シスコン三人衆
「はっ……! はっ……!」
「見てからじゃ遅いよ! 気配を感じて!」
「っ……! は、い!」
「遅い! もっと良く見て避けなきゃ駄目でしょ!」
「ぐっ……! さっきと言ってることが違う……!」
二人の元へ到着すると、彼女らは訓練用の装備で模擬戦闘を行っていた。小日向は槍を使用し、野乃花は刃を潰したナイフを一本持っている。状況は見ての通り、一方的に野乃花が押されていた。
野乃花の戦闘においての立ち位置は後方支援だ。変異種からの攻撃が届かない場所から援護を行い、制圧を行う。そして、遠距離からの勝負において、順当に成長した彼女に敵う存在は殆ど居ないだろう。つまり、伸ばすべきは適正外の戦闘の対処法だ。
後方を立ち位置とする巫女の最も多い負け方は、自分の領分を発揮出来ないまま近接で押されることだ。最低でも、数十秒は凌げる程度にはなって貰わなければ。
「二人とも、一旦休憩よ」
「はーい! ごめんね、痛かったでしょ? すぐ治したげるから」
「はぁっ……! はぁっ……! あ、ありがとうございます……」
弓が完成するまでは、ひたすら近接の訓練を行う。一週間で基礎を、残りで巫術や護符の応用を身につけさせるのが、今回の目標だ。後は実践で足りない部分の見直し、再調整を繰り返す他ない。
「……そろそろ日が暮れるわね。野乃花、門限はある?」
「あ、そういうのは大丈夫です。私、今一人暮らしですから」
「そう……ごめんなさい、無遠慮だったわ」
だが、そういうことなら好都合だ。野乃花の神力の残滓を辿って、変異種に襲われる可能性もある。可能ならば、常に天川神社に身を寄せて欲しかったのだ。
「小日向。部屋は余ってるわね」
「もちろん! ちゃんと掃除もしてるよ!」
「偉いわ。なら、しばらくの間野乃花を泊めてあげなさい。此処なら、私も安心して任せられるわ」
「えへへー……師匠も一緒にどう?」
「星奈が心配するから、帰るわ」
「ぶー、相変わらずシスコンなんだから」
うるさい。ただでさえ、最近は心配されがちなのだ。もし外泊などしたら、星奈に要らぬ誤解を生じさせるかもしれない。申し訳ないが、ここだけは譲れない。
「あ、あの……天さんは、明日も来てくれますか?」
「当然よ。小日向は感覚派だから学ぶのに苦労だろうし、私も協力するわ」
「そうですか……なら、良いです」
じっとりとした視線を感じる。恐らく、野乃花は表面上はそう見えなくても、不安定な状態であることは事実だろう。今の彼女には、要らぬ心配を掛けたくは無い。意識してケアに努めるべきだ。
「野乃花、小日向もこっちに来て」
「? はい、どうかしま──」
二人をそのまま抱きしめる。暖かい、確かな温もりがそこにはあった。二人は少々戸惑っていたが、黙って私の抱擁を受け入れてくれた。
「こんな私を信じてくれてありがとう。二人とも、大好きよ」
少々照れくさくなって、そのまま足早に神社を後にする。残された二人は、先ほどの感触を思い出して同じ事を思った。
「……師匠って、ほんと誑しだよね」
「──本当に、しょうがない人です」
1
近くの変異種を軽く掃討してから、セーフティハウスで着替えて帰宅する。既に星奈は帰宅しているようだが、玄関には二人分の靴が新しく増えていた。リビングに入ると、そこには星奈と二人の少女が夕飯の支度を行っていた。
「あ、天ねぇお帰り-! お邪魔してるよ!」
「お姉さん、こんばんは。今日も、よろしく、ね?」
「お帰り、お姉ちゃん。今日はカレーだよ」
浅黄色の髪をポニーテイルにした元気な子は、柊すみれ。私と同じくらいの背で、まるで人形のように表情が全く動かない子が、姥神巴だ。どちらも星奈の友人である。夕飯の準備を手伝っているところを見るに、今日は泊まっていくつもりのようだ。
「ただいま。お泊まりは構わないけれど、明日は学校じゃないの?」
「開校記念日だってさ。もうそろそろ期末試験だし、お勉強会も兼ねてまーす!」
「正確には、すみちゃんの、対策。私と星ちゃんは、よゆー」
「すみれ、中間は酷かったからね。下手すると一人だけ留年しちゃうかもだし」
