Prologue.
そこは暗くて一見ではどこかわからなかった。
月の光もここまで届いていない――。
あまり普段から使われていないのか、そこは埃とか塵とかの匂いで埋め尽くされていた。
男が二人倒れていて、それを眺める男と女が傍に立っている。
女が倒れている男の手を持ち上げ、男の方は一歩下がって、様子を伺う。
――彼女は躊躇しているようだった。
今、倒れている男に先程諭されたからか。
そして自身も、彼らをどうすべきか迷っている。
この瞬間をどれだけ待ち望んだか、他人には分からないだろう。
家族を失うことの辛さを、大切なものが指の隙間からこぼれ落ちていくことの絶望が、憎悪に変わるということを彼らは知らない。
それらが同じ根を持つ感情だとしても、自身は憎しみと殺意を表層に出すしかなかった。
ただそれは彼女も同じだ。
裏表にある感情がひっくり返ろうとしているのか――――。
「命を握っておければそれで良い、こいつの精神を食い千切ってその状態を保持しておこう、そうすればいつでもこいつを殺せる」
結局、ひっくり返りはしなかった。
延長戦に入っただけだ。
「彼は知らないんだわ、私たちを、知らない――――」
彼女は誰に言うでもなくそう呟いて、彼らの指から指輪を抜き取った。
「彼は」
「こいつを殺すことに意味が無いなんて、そんな訳ないじゃない。 こいつを殺して、彼女を救うのよ」
「――――。」
ようやく、見据えていたものが違ったと知った。
決定的に、違う未来を得ようとしていた。
「愛する人のいない世界なんて、生きる価値も死ぬ価値もないわ――――」
◆