もう終わったはなし 5
「圧倒しろ、『織姫』」
「っぅ! しつ、こい!」
私が『月読』の能力を発動すると同時に、野乃花の紅い矢が私を穿たんと殺到する。種がバレている以上こうなるのは予想出来たが、想定以上に出力が高い。 この妙な紅い神力のせいか……!
「星奈さんの『月読』、とても素晴らしい能力です。僅か数秒とはいえ、時間を止めることが出来るのですから。星奈さんらしい、無慈悲な才能の暴力と言えるでしょう」
「ちっ……! その割には、随分と余裕じゃん!」
「沢山考えましたから。貴女を殺すため、今までずっと」
「お互い様だね! 照らせ、『月よ──』」
「穿て、『彦星』」
私の鎌、『月読』は銘を呼ぶことで四秒間時間を止めることが出来る。無言での発動は不可能なのと、時を止めている間は触れていた物体以外は動かすことも壊すことも出来ないが、それを差し引いても十分強力だ。
しかし、それ故神力の消費が激しいのと、発動タイミングを必ず晒さないといけないのが弱点だ。だからこそ、野乃花は絶対に『月読』の発動を許さない。
そしてこのタイミングでの『彦星』。避ければ追撃でやられる。かといって、この紅い閃光をまともに受ければ、一撃でやられかねない。被弾は確実だ。私一人、ではの話だが。
「『空空』……! 重、い……!!!」
潜伏していた巴が私の前に現れ、すぐさま防護壁を展開する。もって数秒だが、今はそれで十分だ。私は鎌を構え、銘を叫んだ。
「やっと出てきましたか、巴さん。さて……」
「照らせ、『月読』!」
一瞬で世界が灰色に包まれる。四秒間だけ、私はこの世界で唯一活動を許される。すぐさま死角へ潜り込み、鎌を首へ当てる。このまま時が動きだせば、コンマ数秒の後、野乃花の首は落とされるだろう。
「なっ……!」
「やっぱり、首を狙ってきましたか」
落とされる、はずだった。しかし、鎌は光速の斬撃をもって打ち払われた。何度も見た、お姉ちゃんの技。
野乃花の手には、見覚えのある刀が握られていた。間違えるはずもない。あれは、私のお姉ちゃんの『星天』だ。
「やっぱり、私じゃこの程度が限界ですね。天さんならきっと、反撃まで加えていたでしょうから」
まるで、運が良かったなとでも言わんばかりの言葉に、思わず頭が沸騰しかける。お前がその刀を握っているのも、お姉ちゃんのことを話すのも、全てが不愉快だった。
「すみれ! 撃ちなさい!」
「おっと……すみれさんの狙撃ですか。少々厄介ですね」
「私も、忘れちゃ、困る」
「『光球』。えぇ、もちろんです。貴女のソレは、私も本気でないと撃ち抜けませんから」
「『光球』の、五つ同時展開……! ばけ、もの……!?」
遠距離からのすみれの狙撃、巴の後方支援。それら全てを捌きながら、私への攻撃は全くもって緩まない。『月読』の発動どころか、こちらは防戦一方だ。
手段はまだ残っている。私の刀ならあの規格外の紅い神力を破り、野乃花へ致命傷を与えることが出来るだろう。しかし、それを易々と許すような相手ではない。このままでは、圧倒的なリソース差で押し切られる……!
