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第7話 最期の贈り物

 蘇ってくる記憶の数々に、ぶるぶると身震いが止まらない。

 私は泣きじゃくるしかなかった。溢れてしまう涙を、どうしても止めることができない。

 母は優しく、私を抱き締めてくれた。

 母の温もりに包まれて、閉ざされていたかのような記憶の扉が開かれたのだ。崩壊する郷から大鏡を通り抜けた直後の、あの日の光景が鮮明に蘇る。

 あの日――悲しくて、母がそばにいないことが辛くて寂しくて、私は泣きじゃくっていたのだ。

 そんな私を抱き締め、父は温かい光で包み込んでくれた。


『アンジェラ、父様がいるから安心おし。母様に守られたお前を、私が守ってみせよう――この光の魔法でね。もっとも、イーディスを喪った今、もうすぐ使えなくなってしまうのだろうが……。しかし、そうなる前に、お前と私に魔法をかけよう』


 父は、優しく、けれど、切なそうに微笑む。その意味が、幼い私にはわからなかった。

 ただ、父の優しい声が、私を心地よい微睡みに誘う。


『お前に向かおうとする悪しき魔法があらば、全て私に還る――私が受けよう。私に残されし光よ……光の魔法よ、全ての力を我が願いに捧げよ――私から消え去る前に』


 刹那、父は最後の光魔法を発動したのだ。私をグッと抱き締めた父の身から生じた輝ける光が、まばゆい珠となって広がった。父と私を包み込むように。

 その瞬間、父と私を愛おしくも切なげに抱く母の幻影が、淡く浮かび上がった。もちろん、すぐに消えていった――父の手のほうへと。

 その手には、ペンダントが一つ。それを見つめる父の瞳は限りなく優しく、でも、酷く寂しそうだった。

 それでも、いつも母に向けていた微笑みを僅かに浮かべると、ペンダントにそっと口づける。

 そうして、微睡みに沈む私の胸もとに、ペンダントをふわりとかけてくれたのだ。少しずつ霧散していく輝ける光の珠に包まれたまま。


「さぁ、お眠り。今しばし、悲しく辛いことは――おぼろげな記憶の彼方にしまっておこう。アンジェラ、愛おしい我が娘よ……」


 かくして、私が目覚めた時、母の死の詳細は霞の彼方となっていた。ただ、母を喪ったという悲しみだけが胸を痛ませたのである。

 やがて、父は体調を崩し、臥せることが増えていく。――それは、私に向けられた毒魔法の全てを、父が自らの身で受け止めていたから。

 私は、涙を溢れさせるしかなかった。父から私への深い愛情に胸を突かれる。


「……私、知らなかった。お父様、私……っ」

《モーリスはね、あなたをとても愛おしんでいたのよ。だから、守り抜こうとして、守り抜いたのだわ……愛おしい我が子を。――それはつまり、あなたに宿る魔法の力をも守ることにもなったのね》

「私に……魔法の力が!?」

《そう。あの歌はね、まさに癒やしの調べなの。妖精王となるに相応しい者だけが紡ぎ出せる歌――あるゆる癒やしを成せるという稀なる魔法よ。それを紡げる者もまた、稀なる存在。だからなのか、その傍らには常に光の守護者が寄り添うのだわ――己の身に光魔法を宿して、癒しの歌を紡ぐ者を守ってくれるの》


 私は思わず息を呑み、母を見つめた。

 母は朗らかに微笑む。幼い私に歌を教えてくれていた時のように、優しく。温かく。

 いつしか、私の耳もとには母の歌声が柔らかに響いていた。――いや、歌声なのかどうかわからない。それはまるで、物語を綴っているような不思議な調べだった。

 妖精王。妖精。そして、私。――走馬灯のように、ゆったりと私の思考がさざめく。

 妖精王の伴侶となる者は皆、王を命懸けで守る光の守護者だったという。二人はお互いに対になる存在であり、唯一無二の一対として固く結ばれし深き絆のもとにある。

 母イーディスもまた、妖精王の娘だった。彼女と出会った父モーリスは互いに愛し愛され、光の守護者となった。それは、代々の妖精王たる者と、その運命の相手との間に結ばれてきた、かけがえのない絆の再来でもあったのだ。

