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吉瀬 友菜子の第二章 二日目 謝罪と友人

『ワン!ワンワンワン!ワオォォォォォオン!』

 私はけたたましく鳴り響く携帯のアラームに鼓膜を叩かれ起こされました。何時ものことです。設定時間は六時半。今日もぴったしです。流石。

「うぅーん……っと」

 私は猫のように背筋を伸ばす動作をすると、ベッドからのそのそと亀のように出ました。

 そして例によってクローゼットの中の制服の中から普段着用の制服を取出し着替えます。

 しかし、ここであることに気が付きます。今日は謝罪に行くのですから、それなりの格好の方がいいのではと思ったのです。そして、手に取りなおしたのは数少ない、外行き用の制服です。どこが違うのかと問われると、誇りが被らないようにカバーがかかっていて、見るからに新品のようで、磨き抜かれた輝くボタンが証ですとしか答えようがないですが、管理は徹底しているので取り間違えることはないです。

 こうして、外行き用の制服を身にまとい凛々しくなった私は足早に部屋を出ました。

 リビングへ着くと、すでに朝食が出ており、父さんも母さんもコーヒーを飲んで居ました。

「おはよう」

「ん?今日も学校は休みだというのに早起きだな。いつもならまだ寝ているだろうに」

 私に気が付いた父さんは違和感を感じたのか寝起きの私に質問をぶつけてきました。何でしょうか、言い表せない不快感に包まれました。

「別にいいでしょ。朝食もできてるみたいだし」

「ん、そうだな早いが食べるか」

「そうね。珍しいわね。それ、外行き用制服でしょう?」

「そうだよ。今日は行かなきゃいけないところがあるから」

「昨日も言っていたわね」

「うん。それもあっての早起きだよ」

「そんな早くに出ていく必要があるところなのか」

「別にそんな遠くもないからそういうわけでもないけど、いつもみたいに過ごしてて遅れたらいやでしょ」

 こうやって会話をしながら食卓へ皆して集まり、いただきますもなしに食べ始めるのです。

 一時間後、朝食を食べ終わり、菓子折りを持って出かける準備を始めます。

「じゃ、行ってくるね」

「おう」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 こうして、私は家を出ました。道のりは何となくいですが覚えています。が、時間が、まだ七時半で大分早いです。一時間かけて行ったとしても八時半。この日曜日に、用事がない人は寝ているのではないのではないでしょうかという疑問が浮かんできました。

 まあ、行ってみればわかるでしょう。私は足を動かしました。

「あ、ゆなーーおはよーー」

 私は、家から数十分歩いたところで不意に呼び止められました。声からしてわかるのは、同級生の樹利亜じゅりあということだけです。

 私は振り返り、その姿を確認しました。そこには、チェックのパーカーにタイトなジーンズといういたって普通の格好の樹利亜でした。

 しかし、この樹利亜という同級生は、艶やかな黒髪で清楚な顔立ちをしており、そのうえ背が高く足も長くすらっとしたモデルさんのような人なのです。そんな樹利亜を見るたびに何かしらの敗北感を覚える私です。

「やっぱり今日も制服なんだ。たまには違う服着ればいいのに」

「じゅりみたいに似合えば着ますとも。ええ、着ますとも」

「なんだよ、絶対に似合うから着ればいいじゃん」

「じゃあ想像できますか?ん?」

「……確かにゆなは制服かも」

「でしょう?」

「……いやちがうよ!制服しか着てないからそれ以外のゆなが想像できないんだよ!着てみたら似合うって!今度一緒に服選びに行こうよ!下着もいっしょに」

「機会があれば、ですけどもね」

「これからは?」

 どうやら樹利亜は相当暇なようで私と同じく散歩というモノで時間つぶしでもしていたのでしょう。ですが今日の私には大事でデンジャラス(かもしれない)な所へ謝罪へ行かねばならないのです。そうはいきません。

