3.VS影(2)
高校も3年になると、とうとう大学受験のプレッシャーが生徒について回るようになる。
綾羅木理彩の通う高校もそれは同じだった。
ただ彼女は違った。
もう歩むべき進路への道は出来ていて、舗装さえされている。
それは彼女の家の名とそれにまつわる権力が作り上げた道だが、彼女はそこを実力で歩いている。
良い家の出だからだと言う者もいるが、彼女にはそんなことは関係なかった。
むしろそういうのが嫌な時もあったが、今の彼女は感謝していた。
そこへ注ぐべきものすべてを“彼女”のために注げられるのだから、と。
高校が終わると家へ帰って着替え、指輪使いについて調べ、週末には他県の本多青葉の大学までやってくる。
そして二人で他の指輪使いを調査する。
これが彼女の日常になりつつあった。
11月8日、本多青葉の通う大学近くの喫茶店で綾羅木理彩は青葉を待っていた。
暖かい陽射しが木製の家具を照らし、天井では大きなシーリングファンが緩やかに回転している。
カウンターには洒落たカップ、ソーサーなどがディスプレイされていた。
理彩はカウンター席から離れた窓際の四人掛けのテーブルに一人座り、窓の外の寒さに堪え忍びながら行き交う学生の様子を暖かい店内から見ていた。
テーブルには冷めた二杯目のコーヒーと店内にあった雑誌が置かれている。
「…………」
ただ眺めている訳ではなかった。
彼女はこうして探しているのだ、あの大学に通う殺人鬼を。
──カウフマンの話では、理彩の友人である香苗はすでに死んでいて、それも指輪の能力を持つ者によって殺されているという事だった。
彼女は始めそんな話を信じてはいなかった。
当然だ、証拠も無く、ただカウフマンの噂話でしかない。
だが彼女は指輪を知り、それを理解した。
あとは本当に香苗が殺されたのかということだった。
だがそれも指輪の能力が解決した──。
過去を再現する能力。
それは現在居る場所の指定した時間に起こった出来事、生命体の動きを再現するという能力。
そこにある物質、葉っぱや石ころや持ち合わせた物など、が各々役割を与えられ、まるで人形劇の如く、その役割を与えられた物質たちがその場所のその時間にあった出来事を演じる、というなんとも奇妙な能力だった。
そして彼女たちはその日の香苗の行動を“観賞”し、香苗が殺されるのを観た。
そしてその犯人の行動を再現し、犯人を炙り出そうとしていた矢先だ。
その能力を持った青葉の友人は行方不明となった。
青葉に「お前の大学に出入りしているやつが犯人だ」というメールを残して。
彼は先走り、一人で犯人を追い、そして犯人に“消された”のだと二人は悟った。
物質が演じる以上、その犯人の姿かたちは分からない。
名前や職業、住所などの個人を特定するデータは、その演じられた内容からしか分からない。
──犯人は青葉が通う大学に通っている。
情報はそれ1つしかない。
あと少しで、辿り着けたのにと何日もそれを嘆き、殺されたであろう彼の魂を案じた。
それから何日も何日も、ずっと学内にいる人たちが指輪を所持していないか観察した。
犯人に悟られないように。
もうここにはいないかもしれない、まだ見つけていない誰かかもしれない。
そんな思いを抱きながら、今、見つけた学内にいる4人の指輪使いを観察し、また他に指輪の所持者がいないか観察する。
それが綾羅木理彩と本多青葉、二人の日常なのだ。
「お待たせ、悪かったね」
青葉がようやく店に来たのは午後6時を回った時だった。
「やっぱり、ご丁寧に指輪を身に付けているやつらは犯人じゃないのかしら」
理彩は窓の外を向いたままで、青葉に返答した。
「そうかもしれないね……、ただ、僕たちにはこれしかやりようがない」
「……。 指輪使いたちはどう?」
「神座大輔と七瀬一颯は最近よく一緒にいるのを見るよ、藤崎守はやっぱり僕らに気付いているんじゃないかな?」
「家に入ったのを知られたのかしら、例えばそういう能力なのかもしれない」
「……藤崎守の能力は分からない、ただ指輪を1つしか見たことないからね、複数の能力を持っているとは考えにくい。 犯人なら、……犯人の能力は僕らが“観た”アレだと思うから」
「じゃあ、藤崎守は犯人じゃない?」
「どうだろうね……、」
「“私”が残っていれば、また元に戻せるのよね? だったら、私が行って能力を確認するというのが手っ取り早いんじゃないの?」
めずらしく、ぶっきらぼうに理彩は言った。
犯人追跡の膠着状態にしびれを切らしたのか、数時間も待たされたことに気が立っていたのか。
「──もし、犯人だったなら、君は跡形も残らないよ。 あいつの力を観ただろう?」
──石ころや落ち葉では掴みにくい、ということで途中からおもちゃ屋で買った人形を使った。
“彼ら”は忠実にヒトの動きを再現した。
それこそ本物の人形劇で、空想的で非日常的であり超現実的なそれは観ていて何も感じない。
けれど、それを頭で現実に置き換えた時、人は感動しうる。
香苗の前に立つ犯人──、香苗に近付く犯人──、そして崩れ落ちた本多香苗の肉片を拾う凶悪犯──。
世界を排斥せざるを得ない、そんな光景。
そこへ立ち向かえると、未だ彼女はそう言うのだ。
「なら、一旦標的を変えましょう。 藤崎守も私たちに見られない様に行動しているみたいだし」
「……それが良いかもしれないね、藤崎守にも注意しながら、……七瀬一颯の方を追おう。 神座大輔とも繋がっているからね」
そうして、二人は喫茶店の閉店時間間際に店を出た。
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