 それでは、もしかして――。

 もしかして、私がエドワードと出会えたのは……。彼との再会が叶ったのは……。

 そんな想いがよぎった瞬間のことだ。

 その瞬間、固く閉ざされていたはずの戸口のほうから、ひときわに大きな音がしたのである。

 バリバリッと木の幹を引き裂くような音だ。見えない納屋の外側から。

 私はビクッと身を強張らせ、母のほうへと身を擦り寄せる。


《大丈夫よ、アンジェラ。善き力に、さらなる善き力――強い善き力が加わっただけよ》

「強くて、善い力……? それは……?」

《フフッ。きっと、アンジェラにはわかると思うわ。この強い善き力は、かつて私がモーリスに感じていた力に似ているもの》


 母の言葉と同時に、私の脳裏にはエドワードの姿が駆け抜けた。彼の朗らかな笑顔と、あの日の約束。


『大丈夫だよ。アンジェラのことは、僕が助けるから。絶対に守るよ!』

『必ず助ける。君を守るよ、アンジェラ』


 記憶に残るエドワードの声が、私に忽然と思い至らせる。

 まさか、エドワードが来てくれている? 舞踏会を控えた今、王太子である彼が? ここに!?

 まさか、と大きく鼓動が波打った。まるで全力で駆けた直後のように、激しく。

 私の記憶に鮮やかに残されている彼の優しくも快活な笑顔が、私の鼓動を揺さぶる。胸が痛くなるほど、彼の朗らかな笑顔で心の中がいっぱいになった。

 ――気がつけば、私は口ずさんでいた。

 エドワードへと向かう自らの想い、抑えてきた全ての感情、そして……母から受け継いだ力。それら全てを歌に乗せ、自らの心にある思いの丈を込めて。

 両の手を祈るように胸にあて、私はひたすら慣れ親しんできた歌を紡いだ。

 次の瞬間、歌声は淡い光の奔流となった。

 私の身から、心から、歌声が尽きることのない泉のように湧き出でる。納屋の隅々へと広がり始めた煌めきが、古びた納屋を清め癒し、浄化していくようでもあったのだ。

 と、思う間もなく、これまでよりもさらに大きな音が響き渡った。バリバリ、メキメキ、と固く閉ざされていた戸口に亀裂が入る。

 その亀裂から見えるのは、剣先。鋭い気迫のこもった切っ先。それも、光の奔流をまとった強き輝きを放つ剣から発せられた一閃だった。

 私が瞳を開いた瞬間、剣を凛として振り下ろした者の姿に、釘付けになる。


「エドワード……様!?」

「アンジェラ!? 君なのか!? 無事か!?」


 コクンと頷く間もなかった。――エドワードにがっしりと抱き締められた故に。

 荒く弾む呼吸が、私の耳もとに伝わってくる。


「怪我は!? 怪我はないか? 本当に君なんだな? アンジェラ……!!」


 私は思わずギュッと唇を引き結ぶ。込み上げてくる涙に翻弄されそうになりながらも、抱き締めてくれる彼の胸もとに顔を伏せ、コクンと頷くのが精一杯だった。

 だが、不意に駆け抜けた不安感が、私を身じろがせる。

 私は思わず、エドワードの腕に抱かれたまま母の姿を探した。私のそばに寄り添ってくれていた母を。


「お母様? どこ!?」

「君の……母上?」


 母の姿がない。……見えない。妙な焦燥感に苛まされる。

 その時、エドワードが驚愕に満ちた表情で一点を捉えていた。


「剣……が、浮いている!?」

「お母様!」


 エドワードには彼の剣が虚空に浮いているように見えたのだろう。私には、お母様が剣を拾い上げて両手で持っている姿が映し出されていた。

