冬の日の記憶
サークル「綴り人」の企画で書きました。
短編は初めてだったんですが、頑張りました。
クリスマス小説だったんですが、クリスマスに投稿できませんでした。
ちょいと悲しいお話かもしれませんが、どうぞご覧ください。
窓の外を見ると見渡す限り雪で真っ白だった。
勉強するのに飽き、数時間前から落書きに徹していた手を止め、鉛筆を落書きだらけのノートの上に放り投げた。
ふとカレンダーが目に入る。今日の日付は12月25日となっていた。
そう、今日は世間一般で言うクリスマスの日なのである。
要するに、高校の受験まであと少しなんだが、マズいと思いつつもあまり危機感を感じてはいなかった。
さて、クリスマスといえば大体の人はテンションが上がるだろう。サンタクロース、クリスマスツリー、ケーキにプレゼント。聖夜なので大切な人と熱い夜をなんたら・・・・・・
という人もいるのだろう。まぁ、最後のはあまり共感する事が出来ないのだが。
嫉妬とかそういうものではない。「聖夜なのになんて事を・・・・・・」という純情な少年心から来るやつだ。
ところで、なぜ俺はそんな事を考えているのか。
答えは、俺は今、やけにテンションが低いからだ。
しかしテンションが低いのは今日に限った事ではない。毎年なのだ。クリスマスの日に限ってテンションがガタ落ちするのは。
一つ勘違いしないでほしいのは、別に決していい事がなかったからではない。
何故なのかが俺には分からないのだ。いつからこんな風になってしまったのか、思い出す事が出来ない。
頭を抱えていろいろと考えていると、居間の方から電話の鳴る音が聞こえたので、慌てて居間に向かい、受話器をとった。
「はい、もしもし」
「もしもし、お?慧太(俺の名前である)か?」
「あぁ、お前かよ。何かしたか?」
「まあな。今から俺ん家来ないか?」
「なんでだよ」
「いやぁ、今日はクリスマスだろ?だから皆で何かしないかって事になってな。とりあえず4~5人集まってんだ。お前も来ないか?」
要するに、遊ばないかと誘っているわけだ。いつもの俺ならすぐに支度をしてホイホイと遊びに行ってしまうところなんだが・・・・・・。
「悪い、やめとくわ。なんか気分が乗らん」
「え?マジかよ・・・・・・。しょうがねえなぁ」
「おっと、電話を切る前に、その場にいるやつ皆に代われ」
「は?なんで」
「なんとなくだ。暇つぶしだと思ってくれ」
「はいはい・・・・・・ちょっと待ってろ」
数秒後、先ほどまでの人物とは違う声が受話器の向こうから聞こえてきた。
「おっす。何、今日来ないんだって?」
「あぁ、なんか気分が乗らないからな。次のやつに代わって」
「もしもし、何で今日来ないの?」
「あぁ、気分が乗らないんだ。今日は勘弁してくれ。次」
「う~い。何で来ねぇの?」
「理由は前の二人に聞きな。次」
「なんだよ来ないのか。せっかく今月号の特集はガ○ダムだったからホビー誌持ってきたのに」
「・・・・・・それ後で貸してくれ。次」
「もしもし?全員回ったぞ」
「あぁ、そうか。んじゃ、またなんかあったら電話くれ」
そう言って電話を切った。
「・・・・・・はぁ」
受話器を置き、ため息をついた。
こうもテンションが低いと何をしていいのか分からない。
「・・・・・・・・・・・・」
手近にあったウインドブレーカーを羽織り、床に散らかっていた手袋を手にとって、玄関へと向かった。
「・・・・・・はて?」
何故、俺は外に出ているのだろう。気がついたら雪が積もった道を何も考えずに歩いていた。
昼を回って少し経った冬の空は、雲が多くて雪が解けにくい状態になっている。
とにかく、意味もないのに外にいても仕方がない。
足を止め、振り返って家に戻ろうとした。
すると・・・・・・、
「ん・・・・・・?」
人通りの少ない道の脇の、竹やぶの傍の空き地の端に、雪が盛り上がっている部分を見つけた。
普段なら何も感じないと思うのだが、この時ばかりはなぜか足を進めていた。
近づいていくと、盛り上がっていた部分の全容が明らかになっていった。
それは、バスケットボールより二周りほど大きな雪の玉だった。
何故か、俺はその玉をしばらく眺めていた。
「お兄ちゃんなにしてるの?」
「うぅおう!?」
不意に背後から声が聞こえ、声を上げて驚いてしまった。
振り返ってみると、そこには小学校低学年くらいの女の子が立っていた。
不思議そうにこちらを見ている。
「あぁ、えっと・・・・・・この雪玉は君が作ったの?」
俺の問いに、女の子はうん、とうなずいた。
「雪だるま。頭だけ作ったの」
「へぇ、雪だるまか・・・・・・」
