第五話
私の超展開グセ、どうにかなりませんかねぇ…
ということで超展開です。途中から謎にシリアス展開になります。ご注意ください。
私の朝は遅い。参拝客が来ないので、朝からスタンバる必要が無いためだ。悲しい。
当然、参拝客が来ないのだからお賽銭が増えることもない。これは割と深刻な問題だ。
神様に着任して、早々に実体化したツケが今になって襲ってきたのだ。
くきゅるー、と腹の虫が飢えを訴えてくる。
「お腹空いた」
……肉体の維持にもエネルギーいるんだった!
肉体に魂を入れたら、魂が私ってだけで普通の人間なんだよね。何故こんな簡単なことに気づかなかったんだろうね私。後悔先に立たず、ってこういう時に使うんだね、大変勉強になります。本当にありがとうございました。
くぎゅぅ。腹の虫は、無慈悲なまでに現実を伝えてくる。ちくしょう。
「お賽銭……お賽銭があればコンビニに行ける……」
幽鬼のようにフラフラと賽銭箱に歩み寄る。
どうやったらお金を出せるんだろう。ここか? それともここか?
お賽銭の取り出し口を探してガチャガチャすること五分。見つけた。
「この取ってか」
取ってを握って、恐る恐る開ける。手が震えて、お賽銭の溜まる箱からカタカタという音が鳴る。
箱の中には、鈍く光る硬貨が入っている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……嘘でしょ」
総額、実に249円。殆どが一円玉や五円玉であった。
くきゅるぅ〜。腹の虫が泣く(誤字ではない)。
「いやでも、おにぎりは二つ買えるよね」
出来れば飲み物が欲しかったけど、仕方ない。ここの小屋で水道水を飲めばいいんだ。
お賽銭箱を元に戻して立ち上がる。
「よし、行こう」
空腹を出来るだけ意識しないようにしながら歩く。五歩歩くたびに腹の虫が空腹を訴えてくるが、無視する。
鳥居をくぐって階段を降り、そこそこ広い道路に出た。何気に神社を出たのは初めてだったりする。
「さて、と」
神社の前の道路は、左右に分かれている。
右を見る。住宅が建ち並び、四棟ごとに十字路が有るのが見えた。
左を見る。同上
「……コンビニって、ドッチデスカ?」
私は二日前に神様になったばかり。当然、町の地理なんて知るはずもない。つまり、コンビニの場所が分からない。
腹の虫が今日一番の音を捻り出した。その音をしっかりと認識してしまい、思わず崩れ落ちる。両手両膝を立てる、アルファベット三文字のあのポーズだ。
「空腹、恐ろしい」
少し考えれば分かる初歩的なミスだ。あまりの空腹に考える余裕を奪われていたらしい。
もう立ち上がる気力が出ない。本格的にエネルギーが枯渇しかかってるようだ。一見冷静に見えるだろうけど、めっちゃ焦ってます。
「もう、ダメ」
体を支えられず、横向きに倒れる。
うう、アスファルトが冷たい。このまま冷たい風に吹かれて、体がだんだん冷たくなっていくんだ……。
「ちょっと、どうしたの!?」
諦め目を閉じようとしていた私に、何処からか声がかかる。直後、誰かが走る音が近寄ってくる。
ああ、助かった……! 誰か知らないけどありがとう!
背後から駆け寄ってくる誰かに感謝していると、走る音が私のすぐ後ろで止まった。間を開けずに仰向けにされて上半身を抱き起こされる。
「誰……?」
「そんなことより! どうしてこんなところで倒れてたの?」
少女ーー恐らく、私と同年代ーーのすごい剣幕に一瞬たじろぐも、なんとか口を開く。
「お腹……」
「え?」
「お腹、空いた……」
***
ぐぎゅぅ。ぐぅ。くぅん。
目の前に広がる光景に、腹の虫が歓喜の声を上げる。唾液腺からよだれが分泌され、カラカラだった喉に潤いをもたらす。
その光景に釘付けだった視線を上にズラし、対面に座る少女に目で訴える。
まだか! まだなのか!
「ど、どうぞ」
許しを得た。手短に食前の挨拶を終えると、素早くお箸をとり焼き魚を口に運ぶ。
ホロホロとほどけていく魚の身、それに合わせて口いっぱいに広がるほのかな塩気。パリパリの皮も香ばしく美味。これは、おいしい!
思えば、三日ぶりのまともな食事に顔の筋肉が緩む。口角が持ち上がり、目尻が下がった。
お次はお味噌汁、次はお漬物と忙しなくお箸を動かす。
「……そんなにお腹空いてたの?」
「ひっはふぉ」
「飲み込んでから喋る!」
ごくん。
「っふぅ……三日ぶりの食事ですから! とっても美味しいです!」
「三日ぶりって……まあ、それは後でいいか。貴女、その服からして巫女さんだよね?」
机に頬杖を付いた少女が尋ねてくる。そういえば、今は巫女さんモードだったっけ。食事に夢中で忘れていた。
「ふぁい、ほぉえふ」
「だから、食べながら話さないの! まったく」
「っんく。はい、私は巫女さんです」
私が答えると、少女はふぅんと言って何かを考え始めた。どうしたんだろう。
「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね。私の名前は磯部春菜ってーー」
「もっ!?」
「ひゃっ!?」
磯部ってあいつ、鱗人と同じ名字!?
