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第11話 聴聞の場にて

 明け方の微かな光が、開かれた大窓から大広間に注ぐ。

 聴聞の場と化した大広間に留まる貴族諸侯の顔には、緊張感と好奇心が浮かんでいた。舞踏会の華やいだ高揚感とは違う、別の高揚感が漂う。

 舞踏会の始まりに歌で皆を惹きつけた私が、この夜明けの刻にいたっては、王家に対する大罪人になろうとしているのだから。

 そんな視線に晒されながら、私は今、玉座へと続く絨毯の上を歩いていた。エドワードとともに。

 周囲から見れば、連行されているように見えたかもしれないけれど。

 でも、一歩進むごとに、私は励まされていた。私の手を取る彼の温もりが伝わってきていたからだ。

 だから、臆しそうになる気持ちを抑えて、しっかりと歩むことができる。

 既に、玉座の前には叔母と義姉の姿があった。向かって左側の叔母の傍らには精悍な衛士達が、右側の義姉の隣にはレオンが控える。

 叔母は勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、一方の義姉はうつむき加減で表情が見えなかったが。

 私はグッと唇を引き結び、玉座の前で恭しく頭を垂れる。

 国王と王妃の威厳が、ひしひしと伝わってきた。今の大広間は聴聞の場だ。小広間に満ちていた優しさや温もりの代わりに、厳然たる雰囲気が漂う。

 それを否応なく意識させられた。頭を垂れて恭順の姿勢を保ったまま、私はドレスの裾をキュッと掴み締める。

 その手に、ごく一瞬、エドワードの手の甲が触れた。ほんの束の間だけ。まるで、大丈夫だと言いたげに。

 とはいえ、彼はそのまま、スッと私から離れた。頭を垂れる私の眼前に立つ気配がある。


「国王陛下、並びに、王妃陛下。聴聞の場を設けていただき、感謝申し上げます。両陛下の御身が無事であったことを喜ばしく思いますとともに、この厳正なる場をもって、王家へ悪しき企みを試みた者を見定めたく存じます」

「うむ。王家への反逆は許しがたい愚行である。いざ、始めるがよい」

「御意」


 エドワードの声と言葉は、凛とした響きを大広間に広がらせた。王位を継ぐべき王太子としての責任感と冷徹さが感じられる。

 彼に顔を上げるよう促され、私は彼を見つめた。

 刹那、ズキッと胸に痛みが走る。今まで見たことのない冷たい表情を向けられていたからだ。


「……あ」

「――アンジェラ・ウィンストン嬢」

「…………っ」


 その瞬間、私は痛みという氷漬けにされた身が優しく溶けゆくような気がした。包みこまれるような温もりを感じたのである。

 私を見据える彼の瞳は険しく、名を呼ぶ声音も極めて硬質なのに。

 しかし、その瞳の奥には私を気遣う温もりがあった。その声の内には私を案ずる優しさがあったのである。

 それはきっと、私だけに伝わってきた感覚。

 私はただじっと、エドワードを見つめる。ほのかに微笑みを滲ませた。

 そう、私は微笑むことができたのだ。彼に向けて、大丈夫だと。わかっているからと。

 さほどの間を置くことなく、彼の表情からも硬さが溶け失せる。ふぅ、と小さな吐息をつき、私を見つめるまなざしが僅かばかり和らいだ。

 もっとも、皆へ響かせる声は張りのある厳しいものであったのだが。


「そなたには、恐れ多くも国王陛下、並びに、王妃陛下への毒物付与を成そうとした――という看過できぬ暗殺疑惑がかかっている」


 瞬間、大広間からどよめきが起こった。

 叔母が可笑しそうに微笑む様が、私の視界の端に入る。無意識に唇を噛み締めてしまった。

 が、その時、エドワードが不意に立ち位置をずらしたのだ。私からは、叔母の姿が見えなくなるように。

 あ、と驚く私に構うことなく、彼は周囲の皆々へ視線を移して粛々と告げる。


「だが、我が王家は疑惑のみで処罰を申し渡すことはない。この場に集う皆々を証人とし、厳正なる裁きを行うための聴聞の場とすることを宣誓しよう。皆の者には、厳粛に事の次第を見定めることを命ずる」


 瞬間、大広間に集う者達は息を呑む。微動だにできない静寂な雰囲気が、この場を満たした。

 それを打ち破ったのはエドワードだ。

 スッと私に向けて、彼は手を差し向けたのである。厳しく糾弾するために。


「まずは、疑惑をかけられしアンジェラ嬢に弁明の機会を与える。申し開きがあらば、言うがよい。なれど、嘘や偽りは許されぬ。己の心に従い、真実のみを申せ」


 ――真実のみを。

 私を信じてくれているという彼の想いから、私はエドワードへ深く頭を垂れる。

 大丈夫だ。私には、何も後ろめたいものなどないのだから。

 私は静かに身を起こし、スゥッと息を吸った。胸を張り、真実を語るのみだ。


「私――アンジェラ・ウィンストンは無実です。私へかけられた恐るべき罪への疑惑は、全てが嘘、偽りであると申し上げます。故に、私を貶め、私を罪人にしようとする悪意には屈しません。私は誠心誠意をもって抗い、真実が解き明かされることを望みます」