「ごめんね。今日は大事なようがあるんだ。ほらこれ」

 私はこれ見よがしに樹利亜に菓子折りを突き出しました。

「あ!あのちょっとお高い和菓子店の袋!くれるの!?」

「そんなわけないでしょう!これから大事な用事があるから無理ですというアピールですよ」

「あ、そういうことね。ちょっと残念だなー。……で、あたしと話しててその大事な用事とやらは大丈夫なの?」

 樹利亜の言葉に私はハッとし携帯で時間を確認しました。時間は八時半を少し過ぎていました。

「あ、ちょっとまずいかも」

「ごめんねー引き留めて」

「ううん。いいよ別に。じゃあ私は行くね」

「うん。じゃーねー」

「ばいばい」

 こうして暇であろう友人との交流を打ち切り、再びあの家へ足を向けました。

 あの家に着いたのは九時十五分。ちょうどいい時間かも知れません。

「ふう……」

 家の前まで来て考えてみたのですが、私のような制服の女子高生がこのよう長い遺憾の家に入っていく絵ってすこし危ないような気がします。なにがとはいいませんけど。

 私は息を整えチャイムを押しました。

『ピンポーン。ピンピンポーン』

 なんということでしょう。手が緊張のせいか震えて連続して押してしまいました。

 待つこと数十秒、玄関のドアがガチャリと空きました。まずは、挨拶です。

「どうも。おはようございます」

 男性は起きたばかりなのか、少し目元が呆けていました。

「ああ、おはよう。で、今日は何の用だ」

 昨日も思ったのですが、状況が状況であるとはいえ、少しこの男性の言葉はぶっきらぼうに聞こえます。やっぱりヤクザだからでしょうか。

「昨日の……」

 私は昨日の謝罪にと言おうとしたのですが、その言葉を遮り男性が

「ここは人目に付く。中に入るか?」

 と一瞬特の方を見てから、言いました。

「え、……あ」

 私は、一瞬不安がものすごいことになりました。だって、家の外観だってこういう外観ですし、この人のことだってよく知らないし、謝罪に来ただけですから玄関だけで済ましてしまおうと思っていましたし。

 しかしここで断って機嫌を損ねてはもっと危ないかもしれないし、生を見せるためにもここは中にはいたほうがよろしいかもしれません。

「はい」

 私はそう答えました。

 すると男性は体を横へとよけ、無言で道を開けてくれました。

「早く入ってくれ。遠慮はいらん」

 男性は、まだ、遠くの方を見て催促してきました。

「は、はい。お、お邪魔します」

 私が玄関に上がると男性は勢いよく玄関の戸を閉めました。

「ふう……さ、上がってくれ。しばらく留守にしていたから、埃っぽいが。それともこの後用事があるのか?」

 男性は安心した様子で、聞いてきました。正直言って怖いです。でも、それをここで態度で見せてしまってはやはり謝罪の意味もなくなるでしょうし、それこそ何をされるかわかりません。

 そう考えた私は中に入ることを決意しました。

「い、いえ……用事は特にないので……お邪魔します」

 事実、この後は用はなく自由に散歩のつもりでしたから。

 私は靴を脱いで、家に上がらせていただくことになりました。

 そのあとは、男性にリビング……いや、茶の間と言った方がいいかもしれません、そこに案内されました。

「すまないな。埃っぽいだろう。さっきも言ったがしばらく家を空けててな。そこのソファにでも座っててくれ」

 男性はそういうとキッチンの方へ向かいました。男性の挙動一つ一つが怖く感じ取れます。

 私は言われた通りにソファに腰かけました。意外と心地いのいいソファです。そんなことを思っていると男性がコップに茶と氷を入れたものを差し出してきました

「どうぞ。すまないな。ジュースはないんだ」

 なんというか、怖いと思っていたのが申し訳なくなってきました。だってただ茶を私に用意してくれてるだけなのに、怖いなどと思うなんてそれこそ失礼じゃないですか。私は深く反省しました。その反省もかねて、元の目的を果たしましょう。

