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夢想の悪魔  作者: 虎娘
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1.夢と現実(1)


「いらっしゃいませー」

ドアの開いた合図の音に機械的に反応して、俺は平淡な声でそう言った。

入ってきたのは二人組の女子高校生の客だ。

もしかしたら中学生かもしれないが、それはそれで二人組の老け顔の女子中学生に変わるだけで、俺にとっては大した情報ではない。

「肉まん一つ」

レジカウンターの前に来た客がそう言って、肉まんをあごでしゃくる。

「ただいま期間限定の──」

「肉まん、……一つ」

「80円になります」

肉まんを袋に入れてカウンターに置き、金を受け取って、お釣りとレシートを渡す。

「……、ありがとうございました」

それだけの、つまらない仕事。

それが俺の2つある、いや、3つある仕事の内の一つ。

大袈裟に言ったけれど、3つの内の2つはコンビニのバイトで、あと1つは学生だ。

「何学部だっけ?」

「社会学部です、そんなに頭の良い学部じゃあないですよ」

上がりの時間になって、帰る準備をする俺にバイト仲間のおじさんが声をかけてきた。

「いやぁ、僕は大学なんて行ってないからね、羨ましいよ」

「大学なんて単位取って遊ぶ所ですよ」

本当はそんなに不真面目な学生ではないけども、なんとなく不良アピール。

「ハハ、それでバイト掛け持ちだろ? 忙しいんじゃないのかい?」

「まあそこそこ、今日はこれからまたバイトですし……」

「凄いねぇ、じゃ、がんばってよ」

「はい、ではまた」

適当に会話を切り上げて、足早に次のコンビニへ向かう。

後期が始まって、テストが来るまでの最初の内は授業よりバイトを優先させる生活を続けながら、俺はそれでも必死こいて生きている。


深夜2時、2つのバイトを終えて晩飯を買いにアパート近くのスーパーへ買い物に入る。

そして、カップラーメン売り場を物色する。

「今日は遅いね」

「お? あぁ、美早か」

声をかけられて後ろを振り替えると、このスーパーでバイト中の同じ学部の天城美早が立っていた。

「またそのカップ麺とマカロニサラダ? 上杉鷹山でももっとバリエーションあるご飯食べてたと思うよ」

「誰だよ、それ。 美早も珍しいな深夜なんて」

美早はたまに意味の分からないことを俺の知らない人の名前を出して言う。

「私明日休みだからさ、代わってもらったの」

「休講かよ、ずるいな」

「仕方ないじゃない、てゆーかさ、ノートまた貸してくれない?」

「仕事しろよ、仕事。 ノートな、来週持っていくよ」

「もう終わって帰るとこだから、絶対持ってきてよ」

俺と美早はバイトで授業を抜ける時があるから、こういうことはしょっちゅうだ。

まあ、それくらいの仲ってことだ。

「あぁ、わかった、今帰るとこ? 家遠いだろ、夜道には気をつけろよ」

「大丈夫だって、彼氏が来てるから」

少しだけ照れ臭そうにして、美早は視線をドアの向こうへやる。

「なるほど……」

「じゃ、ノートよろしくね」

「おう」

美早にはイケメンの彼氏がいる。

これは俺にとって重要な情報だ。

そうして、レジを済ませてアパートへ向かう。

2階の奥から3番目の部屋が俺が一人暮らしをしている部屋だ。

カップラーメンとマカロニサラダを食して、風呂に入って後は朝まで眠る。

こんなのが俺の、毎日だ──。


10月も、半分が過ぎた。

2年目の大学生活は1年目から新鮮さが抜けただけで、後はほぼ変わらない。

「よっ、大輔、今日は美早ちゃんはいないのか?」

「今日は休みだってよ、卵割ってる時に肩叩くんじゃねぇよ」

お陰で中心を外した。

挨拶代わりに肩を叩いた男は、悪びれもなく俺の隣に座ってきた。

「また卵かけご飯かよ、お前は卵かけご飯オタクか」

「良いだろ、好きなんだから」

「安いからだろ」

その通りだ、大学の食堂で今日も安い卵かけご飯を喉に流し込む。

「次、蒲生の授業だぜ……、あいつ毎回出席取るくせに中間試験と期末レポートやるからな、まったく取る授業間違えたよ」

「俺は、……ん、もう帰る」

「あ? マジかよ、俺も4限がなけりゃサボりたいぜ」

「あぁ、バイトだからな」

そそくさと昼食を終わらせて、トレイを持って席から立ち上がる。

「明日の飲み会、決めた?」

「行かないよ、金も無いし、未成年だし」

「付き合い悪ぃぜ、頼むからよぉ」

「パス!」

友人に背を向けたまま会話を切り上げ、俺はトレイを返却して大学を後にする。

一人暮らしの資金繰りは、これでもまだまだ大変なのだ。

さすがに週末ともなると体にも疲労が溜まってくる。

今週の日曜は久々にどっちのバイトも休みなので、安らかな休日となりそうだ。


あれから、土曜日。

今週最後のバイトを終えて、俺はアパート近くの公園で美早とノート交換会をしていた。

ただノートを貸し借りしているだけだ。

「げっ、めっちゃ書いてるじゃん……」

俺のノートをペラペラめくりながら、美早はそうこぼした。

「こっちは今回少ないな、美早のノートは綺麗だけど落書きが邪魔だ」

「貸してあげてるんだから文句言わないでよ」

「俺も貸してる」

「大輔のはきったない、ちょー汚い」

「じゃあ、返せよ」

「嘘うそ、……じゃ、月曜にこれ返すね」

美早はベンチから立ち上がって、手の変わりにノートを振った。

それに答えるように、俺も右手を上げる。

「あぁ、また月曜に──」

突然、携帯が震えた。

「着信だ、珍しいな、飲み会の誘いか?」

「電話? 私、帰るねー」

「おう、……おばさん? もしもし、」

電話をかけてきたのはおばさん、母の妹だった。

「もしもし、大輔、」

「久しぶり、何かあったの?」

声は普通の、強いて言えば申し訳なさそうな感じだ。

「あーそれがねぇ、大輔の実家の倉庫、一回業者さんに掃除してもらうことになってね、まあ、あんまり大袈裟なものじゃないんだけど、それで大輔のいるものがあるならとりあえず一回全部そっちに持ってってほしいのよ」