「もう分かったでしょう。貴女達では、私に勝てない。大人しく引き下がってはくれませんか?」
「お姉ちゃんだけでなく、奏さんも殺したお前を、許すはずないでしょ!」
「…………少し、お話をしましょうか」
「お前と話す事なんて、一つも無い!」
「では、勝手に喋ります。聞いても聞かなくても結構です。貴女達には、その権利がありますから」
野乃花はそう言って、防護壁を全方位に展開した。これではお互いに手を出せない。初めからそうしなかったのは、私達との実力差を見せるためか。とてつもなくイライラする。
「私が天さんを殺したのは、天さんに頼まれたからです。私以外、天さんを殺せなくなってしまったから。私のこの、紅い神力以外では」
「は……? どういう、こと……?」
お姉ちゃんが、頼んだ? いいや、そんなはずはない。お姉ちゃんが、私達を置いて死ぬはずはない。だって、お姉ちゃんは私達のために生きること選んでくれたんだから。
「天さんは……あの戦いで、人であることを捨てたのです。そして、その力は人の身で制御出来るものではなかった」
「でたらめばっかり! そうやって、お姉ちゃんを殺した罪から逃げてるんだろ!」
「全て真実です。天さんは、既に戦える身体じゃなかった。でも、あの人は戦い続けることを選んだ。貴女達を、守るために」
「…………それ、は」
「本当は気付いていたんでしょう? 天さんが戦い続けるために、邪法へ手を出したことを。そして、それに手を貸した奏さんの正体に」
違和感を感じたのは、ほんの些細なことだ。例えば、お姉ちゃんの傷の治りが妙に早かったり、学校から帰ってきた後、お姉ちゃんの神力が少し増えていたり。そんな僅かな違和感は、今まで感じていた。奏さんの、その異様な神力の昂りにだって気がついていた。
けれど、どうでも良いことだと気にしなかった。だって、お姉ちゃんはここに居て、私達のために全力で生きようとしてくれているから。たとえそれが……奏さんの血を啜ることだろうと、お姉ちゃんさえ生きているなら、それで良かった。秘め事は、隠すべきだと思っていた。
「奏さんは、人間じゃありません。不滅の変異種です」
「不滅の、変異種……でも、奏さんは、ちゃんと会話、出来たのに」
「あの人はもう、何千年と生きているそうです。人間性を得たのは、数百年前と仰っていましたけど」
不滅の変異種。文字通り、殺すことの出来ない変異種の頂点。そんな存在の力を、お姉ちゃんは取り込んでいた……? 私の中で、あの時見た歪なやりとりがフラッシュバックする。
頭でピースが重なっていった。考えないようにしていた事実が、結びあって一つの結論に至っていく。
「天さんが不滅の変異種へと至れば、理性が残っている可能性は限りなく低い。だから、天さんは私に言ったのです。全ての変異種を殺し尽くした後、自分を殺してくれと」
お姉ちゃんは私達のことを第一に考えてくれる。そんなお姉ちゃんがもし、自分が死ぬことで全員が助かる選択肢を知っていたら?自分が生き残ることで、私達に害を為すと思ったら?
お姉ちゃんはきっと、迷わず自分が死ぬことを選ぶだろう。お姉ちゃんは、そういう人だから。
否定したい。そんなはずはないと。お姉ちゃんが私達を置いていく訳ない。全部お姉ちゃんを殺した野乃花の妄言だと。
でも、私は知っている。野乃花もまた、お姉ちゃんを慕っていた。彼女が理由も無しにお姉ちゃんを殺すなんて、ありえないことだ。そんなこと、分かっていた。それでも、許せなかったのだ。
「だから……お姉ちゃんを殺したって? そうなった原因の奏さんも、腹いせに殺したんだ」
「そうなれたら良かったですね。私の中では、もう必要か不必要かでしか判断がなされないのです。大切な天さんを必要だからと殺した私には、もうそういう道しか残されていないのですから」
野乃花はそう言って、防護壁を解除した。その顔は、酷く無機質で同じ人間とは思えない冷たい表情だった。
「奏さんの神力兵装、ご存じですか? あらゆる事象を書き換える、『森羅万象』の力です。これがあれば、変異種の居ない世界を作ることが出来ます。そのために、奏さんにはご協力をして頂きました」
「奏さんはそれをしなかった。それにはきっと、理由があるんでしょ」
「もちろんあります。この力を使えば最後、世界は書き換えられます。その過程で、不都合な部分だけが無くなる訳がありません。最悪、今よりも酷い世界になる可能性だってあるわけです。ですが、それでも私はこれを使います。それが、天さんの願いだから」