「い、いいえ。その、お構いなくと言いますか……あの」

 私は謝罪しなくてはならないという使命感と、知らない人ということもあっての緊張でうまく言葉が出てきません。言葉に詰まってしまいました。

 すると男性は、途中で言いよどんだことが気になったのか、尋ねてくれました。

「どうした?そういえば今日は用があってきたんだろう?」

 正直私は助かったと思いました。このまま無言ではドンドン空気が重くなるだけです。しかしそんなことはなく、元のもとの目的を改めて果たせそうです。

 私は菓子折りを男性に差し出し謝罪の旨を伝えることにしました。

「これ、昨日のお詫びと言いますか、勝手に入ってしまって、その……盗み聞きと言いますか、留守電の内容も少し聞いてまして……」

 すべて正直に話そうと思い、留守電のことも口にしました。ですがどうにも言葉がうまく出てきません。

 すると男性は差し出した菓子折りを手に取り、懐かしむように見つめていました。もしかしたら、ここを長い間空けていたということは、元々はここにいたということなので、あの和菓子屋のことを懐かしんでいるのでしょうか。

「これは……また懐かしい物だな。高かっただろこれ?」

 やはり、男性はあの和菓子店を知っているようで、それも昔から知っているようです。

「いいえ……そこまで高いものではありません。すいません昨日は……」

 本当に、申し訳なく思っていますし、さっきまでの思い違いも込めて謝ろうとしました。ですが男性は再びさえぎり

「構わないと言っている。それよりも、留守電の内容も聞こえていたんだろう?よくそんな奴の家に謝罪しに来ようと思ったな」

 と言ってきました。

「いえ……昨日は散歩の途中でこの家を見かけて、入っていくのが見えたので、それでつい……それに、悪いものは悪いですから、それなりの……謝罪というか」

 留守電の内容は確か物騒なものだったような気がします。それにしても、心が広い方のように思えてきました。どうやら本当に気にも留めていないようですし。おかげでなおさら私の方が悪く思えてきました。

「そういば昨日のことはそう言ってたな。つまり、散歩の途中で偶然通りかかって、そこに偶然俺が入るところを見て、偶然興味がわいて、偶然ばれてしまった。というわけか」

 まさに男性の言うとおりです。もしかしたら、心の中ではよく思ってないのかもしれませんね。それもそのはずでしょう。私がしたことを考えれば普通に怒られます。それでも、このように対応してくれるあたり、やはり心は広いのかもしれません

「そうです。その……本当にすいませんでした」

 心からの謝罪です。誠に申し訳ありませんでした。

「だから、そう何度も謝るな。価値が下がる」

「あ……はい」

 謝り過ぎというのも確かに良くないかもしれません。いったん落ち着きましょう。私は、男性の出してくれた茶を一口飲みました。それにしても価値が下がるとはどういうことでしょう?言い過ぎる意味が薄れるということでしょうか?

 とにかく、一息ついたからと言って沈黙になるのは気まずいですし、何話題を出さねばお互いに気まずくなるかもしれません。

「それでその……えっと……」

 こういう時に限って頭というモノは回ってくれません。言葉に再び詰まってしました。ですが、ここでも男性が助け舟を出してくれました。

「なんだ。聞きたいことでもあるのか」

 これは助かりました。正直なにを言うかすら頭に浮かんでなかったので、質問するという選択肢をくれたのですから。

「その……お名前を、聞いてないなと思いまして」

 ありきたりではありますが、初対面の人の名前は知らないし、それにあの表札の読み方も気になります。質問という形では無難なものではないでしょうか。

 男性は少し少し考え付いたような顔で答えました。

古戸ふるど あきらだ。聞いたことはあるか?」

 古戸……晶……。私は脳内検索をしてみましたがヒットはしませんでした。もしかしてちょっとした有名人なのでしょうか。

 それにしても、もしそうだとしたら、知らないというのは失礼というか、本人を傷つけてしまうかもしれません。謝罪に来たというのに。

「古戸さんですか……聞いたことはない……です」

 私は申し訳なさそうに言いました。事実申し訳ないです。謝罪に来たというのにこの体たらく。なんということでしょうか。

 しかし、男性、いや古戸さんは気に留めるでもなくさらっと返してきました。

「そうか。ならいいんだ。帰ってから家族に聞くといい」

 どうやら、年代的な問題があるようです。家族ならしているということは、父さん母さん世代の人なのかもしれません。

「はい……そうしてみます」

 私は正直にそのまま返しました。これがいけなかったのかもしれません。この後の会話がなくなってしまったのです。

 古戸さんはすたすたと窓へ近づき、開けました。その瞬間心地いい風が入ってきました。

 しかし、古戸さんは風を入れることだけが目的ではないようで、遠くの方を気にしていました。

 私はその間に茶に手を付け飲み干しました。緊張のせいもあったのか喉が渇いていたのです。その時、突然古戸さんが見計らったかのように私に向かって言ってきました。

「おい、お前。帰るなら今がちょうどいいんじゃないか?」

 私はまたしてもムッとしました。こちらは、初対面では名前は知らないので名前を聞いたのに、なぜ古戸さんは名前で呼んでくれないのでしょう。それどころがお前呼ばわりです。

