ふたつの攻防戦
沖縄の海は穏やかだった。ソ連軍の進攻と呼応した米軍は陸海一体の上陸作戦を実行しようとしている。多数の艦艇が波間に揺れているが、戦艦も空母も殆ど見当たらない。旗艦のアイオワ級・バージニアを中心に、駆逐艦部隊が沖縄中部の野戦司令部へ上陸を試みる。狙うは第1次アイスバーグ作戦と同じく嘉手納飛行場である。第2次アイスバーグ作戦は将兵22万人が沖縄の占領をかけて戦う最も重要な作戦である。15万人以上の上陸兵は死力を尽くして、夏のサトウキビ畑で銃弾を交わすのだ。しかし、今度は日本軍も黙って上陸を見守っているわけではない。およそ25万の戦力が沖縄に集められ、内18万が中部の米軍上陸地点へ配置された。かつてない数の航空機が、周囲に点在する飛行場へ降り立ち、出撃の時を待ちわびている。飛行士達は血気にはやっている。飛行400時間の訓練された若者は、愛機の紫電改や震電を油断なく整備して、その日──7月29日午前10時過ぎ、彼等はやってきた。
天山と一式陸攻を護衛する紫電改と疾風の編隊は晴れ渡った空に飛び立った。およそ4ヶ月の間、その装備は見違えるほど一新されていた。凶悪な対艦性能を発揮する天山、航続距離を犠牲に防弾性能が大幅に向上した一式陸攻、稼働率と火力の改善を図った紫電改、信頼性と操縦性を高めた疾風、どれもが万全の態勢で沖縄沖の米軍へ飛んでいく。戦闘機隊を指揮する岩本は、ただ一人零戦に乗り、全飛行隊の先導を務めていた。
「ヤッコさんが見えたぞ」
岩本の乗る零戦は従来の零戦とは規格の違うオーダーメイド機体である。翼端を切りに切り詰め、航続距離が1000キロを下回ろうというほどの火力と運動性を徹底し、機体強度を高めたものだ。ほとんど局地戦闘機に換装されたといっても過言ではない。製造工程すら紫電の工場を間借りして試作された零戦の血を受け継ぐ高機動戦闘機。岩本はこの機体を虎徹と呼んだ。
「了解、攻撃隊に通達。高度を取り、敵艦隊へ向かえ。紫電隊は直庵に付くぞ」
「他の連中はグラマンと尻の奪い合いだ。俺と虎徹に付いて来い!」
高度4000メートルに位置する日本軍編隊150機の前方2000メートル、米護衛空母群から発進した迎撃機が90機ほど。岩本率いる戦闘機隊はやや上昇してから、獰猛な鷹のように急降下をかけていく。5機編隊に組み直した疾風が20ミリの雨をF6Fに降らせ、さっそく一機目を仕留めた。すれ違う両部隊は大きく円を描いて再突入の体勢をとる。岩本はただ一人身を引き裂くような重力に耐え、急旋回で米編隊に食らいついていった。特注の零戦、虎徹に装備された20ミリ機関砲と、片翼3発の噴進弾を発射し、ヘルキャット3機を同時に海の底へ叩き込んだ。米編隊は慌てて散開し、岩本は僅かにこぼれた単機のF6Fを余さず銃撃する。そこへ旋回した日本軍編隊が突入して掃射、お互いに煙を吐く機体を出しながら巴戦に入った。
空に炎の雲が浮かぶ頃、地上でもまた戦闘が行われていた。ノルマンディー上陸作戦を彷彿とさせる日本軍の苛烈な火力掃射の前に、米軍は前進できないでいる。日本軍は守備隊第32軍に加え、関東軍から呼び帰した歴戦の兵士達を配置し、米軍の攻撃に備えていた。水際の迎撃のため航空支援で、陸軍は野戦司令部の逆占領に専念する。嘉手納飛行場と野戦司令部の中間地点にある中飛行場から、多数の陸軍と航空機が迎撃に繰り出した。数えられぬほどの上陸舟艇が駆逐艦から下ろされる中、僅かな反応をある駆逐艦が捉えた。潜水艦より遥かに小型で、捕捉するのも困難な反応だった。
「ソナーの誤認だ」
駆逐艦艦長はそう解釈して気にも留めなかった。ソナー要員は腑に落ちない様子ながらも再び索敵を再開する。その様子を、まるで猛獣のように見つめる視線がいくつもあることを知っているのは、日本軍だけだ。
「距離1200…敵艦動き無し」
ゴボッ…と空気が外へ漏れていく。水中は数十メートル先まで鮮明に視界が確保できるほど、澄んでいる。遠浅な珊瑚海域の沖に停まっている敵艦隊を捉えたのは、水中戦闘機部隊。
「短魚雷作動良し。全員、手はず通りに」
風防の真横に設置された潜水望を収納して、隊長はエンジンの回転数を上げた。
「…発射」
「発射、発射!」
