もう終わったはなし 4
私は浮かれていた。いや、もっと悪い。腑抜けていた、と言えるだろう。
お姉ちゃんが私達のために、私達のためだけに毎日を生きてくれる。その時間を、その命を、その温もりの全てを私達すべてが独占していた。だから、あの女が私達の前に現れた時も、全く警戒なんてしていなかった。むしろ、お姉ちゃんを守る戦力が増えた、なんて風に考えていたりもした。
「すごい神力ね。総量だけでいえば星奈以上だわ」
「でも、実技がダメダメじゃん。ほら、神力注ぎ過ぎ!」
「あぅ……こ、こうですか……?」
「雑。もっと一定の出力を保って」
九重野乃花の才能は、その途方もない神力のみだった。あまりにロスの多い変換に、貯蔵量を生かしきれない貧弱な出力。奏さんやお姉ちゃんは私達のことを天才と呼ぶが、その事実を加味しても九重野乃花はあらゆる面で劣っていた。
だから、必要以上の干渉はしなかった。アドバイスや意見を求められたなら答えるが、それ以上のことはしない。変異種討伐も協力はするが、私達の最重要はあくまでお姉ちゃん。もし、九重野乃花が死ぬとしても、お姉ちゃんに危険が訪れる可能性が高いなら、私は見捨てるつもりだった。
「なら、考え方を変えましょう。全力で出し切って、それを御しなさい。その無尽蔵の神力は、必ず貴女を強くするわ」
「っ……! はい、天さん!」
「…………ふーん」
お姉ちゃんは、違った。私達の訓練や戦闘に割く時間が、次第に九重野乃花に傾いていった。もちろん、私達のことを蔑ろにしているわけではない。けれど、ほんの僅かだが確かに、比重があちらに寄っていた。
それも仕方が無い。私達はお姉ちゃんの持つ技術、それら殆どを既にマスターしていた。後は経験や知識のみ。それらは、お姉ちゃんが付きっ切りで教えるものではなく、私達が見て、体験して覚えるものの類いだ。
「防護壁を壁ではなく、水のように奔流として制御する。中々面白いわね」
「天さんのおかげです。次は何を教えてくれるんですか?」
「そうね……『光球』なんてどうかしら。ガス欠の恐れが無い野乃花には、うってつけの巫術だと思うわ」
「はい! よろしくお願いします!」
「…………ふーん。へぇー……」
だから、それは別に贔屓じゃない。お姉ちゃんにとって最優先は私達であって、九重野乃花ではないのだから。
「星奈。気持ちは分かるけどさ、その分オフの時間は私らだけのもんじゃん。そんなに嫉妬丸出しにしなくても」
「星ちゃん。がっつく子は、嫌われる」
「うっさい。気に入らないものは気に入らないの」
そう、気に入らない。ぽっと出の新米巫女の癖に、私のお姉ちゃんにベタベタして、天さんなんて気安く名前を呼んで、勘違いをしているあの子がとても気に入らないだけだ。別に、嫉妬なんてしていない。
実際、お姉ちゃんの時間の7割以上は私達に占有されている。一緒に居ない時間なんて、精々が学校に行っている間くらい。だから、少しお姉ちゃんがお節介を焼いている子が居るくらい、別に何とも思っていない。本当、全然これっぽちも眼中にないのだ。
「野乃花、私と模擬戦やろっか。負けた方は夕飯担当ね」
「えぇ……? 何度も言いますが、賭け事は嫌いです。普通にやるのでは駄目なんですか?」
「何? また負けるのが怖いの? 安心してよ、今回”も”手加減してあげるから」
「は、はぁ~!? 随分と舐めてくれますね……! いいでしょう受けて立ちます!」
彼女は優等生みたいな見た目をしておきながら、中身は案外私達と一緒だ。まぁ、歳も同じだし当然か。考えてみれば、すみれや巴以外とこんな風に交流するのなんて、今まで無いことだった。少し、ほんの少しだけ、悪くないと思う。
「おっ、またやんのか~? 星奈の戦績って今どれくらいだっけ?」
「17戦中、14勝3引き分け。まだ黒星、ついてない」
「じゃあ、私達はまた星奈にベットだな。天ねぇは?」
「……はぁ。野乃花、今日は勝ちなさい」