「吉瀬です。昨日も言いましたが、吉瀬 友菜子です」

 ああ、またやってしました。とてもお互いに初対面のやり取りとは思えませんし、こんなに怒ったような言い方では、やはり謝罪に来た意味というモノがなくなってしまいます。どうしましょう……

 私のこんな心配は古戸さんには杞憂だったようで、古戸さんは言ってくれました。

「昨日もそんなことを言っていたな。お前なんて言って悪かったな。吉瀬さん」

 古戸さんは本当に気に留めていないようで、何とも普通に謝ってくれました。やはり自分の子供っぽさが分かってしまうような感じがして、むなしさすら覚えます。素直に謝ってくれたのですから、こちらも謝らなければならないでしょう。

「いいえ。こちらこそなんか怒ったみたいな言い方で……すいません」

 私はこの日何度目かわからない謝罪をしました。なのにここでも古戸さんは心の広さを見せてきました。

「構わんと言っている。それに、悪いのは俺の方だった。謝るのは当然だ」

 こんなことを言われては余計に自分がみじめになってしまいます。子供な自分に何かしてやりたいぐらいです。

 でも、そう口にした古戸さんに私は少し違和感を覚えました。

「で、帰る時間にはちょうどいいんじゃないか。外には人もいない。いい状況だ」

 古戸さんは再び私に帰宅を促してきました。それにしても、いい状況とはどういうことでしょうか。そんなことを思いながら私は携帯に目をやりました。すると、なんということでしょう。十一時四十分ではありませんか。

 これは少々長居しすぎたかもしれません。私の予定はないですが、相手側の迷惑というモノの考慮が欠けていました。

「すいませんでした。長居をしてしまって。もうお昼近いですから、ここら辺で帰らせていただきます」

 目的は果たしたわけですし、これ以上、長居して古戸さん側の用事をつぶしてしまうわけにもいきません。ここらあたりで帰りましょう。

「ああ、そうしたほうがい。人目につかないようにな」

 ……さっきから古戸さんは人目を気にしているようです。なぜそこまで人目を気にしているのでしょうか。

「あの……何でそこまで人の目を気にするのですか?」

 すると、古戸さんはほんのちょっとの沈黙ののち答えました。

「……もし吉瀬さんの友達が近くにいたとして、この家から出ていくところを目撃されたらなんていわれると思う。この家の外観に、住んでるのは俺一人。そこに吉瀬さん一人出ていくんだ」

「それは……」

 確かに、友人に見られたりしたら少々まずいかもしれません。質問攻めは必至でしょう。この家は外観が外観ですから。

 古戸さんは続けて言いました。

「世間の目というのは厳しい。いかなる事情でもな。さ、今なら人は近くにいないから出ていくには良い頃合いだ」

 その言葉は学校の先生にもさんざん言われてきた言葉でもあったのですが、古戸さんが言うこの言葉は、やたらと現実味を帯びていました。

「……そういうモノですか」

 私は相槌を思わず打ちました。深い何かを感じたのです。

「そういうものだ」

「肝に銘じておきます。今日は本当に長いことお邪魔して申し訳ありませんでした。茶までごちそうになってしまって」

 当たり障りのない無難な返答です。私は自分でもそう思いました。

「いや、こちらこそ気を遣わせてしまって悪かったな。お茶ぐらいしかなくてろくなもてなしもできなくてすまなかったな」

 本当に古戸さんという方はできた方のようです。大人らしい大人に見えます。

「それでは、お邪魔しました」

「いや、構わないさ。気を付けて帰るんだぞ」

「はい。では」

 別れ際にまでこの対応。考えてみたのですがどう見ても古戸さんは私より年上です。そんな年上の人と一対一でこれほどしっかりとした対応を受けたことは、今までの経験の中では、なかったのではないのでしょうか。