隊長機をはじめとする12機の水中戦闘機から、各機2発ずつ、計24発の短魚雷が米艦隊へ発射される。1トン近い衝撃と共に幕のように密度濃く撃ち出された魚雷は、水面下数メートルをぐんぐん進んでいく。ほんの数分後、水柱が8本ほど高く高く上る。駆逐艦が5隻と、護衛空母2隻に命中し、内部から大きく炸裂したのだ。駆逐艦は半数が艦体を浸水させ、空母は艦載機を左右に振り落としながら巨体を傾けた。成果を目にする前に、水中戦闘機隊は水上へ姿を晒した。突如現れたのは青と白のツートンカラーに塗装され、日の丸を翼に描いたプロペラの無い機体だった。当然、水中空中の推進機構を持つそれは、分厚い翼の内部に片方4基ずつスパイラーを備え、時速480キロの飛翔速度を誇る。浮上した機体はバラストタンクから海水を吐き出すと、スパイラーの勢いを増した。
「離水し、陸軍を支援するぞ!」
まず隊長機が真っ先に加速していき、水飛沫をまとって空へ舞い上がった。あまり優れているとはいえない加速度であったが、離昇力自体は悪くなく、ひとたび離水してしまえば、分厚い翼を撃ち抜くだけの機銃弾はそうそうあるものではなかった。隊長はすぐさま安定速度域を確保して、機銃口の水栓を放棄する。一度外してしまうと外付けの栓は再装着が自力では不可能なため、再び潜水する事は難しい。次々と僚機も後に続き、12機の水中戦闘機、「海豚」は上陸しようとする米上陸艇へ12ミリの洗礼を浴びせていった。
浜に程近い野戦司令部へと着弾観測を済ませている砲兵部隊は、作戦の始動を今か今かと待ちわびている。沖縄を守る32軍所属の砲兵中隊は熟練が多く、榴弾砲含む迫撃砲と速射砲が新たに補給された事で士気が大いに高まった。これまで何度も敵地を砲撃する機会はあったものの、備蓄を優先したために一度も攻撃をかけることはなかった。それが彼等を余計にはやし立ててならない。そして目前に、望んでいたものがやってくる。
「海豚隊より連絡!機を得たり、砲撃されたし!」
「よろしい、撃ち方始め!」
6キロ先の目標目掛けて、火砲群が一斉に砲弾を吐き出した。溜まっていた物をさらけ出すように、絶え間なく次弾が装填され、砲身が焼け爛れる勢いで砲撃が行われた。おおよそ20門近い榴弾砲が遠慮も知らないで野戦司令部へ炎の雨を降らせていく。死の雨音が地を穿ち、土砂降りの血に米兵達は濡れていった。
「ジャップめ、ここを更地にするつもりか!?」
「海上からの支援はどうなってんだ!」
文句すら爆音に飲み込まれる司令部だったが、やがて戦火の中を上陸してきた戦隊が続々と司令部に篭り始め、その戦力は肥大していく。1万人余りの兵力がすぐに120%を超え、米兵達は少しばかり士気を取り戻した。砂浜から広がる海上には数百の日米航空機が入り乱れ、煙と炎を交える。5機編隊の天山が低空で米駆逐艦隊に接近し、猛烈な対空砲火を浴びていた。左艦側から突進してくる天山に高角砲を水平にしてまで応戦した駆逐艦だったが、一機も撃墜する事は叶わず、編隊は魚雷5本を悠々と投下して離脱した。しつこく追いすがる砲火も艦の急な旋回に引っ張られて口を塞がれる。3隻の駆逐艦が一斉に回頭をかけ、押し寄せる波が白く砕けた。回避が可能かどうかという時点、今度は先の編隊と反対の方向から一式陸攻が3機、またもや低空から肉薄してくる。600メートルの距離はすぐに狭まり、銃火をかわして魚雷が投下された。先の5本の魚雷と新たな3本の魚雷に挟まれ、駆逐艦隊は一瞬の判断に覚束ない足取りになった。酸素魚雷の板ばさみ、それは僅かな時間が命取りになる。先頭を行く艦は3本の魚雷のうち2本を右艦腹と艦尾に受け、大きく傾いた。最後尾の艦は思わず減速してしまい、最初に放たれた5本の魚雷に追いつかれ、1本が艦中央に直撃し、まるで泥舟のようにいとも簡単に沈んでいく。生き残った真ん中の艦は我先にと速度を上げて回避行動を取り、余る魚雷をいなした。ところが、上空から震電の大編隊が浅い角度で突入してくるのが見える。4機編隊が8個分ほど、50キロ爆弾や噴進弾を携えて、行土産にと爆撃を開始した。途中、F6F隊の決死の妨害により2機が撃墜され、やむなく4機が反撃に移ったが、残りは全て駆逐艦に襲い掛かった。まず、やや高高度で50キロ爆弾が放たれ、大半の震電が米戦闘機隊との交戦に入る。少数の震電は噴進弾を腰に据えてもう少し接近した。激しい迎撃の嵐に負けない勢いで、1機が爆散しながらも噴進弾が欠ける事無く全弾発射される。手動で照準された噴進弾は千鳥足な軌道を描いて水面へ降り注いだ。先導に、50キロ爆弾が2発、甲板に明るい光を生み出す。砂を撒き散らしたように周囲に小さな水柱が無数に立ち、見るからに艦は動揺していた。続いて噴進弾が被さっていき、哀れな駆逐艦は爆発で艦体が見えなくなってしまった。数えられないほどの猛爆撃を受けた艦は、表面がささくれのように傷だらけで、力尽きたらしく、生気無く微速前進を続ける。戦果を確認した震電編隊は翼を翻し、米戦闘機隊に向かって転進した。