 母の身は、さきほどよりも明らかに薄れて淡くなっていた。今にも消え失せてしまいそうなほどに。


「お母……さ、ま……?」

「アンジェラ!?」


 ガクッと膝からしゃがみこみそうになった私を、エドワードが即座に支えてくれた。

 そうして、彼のまなざしは、こちらへと近づいてくる浮き上がったままの剣に向けられる。そのまま、彼に捧げられるかのように近づく剣を、彼はしっかりと受け取った。

 凛とした彼の瞳は、自ら掲げ持った剣のすぐ向こう――剣が近づいてきたほうへと向かう。敬意を浮かび上がらせた真摯なまなざしを向けたのだ。


「さきほど、この剣は光をまとった……。まるで、納屋にかけられた封印魔法を解く最後の鍵となったかのように。全ては、あなたのおかげなのか? ……イーディス伯爵夫人よ」


 エドワードが真摯に語りかけると、母は優しく頭を振った。

 その身が、ふわっと柔らかに煌めき揺らめく。突然に、あまりにも唐突に。

 あぁ……と、母は万感の想いに満ちたように天を仰いだ。その身が、ゆっくりと光の雫と化していく。


《王太子殿下の剣に宿りし光は、妖精王の守護者だけに宿ると伝わる光魔法――その一端でしょう》


 その言葉が――声が、エドワードに届いたようだ。

 彼は魂を揺さぶられたかのようだった。ハッとした様子で、私を支え抱く腕に力が入る。

 真摯な面持ちのまま、剣が浮き上がっていた方向から聞こえてくる声に耳を澄ませたのだ。


《恐れながら、王太子殿下。あなたに我が娘アンジェラを託します。娘には、あなたが――光の守護者たるあなたが必要なのです》

「光の守護者……。古文書に記されていた、あの……? 私が、彼女の――光の守護者だと?」


 思わず呟いてしまったのだろう。エドワードは驚愕の色を表情に浮かべている。

 だが、光の雫と化していく母に向けて――おそらくは光の煌めきしか視認できぬであろうに、彼は恭しく頷いた。私を抱く腕に力をそっと込めながら。

 母は安堵したように微笑む。それさえも、どんどん光の雫へと変じていく中で。

 私は激しく頭を振った。幼い頃に感じた、悲しいあの日の母を喪失した悲しみが湧き上がってくる。


「お母様! 嫌よ、嫌っ! こうして会えたばかりなのに、それなのに……!」

《アンジェラ、愛しい娘よ。私が消え去る前に、あなたに会えて良かった……。あなたが自らの守護者と再び巡り会えて安堵したわ……良かった》


 母の声とともに、私の心の内に母の最期の想いが流れ込んでくる。

 切なすぎるほどの温もりに満ちた声が、微かになりながらも私に伝えてくれた。


《あなたは、妖精王の世継ぎだった私の娘。妖精の郷を滅した悪意ある者は、あなたを見逃しはしない。私もモーリスも、それが気がかりだったの。でも、彼を喪って三年――既に命果てていた私が現世に留まり続けるのは、もう……。でもね、あなたには王太子殿下がいてくれる。だから……》

「お母様……っ」


 私は必死で腕を差し伸ばした。何とか母を留めようとして、懸命に。

 消えゆく光の雫――その最後の一つを掴もうとした。

 だが、何とかようやく手のひらにふわりと乗ったものの、溶けるように消えていく。優しく、慈しむような煌めきを放ちながら。まるで、私の内に母の切なる想いが溶け込んでいくかのように。

