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夢想の悪魔  作者: 虎娘
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1.夢と現実(4)


「よォ、お兄さん、また会ったなァ!!」

「な、お、おまえ……」

「こないだはよくもやってくれたよなァ、今度こそきっちり恐怖してもらうぜェ?」

「ま、待った、指輪ならやるから――――」

(――指輪が、無い)

「ンなもんよォ、どうでもいいんだよ!」

「がぁ゛っ、――い゛っで……待っ――ぁ゛、ぐ……待――――」


「待ったあ!――――……ハァハァ、ハァ」

なんだ、夢か。

体がまだ震えてるし、この前やられた治りかけの傷もズキズキと痛みだす。

坊主頭の青年に襲われてから、何故かまた襲われる夢ばかり見る。

その度に身体があの時を思い出す。

汗だくになった体では、この季節の室温だと冷えて寒い。

俺はもう一度布団に潜り込んだ。

――あの時。

青年が気絶した後、息してることを確認してしばらくしてから俺はそのまま青年を放置して家まで帰ってきた。

あれから何日かたったけれど、夢には何度も現れるが現実ではあの青年とは出会していない。

もうあっちの方がビビっちまって、会いに来ないのを願うしかないが、バイト先を知られてるから安心はできない。

まあ、どうやって気絶させたのか分かれば、対処のしようもあるかもしれないけど。

――とりあえず、早いとこ起きて学校へ行かないとな。

まだ10月なのに調子に乗ってサボり過ぎたような気もするからな。

それに今日はよりによってバイトの無い土曜日なのに、いつかの休講の補講なのだ。

優れない体調の体をなんとか起こして、俺は大学へ行く準備を済ませる。

午後12時30分、家を出て愛用の自転車にまたがって大学へ向かう。

この自転車もあの時少し傷を負っている。

次出会したら、弁償だとか治療費だとか金で脅してみるか。

ま、そんなことで引くような奴じゃないと思うけど。

そんなことをぼんやり考えていると、いつのまにか自分の身体は大学の中にあった。

考え事はあっという間に時間が過ぎ去ってしまっていけない。

ちょっと時間がギリギリだったから、部屋へ駆け足で向かった。

「来たか、大輔」

先に来ていた友人が座った俺に声をかけた。

「この授業は遅刻できないからな」

「もう遅ぇよ、中間試験と期末レポートで挽回するしかないね、お前は」

「挽回できるだけ良心的と取るよ」

「授業選びくらい真剣にやれってお達しだよ」

「もう来年で3年だぞ」

そんなこんなで、話しているうちに先生が来て講義が始まり、まじめに講義を受けた。

最後に出席カードを出した時に先生から鋭い視線を感じた気がするが、きっと気のせいだろう。

お昼を食べていなかったので学内のコンビニでおにぎりを買って、食堂で食べた。一人で。

「やっぱカップ麺にすれば良かったかな、おにぎり一人で食うのはさすがに虚しい」

そんな独り言が出るくらいには虚しかった。

それから食堂を出て自転車置き場に向かう。

雑然とした駐輪所に1人、目を引く人物が居た。

制服姿の高校生が壁にもたれ掛かって誰かを待っている様子だ。

この辺りではあまり見ない所謂セーラー服で、もしかしたら大学生かも知れないが。

それに正直目を引いたのは制服ではなく、可愛いと思ったからで、そんなことはどうでもよかった。

よく見ると可愛いと言うよりは美人系だ。

「!!――」

目があってしまったので速攻で自転車に視線を移した。

かなり怪しい男だ。

「まさか居るとは思わなかったわ。 下見のつもりだったのに……、それとも大学は土曜日もあるのかしら?」

女子高生が突然口を開いた。

小説の一文でも読み上げるような口調で、全く感情のないものだった。

知り合いではないはずだが、この場には俺と女子高生しかいない。

暫し緊張した空気が、少なくとも俺の周りには漂った。

強張った筋肉で、少し目線を女子高生に向ける。

完全にこちらを見ていた。

「あの――――!?」

突然に、腕を引かれて自転車をなぎ倒しながら壁によろけた。

「な、なに!?」

「自己紹介は遠慮させてもらうわ、貴方……」

「うっ――」

首を締め付けられ、壁に押し付けられる――。

二人並んで壁にもたれ掛かっている状態だが、顎が指で固定されて視線はおそらく二人とも前に向けている。

「な、どうなって――」

不思議な話だが、彼女は腕を、体を動かしていない。

俺が見たときから不動の彼女、腕を引かれて首を壁に押し付けられる俺、矛盾するこの状況に――あの青年を思い出した。

「今度は透明人間か――」

「良い分析をするのね、このあいだとは大違い」