「倉庫? あの裏のでっかいのか、それは良いけど、」

「来月までに、でいいから」

「んー、わかった。 ちょうど明日が空いてるから明日家に行くよ」

「そう? 鍵持ってるよね、じゃあよろし──」

「う、いっつも切るの速いよ……」

そんなこんなで休日がつぶれた。

俺の実家は京都にある。

今は誰も住んでいない。

母は死んで、父は俺が高校一年の頃に失踪した。

そんな訳で俺は実家を離れて、一人暮らししながら大学に通っているという話だ。

実家に帰るのは久々なのに、倉庫掃除のために帰ることになるとは。

倉庫のいるものと言うと、アルバムとかか、ゲーム機もあったな、あと漫画も、……扇風機ももらっていこう、夏は苦労したからな。

そんな事を考えながら、スーパーでカップ麺とマカロニサラダを買って家に帰った。


日曜日。

朝から新幹線に乗り、いざ京都へ。

電車とバスを乗り継いで、俺は田園風景の広がる実家へ帰ってきた。

京都にも都会と田舎がある。

俺の実家の辺りは間違いなく田舎だ。

神座と書かれた木の表札、二階建て屋根裏付きの木造の瓦屋根。

引き戸の玄関から廊下を進んで、リビングに入る。

「久しぶりの我が家か……、おばさん、一応綺麗にしてくれてるんだな」

長旅の疲労を一息に込めるように、ふぅーっと息を吐き出す。

埃一つ無い床に荷物を下ろして、座り込んだ。

荷物と言っても、荷物を持ち帰るための空の鞄だが。

「さてと、さっさと終わらせないとな……」

ペットボトルのお茶を半分くらい一気に飲み干して立ち上がり、家を出る。

家の裏、徒歩5分くらいだから家の裏とは厳密には言わないだろうが、畦道を通った田んぼの側に我が家の倉庫がある。

元は田んぼのための道具やら機械やらのための倉庫だったが、田んぼを売った後は家から追い出された物たちがこの倉庫には詰め込まれた。

「うぅ……、さすがにここは汚いな」

10月なのに倉庫の中はムッとしていて埃っぽい。

倉庫の端に、青いごみ袋が被せられた扇風機を見つけた。

「お、あったあった。 これまだ使えるんだろうな」

恐る恐るびっしりと埃の被ったごみ袋を外して、ポチポチとボタンを押してみる。

もちろん、電源コードが繋がっていないから電源が入る訳はないのだが。

「動きそうだな」

どこからやってきたのか、その自信は俺に扇風機を持ち帰ることを決意させた。

「後は、アルバムとか持ってくか……お、かき氷機か、いいな」

どうやら予定より大荷物になるらしい。

どうせなら宅配便を使うか、いくらくらいかかるのか分からないが、これくらいは必要経費と言うことで。


と、そんなこんなでパンパンに膨らんだ鞄2つと扇風機とかき氷機を両手に持って実家に戻る頃には、もう夕日も沈んだ後だった。

今日は実家の方で一晩過ごすことになりそうだ。

バイトを休んでおいて正解だったか、授業はどうにかなるだろう……。

「つっかれたあーーー……」

一旦荷物を下ろして脱力し、玄関を開けた。

「!!? ────」

玄関が、荒れている。

物が散らかっているとかそういうのではない。

床が削れて、壁の左側には5本の線がリビングの方まで出来ている。

何かで引っ掻いた、いや抉り取られた様に。

