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吉瀬 友菜子の第三章 三日目 意図せぬ共通と真実



『ワン!ワンワンワン!ワオォォォォォオン!』

 やはり、けたたましいこのアラームは最高です。いつ聞いても目がハッとします。私は前世が犬とか狼だったのかもしれません。

 そして時刻は六時半。ぴったしです。なおかつ今日の私は昨日の充実した休日で英気を養っているので、なんと目覚めのいいことでしょう。

 私はベッドから勢いよく起き上がり、すぐさま学校用制服への着替えを済ませました。普段なら、ハッと起きても布団の中でモソモソしているでしょう。ですが今日の私は一味違います。なんたって充実した後ですから。

 そんな私は時間割を見て準備をして階段を下り、リビングへと向かいました。もうこの動作も十数年繰り返してるんです。手慣れたものです。

「おはよう」

「ん?今日も早いな……って学校だから当然か。いや、それにしても早いな」

「あら、おはよう。本当に早いわね。どうしたの?」

「なんで私が早く起きると珍しいみたいな目で見るの。私だって早く起きることぐらいあるよ」

どうも家族は私の、早起きが物珍しいようです。

「まあいいわ。朝食はできてるし、今日は学校だし、早すぎるってことはないでしょう」

「そうだよね母さん」

「ふむ。俺も少し早いが食べて、会社へ行くかな」

「あら、あなたまで。二人とも折り畳み傘はもってる?」

「やかましい」

「一言多いよ母さん」

 我が家は、やはりこのスタイルで朝食を食べていくのです。

 朝食を食べ終わり、カバンを持ち、平日らしく準備をして出ていきます。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

「ん、いってこい」

 こうして家族に一時的な別れを告げ、学校へと向かうのです。

 学校へ行く途中はいつもなら樹利亜と出会うのですが、今回は私が早く出てきたため出会わないようです。少しさみしいですね。

 学校への道は、慣れれば慣れるほど遠く感じますね。刺激がないからでしょうか。それにしても、静かです。この雰囲気は言い表しずらいですが、少し濃く霧がかかっていて、それでいて暗すぎず明るすぎずの太陽。幻想的とでも言いましょうか。

 私の頭は今はそれでいっぱいでした。足取り軽やかに学校へ向かう私の頭は幻想でいっぱいです。

 早く出たせいもあり、七時半には学校についてしまってしまいした。こうやって早くに学校に来ることは、行為としてはいいのでしょうが、私的には何とも言えません。来る途中の幻想的な風景を楽しむこともできなければ、早すぎて誰もいない教室にぽつんと一人です。さびしいじゃありませんか。

 ですが着いてしまったものはしょうがないので、学校へ入っていきました。人の少ない学校というのも新鮮でいいかもしれません。

 私は教室へ向かい、教室へ入り、自分の席へ着きました。

 後は静かに友人と授業のチャイムを待つだけです。

「おはよー」

「はやっ!どうしたんだよ」

「ゆなー今日はどうしてこんなに早いのさー。いつも合う場所で合わないから、珍しく休みかな、とか思っちゃったじゃん」

 こうして、クラスのみんなが集まってくるといつも通りの風景になります。まさに日常です。

 授業は非常に長く感じるものと、短く感じるモノがあります。端的に言えば好きか嫌いかです。実に分かりやすいですね。

 今日は私の嫌いな教科が沢山です。ですが、所詮は授業。決められた時間があり、それさえ乗り越えてしまえばどうということはありません。

 そして用意された束の間の休息、昼休みです。私は、樹利亜といつも学食で済ませているのですが、昨日の樹利亜のインパクトが強く、ついつい食べる姿を見てしまいます。しかし、昨日の樹利亜の姿はすっかりと鳴りを潜め、普通に食べていました。そんな樹利亜は私の視線気が付いたようで。