「こないだ? ……あの坊主頭の学生か?」

俺を押さえ付ける“透明な腕”は首を締める力を緩め、俺を壁から離さないことを第一とした様だ。

「馬鹿だと思ったけれどあれは相手に隙を作らせるための演技だったのかしら」

「見ていたのか? あいつの仲間か?」

「指輪を差し出すのはやめておいた方が良いわよ、それで厄介事から逃げられると思っているのなら、やっぱり貴方馬鹿なのね」

「どういう意味だよ……、この指輪何なんだ」

「呆れるわ貴方、――悪いけれどおしゃべりする気は無いの」

「おっ……」

首にかかる圧力が無くなって、どうやら解放されたみたいだ。

横を向くと女子高生の視線はやはり真っ直ぐ前を見ていてこちらを見ていない。

「突然の非礼は許して頂戴、……指輪使いならね」

彼女は一瞬視線を合わせて振り返り、この場を去ろうと歩き出した。

「ちょ、っと、待ってくれ……許す代わりにこの指輪について教えてくれないかな」

直ぐ様去ろうとする彼女に声をかけて、足を止めさせる。

正直、何故かもう驚きも戸惑いも、恐怖も無かった。

彼女を逃せば、一生訳も解らないままこんな目に合い続けると確信したから、逃したくなかったのだ。

「私が探していたのとは違ったと言うだけで、別に貴方の指輪を狙ってもいいのよ? 逃がしてあげると言っているのよ、言葉を額面通りに受け取らないで欲しいわ」

振り返らずに、彼女はそう言って足を進める。

「君の方が上手だって、言いたいのか?」

彼女の目算では、ここでの勝敗は彼女に分があるらしかった。

「カウフマンに聞きなさい」

最後にそれだけ言い残して、長い黒髪を揺らめかせながら彼女は去っていく。

「カウフマン? ……」

その名前に全く覚えはなかった。

もう、声をかけることも、引き止めることもできなかった。

時間が止まったかのように動けない。

彼女を纏う時間だけが動いていて、自分と世界の時間はどうしようもなく静止している様な。

いや、彼女に静止させられたのだ。

彼女の言葉と所作に、これ以上彼女への介入を許すまいとする力があったからだ。

「いったい、この指輪はなんなんだ……」

そんな言葉が口から漏れた。

ずっとあの時から頭にある疑問は今も解決されないのか。

もう彼女を追うことはやめて、カウフマンとやらを探すことにした。

自転車に乗って、大学を後にする。

ケータイで時間を確認すると2時38分だった。

まだお昼過ぎだが、家に帰って4時からのバイトに備えなくちゃいけない。

指輪とかカウフマンとか、そんな夢うつつな事を考えている時間なんて、現実問題今の自分には無いということが、心の陰りを解消してくれているところもあった。

問題に真っ向から向き合う勇気の無さというよりは、まだ確かな自分の問題として捉えきれていないのだ。

指輪を眺めながら時折、そういうことを考えはするが疑問しか浮かばない。

誰か、解答者を待つしかなかった。


「カウフマンって知ってます?」

バイト終わり、年配の先輩に声をかけてみた。

「芸能人かい? いやぁ、テレビはあまり見ないからねぇ、わからないな」

「そうですかぁ、ま、気にしないで下さい。 ちょっと小耳に挟んだ名前なんで」

言って、カバンを肩に掛ける。

「今度テレビ見たときには注意しておくよ」

微笑みながら先輩は仕事着から私服へと着替えている。

「それでは、お先に失礼します」

軽く頭を下げて、返事を待ってから外に出た。

自転車に乗って周囲を見渡す。

縁があるのか、自転車置き場で襲われることが続いたからつい警戒してしまう。

今日は何も無いな、なんて思いながら自転車のペダルに足を掛けて、こぎ始める。

「カウフマンねぇ……会ったこともないやつにどうやって話を聞くのかも、聞いとけばよかったなー」

ぼんやりとそんなことを考えながら道を進んでいると、視界の端におかしなものが映り込んだ。

「――?」

ちょっと振り返ると確かにおかしい風貌だった。

派手なスーツにマントを羽織っていて、変なシルクハットの様な帽子をかぶっている。

(映画にでも出てきそうだな……)

夏も過ぎたのに変な格好したやつはまだいるんだな、と失礼なことを思った。

気にせずしばらく進んでいると、――また、さっきのが視界に入ってきた。

「――!?」

今度は止まる。

通り過ぎた人影を振り返って確認する。

まただ、また指輪だ。

そう確信すると、体が熱くなって心臓の鼓動が大きくなる。

鼓膜を直接心臓がその鼓動に任せて叩いている様な、そんな感じだ。

「ワタシをお探しですか?」

そいつはニカッと笑ってこちらに振り返り、そう言った。

「え――――」

「このカウフマンをお探しでしたか? ニヒッ」

(今、――――カウフマンって言ったのか?)

