第一話 「採集専門の探索者(シーカー)」─上─
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場面展開の記号。
世界樹と呼ばれる巨木がある。
神話の時代、世界を閉ざした闇を取り除くために神が植えた苗木は、吸収した闇を糧に成長し、神格を得るまでに到った。苗木は、大地から見上げても限りなく、天を突き抜ける巨木となったのだ。
しかし、巨木は、神格を持て余し、内から湧き上がる衝動のままに、星を壊さん勢いであった。
神は憐れんだ。護るべき物を自ら壊してしまいかねない巨木を救うことにした。
神はその衝動に意義を与えた。生命への試練という役目を与えた。
そして、巨木は、世界樹となった。
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「ふわぁあ」
欠伸。
目を擦りながら体を起こす。
男は、ベッドの上で今日の予定を思い出す。
「んーー、はぁ、とりあえず朝飯かな」
男の名は、ルイドール。今年で18歳になる探索者だ。
ルイドールは、屋根裏の寝室から梯子を降りて居間に立ち、台所に向かう。
「喉渇いたな、みずみず」
鼻歌交じりに、台所で蛇口を捻る。手を受け皿にして水を溜め、顔を洗う。また、水を溜め、次は口をすすぐ。そして、やっと、水を飲む。
「ぁぁあ、水うめぇ」
ルイドールは、一息ついて、台所の戸棚からパンを、冷蔵庫から牛乳を一瓶取り出す。
「冷蔵庫、高かったなぁ……それでも、冷たい牛乳が飲みたかったんだ……」
昨日買ったばかりの高級魔導具の前で言い訳をするルイドール。彼は、手に持ったパンを囓り、牛乳で呑み込む。
「うめぇ、泣きそう」
朝食が終わったルイドールは、探索道具を準備し始める。
「ロープ、昼飯、水筒、つるはし、杖、ナイフ…うし、あるな」
ルイドールは、バックパックに道具を詰め込む。
そして、家の戸に手をかける。
「いってきます」
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外に出ると、朝焼け空。
少し涼しい。
ルイドールは、新鮮な空気を吸い込み、背筋を伸ばす。
「んーー、さて、今日もお仕事頑張るかぁぁ」
目的地に向かって歩いて行く道程、周りには、レンガや木造の家々が立ち並ぶ。少しすると、屋台通りが見えてきた。
この街、〈ジェライル〉は、左右を山脈に挟まれている。また、とある場所を始点に、放射状に広がった扇形の街だ。
始点に近づくほど活気が満ち溢れていて、飲み屋や食事処、屋台が増えていく。
ルイドールは、走りだす。
早朝の冷たい空気をかきわけて、眠気を置き去りに、駆けていく。
「おーい!ルイ坊ー!」
聞き覚えのある声に足を止め、声の主に近づいていく。
「ジグさん、早いですね」
「いや、仕込みがさっき終わったとこだ、もう帰る」
「夜遅くまで……お疲れ様です」
「飲み屋の宿命だな、ルイ坊は、今からダンジョンか?」
「ええ、探索者の朝は早い、てなわけで、今日も眠いですよ」
「はは!頑張れよ!探索者!」
ジグは朗らかに笑いながら、ルイドールの背中を叩く。
「今夜も行きますから、しっかり屋台出しててくださいね!」
言い放つと同時にルイドールは、ダンジョンへと駆け出す。
ジグは彼の背中に大きく手を振って、帰路へとついた。
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街の始点となっている、とある場所、それは、ダンジョンと呼ばれる神の試練だ。そう、世界樹〈アルボレラ〉の行う、あらゆる生命への試練。
ダンジョンは、アルボレラの根である。
アルボレラは、自身の内に異界を持っており、その異界をダンジョンと言い、アルボレラの根がその異界の出入り口なのだ。
当然、樹木の根は一つではない。各地に存在し、それを囲むように街が国が栄えている。付け加えると、全ての根が出入り口として使えるわけではない。
ゆえに、ダンジョンを有している国と有していない国がある。
ダンジョンは、試練を越えた褒美として、試練を受ける価値として多くの資源を生み出す。食肉、鉱物、薬草、アイテム、資源は多種多様だ。
探索者の基本業務は、ダンジョンより資源を持ち帰り、ギルドに納品することだ。
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ルイドールは、ギルドの扉の前で、立ち止まっている。いつも通りのルーティン、あるいは、儀式。
大きく息を吸い込み、意を決して1歩を踏み出す。
「よぉーす」
くだけた挨拶。ギルドロビーには、ほとんど人がいない。すると、カウンターから反応する声が一人。
「今日も早いわね、ルイドール?」
「いやいや、他の連中が怠けてるだけでしょー」
「今は、稼ぎのいい時期でもないし、もうすぐ、アレでしょ?専属依頼組くらいしか早朝からギルドに来ないわよ」
ルイドールに受付カウンター越しに話しかけた女性は、リンダという受付嬢だ。
絵に描いたような美人。気高さを感じるような凜とした目元、身長も女性にしては高めなので、近寄りがたい印象もある。
「ああ、花祭りかぁ、1年が早いなぁ」
「若い内から、そんなこと言うもんじゃないわよ、老けるわよ」
「言葉に重みを感じる……」
「おい」
「ゴメンナサイ、いや、けどさ、まだ20代後半でしょ?」
「10歳差のガキに言われても励ましにならないわよ…」
「いい人いないの?」
「あれよ、私、高嶺の花だから」
「花祭り一緒に行く?」
「何が悲しくて、あんたと出店を回るのよ…」
荒くれ者も多い探索者ギルドの受付嬢、言葉を選べば、肝が据わっている性格のようだ。
「それで、ルイドール?今日も依頼を受けるの?」
「もちろん。今日は、鉱物系の納品をしようかなって」
「そうねー、依頼は出てないわね、常設だけね。買い取りもいつも通りよ」
「そっかぁ、じゃあ行ってくる」
リンダは、入出記録にルイドールの名前を書く。姿勢を正して、仕事モードに移る。
「はい、じゃあ探索者ルイドールさん。入場申請を受理しました。十分に気をつけて探索を行ってクダサイ。お戻りをお待ちシテイマス。」
「ねぇ、定型文棒読みで感情入ってないよ?」
「うるさいわよ、さっさと行きなさいよ」
「ごめんて、まだ怒ってる?」
「うざい。行け」
「うぅ、悪かったよ!行ってきます!」
「怪我するなよぉー!」
泣きべそをかきながら、ギルドから飛び出していくルイドールの背中に、リンダは、激励を送るのだった。
※探索者
ダンジョン探索を生業にする者たちの総称。別名、シーカー。その仕事は、探索であって、「冒険」ではない。
先人達が切り拓いた道で変わらぬ日常を過ごす。素晴らしき停滞である。しかし、審判たる世界樹は、彼らを赦すのだろうか。
※ギルド
ダンジョン管理機関。どの国にも属さない中立である。その存在は、多くの国の間で結ばれた、ダンジョン管理条約によって保障されている。




