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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
「ダンジョン相続しました。」
2/15

「ダンジョン相続しました!」

 

「ダンジョンの管理任せてください。」



「はァ?マンション?」


  

 その奇妙な客が訪ねて来たのは八月中旬のある昼下がりだった。


 

学生街で有名なT市、近年はそのアクセスの良さからベッドタウンとして注目されていて、



 駅前では都心でしかみれないような豪奢なマンションも見受けられる。



 その駅からかなり離れて、築年数の古い家々に混じってハヤミ・アユムの住む文化住宅はあった。



 見るからに古い、築五十年の単身者用文化住宅は二階建てで、住民の多くは男子学生である。



 アユムの住む一階部分は隣屋との距離が近く、あまり風がとおらないので家賃が少し安くなっている。

 


 ところがその日は珍しくアユムの部屋まで風がよく通っていた。


 これ幸いと、毎夜続く熱帯夜に嬲られ通しのアユムは玄関やすべての窓を全開にして昼寝し、失われた体力の回復を図っていた。


 

「すみませーん」


 

 心地よく眠りに揺られているアユムの上を、風といっしょに女の声が通り抜けた。

 

「誰かいませんか-。」

 

 どこか大人の女性を思わせる低い声は止まることなく、薄暗い室内にむかって呼びかけを続ける。


 

「すみませーん、ハヤミさんいらっしゃりませんか-。」


 

「はー・・・い。」


 

 なんなんだよいったい。



 部屋の奥で冷たいフローリングに頬ずりしていた所を起こされたアユムは、



 不快感にもうろうとしながらも体を起こし、玄関を見た。


 

 逆光のなか、女が立っているのが見える。


 

 丸みを帯びた曲線で描かれたシルエットは若い女のようだ。


 

 返事に気づいたのか女が語りかけてくる。


 

「ちょっとお話があるんで玄関先まで来て頂いてよろしいですか。」


 

「はっ、はい、すぐいきます!」


 

 アユムはトランクス一丁という全裸から数えたほうが早い自分の格好に思い至ると、



 慌てて脱ぎ散らかしてあったTシャツと短パンに手を伸ばした。

 




「初めまして、私はミカゲ・エステートのセラと申します。」


 

「本日はお休み中のところ突然の訪問、誠に申し訳ありません。」


 

 白のTシャツと黒いハーフパンツで全裸を応急処置したアユムは、



 あらためて玄関先で女と対面したのだが、セラと名乗ったこの女性はその声の通り美しかった。



 長いロングの黒髪を後ろで束ねてまとめ、ハーフのようなエキゾチックな目元と口元をフレームレスの眼鏡が知的に引き締めている。



 さらにメリハリのきいた体はグレーのスーツで上品に覆っていても隠しきれず、優美な曲線を浮き上がらせている。


 

 見たことのない美形の女を目の前にして、



 さっきまで頭を覆っていた睡眠不足はいまや霧散し、緊張と興奮か、アユムの心臓は自分でも音が聞こえるほど脈打っている。


 

「は、はあ・・・。」



 女はあゆむが話を聞くようであると安心したのだろうか、



 落ち着いた表情をみせて、カタログと取り出すと言いたかったのであろう本題を口にした。



「ところで、ダンジョンの管理はもうおきまりですか?」



「はあ?」





 ※※※※


 



「・・・ではお爺さまからきいていらっしゃらないのですね」


 

「はい、なにもきいていないんですが・・・。」


 

「・・・そうみたいですね。」

 

 

 ダンジョン・マンションの押し問答で5分ほどの時間を無為に流した結果、


 

 とりあえず長くなるから、部屋に上がらせてほしいという女の提案にアユムは慌てた。


 

 ボロい・臭い・安いとアユムが評価するこの部屋は、アユムが住んでから今まで、女の「お」の字も上陸したことがないのだ。


 

「ちょっ、ちょっと待っててくださいね!」


 

 風のように部屋に飛び戻ると、アユムは万年床を押し上げ、紙くずをゴミ箱に放りこむとそれらを押し入れにただ投げ込むという豪快な仕上げで片付けを終えた。


 

「どっどうぞ!」


 

「失礼します。」


 

 セラと名乗る女性はあたりを伺いながらも靴をそろえると上がった。


 

「そっそこに座ってください、おっ・・お茶とかいれましょうか!?」



 アユムはあわててお茶を用意しようとするが、無情にも冷蔵庫の中は仕送り前なので人参一つなく、空っぽだった。



「ふっ。」



 セラは軽く笑うと察してくれたのか


 

「結構ですよ、私、ついそこでペットボトルを買いまして。」


 

 と微笑み、お茶のはいったペットボトルをテーブルの上に置くと長い足をたたんで座った。


 