「うっ……! こ、今回は頑張るからー……!」
三人は幼馴染みという間柄だ。幼い頃、彼女らは長い間病院に入院をしていた。その身に宿した、強すぎる神力に身体を蝕まれて。
今では安定し健康そのものであるが、失われた幼少の時間は戻ってこない。彼女たちは、あの無機質な白い部屋で孤独な時間を過ごしたのだ。きっと、寂しかったことだろう。
あの頃は毎日のように、学校が終われば三人の居る場所へ顔を出していた。そんなこともあってか、すみれと巴には随分と懐かれている。今のように、夕食後のお風呂で誰が私と一緒に入るのか争われるくらいには。
「星奈はいつでも入れるんだから良いじゃん! ここは私達に譲ってよ!」
「駄目。お姉ちゃん、最近は大義名分がないと一緒に入ってくれないんだもん」
「だとしても、ここは、親友に譲るべき。お姉さんは、皆の、お姉さんだよ」
「……もう良いから、じゃんけんで決めなさい」
そんな白熱した三回勝負の結果……ストレートで星奈が勝ちを掻っ攫い、自慢げにドヤ顔をしていた。とても可愛い。
「くそぉ……! ここぞって時、いつも負けるんだよなぁ……!」
「この、しすこん、め」
「ふっふーん。負け犬の遠吠えとは情けない。じゃあ、お先に失礼するわ!」
勝ち誇りながら、星奈はお風呂の準備をし始めた。私のことになると周りが見えなくなるのは、星奈の悪いところだ。
「もう……しょうがない子ね」
私はしょんぼりした顔の二人に近付いて、その頭を撫でた。血の繋がりが無くとも、すみれと巴は私にとって妹も同然だ。だから、つい甘やかしたくなる。私は、二人にそっと呟いた。
「後で何でも言うこと聞いてあげるから、元気出しなさい」
「ななな、何でも……!?」
「言質、取った。お姉さん、大好き」
「私もよ。じゃあ、また後でね」
「えへへぇ……あ、待って天ねぇ!」
すみれは私の右手を掴み、私の手を触診でもするみたいに触ると、不可解そうに首を傾げた。
「あれ、どこも悪くないや。てっきり、右手のどこかを怪我したのかと思ったのに」
「……どうして、そう思ったの?」
「んー……何となく?」
「……右手、庇ってるみたいだったから、私も、そう思った」
一瞬、今日の怪我のことがバレたのかと心配したが、杞憂だったようだ。見た目は綺麗になっているし、怪我だって9割方はもう治っている。気付かれるはずは、万に一つも無い。
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから」
「そっかそっか! じゃあ、私達はこっちで勉強してるねー」
「ん……面倒、見ておく」
そのまま二人に背を向けて星奈のところへ向かう。その後ろで光る眼に、私は気付かなかった。
「……今、天ねぇ嘘ついたね」
「うん、ついた。お姉さん、何か隠してる」
「傷付くなぁ……私、信頼されてないのかも」
「星ちゃんにも隠してる、みたいだから、きっと、そういうことじゃない。多分、私達だから、話せないこと、何だと思う」
「私らにだけ話せないことって何さ?」
「それは分からない」
でも、と巴は言葉を続ける。その瞳はただ一人の背中を映していた。頬を紅く染めたその顔は、憧れとはまた別の、甘い感情を滲み出していた。まるで、恋する乙女のように。
「大好きなお姉さんが、もし悩んでいるなら……私、何でもしちゃうと、思う」
「私ら、星奈のことシスコンとか馬鹿に出来ないね。結局、同じだもん」
少ない自由に、まるで実験動物でも見るかの様な視線。三人にとって、病院での生活は決して楽しいものでは無かった。彼女らにとって、救いとなったのはただ一つ。毎日の様に会いに来てくれ、慈しみ、愛を持って接してくれた姉の存在だけだった。
プライベートの時間を犠牲にして、自分達のために笑いかけて、愛情を分け与えてくれる存在。彼女達もまた、手に負えないほど脳を焼かれていた。
「「大好きだよ、天ねぇ(お姉さん)」」
彼女達は知らない。そんな大好きな姉が自分達のため、巫女という仕事をしていることを。彼女達は、まだ知らない。