 それは澄み切った響きとなって、大広間に拡散された。不思議なことに、澄んだ歌のように広がったのだ。

 束の間、その一瞬だけ、貴族諸侯達から私への疑惑や好奇の雰囲気が失せたような気がする。まるで、ハッと我に返ったかのような感をたたえたのだ。

 だが、それなのに、次の瞬間――私は圧されるような嫌な感覚に襲われた。思わず胸もとを押さえる。

 ふらつきそうになった私は、懸命に両足を踏ん張った。

 咄嗟に両腕を差し伸べようとしたエドワードに、私は頭を振る。今、この場で、彼が私を庇うようなことがあってはならない。

 刹那、大広間に高笑いが響き渡った。冷たくぞっとするような、甲高い嘲笑い声だ。

 私の瞳には、エドワードの後方からユラリと立ち上る黒い何かが映し出された。ちょうど叔母が佇む辺りだ。


「オーホッホッホッ! アンジェラ、何て見苦しいのかしら。いっそ哀れだわ。お前がどう言い訳しようとも無駄よ。伯爵邸の召使達が、証人としてお前の大罪を語るのよ! 既に王家の許しを得て、召使達を呼び寄せているのだからね!」

「……控えよ、サマンサ伯爵夫人」

「で、でも……! ですが、王太子殿下……っ!」

「控えよ――と申したのが、そなたには聞こえないらしいな」

「…………っ」


 叔母はエドワードの静かな剣幕にたじろぐ。声を張り上げない代わりに、激した感情の波が伝わったのだろうか。

 叔母の身に立ち上った闇煙のようなものも、ゆらりと彼女の身の内に潜んでしまったようだ。


「エドワード様……!」

「アンジェラ……。あぁ、情けない。冷静さを失うところだった」


 思わずエドワードの名を微かに呟いた私に、我に返ったらしい彼が苦微笑う。

 私の小さな声は、彼に落ち着きを取り戻させたらしい。

 彼の後ろ姿からは、本来の凛とした彼の様子をうかがえる。覇気のある声にも、冷静さが漂っていた。


「サマンサ伯爵夫人よ。そなたが言うところの召使が、この大広間に足を踏み入れることを許そう。速やかに、この聴聞の場へ参上させよ」

「は、はい! 承知いたしました!!」


 叔母は嬉しそうに頭を垂れるや否や、衛士達に大広間の外で待機している召使達を呼びに行かせる。

 衛士達は即座に召使達を連れて来た。大扉の外から姿を見せるのは、伯爵邸で働いている者達だ。私もよく見知っている。

 だが、彼らの様子は、私には違和感のあるものだった。こんなにも虚ろな、あまりにも空虚さを漂わせた彼らを見るのは、初めてのことだ。

 けれど、叔母は全く気にかけない。彼らが入ってくると、満足げに笑みが深くなったのだから。


「さぁさぁ、お前達。ここにいる皆様方の御前にて、正直に申し上げるのよ。お前達が見たこと、聞いたこと、全てを正直に。……このアンジェラの恐るべき企みをね」


 その言葉が合図であったかのように、召使達は次々と訴え始めた。何の抑揚もない声音で、あらかじめ決められたことしか言えないかのように。


「ハイ、奥様。私ハ聞イテオリマシタ。あんじぇらオ嬢様ガ、国王陛下ニ毒ノ入ッタ香油ヲ贈リタイト申サレテオリマシタ。アァ、何ト怖ロシイ……。奥様、私ハ怖カッタノデス」

「私ハ見テシマイマシタ。あんじぇら様ガ怪シイ者ト、香油ニ毒ヲ入レル相談ヲシテオラレタノデス。アァ、奥様……何ト怖ロシイコトデゴザイマショウ」


 大広間にいた貴族諸侯の間からは、高く低くざわめきが起こった。召使達が発する内容への驚愕から、私への視線が一挙に厳しく冷たいものへ変わる。

 ――突き刺さるかのようなまなざし、とはこの状況を言うのかもしれない。

 私は、ただ耐えた。召使達が言ったことは、私には全く覚えのないものだったからだ。

 もっとも、この場にいる貴族諸侯達にとっては、叔母が連れてきた召使達の言葉が真実ではないと知る由もない。この十年もの間、社交の場にウィンストン伯爵夫人として姿を見せてきた叔母が、国王夫妻が臨席する場で偽りを並べ立てるなど思いもよらぬことだろう。

