全てはこの日のために
「今、のは……」
「かつて私達が辿った末路だよ、お姉ちゃん」
時間にしてみれば数秒だった。だが、脳裏に流れた映像は数年を超えている。まるでこの眼で見たように鮮明な情景。私にしてみれば、度重なる追い打ちでしかなかった。
「あの後、私達は三年の歳月をかけて準備をした。ああなってしまった原因は一体なんなのか。どうすればお姉ちゃんを救えるのか。いっぱい考えたんだから」
「そして、私達は決めた。変異種そのものを消しては、私達の知る現代とは別物になる、可能性が高い、と」
「修正するのはほんの少しだけ。そう、私達がこうなるという未来を知っていれば、それで良いんだから」
「『私達が神力を得る際、この記憶を思い出す』。こうすれば、世界そのものを改変しなくても、私達はお姉ちゃんを救える……はずだった」
星奈は予想外だったと、その手を小日向へ向けた。複雑そうに顔を歪めながら、星奈はイレギュラーと呟いた。
「誤算だったのは、記憶の引き継ぎが私達以外にも適用されてしまったこと。それによって、片桐小日向はこの世界で死ななかった。おかげでタイムリミット間近で行動する羽目になったよ」
「……そう。ようやく、合点がいったわ」
私には才能が無い。だというのに、私は2年前の『悲劇連鎖』を生き残った。それ以降も、この街の平穏を守り続けた。あまりにも出来過ぎた話ではないか。
私は、巫女として戦い、そして死んだ記憶を覚えていたのだ。それは実戦の練度上昇に繋がり、一度死んだがために死への恐怖も薄れさせていた。恐れる訳がなかったのだ。とっくの昔に、死んでいたのだから。
その結果として、小日向を死なせた撤退は起こらなかった。あの時、私はアカネと共にあの場へ残ったのだ。撤退したのは、小日向を含めた後輩三人。そして、小日向は『空空』をそのまま所持していたため、生き残ることが出来た。
だから、私は妹達を巫女へさせなかった。その結果として、彼女達の計画は破綻したのだろう。
「まぁ、何でも思い通りにはいかないよね。お姉ちゃんがまだ生きている。それだけで、私達にとっては十分だよ」
「星奈。貴女の話は分かったわ。でも、一つだけ理解出来ないところがある。どうして貴女達は、私達を攻撃してきたの?」
「あぁ……それはね、お姉ちゃんを守るためだよ」
「……? なにを、言っ──」
「照らせ、『月読』」
その時、強烈な違和感が私を襲った。先ほどまで目の前にあったものが、刹那の間に消え失せる。その理由を、私は先ほどの光景で確認していた。時間を止める、無法にも近い妹の神力兵装を。
「──え? ごほっ……!?」
「お姉ちゃんのためにも、こいつはここで殺さないと、ね」
三日月の鎌が、野乃花の身体を貫いていた。きっと、反応する間もなく刺されたのだろう。驚愕の表情と共に、野乃花が崩れ落ちる。
「野乃花っ!!!」
「『自縛布』。駄目だよ、お姉さん。余所見しちゃ」
「離しなさい! このままじゃ……!!!」
「我慢して、天ねぇ。私達だって、本当はこんなことしたくないんだよ」
野乃花へ意識を向けた瞬間、私は白い布で拘束されていた。私の知らない神力兵装。恐らくは、巴のものだろう。全くもって動くことが出来なかった。
「九重後輩から離れろぉ!!!」
「っと……貴女のソレ、厄介なんですよね。こういうやり方は、好きじゃないですし」
「っううぅう!?!? そん、な……!!!」
小日向が二人の間に入り、野乃花を抱えて離脱する。星奈は展開された『空空』を見ると、腰の刀を抜いて構えた。一点に凝縮された神力は、そのまま『空空』を突き破って弾けさせる。圧倒的な実力差だった。どうやっても、勝てるビジョンが浮かばない。
「さて、終わらせましょう。片桐さん、そこを退いてください」
「嫌だ! 私はもう、逃げないって決めたんだから!」
「……個人的な理由ですが、私は貴女を殺したくはありません。お姉ちゃんの大切な人が減るのは、もう沢山です」