 やはり大人になった気分を味わいました。

 時間が思った以上に余った私は、母さんに昼ごはんは外で済ませるという趣旨のメールを送り、散歩にふけることにしました。これである程度の時間は自由です。

 それにしても、あの古戸さんという方は大きい人でした。外見的にも内面的にも。

 古戸さん宅からしばらく歩くと、またしても地元ながら知らない場所に来てしまいました。河川敷というやつでしょうか。

 草は伸び放題、多種多様な草が生い茂ってました。あれはもはや一種のジャングルではないでしょうか。いや、荒れた草原の方がしっくりと来るかもしれません。

 私は降りて河川敷の中を見てみたいと思いました。ですが、今着ている服は外行き用の制服なので、できる限りの汚れは避けたいとおもい断念しました。

 名残惜しさを胸に河川敷を後にしました。散歩なのでふらふらと、いろいろなところを見て歩かなくては損です。なので、私は進むのです。当てもなく。

 しばらく、歩いて見たのですが、みたことのない家や店などを見て回っていると、とても地元とは思えないようになってきました。いや、私が地元というモノを知らな過ぎたのでしょう。

 そんなとき不意に私の携帯が鳴りました。メールです。携帯を取出し、見てみると樹利亜の名前が表示されていました。メールの内容は

『暇だから時間があったあそぼーよー』

 とのことでした。彼女の成績は我が進学校で常に上位ですので記憶力がないということはないと思うのですが、用事があると伝えたのに忘れてしまったのでしょうか。

 ですが、今の私は自由です。フリーダムです。断る理由は見当たりません。なので当然返事は

『用事も終わったしいいよ。いまどこ?』

 となるでしょう。すると、返事は早く来ました。

『今は図書館だよ。暇すぎてすることないんだよね』

 成程、やはり暇でしたか。しかし、ここから図書館となると少々遠いかもしれません。道もわかりませんし。なので私は提案しました。

『じゃあ私の家の前に来て。私も今散歩してて遠いから』

 樹利亜は相当返信が早く、それでいて簡潔に返してきました。

『いいよ~じゃあいまからいくわ』

 さっきもそうですが、樹利亜はどこか男性風味がします。気のせいでしょうか。

 そんなことよりも、待ち合わせに遅刻しないように今から家に向かわねばなりませんね。急いで歩き、近道したとしても三十分はかかるでしょうか。

 私は足早に家へ向かいました。

 足早に向かっている途中も、知らない景色を楽しむことができました。意外と道に迷うということはなく、知らない道を歩けば、知ってる道に出る。といった具合に進んでいきました。

 そして、二十分で自宅前に着きました。少し早かったでしょうか。

「ゆなーー」

 どうやらそういうこともなく、むしろ待たせてしまったようです。私は声のした方に振り替えると、今朝と同じ光景になりました。

「朝とおんなじ感じになったねー」

「うん。でもこれからは私は自由だから」

「じゃあ服選びに行こうよ!朝話してたじゃん!あたしが選んであげるから!」

 私はすっかり朝の会話を忘れていました。服選びに行こうといわれていたのでした。下着も、と。

「いや。制服がいいの」

「なんでー?いいじゃんちょっと着るぐらい」

「絶対にいや」

「なんで?」

「ポリシー」

「なにそれこだわり?」

「うん。それよりまだ私お昼ご飯食べてないんだ」

「あ、私も食べてないや。気が付くとお腹が減ってくるね」

「だから、食べに行こうよ」

「そうだね。じゃあ牛丼屋とか行く?」

「……パンとか、喫茶店で軽食にしようよ」

 うまく話題の転換はできましたが、樹利亜の男性風味はなぜだか少し濃くなった気がします。私の中でですが。

 こうして、私と樹利亜は昼食に行くことにしました。

 十分ほど歩いたところにとてもお気に入りの喫茶店があります。そこへ行こうと提案をしました。しかし、樹利亜はガッツリ食いたいとのことで、二人の意見をまとめた結果、さらに五分歩いたところにあるファミレス店に落ち着きました。