 だが、召使達の一挙一動はおかしい。私が伯爵邸で見てきた様子とは全然違うのだ。あまりにも不自然で異様である。

 けれど、そう感じることが正しいのか気のせいなのかを判断することは叶わなかった。

 叔母が威勢よくパンッと手を鳴らしたからだ。

 その瞬間に、召使達は押し黙ってしまう。と思う間もなく、畏れ多いとばかりに床に頭を擦り付けるほどにひれ伏したのだった。

 叔母だけが妙に機嫌の良い陽気さで、恭しくお辞儀する。


「このとおりでございますわ。我が館において、この娘が愚かにも大罪を犯そうとしていたのは明白でございましょう!」

「……それを判断するのは、そなたではなかろう? 立場をわきまえよ、サマンサ伯爵夫人」

「も、申し訳ございません……!」


 叔母は慌てて身を引いた。

 エドワードは冷めたまなざしで叔母を一瞥し、衛士達に叔母への監視と警護の一層の強化を命じた。

 召使達は微動だにせず、ひれ伏したままだ。

 何故だろうか、嫌な感じだった。とても異様で、気味の悪さを覚える。背筋にゾッとするものが駆け抜けていくような。

 エドワードが、ちらりと私へ気遣わしげなまなざしを向けた気がする。

 とはいえ、彼の視線は平伏したままの召使に向けられていた。とても険しい面持ちで。

 眉をひそめて彼らを見据える様子からは、不信感が見え隠れする。


「――この者達の言葉は、そなたにとって真実か否か? アンジェラ・ウィンストン嬢、答えよ」

「否としか申し上げられません。私には全く身に覚えのないことです、王太子殿下」

「……そうだろうな」


 私もそう思う、とエドワードは誰にも聞こえない声で呟き漏らした。

 やがて、彼はフッと嘆息めいたものを漏らして、瞳を伏せた。


「――レオン」

「はい、エドワード殿下」

「しばし、ステラ嬢は他の衛士に任せよ。お前に確認してもらいたいことがある。例のものも、すぐに用意できるな?」

「もちろんでございます。しばし、お待ちくださいませ」


 レオンは恭しくエドワードへお辞儀をし、義姉へ顔を向けた。

 義姉はうつむき加減だった顔を、その時になって初めて起こした。だが、すぐにまたうつむいてしまう。

 レオンは速やかに大広間から姿を消した。

 それから再び彼が姿を現すまでに、さほどの刻は要さなかった。まるで、あらかじめこの状況を予期していたかのように。

 ただし、エドワードのもとへ歩むレオンの面持ちにも、エドワード自身の表情にも、じわりと緊迫感が増していく。それは、エドワードがレオンに耳打ちされてさらに濃くなった。


「やはり……催眠魔法の類い、か。しかし、魔道士達が力を合わせても解けぬとは――。今以上の人数を解呪へ回すことはできないのだが。父上と母上への守りを手薄にするわけにはいかない」

「承知しております、殿下。しかし、そこにひれ伏す者達へかけられた催眠魔法は、かなり強力だそうです。解くためには、まだまだ時間を要すると思われます」

「相当、手強いな……。やはり、サマンサ伯爵夫人だけの力ではあるまい。夫人の背後――いや、その内に入り込んでいる者……か?」


 エドワードとレオンの会話は、二人のすぐそばにいる私がようやく聞き取れるほどの小声だった。

 召使達が何らかの魔法による呪縛を受けているのだと察せられる。それを解こうとしてくれているのが、エドワード達なのだということも。

 ――何と心強いことだろう。厳しい状況であるとわかるのに、それでも懸命になってくれる人達がいるという事実にホッとしてしまう。

 やがて、エドワードとレオンが私のほうを見つめていることに気づいた。

 エドワードはそっと私へ手を差し伸べたのだ。糾弾の手ではない。優しく、私を守るかのように差し出されたのである。


「え……?」

「アンジェラ、君の無実を証明するための方策は一つではないよ。魔法の解呪をただ待つつもりもない。……サマンサ伯爵夫人の顔は十分すぎるほど立てたのだから、今度はこちらから行かせてもらおう。――さぁ、手を」

「え、あ、はい……っ」


 戸惑いながらも、私はエドワードの手を取る。

 私を見つめる彼のまなざしは、私がよく知っている優しい温もりに溢れていた。腰にそっと手を回され、慈しむようにそっと引き寄せられる。

 大広間にいた貴族諸侯達からどよめきが起こった。王家への大罪を犯そうとしていたかもしれない私に、よりにもよって王太子が優雅に応対しているのだから。

 私自身も、わけがわからない。

 しかし、エドワードは全く意に介さない。それどころか、凛然と落ち着いた振る舞いによって、大広間に生じたざわめきを収めたのである。


「……さて、始めるとしよう」

「何……を?」


 驚いたままの私に、エドワードはフッと微笑むだけだ。

 だが、次の瞬間には微笑みをかき消し、凍りつくかのような厳しいまなざしを叔母へ向けた。

 同時に、エドワードは厳かに命じたのだ。大広間に波紋のように広がる毅然とした声で。


「レオン、お前が調査した全てをこの場にて報告せよ。モーリス伯の死に関すること、ウィンストン家から成された王家への報告に関すること。――何もかもだ!」

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