 アユムも向かって座ったのだが、六畳間用のこたつ兼テーブルは向かい合って座ると距離が近い。



 早鐘をうつアユムの心音がジャズから、ハードコアに移ったのを知ってか知らずか、



 セラはてきぱきと書類をテーブルに並べていく。



「ダンジョン管理」と表題のはいったチラシがアユムに向かって広げられた。


 

「では、アユムさま、では先ほどの話しに戻りますね。」



 と眼鏡を触るとセラは再び話し始めた。


 

「はい・・・、ダンジョンでしたっけ、でもダンジョンとか言われてもまったく思い当たりが無いのですが。」


 

「はい、そのことですが、失礼ですが、アユムさんは今現在お一人でございますね。」


 

「祖父母は田舎にいますが、・・はい、そうですね。」


 

「お母様がなくなられたと。」


 

 セラはアユムの返事を受けて部屋の隅に目をやった。



 そこには今時の若者にふさわしくない六十センチ四方の仏壇が鎮座していた。


 

 金縁で隈取られた黒い漆塗りの仏壇の中心には優しげな微笑みを浮かべた中年女性の写真が飾ってある。


 

 アユムの母、ユリコだった。


 

 アユムは母のことを思い出していた。


 

 ユリコはアユムが二年前、大学に合格してすぐに亡くなった。


 

 持病をもっていて、けして体が強くなかった母が半年の余命宣告から二年間闘ったある日、入学手続きを終えたアユムが病室を訪ねると、突然急変して母は逝った。



 まるでアユムの成長を見届けたかのように安らかな死に顔だった。



 片親であるアユムはそれからは母の残してくれた蓄えと祖父母の助けによって今のように大学で勉強を続けている。



 十五年間母と住んだアパートは家賃が馬鹿にならないので引っ越すことにしたのだ。



 一人なら家賃が優先事項だ。



 そして今、この底辺の文化住宅で暮らしているのである。


 

「それで・・・お父様の方の話しは知っていますか」


 

「はい、少し昔に聞いた事があります」


 

「実はこないだ、亡くなられまして。」


 

 セラは目を伏せるとそう語った。


 

 アユムが物心ついたころには家には父はいなかった。



 だが生まれてきた以上父親は必ずいるはず。



 アユムが物心がついたころ、友達と比べるような形で彼は父親の不在を知った。


 

 大変ねと知り合いの人からいわれたこともあったが、



 父親の不在はアユムにとって、いわば唐揚げにかけるレモンのようだった。


 

 いればもっと幸せなのかもしれないけれど、母と祖父母といて幸せだし、十分満足しているのである。


 

 当然、友達の家と比べて寂しさを感じなかったかといえば嘘になる。 



 しかし母も祖父母達も父の話になるとどこかぎこちなくなるのだ。



 その様子を見て、アユムはいつしか自分から父の話を聞くことを止めることにした。


 

 ただ、以前、ちょこちょことつまみ聞きした話をまとめると、



 どうやら若くして結婚した父と母は、やがて父が自身のキャリアのために母とアユムをおいて都会に出るという決断をしたみたいだということ、



 その結果母は離婚を選択し、実家に戻ったと言うことだった。



 ともあれアユムにとって、母と祖父母達にくるまれて暖かく育つことができたのはなによりも幸せなことであり誇らしいことだった。


 

「それがですね、実は生前、私どもは遺産整理についてお父上から相談を受けておりましてね。」


 

「遺産整理?」


 

「はい、お父様、ミカミ・ススム様にはご家族はいませんでした。」 


 

「そうなんですか・・・。」


 

 ミカミ・ススムって言うんだ、父さん。アユムは少しびっくりした。


 

「それで、残された御遺産を是非アユム様にとの事を承りました。」


 

「その中にこのダンジョンも含まれておりまして。」



 とセラはこちらに向けていたクリアファイルを開いた。



 そこには山奥の古墳を写したような写真が並べられている。


 

「ちょっ、ちょっとまってください!」


 

「ドッキリじゃないんですよね?ダンジョンを相続?いやはや、そんな話聞いた事無いですよ・・そんな・・・漫画じゃないんですから・・・。」


 

 一瞬むっとした顔をつくってセラはぐっと顔をアユム近づけて来た。


 

 ガラス細工のような澄んだ目がこちらを凝視する。


 

 アユムは怯んだ。


 

「アユム様・・・私どもは遊びでも冗談でもありません。」


 

「ハヤミ・アユム様、私たちの会社、ミカゲ・エステートはあなたのお父上、ミカミ・ススム様から相続の手続きを承ってこのお話をさせて頂いております。」


 

「もしこのお話がお気に入らないのなら、そうおっしゃってください。このお話は無かったものとして、打ち切って帰りますので。」



 いっそう低くなったセラの声は冷たさ湛えている。


 

「・・・異論はございますか。」


 

「・・・。」


 

 アユムは黙った。


 