確かに、男は不気味に笑いながらカウフマンと言った。

「そ、そうだ、指輪のことでカウフマンを探してた……あんたがカウフマンなのか?」

「いかにも、このワタシがカウフマンでございます」

手品師みたいな格好のそいつは自分をカウフマンだと言い、持っている杖を振り回して遊んでいる。

「本当に? なんで俺があんたを探してるって分かったんだ?」

「ワタシを呼ぶ声はどこからでも聞こえます。 貴方の心の中からでも」

「やっぱ、変な奴なんだな」

「よく言われます。 ニヒッ」

どうやらホンモノのようだった。

ホンモノかどうか証拠はないが、この佇まいと風貌から感じるものが、自分にそうだと納得させる。

「それで、カウフマン……あんたに聞きたいことがあるんだ、この指輪のこと」

右手を見せて、指輪を確認させる。

すると、カウフマンは首をかしげた。

「おや、それは似紫色ですねー。 契約内容のご確認という事でよろしいでしょうか? 契約破棄はできませんけども……、それともその指輪についてという事でしたら、悪魔が囁いてくれませんでした?」

「に、似紫? 悪魔? と、とりあえず一から説明してくれ」

悪魔とはあの化物のことを言っているのか、だとしたらあんなのが囁くなんて繊細な動作をできるとは思えないが。

それに、だ。

こいつと俺の言葉はなんだかすれ違っている様に感じる。

以前に全て説明済みだと言うような返答の仕方だ。

もちろん、カウフマンを俺は初めて見た。

「フゥーー、……長くなりますけど、もう全てを説明なんてこれっきりにしてくださいね」

カウフマンは深く深呼吸して、その言葉とは裏腹に揚々と語り始めた。

「その指輪は悪魔と契約を結んだ者に与えられる力です。 この世界には凡人と上に立つ者とが存在している、その指輪は貴方を高みへと導く力を与えます。 具体的には、一手先を読み、一歩先を行くための力。 その力は契約する悪魔、内容、個人などによって個別の力が与えられます。 そして、その力は人間の肉体のどこか一部を司るものです。 例えば、眼であり耳であり腕や臓器、心など――」

「どこが具体的なんだ? ちょっと待った、契約ってのがまず気になるんだが」

俺がカウフマンの言葉を遮ると、少し顔をしかめたがまた語り出した。

「契約、それは悪魔は貴方に先ほどの力を与え、貴方は悪魔に未来を与える、という事です」

「未、来……?」

「そう、貴方のこれからの未来です。 ただ与えると言っても貴方から未来を奪う訳ではない。 例えば、契約によって未来が無くなったから明日死ぬなんてことはありません。 何故なら貴方に与えられる力――その指輪は言い換えれば貴方により良い未来を提供するものでもあるからです。 貴方にあるデメリットはただの一つ、その指輪が失われた時、貴方はより良い未来を得る力を失い、そして未来を失う。 それはもしかしたら死を招くかもしれません」

「指輪をなくすと未来も失うってことか? それがデメリット?」

「そうです、メリットはより良い未来と力を得られるという事。 それ故に指輪は狙われる、指輪にはより良い未来を得る力があるからです」

「だから……なのか? こいつを狙って襲われたって訳だ」

「そうですね。 ですが指輪には力がある。 人それぞれ固有のね、一筋縄ではいきませんよ」

「……無理に人の指輪を奪ってまで、集める意味はあるのか?」

「逆に言えば指輪一つは人一人の未来分の力しかない。 人は一時は与えられたものに満足しますが、すぐにそれ以上の力を欲するというものです」

「そんなの、キリが無いじゃないか」

「キリは無くても夢はあった方が良いでしょう?」

「そこまでして欲しいもんじゃないよ、これ返せないのか?」

指輪を外そうとしたが、カウフマンが俺の手に杖を当てて制した。

「一度受け取ったのですから、返すと未来を失いますよ?」

「…………」

「ま、このままが良いなら指輪を守り続ける方が懸命ですね」

「悪徳な商売だな」

「まぁまぁ、気が向いたら貴方も集めてみてはいかがですか? ――神にも匹敵する力を得られるでしょうから……ニヒッ、」

最後にまた笑い声を上げて、次の瞬間、カウフマンは姿を消した。

その声だけが残響するように聞こえる。

「!! ――あんた、カウフマン……お前は何者なんだ、そんな話聞いてみても信じられねぇよ。 俺の未来はこんな指輪に変わっちまったってのかよ……」

「そう、指輪を失わない限り、貴方の未来は確約されている――嘆くばかりではない」

「あいつだ、あの化物が俺に寄越したんだ、この指輪は――――」

秋の風が残響する声を大気に溶かしていく。

要はこの指輪は悪魔の力と人の未来の結晶なんだ。

失うとどうなるのか……、死ぬ、のか。

ただ失うと言っても、それも曖昧な表現な気がする。

部屋に置いていった時もいつの間にか指にあったしな。

「とりあえず、奪われないようにするしかない。 もう指輪を持ってしまったんだから……」



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