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新天地作戦

 

北太平洋海流に乗れば、日本から北アメリカへはそう遠くない。だから、その流れを利用して潜水艦隊と巡洋艦が輸送艦を牽引して大海を横断する事も、難しくない。燃料に関して、もはや一滴の余裕もない日本海軍は、できるかぎり燃料を戦闘艦に配分し、それ以外は航続力のある巡洋艦等が半ば牽引する形で巡航している。幸いにも酷暑を迎えた時期、赤道から熱された海流が激しく日本海流を侵食し、北アメリカへのレッドカーペット、カリフォルニア海流が開けていた。駆逐艦8隻、巡洋艦13隻、戦艦2隻、潜水艦5隻、そして虎の子の空母1隻の主要艦艇を抱えて、日本海軍は大海原を旅する。目指すは北アメリカ大陸、その東端、ワシントンDC。ホワイトハウスである。




大本宮は最後の最後まで上陸地点に悩んでいた。カリフォルニア州がそれであることに違いはなかったが、北部のサンフランシスコ、南部のロサンゼルスのどちらがよりふさわしいか、微妙な判断に陥ったのである。サンフランシスコならば一面に平原の広がる、大部隊の上陸が容易な地形である。ただし、ネヴァダ州の鉱山地帯が進軍の障害となることは明らかであった。ロッキー山脈の手前には砂漠まで広がっているのである。一方、ロサンゼルスはコロラド高原にさえ入ってしまえば、ロッキー山脈までコロラド川の流れに沿って山を下るだけであり、その後の進軍ルートも多岐で戦略的に魅力が多い。しかし、こちらもやはり砂漠があること、多数の大型都市に接近するリスクがより高いことがネックになっていた。それらの判断材料から、大本宮は最後の作戦指令を大和に伝達し、全ての作戦指揮を現場に委譲する。日本艦隊は、この作戦を「新天地作戦」と名付けた。




アメリカ西部時間31日の夕暮れ時、カリフォルニアの海に漁船は一つも浮かんでいなかった。代わりに約50隻の艦艇からなる日本艦隊が、静かな波を掻き分けて進む。大和に係留されていた飛行船が、気体充填の最終点検を行っていた。1個中隊を乗せて飛ぶ、豪華な船。沖縄に出向くはずだった精鋭の落下傘兵が、より高度に昇華して新天地作戦に挑む。

「駆逐艦をもっと増やすべきだったか」

大和艦長、伊藤中将は少し愚痴を漏らした。

「沖縄や関東にも、艦は必要ですので」

誰へともない言葉だったが、副官は律儀に答える。分かっている、と伊藤は副官を一瞥して、自軍の上陸地点をその目に捉えた。僚艦雪風が搭載する電探は日本の傑作ともいって良い最高品質の物を積んでいる。もちろんそれでも他国産の性能には及ばないが、少なくとも夜間砲撃戦で遅れをとることはないはずだ。同時に、周囲の空にはペリカンや海鳥しか飛んでいない事も分かっている。

「雪風より連絡。艦影を多数捕捉せり。警戒せよ」

「来たか…」

カリフォルニアの波に揺られていた艦隊は陣形を一層に引き締め、飛行船を係留している大和と輸送船団は速度を落として後退した。長門率いる戦闘艦隊は横隊で展開し、砲撃能力の劣勢を魚雷で補おうと試みた。徐々に近づく敵の艦影は、すぐに夕闇に飲み込まれる。アイオワ級戦艦2隻とカサブランカ空母2隻、軽巡洋艦5隻からなる混成艦隊であった。駆逐艦の受領のため港を発った直後の会敵に、米艦隊は焦燥した。

「慌てず騒がず。駆逐艦隊、魚雷、射」

「よう候。魚雷、射! 繰り返す、魚雷、射!」

慌てて陣形を組む敵艦隊に、長門以下、駆逐艦隊は魚雷40本を吐き出す。アイオワの主砲がやっと2万メートルで発射されたかと思うと、隣の軽巡が艦首を丸ごと剥ぎ取られた。酸素魚雷が命中し、軽巡は前傾のまま停止してしまう。日本艦隊は魚雷発射後も回頭を殆ど行わなかったため、米艦隊はまともに回避できなかった。やっと魚雷の存在に気付いたアイオワ1番艦司令部は、急速回頭を命じたが、時既に遅し。アイオワ2番艦が左舷艦首に命中、軽巡1隻が転舵中に艦中央へ直撃、真っ二つにされ、空母の片方が2本被弾、左舷に12度傾いてしまった。