「流石に、学校ではしないよ」

 と笑いながら言ってきました。

「それもそうですね。というかできませんね」

 と私も笑いながら返しました。学校では控えているようですね。

 そんなことを考えていると樹利亜が昨日の話題を引っ張り出してきました。

「そうだ!今日の放課後、そのままうち来ない?」

「放課後このまま?」

「うん。あたしんちは基本的にフリーダムだから!あたしが言うのもなんだけど、 うちの父さんも母さんもやさしいから内側としては全然オッケーだから!」

「うーん……ちょっと待ってて」

 私はそれから母さんにメールで

『放課後、まっすぐ樹利亜の家に行くけどいい?』

 と、送信しました。

「今、聞いてみたから。放課後までに返事が返ってきて、いいよって返事だったらいく」

「よっしゃあ!じゃあ期待して待っとくね!」

 やはり樹利亜は、男性的……いや、男子のようなテンションです。

 そして残るは五時間目と六時間目のみ。それが終わればホームルームと清掃と、部活動ぐらいでしょう。

 もちろん私は帰宅部です。樹利亜も帰宅部です。なので、あとは帰るだけです。

「で、オッケーなの?あたしんちに来るの?」

 樹利亜はよほど楽しみなのかすごい勢いで聞いて着ました。闘牛のごとしです。そんな樹利亜に急かされ携帯画面を見てみると新着メールが何件かありました。そのうちの一軒に

『相手がいいならいいわよ』

 とのメールが入っていました。

「行ってもいいって」

 樹利亜にそのことを伝えるとすごい勢いで喜びの舞を踊り始めました。ある種の恐怖を覚えます。

 で、樹利亜宅にお邪魔しようとしているのですが、気のせいか二日ほど前の散歩コースに近いがします。

「あ」

 私は遠くにコンビニから出てくる古戸さんを見つけました。向こうと目がちらりとあった気がしたので、私は大人の対応のように軽く会釈をしました。すると古戸さんも、会釈を返してくれました。

「だれ?知り合い?」

「うん。知り合ったばかりだし、向こうは私のことどう思ってるかわからないけど。心の広い人だと思う」

「そうなんだ……さ、家はもうすぐだから早くいくよ!」

 そういうと樹利亜は私の手を握り、引っ張っていきました。まるで散歩が待ち遠しかった犬です。

「そんな急がなくても家は動かないでしょう」

「家は動かなくても、時間は確かに動いてるの!できるだけエンジョイしなきゃそんだよ!」

 流石、頭がいい人は言うこともいいわけですか。何でしょう、またしても得体のしれない敗北感が私を襲いました。

 引っ張られては知ること五分、ほんの少しだけ古めかしい家に着きました。

「ここが樹利亜の家?」

 そうすると樹利亜は嬉しげに答えました。

「そう!ここがあたしんち!さ、中に入ろう!」

 樹利亜はテンションを下げることなく、インターホンを押させることもさせずに、私を中へ招き入れました。

「ただいまー!友達連れてきたから!」

 樹利亜は玄関に入るな否や、大声でそう言いました。すると奥から少し厳格感のある男性が出てきました。

「これあたしの父さん!」

「あ、お邪魔します」

「いやいや、そんなにかしこまらなくてもいいよ。それにしても連れてくるなら一言連絡くれれば何か買っておいたのに」

 厳格そうなのは雰囲気だけでなく声も低く、よく言えばダンディな人です。

「いえ……そんなお気遣いは……」

「それにしても、この見た目と礼儀正しさ……この子がお前の言ってた友菜子っていう子か」

「そうだよ!あたしの親友だぞ!」

「あはは……」

「まあ、いつまでも玄関にいるのもなんだ。中に上がりなさい」

「あ、はい。しつれいします」

 私は靴を脱いで、中にお邪魔することにしました。遊びに来たのだからそうするわけです。

「ようこそ!我が家!二ツ橋宅へ!」

「さ、入った入った」

 そういわれ、中へと入っていきました。玄関をあがると階段と廊下が少し長めにあり、奥に茶の間があるというったつくりで、茶の間に隣接してもう一つ部屋がありました。

「あたしジュース取ってくるな!茶の間で待っててくれ!」

「うん。わかったよ」

 私は樹利亜の指示に従い、茶の間で待たせてもらうことにしました。

 その時、私は不意に古戸さんのことが思い出されました。ここなら古戸さんの家までおそらくかかって十五分ほど。つまりはご近所さんというわけです。

 私は樹利亜のお父さんに聞いてみました。

「あの……」

「ん?なんだい?」

「古戸 晶っていう人知っていますか?」

 その瞬間、樹利亜のお父さん表情が一瞬にして変わった。恐ろしいほどに。

「……ああ、知っているとも。彼と面識があるのかい?」

「ええ、その……面識というか二日ほど前に失礼をしてしまして、次の日に謝罪に行ったんですけど、その時に名前を聞いて、両親に聞いてみろと言われたのですが、家に帰るころには忘れてしまってて……どういった方なのかな……と」

 聞いてはいけないことを聞いたようで、私はだんだんと言葉が出づらくなっていました。

「父さん!ジュースねぇぞ!」

「樹利亜。ちょうどよかった。ほら、金を貸すからジュースとお菓子を買ってきなさい」

「わかった!悪いゆな!ちょっと待っててな!」

「う、うん」

 そういうと樹利亜はすぐさま外へ出ていった。

「ふぅ……まず一つ聞くが、彼に何処であった?」

 少し険しい表情になった樹利亜のお父さんは詰め寄るようにして質問してきた。

「……古戸さんの家で、です」

「なんで……」

 そこから少しの間は質問攻めにあった。なぜそこにいたのか、なぜ謝罪に行こうと思ったのか、そもそもなぜ近づいたのか、接してみてどう思ったか。

 私はぜんぶ正直に答えました。偶然、家で会ったこと。悪いと思ったので謝罪しようと思ったこと。あんな家に住んでいる人が気になったということ。接してみて、心の広い気遣いのできる人だと。