「じゃあ、なんで九重後輩を殺すなんて言うの!? この子だって、師匠の大切な人なんだよ!?」
「……っ! 貴女に、何が分かるんですか……!」
野乃花を守るようにその身体を盾にする小日向へ、星奈は刀を向ける。今の星奈は、必要であれば私以外は本当に切り捨ててしまいそうな危うさがあった。このままでは、小日向が殺されてしまう。
だったら、私のすべきことは一つだけだ。これ以上、誰も死なせない。そのためになら、私は自分の命だって惜しくは無い。
「『解放』……!」
「っ……! 巴、すみれ! お姉ちゃんを止めて!!!」
「今やってる……! でも、抑えるので限界……!」
「星奈、撤収するよ! 今は天ねぇの確保が最優先でしょ!」
抑えこまれている……!? そんなはずは無い。この術は、私ともう一人以外は知らないはずだ。だが、現実として私の力は発露せず、ギリギリで塞き止められていた。
「……今日のところは撤収しましょう。ですが、九重野乃花。貴女は必ず、私が殺します。もう二度と、お姉ちゃんを殺させたりなんてしない……!」
星奈はそう言って、懐から一つの玉を取り出した。それを砕くと、景色が歪んでいく。私は最後に、野乃花が血に濡れた手をこちらに伸ばしているのを見た。
ごめんなさい、野乃花。私のせいで、貴女を怪我させてしまった。もう、私のことは気にしないで、どうか逃げて。野乃花が死んでしまったら、私はきっと……折れてしまうから。
「もう、逃がさないからね……お姉ちゃん」
白い布が全身を包み込む。既に、抵抗など出来なくなっていた。私は息苦しさの中、まるで電気を落とされたように、その意識を暗闇に突き落とされた。
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「九重後輩! 今、治療するからね!」
「はぁ……はぁ……ありがとう、ございます」
身体が重い。ズキズキと、あの鎌で貫かれた場所が痛む。でも、それ以上に無力感が私を苛んでいました。
この力があれば、きっと天さんを守れるはずだと思っていました。けれど、現実はどうでしょう。私は為す術無く地に伏しました。言い訳のしようもありません。私は自惚れていたのです。無尽蔵の神力があろうと、それを行使出来なければ無意味だというのに。
「私の、せいだ……私が、もっと強かったら……!」
「……私だって同じだよ。でも、今はそんなこと言ってても仕方ないって。 考えるべきは、師匠をどうやって取り戻すか。そうでしょ?」
「……えぇ、その通りですね。すみません、取り乱しました」
「気持ちは分かるよ。星奈ちゃん、もはやチートだもんね。でも、野乃花はあの子達と一人で互角だったんでしょ?」
先ほど見せられた光景。確かに、あの時の私は星奈さん達を圧倒していました。しかし、今の私とあの私とでは致命的な差があります。
「私は、紅い神力を使いこなせていません。今の私では、星奈さんに勝てません」
「……可能性はある。なら、試さない理由は無いよね」
「当然です。ここで退いても、良いことなんて一つもありませんか、ら……!」
「ちょっ……! まだ完全に塞がってないよ!?」
「そんな場合ではありません。気付いていますか? 変異種の動きが変わったことに」
私達は天川神社に集まる変異種に気付き、この場所を訪れました。しかし今現在、変異種は別の場所へ引き寄せられています。まるで、集まる場所が変わったかのように。
「星奈さん達がここを離れた瞬間に、です。恐らく、変異種は彼女達の元へ集まろうとしている」
「理由がなんであれ、良いことではなさそうだね」
「同感です。方法は分かりませんが、何かをしようとしている」
きっと、天さんに関連することなのでしょう。どんな方法であれ、私はそれを知らなければならない。それが、かつて約束を守れなかった私がすべきことです。
「今度こそ、約束を果たします。待っていてくださいね……!」