 私も樹利亜もお腹が減っていたから、直ぐに席に着きました。

「ゆな何食べるのー」

「私は……このサンドウィッチの三点セット」

「ふーん……じゃあ店員呼ぶよ?」

「あれ?じゅりは決めたの?」

「あたしは最初っから決まってるもの。ドリンクバーいるよね?」

「うん」

「じゃあ……」

 樹利亜は呼び出しボタンを三回押しました。それも高速で。

「何で連打するの?」

「え?なんか早く着そうじゃん」

「ふーん」

 私はふーんと返しましたが、内心、普通に一回押せば早く来てくれるよと思っていました。むしろ連打されて焦って遅くなってしまうのではないでしょうか。私はそう思わざるえませんでした。

「はい。ご注文はお決まりでしょうか」

 店員が来ると樹利亜が先に口を開き注文を言いました。

「このステーキセット二つに、カツカレー二つ、あとハンバーグセット三つ。で、サンドウィッチの三点セットが二つ。ドリンクバー二つ。以上です」

 正直私はぎょっとしました。ちらりと店員さんの方を見ると店員さんも少し驚いた表情をしていました。店員さんは驚きながらも業務をこなそうとします。

「ご、ご注文を繰り返します。ステーキセットが二つ、カツカレーが二つ、ハンバーグセットが三つ、サンドウィッチの三点セットが二つ、ドリンクバーが二つ。以上でよろしかったでしょうか?」

 改めて聞くとすごい量です。しかもサンドウィッチの三点セットまで二つ頼むなんて……私は食べませんよ。絶対に。

 すると樹利亜がふと壁を見て目を輝かせました。

「すいません。それにあのポスターの十分内に食べきったらセットメニューが無料って書いてあるやつ。本当ですか?」

 店員は樹利亜の見ている方向の壁のポスターを見ました。すると店員は

「少々お待ちください。ただ今確認してまいります」

と言って、奥へ消えて行きました。

 まさかとは思うのですが樹利亜はあれも頼む気なのでしょうか。ポスターを見る限り相当デカそうですが。

「ねぇ、じゅり……」

 私は樹利亜に聞こうと思いましたが、答えは聞かなくてもわかりました。だって目がものすごい無邪気なキラキラした目をしているんです。まるで、大好きなアニメを見ている子供のようです。純粋無垢です。目が。

 少ししてさっきの店員ともう一人、男性店員が新たに出てきました。

「あのポスターのことについて質問があったとお聞きしたのですが……」

 男の人はどうやら偉い人のようで、腰が低そうな喋り方でした。

「はい。あのセットメニューが無料というのは、一つだけですか?それとも、○○セットと書かれているもの全部無料ですか?」

「基本的には十分以内に完食されましたらどのセットをいくら頼もうと無料ですが……正直あのパフェの量は尋常じゃないです。そのあとにセットを頼まれるのは結構ですが、食べられるとは思いません」

「大丈夫ですよー。私大食いなんで」

「そうですか……では頼まれるのですか?」

「もちろん」

「かしこまりました。では注意点があります。たべ残した場合、料金三千円をお支払いただきます。さらに、お一人での挑戦となりますので、ご友人の方は参加できません。もし、二人で食べた場合も料金をお支払いいただきます。そして完食されましたらセットメニューは無料となりますが挑戦者様のセットメニューのみ無料とさせていただきます。よろしいですか?」

