妹達
「おはよう、お姉さん♡」
「……巴、拘束を解いて頂戴」
「駄目だよ、天ねぇ。もうぜーったい、逃がさないからね」
「すみれ……貴女達、自分が何をしているのか分かっているの……!」
そこは病室だった。白さと、消毒液の匂いが鼻を突く。以前は足繁く通っていた、妹達と出会った場所。そこに、私はベッドの上に拘束されていた。
「お姉さんこそ、酷い、よ。私達がどれほど、辛い思いをしたか、分かる?」
「今でも苦しいんだよ? 天ねぇが居なくなった時の景色が焼き付いて、瞼の裏から離れてくれないんだから」
「っ……! それ、は」
二人の濁りきった眼が、私を見下ろす。やめて。私は、貴女達にそんな顔をして欲しくなくて、今まで戦ってきたのに。もう、やめて。
「でも、安心、して。もう、お姉さんをそんな眼には遭わせないから」
「うん。これからずーっと、一生一緒に居ようね」
「「愛してるよ、お姉さん(天ねえ)」」
思わず眼を逸らしてしまう。巫術の影響か、全く神力を出せない今の私では、その程度の抵抗が精々だったから。
「そっか……お姉さんは、私達の愛を、拒むんだ」
「酷いなぁ……そうやって天ねぇは、一人で遠くに行こうとするんだもん。許せる訳、ないよね」
「お姉さんは分かってない。貴女が分け隔て無く、誰にでも愛情を注ぐから」
「みーんな、天ねぇしか見えなくなっちゃうんだから。そうまでしてお預けなんて、我慢出来ないよ」
二人は私の真横に寝そべると、そのまま両手に抱き着いてきた。以前は微笑ましかったそれは、今の私にとってただ罪悪感を刺激するだけだった。
「お姉さんを完全なものに、するまで、まだちょっと時間がある」
「少し、私達と遊ぼっか♡」
「何を、言って……」
するりと、何かが私の眼を覆った。不意に視界が閉ざされ、暗闇が眼下に広がっていく。自らの呼吸と、クスクスと笑う二人の声が、やたら鮮明に聞こえた。
「お姉さん……今のお姉さんはね、ただの女の子、なの」
「っぅぁ……! や、辞めなさい……!」
「そう……だからこうやって、耳元がくすぐったくても、なーんにも抵抗出来ない♡」
「んぅ……! やめ、て……!」
身体は動かない。視界は阻まれている。そんな状態で、甘ったるい二人の声が脳内に流し込まれる。意識を逸らそうとしても、ただ僅かに身を捩らせるしか出来ない。
「そんな状態で、私達の巫術、受けちゃったら、どうなるんだろ?」
「どうなっちゃうかな? ねぇねぇ、どうなっちゃうの?」
「何にも、意味ないわ……こんなの、辞めなさい」
「ふふっ……安心して、お姉さん。危険な術は、使わない」
「そうだね。全然、危険じゃ無い。天ねぇはそんな術、受けないよね?」
……っ! この子達は……! さっき自分で、私が全く抵抗など出来ない状態だと言ったじゃないか。だというのに抵抗してみろだなんて、あまりに卑劣だ。
「お姉さん……『好き、大好きだよ』」
「んんん……! や、辞めて……!」
「天ねえ、『大好き、愛してるよ』」
「にゃ……! や、だ……!」
耳元で、二人の声が反響する。それは、言霊の類いだ。本来であれば、こちらから受け入れに行かないと効かない、勝負前のおまじないのようなもの。けれど、今の私にはその効果は覿面だった。
「『好き、好き、愛してる。ずっと一緒だよ』」
「『大好き、大好き。絶対、離さない。天ねぇは、私達のこと好き?』」
「す……き、嫌いよ。こんなことする子なんて、嫌い……!」
「嘘ばっかり。『お姉さんは、私達のこと大好きでしょ?』」
「そうそう。『お姉さんは、私達のことしか考えられないでしょ?』」
好き、大好き、愛し、違う。妹達以外要らない、必要な、違う。この子達以外は不要だ。好き、愛してる。大好き違う。違う。違う違う違う──!