 それでも、消えてしまった光の雫を掴んだ両の手を解けない。祈るように両の手を胸もとに置きながら、私は泣いた。

 抑えきれない嗚咽を上げながら、ただひたすらに泣きじゃくった。エドワードの温もりに抱き締められ、彼の優しさに慰められながら。

 そうして、どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

 私はエドワードの両腕に包みこまれたまま、記憶に残された父と母の優しさと温もりを思い返していた。私を置いてこの世を去らねばならない覚悟の中で、ただひたすらに私を愛おしいんでくれた両親の想いを。その大きさと深さを。


「私、お父様とお母様の想いを無駄にするわけには……いかない」


 思わず漏らしてしまった一言に、エドワードがすぐに応じてくれた。それは優しく、私への気遣いに満ちた声だ。

 でも同時に、全ての事情を既に知り得ているような、どこか含みのある硬質な響きでもあった。


「ならば、アンジェラ。私と一緒に城に戻ろう。今宵はちょうど舞踏会だ。君の叔母上も姿を見せるだろう。その時に明らかにしたいこともある……君のためにも」

「あ、で……も……」


 私は古びてぼろぼろのワンピース姿のまま、言い淀んだ。我が身の姿に躊躇ってしまう。

 しかし、エドワードはがっしりと私の両肩を掴む。必死なまなざしが、私に向けられていた。


「心配はいらない、何も。ただ、君に来てもらいたい。他の誰でもない、他の者では駄目なんだ。私には君が……。君が必要だから!」


 その強い想いに呼応したかのように、ペンダントがひときわに強い輝きを放った。

 刹那、パリンとペンダントが弾け散ってしまう。小さな欠片一つ一つをキラキラと輝かせながら。

 やがて、光の粒のような欠片は、ふんわりと舞いながら私を包み込んだ。


「……アンジェラ、君の――その姿は?」

「え……? あ……っ!?」


 私は、自らがまとう美しいドレスに瞳を大きく見開いた。

 まるで妖精の郷を思い起こさせるような優美なドレス。父の幻想画にあった色調と雰囲気を写し取ったかのような繊細なレースがドレープを揺らめかせている。

 刹那、私の心の内に湧き起こったのは、母の想い。切なくも優しく、温かな……最期の想いが伝わってきた。


《母様が贈る最初で最後の贈り物よ。さぁ、アンジェラ。行きなさい、王太子殿下とともに》

「お母様……!」


 私はそっと胸に両の手を添えた。瞳を伏せて、ただ頷く。

 エドワードは、そんな私の肩を優しく抱き寄せた。納屋の中で恭しく頭を垂れた後、私を戸口の外へと導く。

 そうして、次々と指示を下した。一刻も無駄にしなくないかのように、だが、冷静に。


「レオン、城に戻ったら、アンジェラの警護を頼む。舞踏会がおこなわれるまで、彼女のそばにいてやってくれ」

「承知いたしました。お任せ下さい、エドワード殿下」


 レオンはエドワードに恭しく頭を垂れ、粗末な姿から一変した私を微笑ましそうに見やった。

 そんな彼の瞳の内に、不意に義姉の姿がよぎったことを私は知らない。彼は涼やかな面持ちで私にも恭しく一礼するだけだった。

 その合間にも、エドワードは魔道士達に命じる。


「魔道士達よ。城までの転移魔法を頼む。疲れているだろうが、転移魔法での移動が最も安全だ。頼む」

「御意! すぐに取りかかります故!」


 魔道士達はすぐさま、魔法陣を組もうと散らばっていく。その際、彼らは私のほうへと敬意を滲ませた視線を向けてきた。

 おそらくは、彼らの先祖が子孫に伝えてきた妖精に関する知識や情報によるものだろう。

 彼らはここで、妖精王のみが扱えるという癒やしの歌を聴いたのだ。妖精王と王位を継ぐ者だけに宿るという癒やし魔法――その一端に触れることが叶ったのである。

 私自身はまだ、この癒やしの歌がどのような魔法なのか……その真髄を知らないままだけれど。


「さぁ、行こう」

「――はいっ!」


 私はエドワードに手を取られ、彼とともに大鏡を通り抜けた。

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