 ふー、と一息吐いた後、セラは続けた。


 

「・・・まあ、アユムさまがこの業界について知らないのも無理は無いのかもしれません。」


 

「・・・ところで、これらダンジョンというもののの正式名称をご存じですか。」


 

「・・いや、そんなものがあるなんてことも今の今まで知りませんでした。」


 

「そうなんですか?まあ、確かに業界内でしか伝わらないってこともありますよね。」


 

「ダンジョンの正式名称は埋設重層住宅と呼びます。最近はゲームの影響でしょうかね、ダンジョンという呼称が一般的になってはいますがね。」

 


「この埋設重層住宅も一級、二級、三級等、等級が決まっておりまして、これは国によって認可されて、またその区別もあるのですが、多少専門的になってきますので、この分類の話しはまた後ほどにしましょう。」


 

 セラはクリアファイルをめくると、白くながい指がその中の一つの写真を指す。


 

 そこには木陰にちぎられた陽光に炭鉱の口のようなものが照らされている。

 


「これがあなたが相続するダンジョンです。仮名称は『G県18667-1未踏窟』、先日土地の名義人ミカミ・ススムさんの遺産を整理する際に発見されました。そして遺書のなかであなたについて言及がしてあったので、生前遺産整理を承っておりましたわたしどもに話がきたのです。」


 

「通常の遺産相続は書類等で連絡させていただいておりますが、ダンジョンは権利関係が複雑で、かつ、国の方からも丁寧な説明を勧告されてますので。今回突然伺わせて頂きました。」


 

「さらにこちらの都合で恐縮なのですが、実は当社のほうで、ダンジョンの管理、運営もおこなっておりまして、いま現在ダンジョンを公募を強化している次第でありまして、つきましてはこの際、相続したこのダンジョンの管理を当社に、・・・DP一級(ダンジョンプランナー一級)をもってる私めに是非、お任せ願えないかと。」



 熱をはらんだ眼差しでこちらを見つめながらセラは続ける。


 

「アユムさんは知っていらっしゃらないかもしれませんが、昔と違って今やダンジョンを取り巻く環境は大きく変わってしまいました。」


 

「暖房・水道などの窟内設備の新設、それらの経年劣化に対する改修、そしてダンジョン内の危険に対するリスクヘッジ、さらには今次々にモンスター化する冒険者達への訴訟対策等、いまやありとあらゆるものが複雑化しております。現にY県にある、美しい地底湖で有名だったH窟は愚かな冒険者の死亡事故のせいで閉窟するはめになりました。」


 

「さらにダンジョンはそれだけでダンジョンと登録されるのではなりません。あくまで現在の登録は仮、これからの本調査が必要になります。」


 

「本調査にかかる人員・装備・ノウハウも当社は所持しております。ご契約なされますと相続してからの煩雑な作業がすべて楽になります。」

 


「さてと、ここまではダンジョンについて御説明させていただきました。」


 

 セラは開いていたファイルを閉じると、自身の傍らに置いた。


 

「それでは相続についての最終確認ですが・・・。」


 

「ダンジョンの相続をなさりますか?拒否されるならば国庫に預けられて競売の対象となりますが。」


 

 アユムは迷った。突然話された父の遺産にダンジョン経営、


 

 どれもTシャツ短パンで受けるにはいささかヘビー過ぎた話だ。



 実際苦学生であるアユムにとって首を突っ込むべき話では無いのかもしれない。


 

 ちらり、アユムはセラを見た。


 

 セラは伺うようにこちらを見ている。


 

 ええいままよ、鬼がでるか蛇がでるか、ともあれこの機を逃したらこんなきれいな女性と話す機会なんてこの先無いのかもしれない。






「そっ・・・相続します!」






 セラの目をまっすぐ見つめ、アユムは宣言した。

 


「そうですか、では鍵をお渡ししますね。」にっこりと笑みを浮かべるとセラは医者が使うような鞄から『ダンジョンの鍵』を取り出した。

 


 『ダンジョンの鍵』、といっても特別なものではなく、



 よくある家庭用のシリンダーキーに赤の業務用のネームホルダーがついていて、「♯18667」と名前がかいてあるだけだった。



「こんなものなんですか」



「フフフ、ゲームのようにはいきませんよ。ともあれ、ではこれで相続完了ですね。」



「では、これからのことなんですが・・・ともあれ一度現物を見て頂いたほうがよろしそうですね。」



 セラは腕時計を見た。針は一時三十分を指していた。



「では今からいきましょうか現地へ・・・G県へ。」



「はっ?」



 いやいや明日は一限から講義というアユムをひきずるようにして無理矢理立たせるとセラは何処かへ電話をかけた。

 


 五分ぐらいして文化住宅に似つかわしくないハイヤーが来て、ほかの部屋の住民達が窓から見守る中、二人は空港へと向かった。 


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