えっと、ということは、この子は鱗人の、妹さんになるの? いや、でももしかしたら、偶然名字が同じだっただけとか……無いか。
「ちょっ、いきなり何よ!?」
「あ、すいません。ちょっとビックリしてしまっただけです」
「ビックリって、何に?」
「いえ、知り合いに磯部という方がいたものですから……」
それを聞いた春菜さん(一応、聞き取れていた)は、一瞬きょとんとした後、すぐに納得顔で手を打った。
「その知り合いって、男の人じゃない?」
「そうですね。アホ毛の男性です」
「あ、アホ毛……それ多分私の兄貴だと思う」
でしょうねー。どうやらあの男と私には、何か縁があるらしい。
「ま、それはいいわ。次は貴女が自己紹介する番ね」
「はい。私は樋野灯です」
「そう、なら灯って呼ぶね。だから貴女も私のことは下の名前で呼んで欲しいな」
「わかりました、春菜さん」
名前を呼ぶと、春菜さんは小さく笑ってにこやかに頬を緩ませた。
ちょっと押しの強い所もあるけど、とてもいい子だ。この子とは良いお友達になれそう……。
「そういえば灯って、小学生だよね?」
「えっ?!」
「え、違うの?」
「ち、違いますよ!」
この肉体について補足すると、そこに入る霊体と違いすぎると、肉体が霊体を受け入れないという制約がある。
なので、この巫女ボディも多少いじっているとはいえ、霊体の私にある程度似せて作ってある。そして、この肉体を作った目的は鱗人を神社から追い払うため。よって顔はあまり似せていないが、代わりに体型がそのままだったりする。
そう、体型とか。体型、とか。
「そこまでペッタンコじゃないもん! ちゃんと膨らんでるんだから!」
「ちょ、私が悪かったから、落ち着いて。ドードー。てか敬語崩れてるし」
立ち上がって叫ぶ私に、手をひらを向けて諭す春菜さん。私は馬ですか!
「これが落ち着けるか、春菜のバカ!」
どうせスポブラで事足りる程度の胸だよ!
ふんっと鼻をならしてソッポを向く。春菜さんは触れてはいけない部分に触れた。所謂、逆鱗ってやつ。
「……灯、今のもっかい言って」
反応が無いので、腕を組んで横目で春菜さんを伺っていると、春菜さんが言った。え、もっかいってなんだろ。
「えっと、バカ?」
「違う。ちょっと足りない」
足りない? んーと。
「春菜のバカ?」
「そう! 灯、私のこと呼び捨てで呼んだよね!」
「う、うん。そうだね」
「しかも敬語じゃなくなってるし!」
「えっと……ダメだった、ですか?」
そういえば、春菜さんは私のこと年下だと思ってるんだっけ。やっぱり普通の子は怒るものなのかな。
怒られるのかとビクビクしていると、春菜さんの顔がムッとした表情に変わる。う、やっぱり怒ってる?
「他人行儀なの、禁止だよ」
「……え?」
つまり……どういうこと?
「だから、さん付けも敬語も禁止ね! 小学生じゃないんだったら、中学生だよね。だったら一歳しか違わないんだし、他人行儀なのは違うじゃん」
「そうなの?」
「そうなの!」
満面の笑みで肯定する春菜さん、いや、春菜。
「ということは、友達ってこと?」
「そう、友達!」
「友達……」
友達。私が、生きていた頃に一番欲しかったもの。
「な、なんで泣いてるの?」
「え……ぁ」
「嫌、だった?」
「ち、違うよ! ただ、嬉しかったから……」
「そっか。でも泣くほど嬉しかったの?」
「だって……初めてだもん、友達」
サンタさんに頼んで貰った、クマのベーさんも、大切な友達だけど、人間の友達なんていなかったし。
「そうなんだ……」
涙を手の甲で拭っていると、立ち上がった春菜が机を迂回して私に近づく。そして、隣に立つと私の背中をさすり始めた。
「なら私が初めてで、最高のお友達になってあげる」
「……ありがと」
初対面の筈なのに、不思議だな。鱗人も、まあ、知り合いだけど、まだ友達ってほどじゃないし……春菜はすごいな。
その後、しばらく春菜に背中をさすってもらい、五分ほどたった頃にやっと涙が止まった。
「なんかごめんね」
「ふふ、いいよ、私は先輩で、灯の最初で最高のお友達なんだから!」
「そうだね」
なんだか思い返すと恥ずかしいけど、嬉しい。
少しの間二人で笑いあって、ふと気付いた。そういえば年齢を聞いてないな、と。
「春菜って何歳なの? 私は十四歳だよ。一つ違いってことは、十五歳?」
私が尋ねると、春菜の笑顔が引きつった。ん、何か様子がおかしい。
「え、灯、十四歳?」
「うん、そうだよ」
「そ、そうなんだ」
「春菜は?」
尋ね返すと、途端に笑顔を引きつらせる春菜。さっきからどうしたのだろうか。
少しして俯いた春菜が、ボソボソと何か言った。
「……じ……ん歳」
「え?」
「十四歳!」
「……え? ということは同い年?」
「そ、そうなるね」
なるほど……春菜の笑顔が引きつる理由がわかった。
これは……からかわざるを得ない!
「そっかー、十四歳だったんですね、春菜せ・ん・ぱ・い」
「う……」
バツが悪そうに息を詰まらせる春菜。これは、私の胸を乏しめた報いだ。
その後も、春菜が拗ねてそっぽを向くまでからかい続けた。恥ずかしがる春菜は、とっても可愛かった。
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