嫌な汗が額を伝い、異質な感触が背筋を這う。

急いで、靴を脱いでリビングへ走る。

鍵はかけたはず……、いやそんな通常起こりうる異常ではないことは感じているが、頭が受け付けないのかそんな思考ばかりが頭を巡るのだ。

リビングの奥、襖の向こうの和室から音がした────。

玄関を通り越してすぐ、違和感を感じていた。

散乱する家具、いくつもの傷跡のある壁。

漂う臭い、皮膚に張り付く生暖かい空気。

そして、襖を開いて、一歩踏み出した所で一気に和室に背を向ける。

和室は、どこよりも異端な空気で、その薄暗い影に何かが潜んでいた。

「あっ──」

左手を強く引かれて、それでも逃げようとして、しかし逃げ切れずに畳とフローリングの床に仰向けに倒された。

頭が畳の方に倒れたからか、一気に畳の臭いと何か別の異臭とか鼻腔を突き抜ける。

その臭いにむせるより速く、目の前を覆う何かに恐怖を感じた。

「────」

暗くて顔はよく見えない。

大柄で縮れた長髪をした筋肉質の人物であるとしか分からない。

いや、それは何故かヒトではない何かだと思った。

そんな、雰囲気をしているのだ。

口が渇いて、何よりも恐怖で声が出ない。

3秒くらい間があって、ようやくこの状況が危険だと頭が理解した。

上体を起こして左側から逃げようと膝を立てた瞬間に、目の前にいた何かが左腕を喉に押し込むようにして、逃がすまいと押さえ込んできた。

「う゛っ────」

渇いた喉を押され、重い痛みが喉を襲った。

それと同時に畳に叩き付けられた痛みが頭と背中に響く。

何かは深い息をしていて、その吐息が顔にかかる。

顔だ、それは間違いなくヒトの形をしているのに、それは明らかにヒトではないモノだった。

──────。

奇妙な、うなり声の様なものを怪物は喉の奥から出している。

「な、なん、なんだ……」

返答はない。

期待もしていない。

怪物はじっと俺の顔を見て、それから俺の頬を右手でなぞった。

恐怖で、体が石のように動かない。

「────」

親指で鼻を擦って、人差し指で左目の瞼をこじ開ける。

それから、怪物はぐっと体を起こして自分の左人差し指を右手で握った。

「なんだ……なんだよ」

あんまりの恐怖で、涙が出てるような気がした。

怪物の左人差し指には指輪がしてあり、どうやらそれを取ろうとしているようだった。

「ぅっ!?」

ボキッ、と怪物は指を捻切って指輪を外した。

怪物は人差し指の無い左手で俺の右手を持ち上げ、その手のひらに指輪を置いた。

「何なんだよ!」

怪物は俺の手のひらを閉じて、指輪を握り込ませる。

「く、くそっ」

左手で畳の床を這って、怪物から逃れるように後ろに進む。

「────」

ヒトではないモノは口を持ちながら言葉は一言も発せず、俺を再び捕らえることもせず、俺に背を向けると一瞬にして玄関から出ていった。

その際に壁や天井に傷ができたのは言うまでもない。

「はぁ、はぁはぁ……」

俺はまだ理解できずに、ただ今を納得させようと頭を働かせていた。

怪物が寄越した指輪を握りしめたまま。



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