「なんだ。ゆなの分は無料にならないのか。まあいいや。いいですよ」

「……かしこまりました。先にご注文をされたものを召し上がりますか?それとも先に挑戦なさいますか?」

「……同時じゃだめ?」

 その瞬間、その場にいる誰もが耳を疑いました。同時ということは、おそらく、私の想像ですがパフェを食べながらさっき注文したメニューも食べる、ということなのでしょう。

「構いませんが……よろしいので?」

「はい。あ、先に出てくるのはどっちでもいいですよ」

「……かしこまりました。それではお待ちになっててください」

 そういって、さっきの店員も新たに出てきた男性店員も奥へと消えました。

「じゅり……いくらなんでも無謀だよ」

「だいじょーぶだって!いつ出てくるのか待ち遠しいくらいだよ」

 ああ、今の樹利亜は完全に子供です。なにをいっても無駄です。

 そして五分後、最初に出てきたのはサンドウィッチの三点セットだった。

「ゆなそんだけで足りるの?」

「これだけのサンドウィッチ三つも食えば十分だよ……一セットはじゅりに上げようか?」

「いいの!?」

「だって勝手に二セット頼んだのじゅりでしょう」

「えへへー、なんだか悪いね。それじゃあいただきます」

 そういって樹利亜は瞬く間にサンドウィッチ三点セットを平らげました。これからも様々なものが出てくるというのに、です。

 遠くのカウンターの店員を見ると何やらこっちを見て、メモを取っていました。おそらく、樹利亜が食べたセットの数を数えておるのでしょう。

 次に出てきたのはカツカレーと例のパフェでした。

「これが……当店の……パフェです」

 男性店員は両手で大きな山盛りパフェを私たちのテーブルに置きました。なんということでしょうか。向かい側に座っている樹利亜が見えません。

「スプーンを付けた瞬間からカウント開始です」

 私は気になって子のパフェのことを聞いてみました。

「このパフェって何グラムあるんですか?」

「四キロです」

 私はグラムで聞いたのに、帰ってきた答えはキログラムでした。しかも、四キロ。

「じゃあ、行きまーす」

 パフェの山で見えない向こう側の樹利亜ののんきな声が聞こえてきました。一体この山のようなパフェをどう食べるんだろうと、山盛りパフェのてっぺんを見ながら考えてみました。下から食っていたんじゃ崩れてきそうですし、かといって上からは手が届かないでしょう。

 私のそんな考えは、開始十秒ほどで覆されました。私の目線の先のてっぺんがフッと消えたのです。

「んまーい!この甘さがいいねぇ」

 向こう側から樹利亜のご機嫌な声が聞こえました。同時に私の中の樹利亜に対する男性風味メーターが上がりました。

「なっ……」

 店員は信じられないという表情をしていました。それもそうでしょう。明らかに、スプーン一すくいでとれる量でもなければ、一口で入る量でもないほどの量でパフェが減っていくのです。

「ふぅ……あ、カツカレーが冷めちゃう」

 開始二分ほどで四キロのパフェを半分ほどに減らし、そのうえカツカレーを間に挟むのです。

 もはや、店中の視線が、樹利亜に向いていました。見る見るうちにカツカレーも減っていきます。そしてあっという間にカツカレー完食。そして再びパフェに視線を移しました。

「さてさて、食べちゃいますか」

 樹利亜はその言葉と共に再びありえない量を減らしていきました。

「ご、五分経過です!」

「え?もう五分たっちゃったの?じゃあ、ペースあげなきゃダメかな」

 そういうとおそらく一キロ程になったパフェの皿に片手をかけ、ご飯をかき込むようにして口の中へ残りのパフェを放り込んでいきました。

 そしてついに、開始六分にして

「パフェ、完食したよ」

 樹利亜はパフェを食べきったのです。四キロの山盛りパフェをです。

「ふう……」

 そしてそのあとに出てきたカツカレー、ステーキセット二つにハンバーグセット三つをみごとに樹利亜は完食しました。

「さてっと……あ、ドリンクバー何のむ?あたし取ってくるよ」

「……え、あ。ウーロン茶」

「あいよ」

 そういって立ち上がってドリンクバーへと向かった樹利亜の体はどこも膨れていませんでした。店内は騒然としていましたが、樹利亜は気が付いてないようでした。あのスレンダーな体のどこへと消えて行ったのでしょうか、あのパフェ。

