アナーキスト・パレード
彼は悲嘆する。
何を悲嘆するのか。
12月の街並みには、
寒くも冷たくもない、
ただの人並みが群れている。
彼にはそいつが
どうしようもなく気に食わなかった。
風情がない。
まったくもって趣がない。
寒さに凍えるしがないサラリーマンも。
冷たい夜を歌い過ごす弾き語りの男も。
実際に
そのような肩書の人間がいたとして、
ここにはいないのだ。
ここには、字義で表せる意味など
一つも転がっていない。
ただ混沌。意味の混沌。
そんな街並みを
まるで自分にはある肩書が乗っかっているのだと言わんばかりに通り過ぎる人。
まるで自分にはある情趣が重なっているのだと言わんばかりに降り積もる雪。
まったく彼には気に食わない。
制服を脱いでしまって、
一つ美しい歌でも聞かせてくれないだろうか。
雪でなくて、
ヨーグルトでも降ればいいのだ。
そのくらい劇的でなくては、
きっと意味を持ち得ない。
その思考は無論のこと、
彼自身の無意味性にも順接的に連なることになる。
だが彼は自己否定を拒絶しない。
いいのだ、無意味で。
気づいてくれないだろうか、無意味に。
駅前の大きなスクリーンでは
悪が繰り返し、繰り返し否定される。
まるで公開処刑のようだ。
彼には、
悪と、否定する人々の違いがまったくわからない。
否定は、悪だ。
正義というものを考える。
この世界に、
テレビ画面に映し出される大仰な正義など
きっと存在しない。
否定が、正義だ。
否定というものを等号で挟んで、
正義と悪は等しいのだろう。
ふうと一つ、ため息、証明終。
そしてまたその論理も、彼を否定する。
彼は否定したからだ。
彼は悪だ。彼は正義だ。
しかしまた、彼は許容する。
いい、自分は無意味なのだから。
気づかないのだろうか、無意味に。
無意味の美しさと趣を、
彼は知っている。
その幸福な輝きを知らない人々が、
彼には気に食わない。
彼は歩きだす。
星空を数段下品にしたような
ネオンサインの繁華街。
これもまた、趣がある。
下品であるなら、下品であるほうがいい。
取り繕わない混沌。
そのままの、剥き出しの世界。
なんと美しい。
人々は知っているのだろうか。
カラスの美しさ、ドブネズミの趣。
きっとこの下劣なネオンサインのもとで生きる人々は知っているのだ。
世界は、美しい。
それを知らずに歩く人々は、醜い。
世界を変えてしまおうなどと、
情趣のカケラもない。
あるがまま、
無意味と混沌を受け入れること
それはきっと、本当の幸いを成す。
巨大なクリスマスツリーを、
彼は見上げた。
たどりついた駅のロータリーに据え置かれたそれに
彼は差し向かい、
白い息とともに目を向ける。
都会の真ん中だ。
彼はそう感慨を結ぶ。
幼稚な感慨。単純な感慨。
彼はそんな心持ちを愛する。
勿体振った言葉を積み重ねた
意味ありげな思考など
所詮は、かざりもの。
もっと幼稚に、もっと単純に。
彼はそう求めてやまない。
世界中の人々が、
こんな無意味な感慨に命を賭けられれば、
きっとそれは幸福な世界なのだ。
ヒトラーとスターリンが優しく微笑んで、
ヤハウェの民も黄色い肌の人々も
皆一様に、
しかし、てんでバラバラな歌を歌うのだ。
なるべく無意味で、なるべく素敵な歌を。
無意味に微笑みながら。
本当の幸い、
きっとそういうものだと彼は思う。
クリスマスツリーは、都会の真ん中だ。