しかし、こんな小さな女の子が、一人でこれを作ったのか。
「ねぇ、手伝ってくれない?」
「え?」
「次は体を作るんだけど、一人だと大変」
なるほど、この雪玉が頭だと言う事は、これよりも大きな雪玉を体として作らなければならない。
それに、この頭を体に乗せる作業は、いくらなんでもこの子だけではムリだろう。
「あぁ、いいよ」
「本当!?」
女の子はうれしそうに俺の手を引き、雪が多く積もっている場所へと引っ張っていった。
「そうだ、お兄ちゃん名前なんて言うの?」
「あぁ、俺は慧太って言うんだ」
「ふーん。じゃぁ、きょうちゃんでいいね?」
きょうちゃん・・・・・・、きょうちゃんかぁ・・・・・・。
「うーん、まぁいいか」
『きょうちゃん』と言う呼び方に少しだけ違和感を覚えた。何故か、懐かしさを感じるような、そんな感じだ。
「君の名前はなんて言うの?」
「雪奈だよ。ほら、こっちだよきょうちゃん」
再び違和感を感じたのだが、あまり気に留めずについていくことにした。
「よっこら・・・・・・しょ!」
頭である雪玉を、雪奈ちゃんと一緒に作ったバランスボール程の大きさの体に乗せる。
「できた~」
雪奈ちゃんは嬉しそうにはしゃいでいる。
数時間かけて、巨大な雪の体を製作した。かなりの雪を使用したため、真っ白だった空き地には土肌が見える部分が少し出来ていた。
「ふぅ・・・・・・」
その場に座り込む。長い時間がかかったため、俺はかなり疲れていた。
雪奈ちゃんはというと、全く疲れた様子を見せていない。
しかし、本当に何故か分からないが、何かが心に引っかかっていた。何か、ずっと昔に感じたような、そんな何かが・・・・・・。
「あ~、疲れたなぁ・・・・・・」
そう言って立ち上がろうとしたとき、
「ねぇ」
雪奈ちゃんが声をかけてきた。背中に何かを隠しているのか、両手を後ろに回している。
「ん、何?」
俺が答えると、雪奈ちゃんが背中に隠していたものを俺に見せた。
それは・・・・・・
「え・・・・・・?」
それは、手のひらほどの大きさの、まるで血で染められたように、紅い、紅い、雪だるまだった。
「それ・・・・・・は・・・・・・?」
恐る恐る、雪奈ちゃんに聞いてみた。俺の声は震えていた。
「覚えてないの?」
「おぼ・・・・・・えて・・・・・・?」
すると、俺の頭の中で、靄が晴れていくような、鎖が解き放たれていくような、そんな感触があった。
雪の中で、子どもが二人。
おしゃべりをして、笑いあっていて。
そして、女の子の頭上から、怖いものが落ちてきて。
そして・・・・・・、
残された男の子は、声を上げて泣いていた。
「うっ、うう・・・・・・う、くっ、うぅぅぅ・・・・・・」
俺は、泣いていた。嗚咽を漏らしながら、泣いていた。
「思い出して、くれたんだ」
「うん・・・・・・うん・・・・・・!」
目の前の少女を抱きしめて、強く、強く、抱きしめて、俺は泣いた。
まだ俺が小さかった頃、近所に女の子が住んでいた。
名前は、雪奈。
とても仲がよく、いつも一緒に遊んでいた。
冬になると、雪合戦やかまくらを作ったりして遊んだ。そして、雪だるまも。
ある冬の日、いつものように竹やぶの傍の空き地で雪だるまを作っていた。
だが、
その日、何がいつもと違かったのかが分からない。ただ、いつものように雪奈ちゃんと二人で遊んでいただけなのに。
遊んでいると、突然、雪奈ちゃんの頭上、竹の上から雪の塊が落ちてきた。
そしてそれは、12月25日、クリスマスの日だった。
雪奈ちゃんは即死だった。
俺はわけもわからず、声を上げて泣いていたらしい。
それからのことは、あまりよく覚えていない。
ただ、クリスマスの日、俺は元気がなかった。
雪奈ちゃんのことを思い出せなかったのは、一種の自己防衛本能だったのかもしれない。
大切な人を失った悲しみを、思い出さないようにするために・・・・・・。
「なんで・・・・・・忘れていたんだろう・・・・・・。ははっ、最低だな、俺」
「そんなことないよ。だって、ちゃんと思い出してくれたじゃん」
「ごめんね・・・・・・、本当に、ごめん・・・・・・」
「ううん、わたしも、渡せなかったし」
「?」
そういうと、雪奈ちゃんがポケットから何かを取り出して、俺に差し出してきた。
それは、雪だるまを模った、銀色のキーホルダーだった。
「クリスマスプレゼント。あの時渡そうと思ってたんだ」
「そうだったんだ・・・・・・。ありがとう・・・・・・」
そういって、俺はもう一度、雪奈ちゃんを強く抱きしめた。
空からは、白い雪がゆっくりと舞い降りてきた。
ありがとうございました。
感想などありましたらどうぞよろしくお願いします。