「ふぅ……この後どこ行く?ゆな行きたいところとかある?」

「いや、とくにないよ。それより女の子なんだからもっと行儀よく食べようよ」

「いいじゃんいいじゃん!食べれたんだから!」

 どうやら、その美貌を活かしきれていないようです。もったいない。

「じゃあ、とりあえず出ようか」

「うん」

「すいませーん。会計お願いしまーす」

 樹利亜が店員に会計を頼むと、店員が引きつった表情で出てきました。

「せ、千六百円になります」

 思った通り安上がりでした。それもこれも樹利亜のパフェのおかげです。

「あ、私出すからいいよ」

 私はいいものを見た感じがしたのでココの支払いは私がしようと思いましたが、樹利亜が

「いやぁ、実際カツカレーがセットじゃなくてほとんどを占めているから、あたしが払うよ。店員さん、はいこれ」

 といい、店員にちょうどのお金を渡していました。なんという気前の良さでしょうか。

 私たちは騒然とした店を後にし、ふらふらと歩き出しました。

 その後、二人であっちへふらふら、こっちへふらふらしながら時間をつぶしていました。まるで野良猫です。

 しかし、今日一番の衝撃はやはりあれでしょうか。

「それにしてもすごい食べっぷりだったね。じゅりってあんなに大食いだっけ?」

「え?あ、あはは……引いちゃった?」

「ううん?むしろすごかったなーって」

「よかったぁー。引かれたのかと思っちゃったよ」

「でも彼氏とかできたらやめた方がいいかも。確実に引かれる」

「それ遠回しにゆなも引いたって言ってるようなもんじゃない?」

「そんなことない。これからどうしようか」

 私は話題転換を図りつつも携帯を持て時間を確認しました。もう気が付けば午後五時を回っています。

「そういえばゆなってあたしんち来たことないよね」

「一度もないね」

「今度おいでよ!おもてなしは期待しないでほしいけど!」

「私はおもてなしを期待していくほど、厚かましくないよ。でも、いちどくらいはいきたいな」

「おいでよ!樹利亜の家!」

「なんかゲームみたい」

 二人で笑いながら、途中まで一緒に帰りました。

「じゃああたし家こっちだから」

「うん。ここまでだね」

「じゃーねー」

「ばいばい」

 こうしていつも通りの別れの挨拶をして、別々の道へ行きました。ここから、家まで十分といったところでしょうか。

 私は今日の衝撃に胸躍らせた感覚を保ったまま帰宅しました。

 気分のいい私は玄関を揚々と開けました。

「ただいまー」

「あら、おかえりー。ちょうどいいわ、お風呂に先入って」

「ん?俺が先ではだめかね」

「父さんって娘の年ごろを考えないよね」

「私もそう思う。けど、私はどっちでもいい」

「冗談だ。先に入ってきなさい。そしてその外行き用の制服を着替えてきなさい」

「うん。分かった」

 家の家族とはこういうモノでしょう。いつも通りです。

 私は先に着替えを取りに二階へ行き、部屋着用制服と下着を手に取り、一回のお風呂へ直行しました。そして、制服を早々と脱ぎ、洗濯かごではなくハンガーに掛け、下着は洗濯機へ直接入れ、浴室へ入りました。

 私は、浴槽に入る前に全身洗うのですが、その途中で何かを忘れているような感覚になりました。ですが、その感覚は消えないまま全身洗い終わり、浴槽へと前進を浸しました。

「ふぅ……」

 なんだか、何を忘れているのかはどうでもよくなってきました。お風呂は気持ちがいいです。

 この日は風呂を上がって髪を乾かし、体をふき、下着をつけ、部屋着用制服に身を包み、リビングへ行きました。

「今日は鍋なの?」

 食事と聞き、今日の衝撃的固形を思い出します。おそらく忘れていた、感覚の正体はこれだったのでしょう。

 しかし、あまり他人に言っていいものではないような気がします。

「ああ、白菜と豚バラを交互に挟んで鶏がらの出汁で煮込んである。味が薄かったらしゃぶしゃぶのつけだれでもつけて食べなさい。昨日、肉が食べたいと言っていたしな」

「今日は珍しく父さんが料理したのよ」

「意外。こんなこと出来たんだ」

「いいから食べなさい」

 父さんは顔を少し赤らめて進めてきました。

 私は白菜と豚バラを一緒に取り皿へとり、少し冷ましてから食べてみました。

「……うまい」

「そうね。これからは任せようかしら」

「今日限りだ」

 父さんの作った鍋は意外とうまく、好きでした。

 夜食を食べ終わった私は、数時間リビングで過ごし、明日の学校のこともあるので早めに寝ることにしました。

 寝巻用制服は冬用ですので、夏の間は完全に出番はありません。

 そして、私は部屋着用制服のままベッドインしました。

 明日は、学校終わりはどうしましょうか。そんなことを思いながら、睡魔にもみくちゃにされるのです。

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