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夢想の悪魔  作者: 虎娘
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1.夢と現実(2)


この世界には人知れず進行している奇妙な物語が存在する。

いや、そんな大袈裟なものではない。

誰もが日常だと思って過ごしている毎日には、ほんの少しの非日常的な動きがあるというだけだ。

たとえばそれは、宝くじに当たったとか、歩いていたら芸能事務所にスカウトされたとか、何となく野原を眺めていたら四葉のクローバーを発見したとか、そんな風なことだ。

そんなちょっとした出来事が連なりを成して、大きな、物語なんていう風なものに成り上がるという話だ。

今、自分が生きている世界に、そんな風にして奇妙な出来事が発生している。


とある町に有名な格式高い良家が存在していた。

その家の一人娘、綾羅木理彩は今年で高校3年になる。

彼女は幼い時から良家の子女然とした教育を受けて育ち、今ではプラスのイメージからマイナスのイメージ全てを抱かれるまでに成長した。

黒く艶やかな長い髪から覗く鋭い視線には、冷たさも穏やかさも感じさせる。

しかしそんなイメージでなく彼女本来の性格を語るなら、勤勉で冷たく冷静沈着といったところか。

もちろんそんな冷ややかな性格を隠し通す術も彼女は持ち合わせていて、彼女と無関係の人間からみれば、あと一歩が近付き難いという感じなのだ。

そんな彼女にも心を許せる友人が居た。

幼稚園からの馴染みで、小中高と同じ女子校に通う友人だ。

そして、その友人と綾羅木理彩は、ある時から奇妙な物語の歯車となる。

それは高校2年の寒い冬のことだった。

町には葉の落ちた木々が並び、皆がコートやマフラーをして寒さを凌いでいる時期だ。

「ねぇ、香苗」

綾羅木理彩は高校の帰り道、ほんの少し積もった雪に足を取られないように気を付けながら、隣を歩く友人に声をかけた。

「ん? なに?」

友人は理彩の顔を見ずに、マフラーに口を埋めたままで返事をした。

「クリスマスにプレゼント交換会をしようって、誰かが言っていたの」

「うん」

「私たちも、どうかしら」

あと一週間もすれば、クリスマスだった。

友人は地面に薄く積もった雪を眺めながら、暫くして答えた。

「いいね、理彩は何か欲しいものあるの?」

「それって、言ってしまったら貰えるものが分かっちゃうじゃない」

あまり雪の降らないところなのだから、今日なんかにちょっとずつ降るんじゃなくて、クリスマスの日にいっぱい降ってくれればロマンチックなのに、と思いながら友人は理彩に言葉を返す。