嘉手納から南西10キロ、那覇市の東海岸から5キロもしない所に、首里城はある。ここは米軍の主目標で無い事が判明したために防衛戦力は充分なものではなかった。おおよそ3個師団4万人程度の兵力が首里城に配置されている。その戦力を激戦区へ派遣しようという意見が出始めた頃であった。
「偵察機六番より連絡!海上に大艦隊を見ゆ!」
米軍の進撃は止まらない。副目標は、他でもない沖縄・那覇の象徴、首里城の占領である。
「師団長を呼べ!水際迎撃を率先しろ!」
すぐさま日本軍は迎撃に繰り出し、南風原、豊見城などからいくつか航空機があがった。戦車大隊を含む沖縄第9師団は那覇港へ急行し、防備を固める。そうしているうちに米艦隊は護衛空母1隻を伴う大艦隊で上陸に取り掛かった。飛び掛ってくる攻撃機に効果的な迎撃網が組めず、日本軍の守備隊は浮き足立つ。その微かな隙に付け入って、上陸部隊は浜にしがみついた。
「いけいけ!シュリは目と鼻の先だ!」
「木箱みたいな戦車に遅れをとるな!」
米兵は強力な対戦車兵器を武器に、防衛網を次々と食い破る。
「いかん!米に浸透された!後退し、体勢を立て直す!」
連立する10メートルクラスの琉球グスクを物ともしないで、米陸軍は徐々に那覇港を侵食していく。たったの2時間で那覇港の半分を占拠され、第9師団は後退した。部隊の被害はそれ程でもなかったが、戦車の抑止力が不足し、後方のサトウキビ畑へと戦場は移り変わる。日本兵達は地の利を活かして、徹底的な防衛線を築き、追撃する米軍を迎え撃った。上陸が容易になったことで、アメリカ側は海兵隊2個師団を残さず投入、陸軍3個師団2個大隊を総力でつぎ込み、航空機60機全てが空にあがっている。先手を打って米軍は爆撃機による絨毯爆撃を敢行、続いて揚陸されたM4戦車による電撃進攻を開始した。歩兵部隊はサトウキビ畑へと続々と足を踏み入れる。戦車隊は畑の間に整備された小さく狭い土道をゆっくりと前進した。先頭のシャーマン戦車が砲塔を振り向かせた瞬間、脇影から一人の日本兵が飛び出し、手榴弾を2つ3つ、こじ開けた銃手窓に投げ込んだ。戦車兵は一瞬、何が転がり込んできたのか理解できなかったが、それを頭が飲み込んだ時には、既に炸裂した榴弾の破片に身を引き裂かれてしまっていた。隙間という隙間から衝撃波を噴き出して沈黙した戦車を無理矢理にどかして、後続の戦車が進出する。歩兵も後に倣い、側面に展開して歩みを進めたが、すぐ日本軍の防衛線に接触し、立ち止まった。一面に広がるサトウキビ畑は視界を覆い、空も見えなくなるほど高い身の丈は戦いにくい事この上ない。生憎とこの左右はやや小高い丘と海岸に挟まれており、ここを通る他に首里城への安全な道は存在しなかった。停滞した前線を察知した首里城防衛隊は、すぐに嘉手納に展開する砲兵隊に連絡し、その矛先を眼前の米軍別働隊に向けさせた。10分の間を徐々に後退し、少しづつ相手を陣地に誘い込んだ日本軍は、防衛線を一気に500メートル下げた。全速力でサトウキビ畑の中を走り去る相手を追撃するのは、米兵には少々堪える。そして、約10門の榴弾砲と数門の軽迫撃砲を味方につけた日本軍の反撃が始まった。500メートルの猶予を
持った戦線に、雨霰と驟雨する砲弾が、畑に展開する敵を次々と粉砕する。第1射は先行する戦車1両と歩兵4名を吹き飛ばした。第2射は戦車の撃破こそ無かったものの、歩兵小隊を丸ごと2つ滅する。第3射がいよいよ戦車3両を打ち据え、歩兵7名を塵に帰した。米軍も負けては居なかった。航空支援を強みに日本軍陣地へ大量に爆撃を加え、塹壕を埋め立てると共に若干、兵站の乱れを引き起こす。日の丸をかざす翼は少なく、星条旗の翼が敵を数で追い込んでいく。しつこく後ろに付かれながら、一機の紫電改が50キロ爆弾を投下し、急旋回した。2つの爆弾はサトウキビ畑の中に吸い込まれ、収穫にはやや早いサトウキビを掘り起こす。ぽっかりと開いた穴の周辺には数人の米兵が骸となって転がっていたが、紫電改の搭乗員はそれを知らないままマスタングとの一騎打ちに入った。