「サンフランシスコの目の前だぞ…何故日本軍がこんな所に…」

この米艦隊の誰もが感じた疑問だったが、それに答えてくれる相手はすでに近距離砲雷撃戦に移ろうとしている。戦艦隊の砲塔が旋回しきる前に、駆逐艦隊は肉薄した。長門は一斉射でアイオワと軽巡を牽制し、駆逐艦隊の主砲が負傷した空母と軽巡を捉える。3隻の駆逐艦が、お互いの乗組員の顔が見えてしまいそうなほどアイオワに接近していく。この時点で2隻のアイオワ級はその攻撃力を喪失しており、砲塔はすべてひしゃげるか故障で旋回できなくなっていた。高角砲と機銃群が応戦するが、12.7センチ程度の砲撃では上部構造物を吹き飛ばすのが精一杯で、40ミリの機銃も直ちに駆逐艦の主砲が綺麗に掃討する。無抵抗にも等しくなったアイオワ2隻の内、魚雷を受けた2番艦は過激な戦闘に耐え切れず、黒煙の量を増していき、最終的に艦体の半分を沈めたまま、二度と浮かんでくる事はなかった。無事であった空母は艦載機を飛ばそうと躍起になっていたが、回避運動を繰り返す空母の動きに阻害され、とうとう駆逐艦「夕凪」と「大嵐」に包囲され、単装砲は半数が沈黙させられたあげく武装解除する。生き残っている軽巡部隊は駆逐艦隊相手に果敢に応戦し、4隻を小破させたが、長門が接近するにつれその数は減っていき、生き残った1隻が長門の主砲の至近弾を受け、中破した直後にアイオワとともに白旗が揚がった。日本側の損害は軽巡洋艦1隻がアイオワの遠距離射撃により大破、空母の猛反撃で1隻中破、近距離戦の末4隻が小破したのみである。

「夜戦の優位は、まだこちらにあったようだな」

駆逐艦隊指揮官、木村少将はたくわえた髭を満足そうに撫で、今宵の酒の味を脳裏に描く。立ちはだかる壁を排除した帝国海軍は再び前進し、間もなくサンフランシスコ港湾2キロの位置に到着した。この頃になるともうアメリカ州兵が黙ってはいなかった。カリフォルニア州兵と警察が夜中の町を叩き起こし、ロサンゼルスへ向かって避難を勧めていた。高層ビルディングが連立する街中にバリケードと沿岸砲が揃えられ、今まさにその砲弾が艦隊の鼻先に着弾する。

「後方の航空隊がやって来る前に片付けよう。始めるぞ」

伊藤の声に、艦隊全てが奮えた。砲身が港湾に向き、艦速を上げ、上陸艇が次々と下ろされる。大和は飛行船を離し、潜水艦隊は輸送船団を伴って艦隊の背中に付いた。更に後続には、日本海軍最後の空母、天鶴が待機している。非常に艦幅が広く、60メートル近い幅と長大な艦体を持つ。故に速度は16ノット

が限界の張りぼてのような空母である。その見返りとして、艦載機搭載量は177機、分解予備機30機、総搭載量200機のマンモス空母でもあった。とはいえ、一部が木造、防御面においては、かの小型空母ワスプにも劣る構造であり、完全に戦闘面での配慮をしていない艦でもある。だがその巨大な滑走路には陸上機の姿もあり、局地戦闘機の紫電改、震電も見られた。今まさに疾風が隼を伴って、曳光弾の飛び交う空へ飛び立つ。飛行小隊につき1機、星弾を吊り下げた支援機が高度を上げ、対空砲火の直上に照明弾を投下していった。途端に長門隷下の砲撃が沿岸部一帯に砲撃を開始する。先の戦闘で1時間近く経過したカリフォルニアの空は既に星を見せていたが、瞬く間に炎が街を照らし出す。ここで飛行船が遥か上空から市街奥部へ進行。機銃弾の激しい歓迎を受けながら、落下傘部隊が降下体勢に入る。総勢180名の傘が探射灯を浴び、蝙蝠のようにカリフォルニアへと降り立った。