 すると樹利亜のお父さんは一息ついて、話してくれました。

「彼は……変っていないな。いいよ、君が家族にしか話さないというのなら、話してあげよう。というより、家族には話しておいた方がいかも知れないね」

「わ、分かりました。約束します」

「……十五年前のことだ。私と彼は同じ職場、土建業のところで事務職を主として働いていてね。そこで……殺人とも取れる事故が起こったんだ。刺殺事件と当時は話題になったよ。不幸な話でね、工事現場へ進行具合を見に行って、ついでだからと手伝っていたんだ。で、刃物を持っていた彼のもとに倒れこむようにして人が落ちてきてしまったんだ。ここからがまずかった。通りかかった現場の人たちが勘違いして彼を取り押さえようとしたんだ。そこで……防衛本能とでもいうのかな、彼はすごい抵抗を見せたんだ。それもそうだろう。突然自分が人を殺してしまったというパニックに陥る状況に、大勢の人が取り押さえに来るんだ。そんな現状になったら私も同じことをするかもしれない」

 私はこの話を黙って聞いていることしかできませんでした。けれども頭の中では、理由が一つ、また一つとはまっていく音がしました。

「終わってみれば彼はその持っていた刃物で、合計六人を殺め、五人に重軽傷を負わせるという大事件になっていたんだ」

「そうなんですか……」

 ここでようやく、声が絞り出されました。

「裁判自体は現場の状況と彼のその時の精神状態が考慮され実刑で十五年間、刑務所の中にいた。しかし、昔も今もメディアというのは根も葉もないことを、人々が食いついて集まるように、撒き餌のように物事を移すんだ。新聞に雑誌……特に週刊誌が、裁判の時だけ精神異常をふるまっただの、冷静に人を殺めていた殺人鬼、さらには狙ってやった愉快犯とかね。どれもこれも嘘っぱちさ。けれども彼は否定しなかったんだ。何故だかわかるかい?」

 突然の質問に私は固まってしまった。

「い、いや……分かりません」

「だろうね。理由は彼が優しすぎたんだ。遺族の悲しみを、自分への憎しみをすべて受け止めようとしたのさ。新たに火種が広がって会社やほかに迷惑をかけるのを恐れてね。だが実際遺族は怨んでなどいなかった。それどころか状況が状況だし、彼のこともよく知ってるから、不慮の事故と思ってるとまで言う遺族もいたんだ」

 私は話の壮絶さに言葉を失いました……ですが納得がいきませんでした。

「じゃあ……あの家の落書きや留守電は」

「ああ、それは週刊誌とかに踊らされた真実を知らない奴らさ。それでも彼は黙っていただろう。自分のしたことが相当重罪だと思っているんだ。まあ事実六人殺しているから否定もし切れない。こそがつらいところでね。私には彼の願いを二つだけ聴いてやることしかできなかった。彼の願いは電気料を払い続けてほしい。もう一つは通帳と印鑑を預かってほしいということ。留守電の件を聞くと納得がいったよ。世間の声を聴きたかったんだ。通帳と印鑑は普通に預けてきたから深い意味はないだろう」

「そんな……」

 私は、言葉が出なかった。すべてのピースがかみ合ったからです。

 私は、思うことがあった。その考えはここに居てはできないのです。

「すいません。私は少し用事が出来てしまいました。今日のところは帰らせてもらってもよろしいですか?」

「ああ、いいよ。樹利亜には私か言っておくよ」

「ありがとうございます。失礼します」

 私はそういって、足早に二ツ橋宅を後にしました。

 駆け足で向かったのは、私の家。自宅です。

 私は確認したくなったのです。自分の両親が。自分の親が、そんな愚かなものに踊らされているような人間じゃないと。

 自宅へ帰った私は、いつも通りにふるまいます。

「ただいまー」

「あら、意外と速かったわね。でもちょうど、ご飯ができてるわよ」

「ん。じゃあ食べるか。どうする?先に着替えてくるか?」

「……ううん。食べる」

 私の自覚している悪い癖。いざとなると緊張で踏ん切りがつかないのです。

 結局、この日は切り出せないまま就寝しました。

 自分の悪い癖がこれほどまでに尾を引いたことはないかもしれません。


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