「んー、そっか、一緒に買いに行くのも楽しいかなって思ったんだけど、理彩はプレゼントは内緒にしておきたい派だったね」

「去年は一緒に買いに行ったから、今年は別々に買いに行きましょう」

そう言って、理彩は香苗に笑いかけた。

香苗は灰と黒の瞳を理彩に合わせて微笑む。

暫く歩いて、その日はそこで別れた。


クリスマスの日、香苗は世界から消えていた。

理彩と香苗が最後に会ったのはクリスマスの日から一昨日のことで、――理彩は自分を責めた。

別々じゃなく、去年と同じように一緒にプレゼントを買いに行っていればと。

あの子の手を、ずっと握っていればと。

香苗の両親の話では、クリスマスイブの日にプレゼントを買いに行ったきりということだった。

その後、警察が捜査を開始したが、香苗が見つかることは無く、残ったのは香苗が予約注文していたネックレスだけだった。


彼女、綾羅木理彩はそれから苛立ちと喪失感とを抱きながら毎日を過ごしてきた。

どこへ行ってしまったのか、警察も今ではまともな捜査もしていないだろうと理彩は思っていた。

たった一つの何気ない選択が人生を左右させるのだと、彼女は知った。

今では彼女のそばには誰も近付かなくなった、大人や教師でさえ。

そして、日本の季節が本格的に夏へ入ろうという時、綾羅木理彩の物語が再び動き出した。

昼間、図書館へ行った帰り道、理彩は奇妙なものとすれ違った。

夕方で、背中から赤い夕方が彼女を照らしていて、そのすれ違ったものの濃い影が理彩の視界から消えたとき、ちょうどそれは言った。

「本多香苗……だったかな」

ピタリと、理彩の足が止まった。

男の声のようで、それは彼女の友人の名前だった。

理彩が止まったままでいると、男は再び声をかけた。

「彼女が消えた秘密、知りたくはないですか?」

「私に、言っている、んですよね」

「今この通りにはワタシとあなたしか居りませんが」

少しおどけた風に男は返す。

理彩は振り返ってそれを見た。

人間の形をしていた。

道化師とか奇術師とかピエロとかを思い浮かべる風貌の男は、シルクハットを脱ぎ、脇に抱えて一礼する。

理彩は返さずに、「冷やかしなら、そのまま顔を見せずに去りなさい」と、強い口調で言った。

男は頭を上げ、シルクハットを被り、口角を吊り上げた。

「いえいえ、とんでもございません、ワタシはあなたには真実を語ろうと思っておりますよ」

「あなた、警察の方ではないですよね? 事件のこと、知ってるんですか?」

「その前に、些か大変奇妙な現実的な、お話、あるんですけど?」

「対価を払えということかしら?」

「えぇ、まぁ、なんと、察しが宜しいようで、そうです、契約していただきたいんですよ」

「契約?」

「そうです――悪魔の契約です」

男の顔はいっそう歪んで、厭らしく笑顔を作った。

「茶番なら結構」

理彩は髪を靡かせながら振り返って、男から遠ざかる様に一歩、踏み出した。

「怖いんですか?」

「ひっ!?」

直後、男は理彩の前に現れた。

あまりに速く、瞬間移動したかと思うほどで、理彩は驚いて声を上げてしまった。

「お友達が見つからない、ひとりぼっちよりも――怖いんですか?」

男は言葉を重ねて、理彩の顔を覗き込む。

理彩は一歩下がって、男を睨んだ。

「あなたに何が分かるんですか?」

男は姿勢を戻して、真面目な顔で言う。

「この世界には、信じられないでしょうが、あなたの知らないことがたくさんあります、えぇ、その内の一つをワタシなら知っていると、申し上げているのですよ」

「香苗は生きているの?」

ゆっくりと言葉を紡いで、理彩は男の目を見る。

「残念ながら、生存しているとは言い難い状況ですね」

「そう……」

理彩は顔を背けて、男に見られないようにした。

自分が泣いてしまうと思ったからだ。

「ですが、彼女を亡き者にした人物なら知っている……というところでしょうかね」

「あなたを、信用するほど私はまだ落ちぶれてはいない。 けれど、香苗について何かを知っていることは事実と受け取ります、契約……しましょう」

「ニヒッ」

変な笑い声を上げて、男は羽織っていたマントの中から右手を出した。

その指5本ともに銀のリングがあり、男はそれを取れと示唆しているようだった。

理彩はそれに従って、リングを取ろうとしたが、「あぁ、そう」と呟いて男は手を引っ込めた。

「これは悪魔の契約です、先程も申し上げましたように。 この指輪を取れば契約成立と見なします、契約の内容は――――」


「真実か否かは、自分で確かめるわ」

その理彩の言葉を合意と見なし、男は再び右手を突き出した。

「これには先ほど申し上げた悪魔の力が宿っています。 つまり、悪魔の力の一部を差し上げる代わりにあなたの未来を頂きます」

「繰り返さなくても大丈夫よ、ここまで聞いて気を変えることはないから」

「それはそれは、嬉しい限りにこざいます、では、お一つお好きなものを……」

理彩は薬指のリングをゆっくり抜き取り、自分の左手人差し指にはめる。

「――ッ!?」

途端に、リングが輝いてその後、光がリングの頂点に集まり、何かが形作られた。

「これは?」

それは、指輪にあしらわれた宝石のようだ。

「んー、紅紫色ですかね、まあ良い色なんじゃないでしょうか。 それがあなたに与えられた力という訳です、申し上げましたように悪魔の力とあなたの未来は同等に取引されました、つまりあなたの未来がより良いものであればあるほど、その対価として支払われる力もより強力なものとなるのです。 しかし未来を全て引き換えた訳ではありません、あなたの望んだだけの力と同等分の未来を頂戴致しましたので、その辺はご心配なさらずに」

「そう、そういうことなの。 あまり実感はないけれど」

「まあ、最初ですから、その力の使い方は悪魔が囁いてくれますから注意してお聞きください」

「……わかったわ」

「まずは香苗さんを亡き者にした人物を標的とするのがよろしいかと」

「居場所は教えてはくれないのね」

「えぇ、それはできません、違反行為となりますから、それから、心配なさらずともその指輪が教えてくれるでしょう」

「わかったわ、それじゃ。 あなたとおしゃべりしている時間は無くなったから」

理彩は男の脇を通り過ぎて、再び家へと向かう。

「あなた以外にも、悪魔の力を持った人達が居ることをお忘れなきよう」

その言葉に理彩は振り返ったが、もう男は居なかった。

夕日は沈んで、辺りはすっかり暗くなっていた。



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