沿岸部では日本軍が圧倒的な火力で州兵と警察を蹂躙していく。まともな戦力を保持していない米側はたちまち劣勢に追い込まれ、有力な火砲は軒並み破壊されてしまった。舟艇が一つまた一つと上陸し、バリケード地帯は逆に日本軍が制圧し、抵抗勢力は建造物に立て篭もる。そこで彼等の進撃は足を止める。

「右の建物、4階の窓だよ! そう、そこ!」

「駄目だ、見えん! ああ、また撃たれた! 何人居るんだ!」

歩兵部隊は建造物に篭城する敵の狙撃に悩まされた。回り込もうにも海沿いの街路は大変開けており、見晴らしが良い。夜の町は煌々と照らされ、砲撃は誤爆や必要以上の破壊をもたらすため遠慮された。そこで師団長は、先ほど後方に展開した中隊に建物内の掃討を命じる。飛行船から眩い発光信号が繰り返し送られ、中隊はしかとその目で確認した。

「全員を集合させろ」

中隊長の号令に、4個の小隊が極めて迅速に市街中央部へ集束する。カリフォルニア市街地に降下した中隊は、被害も無く敵の後方に陣取った。しかしノロノロとしていてはすぐに迎撃の兵が寄越されるだろう。中隊長は飛行船からの指令を元に、隊を小隊ごとに分離し、建物の中を継ぎ接ぎに移動させる事とした。命令を受けた小隊長4人は兵を率いて残存兵の掃討に繰り出していく。

「敵の航空戦力、接近!」

監視班の小隊が高らかに叫ぶと、中隊は戦慄した。プロペラ音は瞬く間に辺りへ響き出し、自分達の居る建物に機銃掃射を開始する。

「第2小隊が釘付けだ!」

「引き付けろ! 他の小隊は前進!」

「降りてきたら狙え、いいな」

第2小隊は22丁の小銃と2丁の機関銃で即席の対空陣地を敷くと、一斉に夜空へ銃撃を開始した。空襲を掛けて来たのはA20ハヴォックである。12機の編隊が沿岸部へ到着し、内2機が中隊の存在に感付いた。12.7ミリの機銃が小隊を襲い、これに彼等は勇猛に応戦する。その間にも他の3小隊は敵の潜む建造物へと接近した。各小隊は3つのビルへそれぞれ突入をかけ、中隊長率いる第1小隊は中央の最も大きなホテルへ強襲した。1階の見張りを素早く2名射殺し、階段を確保する。

「良し。各階層をくまなく掃除せよ」

2階へ展開した小隊は、部屋を一つ一つ片付けていく。すると3、4階から警官隊が重装で防衛線を敷いて来た。防弾鉄板と機関銃で武装しており、同程度の装備である小隊と拮抗する。中隊長は2階に待機させていた隊員に、航空支援を通達させた。隊員は探射灯を用い、外の歩兵に航空支援を要請した。

「おいおい、機銃掃射をねだっているのか?」

「空の連中を信じるしかあるまい…艦隊に連絡しろ。空軍に、目の前のビルへ機銃をぶちこんでやれとな」




「1番、了解」

「2番、了解です」

「3番、了解した」

夜空でA20、増援のF6Fと空戦を繰り広げ、大方制圧した飛燕小隊は一度海上に出ると、味方の光を頼りにビルへ襲撃する。

(無茶を言う)

1番機の飛燕乗りは内心愚痴を漏らしたが、言われたからには実行せねばなるまい。目標の建物へと低速で接近し、ぐっと引いて機銃を撃ち込む。ガガガッと窓の中に吸い込まれた機銃弾が、白煙を上げて着弾する。2番機、3番機もそれに続いた。反復して攻撃する事も考えたが、中止の無線が届き、飛燕小隊は新たな増援の戦闘機を片付けに旋回していく。その中に、奇妙な姿を見つけた。