「『愛してる。愛してる。愛してる。もう、私達しか考えられない』
「『大好き。大好き。大好き。私達以外、要らない』」
「違う、違う、違っ――」
「「『何にも違わない。私達の言うことが、全部正しい』」」
「正、しい……や、やだ。やめて……」
思考が塗りつぶされる。二人の思いで、上書きされる。否定する気持ちも、肯定で埋め尽くされる。ただひたすら、この二人のためだけに尽くしたくなる。
「『堕ちろ。堕ちちゃえ』」
「『天ねぇはもう、私達のモノなんだから』」
「「『拒否権なんて、最初から無いんだよ』」」
……それから、どれだけ時間が経っただろうか。私はひたすら、二人に言葉で嬲られ続けた。耳を舐められ、言葉を流し込まれ、感情を玩具のように遊ばれた。不意に、目隠しが外された。
「あは……♡ お姉さん、凄い顔……♡」
「ほんとだ♡ 涙でぐちゃぐちゃだね。よしよし、可哀想に」
私は意識を半ば飛ばしながらも、辛うじて理性は保ったままだった。しかしそれも、寸前のところで留まっているに過ぎない。何かきっかけがあれば、容易く消し飛ぶものだろう。
「……なにしてるの?」
「星ちゃん、いいところに」
「今、天ねぇを懲らしめてるところなんだ。星奈もどうだ?」
「ふぅん……懲らしめる、ねぇ」
星奈が私の醜態を見ている。既に、私の心はボロボロだった。年甲斐も無く涙が溢れ、情けない姿を晒してしまっていた。
「やだ……み、見ないで……!」
その時、星奈の瞳にはあまりに甘美な光景が広がっていた。敬愛する姉が、涙目でこちらを見上げているのだ。
普段は冷静な姉が見せることのない、恥じらう姿。憧れの存在が、全くの無抵抗で捕らえられているという事実。その全てが、彼女の衝動を激しく刺激するものだった。
「駄目だよ、二人とも」
「……星ちゃん、それは酷い。殺生だよ」
「そうだよ。計画まで時間はあるんだから、その間に楽しんだって問題無いだろ?」
「そういう問題じゃないよ。私達の目的はお姉ちゃんを完璧な存在にすること。決して、お姉ちゃんを辱めることじゃないんだよ」
その言葉に、私は思わずホッとしてしまった。やっぱり、彼女達は私の知っている可愛い妹達だ。偶に暴走してしまうこともあるが、それだって悪気がある訳では無い。ひとえに、私への親愛から来るものだと分かっている。
今のはただ、二人の気の迷いだ。きっと、話せば分かってくれる。だって、彼女たちは私の妹なのだ。かけがえのない、私の大切な妹達。だって、星奈はきちんとストップをかけてくれ──
「やるなら徹底的にやらないと。お姉ちゃんが意識を飛ばして、涎を垂らして、脳みその随まで私達で埋め尽くして……私達以外なんて全部忘れるくらい、とびっきりに愛してあげないと。そうじゃないと、お姉ちゃんが可哀想」
「……ぇ」
「それもそうか。ちょっと加減し過ぎたな」
「でも、洗脳するなんて、初めて。上手く、いくかな?」
「言い方が良くないね。洗脳じゃなくて、上書きでしょ」
違う。こんなのは、私の愛している妹達じゃない。彼女達は、私の嫌なことは絶対にしなかった。なのに、今の三人は独善的な考えを振り回し続けている。私のことなど見えていないように、ひたすら恐ろしい計画の段取りを進めていた。
「~~~!?!?!?」
「んちゅ……ほぉら、お口開けて? 私の神力も、分けてあげるから」
「おぉ、大胆……! んじゃあ、私もさっきの数倍、えげつないの刻もっと」
「お姉さん、安心して。私は、優しくしてあげる。じんわりじっくりことこと、何にも考えられなくなるまで、茹で上げてあげるから」
左右からも、上からも。絶え間なく続く情報の奔流。その全てが、私に愛を囁いていた。
もはや、私に出来ることはこの“懲らしめ”を、ただ耐えるのみだった。そして口に出すこと無く、脳内で二人の後輩の名前を呼び続けるのだ。
(小日向、野乃花ぁ……私に、力を、貸して……!)
儀式の時まで、残り5時間47分。