変異種の居ない世界、か。本当に、それがお姉ちゃんの望んだ世界なのだろうか。確かに、私達の辿った末路には、いつだって変異種が居た。だからといって、この全てが終わってしまった世界で、今更原因が絶たれたところで意味なんてないと思う。
「野乃花。貴女は本気で、お姉ちゃんがそんなことを望んでいるって、そう思うの?」
「……何が、言いたいのですか?」
「もう良い。野乃花にはその役目は不適格だよ。貴女にはちっとも、似合ってない」
今でも、お姉ちゃんを殺したことを許したつもりは無い。だとしても、野乃花は野乃花のままだった。意地っ張りで、頑固で、不器用で、それでいて……私の初めて出来た友達の、九重野乃花のままなのだ。
「終わらせよう、野乃花。全部出し切って、貴女を止めてあげる」
鎌を置き、私は腰に差した刀を抜いた。銘は『天星』。お姉ちゃんを守るための刀は、ついぞお姉ちゃんを救うことは無かった。誰も救えず、何も守れず、ただ傍にあった私の刀。それはきっと、私という人間を端的に表していた。
だから、これを使うのは嫌だったんだ。
「……終わらせましょう、星奈さん。全てを凌駕して、貴女を殺します」
私の弱点。それは、決定打に欠ける点だと思う。確かに、『月読』は決まればそれだけで勝負を決めることが出来る私の切り札だ。けれど、変異種というものは首を刎ねようと動く種類も居れば、先ほどの野乃花のように超高速で対応してくる奴も居る。
『天星』は燃費の非常に悪い、一点特化の武装だ。そういう風にした。お姉ちゃんのような、敵を瞬く間に切り裂く抜刀みたいに。野乃花のような、全てを蹴散らす圧倒的な一撃のように。その一刀は、悉くを貫く。
「吹き、飛べぇ──!!!」
「くっ……! すみれさんまで前に出てきましたか……!」
「私も、居る。悪いけど、真っ向勝負は、させない!」
「この程度で私が崩れるとでも? 圧倒しろ、『織姫』!」
時間にすれば数秒だろう。けれど確かに、野乃花は私から目を離した。それだけで十分だ。もう、準備は終わった。
「ありがとう、二人とも。後は私がやる」
刀を抜き、腰を落とす。切っ先を野乃花へ向け、強く踏み込んだ。
「来ますか! その一刀、受けて立ちます!」
野乃花から紅い神力が溢れ出す。充填の時間は与えなかった。それでも、打ち勝てるかは五分五分だろう。それでも、今決める!
「貫け、『天星』!!!」
「差し穿て! 『羿射九重』!!!」
紅い奔流と真っ向からぶつかり合う。私の『天星』は、神力を全て放出される重さへと変換する。『星天』が速さをもって敵を屠る刀ならば、『天星』は重さをもって敵を捻じ伏せる刀だ。お姉ちゃんに比べれば、鮮やかさの欠片も無い。
けれど、今この瞬間は『天星』ほど適した武器は存在しない。『流星』では神力のリソース勝負となり、野乃花相手では分が悪すぎる。かといって、他の神力兵装では野乃花の全力を受けきることは出来ない。
野乃花の一撃は、全てが高出力の神力で構成されている。だからこそ、その一撃に対抗するためには、それ以上の神力か、それ以外の力で対抗するしかない。『天星』は神力ではなく、純粋な重さで敵を下す技だ。巫女らしからぬこの特性が、今は追い風となっていた。
「くぅううぅ……!!! 届、けぇえええええ!!!」
「……!!! 私が、押されている……!?」
相殺しきれなかった紅い神力が、私の身体を焼いていく。けれど、私は刀を押し込み続けた。着実に、一歩ずつ。野乃花へと近づけているのが分かるから。
「これが、私の、覚悟だっ!!!」
「っぅ……!? なんで、倒れてくれないのですか……!」
やった。紅い神力は霧散し、野乃花は無防備な状態で固まっている。対する私は刀を翻し、一歩踏み込めば野乃花を切り裂くことの出来る状態だ。これで、私の勝ちだ……!
私は踏み込んだ。まるで周囲の時間が遅くなったように、全てがスローモーションで見えた。野乃花の姿も、良く見える。その表情は、先ほどの能面のような顔では無かった。
これから命を絶たれようというのに、その顔は優しかった。
そう。その顔は、まるで……あの時の、お姉ちゃんのようで──
「ごめんなさい……私は、どこまでも中途半端でした──」
野乃花の身体に、深く刀を振り下ろした。肉と骨を断つ感触が、べったりと手に伝わってくる。私はただ呆然と、野乃花が腰の『星天』から手を離す様子を見ていた。