「何故我々の機が、マスタングと並んでおるのか?」

1機の零戦が、5機のマスタングと編隊を組んで攻撃をかけてきたのである。町明かりに灰色の塗装と星印が映え、優雅ともいえる旋回でマスタングを先導してきた。翼に内蔵されているのは7.7ミリ機銃ではなくブローニングである。重火力の編隊射撃に、飛燕小隊は直ちに離脱した。

「なんてこった! 鹵獲した機体まで引っ張り出してきやがった!」

飛燕の防弾性能ならば多少の被弾は許されたが、格闘性能においては零戦が若干上回る。間髪を入れずマスタングの追撃に晒される小隊。飛燕2番機が、僚機を狙うマスタングの無防備な姿に銃火を浴びせ、町の中に引き摺り下ろす。次の相対時には、敵編隊の動きは一層引き締まり、更に夜戦仕様P-38とP61が徒党を組んで襲来してきた。しかし同時に、艦隊側からも紫電改が駆けつけ、攻撃機を撃破した隼が敵後方から銃撃する。この瞬間から、日本側の飛燕、紫電改、隼と米側の零戦、P51D、P38M、P61がカリフォルニアの空で一夜のカーニバルを踊り始めた。先手を打ったのは米側の零戦である。速度は日本側の体感よりずっと優れており、空戦域を縦横に切り裂く。強力な12.7ミリの銃弾が、まさに手負いの紫電改を撃ち落とした。落下傘が開いたのも束の間、隼が反撃に移る。仇とばかりに火線が零戦に降り注ぐが、掠りはしても直撃は難しかった。僅かな攻撃のラグに、P38が2機編隊で迎え撃つ。不意を突かれた隼は慌てて回避にまわる。隼の避退に合わせて、飛燕3機がここぞと言わずに後方に食らいつく。P38は至って冷静に上昇を始める。重量のある挙動ながら、その後ろは油断無く、周囲にはP61ブラックウィドーが徘徊する。旋回機銃が睨みを効かせ、紫電改に牽制されつつ、その翼は飛燕を襲わんとうずうずしている。追われるP38はいよいよ高度3000mで降下に転じた。飛燕は集中的に銃撃し、危うく1機が撃墜される所であった。被弾したP38は煙を吐きながら、僚機とともに隼へと覆い被さる。圧倒的な投射量により、次々と被弾の憂き目に遭うものの、撃墜は無かった。飛燕3機は追撃の手を休めずに見事な編隊運動で銃火を浴びせ続ける。とうとう煙を吐くP38は炎に塗れ、火達磨となって落ちていく。もう片方のP38は尾翼が両断され、右翼が半分吹き飛ぶと、目を回したようにきりもみし、僚機の後を追う。火蓋が切って落とされた事により、P51は4機の集団で紫電改の編隊へ突っ込んだ。P38ライトニングの部隊は2機1組を崩さないままに、隼の軌跡を追う。飛燕3機は零戦へと向かい、尻尾を掴まんとする。空はいきおい、燃え上がっているが、一方で地上の火は収まりつつあった。




友軍機の支援により、2階から3階にかけての敵勢力は消滅した。小隊は再び前進し、最上階である5階へ上り詰める。最後の抵抗である州兵を手榴弾で粉砕すると、生き残った3人が白いハンカチを振り上げた。血に染まったハンカチを見た中隊長は衛生兵を寄越すと、外の歩兵に進軍を合図する。

「中隊長、第3小隊が苦戦しております」

「思ったより手強いか。救援するぞ」

隣のビルが見渡せるバルコニーへ出ると、確かに第3小隊はベランダ部からの銃撃に足止めされている。手榴弾の雨と相まって制圧は容易ではない。中隊長は第1小隊を4、5階の窓際に配置し、向かいのビルへと狙撃を開始した。