「いつも大穴狙いだねー。んじゃあ、いつも通り星奈が勝ったら天ねぇとお風呂券。野乃花が勝ったら天ねぇと一日デート券だ」
「星ちゃん、ふぁいと。ののちゃんもがんば」
「いつも思うけど、この賭けって私が勝っても意味ないわよね。まぁ、貴女達が喜ぶなら別にいいけれど」
野乃花が勝つ方に賭けるのは、単に野乃花をガッカリさせないためだというのは分かっている。それでも、やっぱり私が勝つと信じて欲しいなんて思った。結局、その日は私が圧勝した。これで、私の15勝目。
「うぅ~……また負けちゃいました」
「動きは悪くないわ。次はもっと自分の強みを押し付けなさい。野乃花は受けに回りすぎよ」
「えへへ……なら、また特訓お願いします」
野乃花の頭を撫でるお姉ちゃん。ズルい。私も撫でて貰おう。二人の間に割って入って、私は頭をお姉ちゃんに押し付けた。
「星奈は逆に、防御が疎かよ。何度か危ういところもあったしね」
「知ってる。野乃花相手じゃどうせやられないと思っただけだから」
「なら尚更悪いじゃない。油断大敵よ。この間の引き分けはカウンターを警戒してなかったからだったわ」
「ふーんだ。野乃花に華を持たせてあげたんだよ」
「聞き捨てなりませんよ! あれは予想外だったんでしょ! 珍しく驚いてた顔してた!」
「してない。野乃花の見間違い」
まぁ、でも……若干の嫉妬はありつつも、お姉ちゃんに撫でられながら野乃花と軽口を叩くのは、ちょっぴり楽しかったりもする。絶対、口には出さないけど。
多分、初めて出来た友達だった。すみれと巴は友達というより、親友や家族という括りだから、こういう気安い関係は野乃花が最初。そんなことを思ったから、私は野乃花を排除しなかった。多少、情も湧いていたから。
これは、もう終わった話。私が間違えて、間違えて、間違え続けたお話。既に幕引きした、いつかの世界だ。
「──ごめんなさい、天さん」
「ありがとう、野乃花。後は任せるわ」
武器も持たず、その身を捧げるかのように大きく手を広げたまま、微笑むお姉ちゃん。その眼前に立つ少女は、その顔を大きく歪めながら──
「……っっ! っうぁあああああああああ!!!」
紅い閃光を煌めかせ、その手に握った『星天』でお姉ちゃんを貫いた。膝をつくその瞬間まで、お姉ちゃんをずっと、まるでその時を待っていたかのように、穏やかな顔をしていた。
『悲劇連鎖』。それは、ある日唐突に発生し、そして私達を襲った。
きっかけは、首都を襲った大型の直下型地震。それによって変異種は各地に溢れ、私達の平穏は粉々に打ち砕かれた。
何よりも許せないのは、お姉ちゃんを殺した野乃花のことだ。お姉ちゃんは確かに生きていた。だというのに、野乃花が全て台無しにしてしまった。あの子だって、お姉ちゃんのことを好いていたはずなのに。
胸中にあるのは憎しみの感情。そして僅かな苛立ち。それが何なのかは、私自身にも分からない。
「……眼鏡、かけないの?」
「えぇ……私にはもう、必要ないものです。元々、ただの伊達でしたから」
「そっか。今の貴女には、その方がお似合いか。ほんと、酷い顔だよ」
「乙女の顔を傷付けたのは、星奈さんですけどね。でも、感謝もしています。この傷が、私を立ち止まらせることを許さないから」
天川神社の御社殿。そこに居たのは、血でその手を汚した九重野乃花と、既に事切れた奏さんだった。
「どうして? なんで、こんなことするの?」
「必要なことだからです。私だって、こんなことしたくなかったです。でも、これは私にしか出来ないことだから。だから──」
「この手がどれほど血に汚れようと、行き着く先が地獄だろうと、私は進む。あの人の願いは、私が繋ぐ」
もう、問答は不要だった。私は腰に差した刀をいつでも抜けるようにしながら、三日月型の鎌を構えた。野乃花もまた、静かに弓を引いた。
「照らせ、『月読』」
九重野乃花。オマエは、私が殺す。




