明になり、3名が謎の巨大生物に捕食され死亡。 そして凍死、焼死などで死亡が5名、その他3名が詳細不明の『肉片』として帰還、そしてケリー副隊長を含む残り4名が生還しました。



この結果は未だにダンジョンにおける被害のなかで最悪の記録となっております。



しかしながら彼らの帰還によって我々人類はダンジョン史を塗り替える大変なる発見を得ました。



未確認金属、『オリハルコン』の発見です。



『オリハルコン』は本来、『マナ』の豊富な場所でしか実体を確認できない虚数金属なのですが、今回彼らの体に含まれるという離れ業によって初めて目視で確認することができました。



最初の『オリハルコン』は生還後、病院内で爆死したケリー副隊長の『肉片』から発見されました。



彼によると遭難の途中で空腹のあまり、迷宮内部に自生していた金属か草か判別不能な物を食べたことを憶えていると。



そして、ちなみに味は薄荷のようだそうです。



「に・・・肉片」



とうとうと語るセラの話はあまりにも血生臭く、よく飲み込めずにアユムの口からつぶやきとしてこぼれた。



不意にテーブルを仕立てのいい袖が横断した。



笑顔を張り付かせたウェイターが机の上に置いたのはメインディッシュの『子牛のヒレ肉のステーキ』だった。



真珠の様な艶のある白い皿のうえに赤い肉が大陸を作っている。



赤い溶岩のような血がにじむそれは、アユムがいつか雑誌で見た『Eアーズロック』のようだった。



「すみません、食事中にする話ではございませんでしたね。」



唾を飲み込まずただ息を飲み続けるアユムを見てあらためてセラは気づいたのか謝った。



同心円上に置かれたナイフとフォークをとると、肉を切り分け、みずからの口にほおりこんだ。



「この話はもうここで止めておきましょう。」



食べることに集中し始めたセラの皿が赤い血のソースを残してみるみる白さを増していく



(この人は本当によく食べる。)



さっきのワインといい、あまりの健啖ぶりにアユムは自分の皿を忘れて見とれていた。



「ふぉもあれ・・ふぉざんのふょうなものです(ともあれ、登山のようなものです)」



細いあごが頬を支えきれないほど口内に肉を詰め込んだセラが話す言葉をアユムはほとんど聞き取れなかった。



ただ、そのユーモラスな様子はさっきまでの陰惨とした説明を吹き飛ばすには十分効果的だった。



「むふぁしひのひがけのびょうけんがじょうぐやくえいけんのくおうじょうによってうれじゃーになる・・・ふぉんなところです(昔、命がけの冒険が、道具や経験の向上によってレジャーになる・・・そんなところです)。」



アユムがセラから最後に聞けたことは結局それだけだった。





※※※※





食後、アユムを部屋まで送りつつ、セラは言った。



「まあ明日の朝、今回の相続をもう一度お聞きします。迎えに行くまでにゆっくりご考慮して下さい。」



セラはあれほど飲んだのに、足下に一切のふらつきが無く、あげく手にさげる袋には先ほど店で店員から受け取ったワインまで潜ませているのだ。



部屋で飲むという。



「アユム様、まあ、結果がいずれであれ、明日は是非I見銀山へと行きましょう。めったに出来ない体験ができますよ。」




アユムはベッドでねそべりながらセラの言ったことを思い出していた。



照明の落とされた部屋で、ベッドにかけられたシーツが間接照明をうけてぼんやりと白くオーロラのように揺れている。



「ダンジョンか・・・。」



アユムは奇妙な感慨にうたれていた、本来ならば今時間、明日の一限の国際関係学の為に準備をしているはずだった。



ところが今なぜか、一生縁遠いハズの豪勢なホテルの部屋で懐の深いベッドに寝そべっているのである。



セラ達から聞く話、聞く話すべてが初耳ばかりで、照明で明るいこのベッドのから見える床のように真っ暗な闇がアユムの足下に広がっているように思えた。



アユムは先程買ってきた『ダンジョン用品』を部屋の入り口にある机の上に置きっぱなしにしていたことと思い出して、ベットから起き上がった。



衣類用のビニール袋から取り出された用品は白いベットの上で見るとその派手な色使いからか、それ自身が淡く発光しているように見える。



それはさっきの晩餐で机の上に並べられた宝石のような料理にもひけをとらないものだった。



(『オリハルコン』か・・・)



血のような赤いジャケットに踝まで固めるハイカットの靴、薄いグリーンの革製の手袋には蛇の刺繍が打たれている。どれも想像できないほど高価なもので、セラが鞄から漂白されたような真っ白いカードを取り出すとそれで支払ってくれた。



どこか顔を紅潮させてアユムは遠き幼き日を思い出していた。



思えば母に初めて旅行に連れて行ってもらったときもこんな感じだったような・・・。



「アユムさまー!!」



次の日、アユムの目を覚ましたものはセラの強い呼びかけとともにたたかれるドアの音だった。



昨夜広げたダンジョン用品と添い寝していたベットから起き上がったアユムの目に飛び込んで来たのは寝坊を告げる七時の長針と四十五分の短針だった。



「やばい!」



アユムは昨夜セラが、七時半には入り口にお迎えに行きます、出られる準備をしておいて下さいと言っていたのを思い出した。



「遅刻だ!」



あわててドアに飛びつき、カギを跳ね開ける。



今にも叱り出しそうな厳しい表情のセラが入り口に立っていた。



が、その表情はシャツにトランクス一丁、なのになぜかごっついハイカットのダンジョン靴を履いているというアユムの姿を見てあきれるようなものになった。



ハーと一息吐いてセラは言う。



「なかなかのお答えですね、アユム様。」

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