第四話
お久しぶりです。
どのツラ下げて戻って来たんだというね。
本当にすいませんでした。
今回はちょっとだけ長めかな?
ヤツは、忘れた頃にやって来る。
「また会ったな」
次の日の昼頃。目を覚ました私が「こんな環境ではぐっすり眠れない」と神社を掃除していたところ、アホ毛が呑気な面を引っさげて尋ねてきた。
「……これはこれは。何か御用でも?」
因みに今の私は巫女さんモードだ。せっかく作った肉体を捨てるのも勿体無いということで、霊感のない人間と接触する時の為に残しておくことにしたのだ。
掃除中も使っている。落ち葉掃除を霊体のままでしてしまうと、霊感のない人間には箒が一人でに浮かんでいる様に見えてしまうのだ。そのせいで参拝客が来なくなってお賽銭を貰えなくなるのは御免だ。
「君って一人でここに住んでるの?」
「……そうなりますね」
いきなりなんだよ、という視線と共に答えると、アホ毛の表情が少し険しくなった。嫌な予感がする。
「やっぱりか。こんなところに女の子が一人で暮らすなんて、」
「心配はいりませんよ。この場所は、美しい女神様に守られていますもの」
また図々しいことを言いかけたアホ毛の言葉を遮って、やんわりと心配いらないと伝える。こいつ、アホなだけでなく、お人好しか。めんどくさい。
私の言葉を聞いたアホ毛がムッした表情を浮かべる。
「美しい女神様って、髪の長いだらけた幽霊のことか?」
なんだか腹の立つ言い方だったが、自由に動く表情筋を駆使して笑顔をキープしつつ「そうです」と頷く。
するとアホ毛が、納得出来ないという表情で「あいつが女神様ねぇ……」と呟いた。なんだ、なにが気に入らないというのだ。昨日は納得していたではないか。
「掃除、一人だと大変じゃないか? 手伝うよ」
腕を組んで何事か考え込んでいたアホ毛が、私の持つ箒を見てそう言ってきた。どうしてそうなる。
「え、いやそんな、結構です。ありがた迷惑です。このまま回れ右で帰ってください。あ、お賽銭を貰えると嬉しいです」
ちょっとどころか、かなり気味が悪かったので引き気味に毒を連ねる。最後にお賽銭を要求するのは忘れない。
「……いいから」
アホ毛は、私の全力の拒否に多少たじろいだ様子を見せたが、構わず箒を奪い取って掃き掃除を始めた。
ああ、もう。なんなんだこいつは。
仕方ない。アホ毛は放っておこうということにして、本殿の片付けを始める。
滑らかとは言い難い動きの障子を開けると、積もりに積もった埃が舞い上がった。
「うへぇ、埃くさい」
昨日は眠すぎて気にならなかったが、これはひどい。朝にも一度見たが、余りにもひどいので後回しにしていたのもダメだったのかもしれない。
アホ毛も居るので念のため、巫女服のポケットから出す振りをしてマスクを構成する。この程度なら対してエネルギーを使わない。
「さて、頑張りますか」
それから黙々と掃除を続けた。途中で掃き掃除を終えたアホ毛が、またもや手伝うと言ってきた。断ると余計長引きそうな気がしたので、アホ毛にも適当に指示を出しつつ、自分の手も動かす。
そして夕方になる頃に、本殿を含む神社全体の掃除が終わった。鱗人(不本意であるが、手伝ってもらったのでアホ毛はやめる)がすごく達成感に溢れていた。
「お疲れ様です。頼んでもいませんでしたが、手伝っていただきありがとうございました」
「君ってよく毒舌って言われない?」
「いえ? あなたの被害妄想が激しいだけだと思われますが」
「……ああ、うん。ならいいんだ」
鱗人がため息を吐いた。なんだなんだ。人がお礼を言ってやったというのに随分な態度だな。くふふ。
「ところで、君の名前は? 俺は磯部鱗人だ。鱗人って呼んでくれ」
内心でほくそ笑んでいた私に鱗人が自己紹介をした。そういえば巫女モードでは聞いていなかったな。割とどうでも良かったので。気にしていなかった。
掃除を手伝ってもらったので名前を教えないのはさすが失礼かな。
「私は樋野灯と申します。覚えなくて結構ですよ」