「俺の九九式を貸してやる。外すなよ」

「はっ。私にとって全てがハンキンスであります」

第1小隊長の銃を賜った兵は照星を引き上げ、二脚を取り付け、ベランダに伏せた。直後に手すりが火花を散らして金属音を立てる。狙われていたようだ。彼は一度、深呼吸をしてから光学眼鏡を覗く。そこに写ったのは引き金を引いたであろう敵兵の姿。頭を下げた瞬間、背中側でガラスの弾ける音が響く。破片を受けながらもう一度深呼吸をして、敵の姿を捉えた。少しくぐもった発砲音が、ビル間を反響する。耳元を銃弾が掠め、血の滲む感覚が彼を怯ませた。しかし、眼鏡からは目を離さない。およそ400mの距離をもってして彼は敵の射殺に成功した。続いて最上階に居座る憲兵を、頭蓋に命中させて鎮圧する。レンガや鈍器を投げつけていた憲兵団を排除し、第3小隊はロビーへと突入する。内憂外患のビルは瞬く間に制圧され、第2小隊は2名死傷と引き換えにハヴォックを不時着させていた。捕虜を引き連れて帰還した第2小隊、第4小隊と合流し、中隊は建物内で待機することとした。




紫電改5機の部隊はマスタング4機に互角に戦った。紫電改は2機を失ったが、マスタングもまた2機を喪失していた。執拗に銃撃を浴びせても、マスタングはなかなか落ちない。逆に抱き込むような格闘戦に持ち込まれ、猛撃にさらされた。1機のマスタングが再三急降下をかけてくる。紫電改は鋭く旋回していなし、S字に回り込むと、背後を取った。従来の機体に対しやや細身のマスタングに対し、紫電改は最後の銃弾まで叩き込む。20発余を撃ち尽くし、狙われたマスタングは火を噴くどころか、空中爆発を起こして四散すると同時に、紫電改は戦闘能力を無くした。残る僚機同士も残弾は無く、お互い已む無く戦闘を中止して帰還する。P38は隼を圧倒せんとする勢いで戦闘を進めていた。だが数は既に半数を切り、隼に及ばない時点で勝敗は確定した。確かにP38の高速は厄介だったが、鈍足な上昇力があだとなり、頭を押さえられるか背後に回られた際には離脱か被撃墜かしか道は無かった。とうとうP38は3機、隼は7機という状態で、隼隊は総攻撃を仕掛けた。1機は火を噴いて山中へ墜落していき、残る2機は被弾しながらもロサンゼルス方面へ敗走していく。隼隊は損傷が酷く、また燃料・残弾も危険な状態であったため、飛燕の援護に回ることは出来なかった。飛燕小隊は数の優位がありながら、零戦に翻弄された。どれだけ尾にしがみ付いても振り払われ、また気付けば自分の背後に回っている。刹那の油断が命取りとなるやり取りに、地上部隊は固唾を飲んで見守った。

「2番機、頭を取れ!」

1番機は零戦の攻撃をかわしつつ、無線に怒鳴る。2番機はすぐさま高度を稼ぎ、3番機は1番機、零戦に正面下方からぶつかり合う形で陣を整えた。1番機が急激に機体を捻りながら急降下すると、零戦はそれを追いかける。途端に3番機が加速し、1番機とすれ違うように反撃の機銃をお見舞いした。たまらず零戦は機首を跳ね上げ、急上昇の体勢に入った。驚いた零戦に、2番機は全力の掃射を喰らわせる。上昇時の腹側、最も回避の難しい体勢で銃撃を浴びた零戦は、その脆弱な防御力を露呈して、主翼が瞬く間に損壊した。身じろぎしたあと、燃料を撒き散らしながら機体は失速し、螺旋にきりもみして地上へ激突する。

「……敵零戦、撃墜」

「敵零戦撃墜、了解」

飛燕3機は、満身創痍の状態で天鶴へと進路をとった。


消火作業の終わった町は、少し暗い。後方では駆逐艦隊の応急修理や陸戦隊の編成、飛行船の点検、空母航空戦力の補給が行われている。揚陸作業の始まった港湾を見つめながら、伊藤中将は呟く。

「我々はなぜこうも早く北米へ辿り着けた? 神の思し召しでも言うのか…」

「艦長、荷おろしがあと30分で完了します」

部下の報告にひとつ頷くと、伊藤は帽子を被りなおした。

「では、大和から原子爆弾を降ろしたまえ」


 

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