「こいつ……」
再びため息を吐く鱗人に噴き出しそうになるのを耐えていると、ん? と何かに気づいたらしい鱗人が私の顔を見つめる。
なんだなんだ。巫女モードの私に惚れたか。ふふん。結構な自信作なのでそれも仕方ないな。うんうん。
「確かここの神様の名前も、アカリとか言ってたような……」
……あ。そういえば昨日、下の名前だけ教えてしまっていたような記憶が薄っすらと残っている。
「へ、へぇー。確かに、今思えば、そんな名前だったような気がします」
「……まあ、いいか」
鱗人からの無言の圧力が霧散した。怖いよ。どんなに弱くても一応神様の端くれである私を威圧するなんて、どんな精神力してるんだこいつ。
「あはは、磯部さんも掃除でお疲れですよね? お礼も兼ねてお茶をお出しします」
適当に逃げ出す口実を作り、さっさと境内の外にある小屋に引っ込む。随分と長い間使っていた様子は無かったが、電気と水道も通っていたので住み込みの人が住んでいたと思われる。
「あっぶな。ばれるかと思った」
なんとか誤魔化せたようだけど。ばれたらなんやかんや文句を言いそうで面倒なんだよね、あいつ。
「というか、お茶の用意ってもう一回あいつのところ行かなきゃいけないのか」
うへー。面倒だなぁ。
さっさと行かないと余計に怪しまれそうなので、物質の再構成を駆使してお茶菓子なども纏めて作り出す。
因みに小屋にはお茶とかお菓子とかは全くなかった。うん。まあ、予想はしてた。
用意した物を本殿の縁側に腰掛けていた鱗人のところに持って行く。
「お待たせしました」
「ああ、ありが……紅茶に、クッキー?」
「何か問題でも? 文句があるのなら私が頂きますけど」
不機嫌な視線を向けてやると、鱗人は「いや、なんでもない」と黙ってお菓子などに手をつけ始めた。変な奴。
「一人暮らしって言ってたよな」
自分好みに作った紅茶とクッキーを黙々と胃に入れ続けていた私に、鱗人が声をかけてきた。なんだよ、と視線を上げると険しい顔の鱗人と目が合う。む、なんだ改まって。
「はい。そうですが」
「親はどうしたんだ?」
親、かぁ。なんとなく赤く染まった空を見つめる。私が文字通り“生きていた”頃の親は、どうしているだろう。ここから見える風景から見る限り、そこまで時代は経過していないように感じるけど。最後は病室でひっそりと死んでしまったけれど、悲しませてしまった、だろうなぁ。
「私にはわかりません。でも、元気にしてるのではないでしょうか」
「……そうか」
なんだか気落ちした声に目を向けると、悲壮感に溢れた表情で私を見る鱗人と目が合った。む、なんだその目は。
なんだか気に入らなかったので、隙だらけの額にデコピンをしてやる。痛がった様子はないが、ポカンとした表情になった。くふふ、すごいアホ面。
「まあ、あなたみたいにアホ面を晒すような人達ではなかったので、心配は要りませんがね。ふふっ」
鱗人の間抜けな顔がおかしくて、小さな笑いが漏れた。笑われた鱗人は、不機嫌そうな表情を作っているが、少し口角が上がっている。
「鱗人」
少しの間が空いて、鱗人が自分の名前を呟いた。なんだ?
「さっきも言ったけど、俺のことは鱗人って呼んでくれ。さん付けも無しだ」
「え? まあ、いいですけど」
内心では既に呼び捨てだったので特に問題はない。うん。まあいいだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、君のこと、灯って呼んでもいいか?」
「え、どうしてですか?」
「えっと、その、とにかく頼む」
なんだか気味が悪い。なんだこいつ急にしおらしくなりおって。まあ断る理由もないし、いいかな。
「お好きにすればいいです。鱗人はやっぱり図々しいですね」
「ず、図々しいって……ありがとう、灯」
ゾワゾワ。なんだ今の言い方、寒気がした。でも一度いいと言ってしまったのを撤回するのは気が引ける。ああ、ちょっとだけ後悔。
まあ、思っていたより弄りがいのある奴なので、いいだろう。