もう終わったはなし 3
いつはきっと、こんな日が来るのだと分かっていた。それは多分、意識する間も無く、不意を突かれるようにやってくる。だから、私はいつもその時が来ても良いようにしていた。最後くらいは、この恐怖に抗いたかったから。
「がっ……! ごほっごほっ……!」
あぁ、でもやっぱり……その時が来ると、怖くて堪らない。今まで感じていた絶望なんて、大したことなかったと思えるくらいには、死というのは薄ら寒いものだった。
血が至るところから流れて、息がしづらい。目の前が霞んで、立っているのも辛くて仕方が無い。もう、限界だった。
「師匠! 一旦下がりましょうよ! これ以上は本当に死んじゃうよ!!!」
「いい、え……平気、よ……まだ、戦える」
私は死ぬつもりだった。アカネはともかく、小日向を含めた後輩達は私を見捨てることなんて出来ないから。私のせいで誰かが死ぬなんて、それだけは嫌だった。だから、ここで死ぬべきだった。
「片桐。鷹司を神社へ連れて行け。橘、日野。お前らも下がって、アタシが撃ち漏らしたのを片付けろ。市街地は任せた」
「……! いくらアカネでも、一人で戦うなんて無茶よ……!?」
「アタシは一人の方が力を出しやすい。多少は手傷を負うだろうが、今はこれが一番だ」
「駄目よ……! 私も残って戦う! 小日向! 離して!」
「──分かり、ました。どうか、ご無事で」
なのに、私は死ねなかった。もう戦えないお荷物に成り下がって、アカネを死地に置いていった。私には、死んで役に立つことすら出来ない。
「霞! 桜! 私達だけでやるよ! まずは天川神社まで戻──」
ひたすらな無気力感に沈んでいく。血を流しすぎたせいだろうか、瞼が重い。私は意識を落とした。
眼が覚めた時には、雨が降っていた。一体、どれくらいの時間が経ったのだろうか。反射的に起きようとして、鈍い痛みで動きが止まった。
「痛……でも、血は止まってる」
応急処置だったが、治癒の護符まで使われていて傷は塞がっていた。しかし、私が居たのは崩れた倉庫の中だった。近くには小日向達も居ない。
「一体、何……が」
その時、私は気付いた。私のすぐ傍に、小日向の『空空』があることを。それが結界となって、私の存在を守っていたことを。
「っ……! 小日向!!!」
身体が痛んだけれど、私は『空空』を持って走り出した。そのまま、巫女の気配を必死になって探す。見つからないのは、既に撤退しただけだと言い聞かせながら。頭の悪い考えを振り払いたくて、私は必死に探した。
「こひ、なた……?」
「……師匠? そこに、居るの……?」
そして、見つけた。微力な気配がたった一つだけ。辺りには赤黒い血が飛び散っていて、そんな場所に小日向は居た。後輩たちの得物を、握りしめて。
「良かったぁ……遠距離で使うの、初めてだったからさ。途中で『空空』の結界が破れちゃうんじゃないかって、心配だったんだ……」
「な、んで……どうして……?」
「当たり前、じゃん……師匠を見殺しになんて、出来ないよ……」
小日向の姿は酷いものだった。眼はもう見えていないようで、息をしているのが不思議なくらいだ。そんな状態だというのに、彼女は戦ったのだろう。恐らくは、私を守るために。
「ねぇ、師匠……私、頑張ったよ? 凄いでしょ……?」
「馬鹿……! 貴女は大馬鹿よ!!! なんで逃げてくれなかったの!?」
「ここで逃げたら、私は私を……許せない。師匠を見捨てて、友達を死なせて、私だけ逃げるなんて、嫌だ……」
あぁ、そうだ。私もそうだった。だから、生き残った人達に全て押し付けて、私は死ぬつもりだった。私はそんな重荷を、この子に背負わせようとしていた。
「ごめんね、師匠……結局、私は……師匠に、めい、わく、かけてばっかり……だったね」
「っ……! 駄目よ……そんなの、許さない……!」
「ごめんね……」
「辞めて! 謝らないでよ……!!!」
だから、罰が当たった。全て私の責任だ。何故、最後の最後まで足掻かなかった? そうすれば、小日向達はこうならずに済んだかもしれないのに。全部全部、私の、せい。
「ごめ、んね……だいす、きだよ、し、しょう」
「ぅぁ……だ、だめ……置いていかないで……!」
「────」
「こひなた……? ねぇ……!? 小日向!!!」
私の手に握られた蒼い槍が、強い力を放ち始めたのが分かった。『空空』は小日向から離れ、神力装備へと昇華された。それは、巫女の死を何よりも語っていた。
「ぁあぁあああ……!!!!」
ただ、叫んだ。意味なんて無い。溢れ出たのは、言葉では無くただの慟哭だった。胸の内が燃え尽きて、全てが失せていく。
「##########……!?!?」
「…………変異種」
私は小日向の『空空』を握り締め、ゆっくりと立ち上がった。もう、私には生きたいだなんて思う気持ちは微塵も無い。けれど、死にたいと思う気持ちは、小日向が全て持っていってしまった。
「死ね」
一気に神力を爆発させ、変異種に突貫する。自傷も厭わない、捨て身の一撃。しかし、私にはもう何も無い。痛いと思う気持ちも、死の恐怖も、生への渇望も存在しないのだ。故に、その一撃に揺らぎが起こるはずもない。
「死ね死ね死ね」
まるで綿を千切るみたいに、変異種が撃ち抜かれていく。もう、全てが遅いというのに。
「死ね! 死ね! 死ねよ! 死んでよ!」
穿ち、切り、引き千切る。そうやって、変異種の多い方へと足を進める。どれほど殺しただろうか。私は、アカネを置いていった場所へと戻ってきていた。
そこは地獄だった。雨が降っているというのに、青い炎が未だ燃え盛っている。地面はいくつものクレーターが作られ、何百という変異種の残骸が散らばっていた。
「──あぁ。やっぱり、貴女もなのね」
その中心に、彼女は居た。いや、居たのだろう。悉くが炭化したそこには、彼女の『流星』だけが突き刺さっていた。いつか、聞いたことがある。アカネは、巫女になってから一度たりとも本気で『流星』を使ったことが無いと。使えば、こうなるから。
「もう、私は……一人、なんだ」
『そうだ。すべてお前のせいだ』
「私だけが、生きてしまった」
『何もお前は守れない』
「私は……どうすれば……?」
『全てを沈めろ。もう眼を開けるな。何もするな。生きたまま、死に続けろ』
「そう……そうよね。それが、私に相応しい末路」
辺りに黒い影が充満する。風景が歪んで、ただ真っ黒に染まっていく。もう、何も見えない。何も、分からない。ひたすらに、絶望だけが蔓延っている。
「────っ」
あぁ、けれど……遠くから、声が聞こえる。何と言っているのかは分からないけれど、懐かしい声が聞こえた。
「────!」
もう良いの。私にはもう、何も無い。生きる気力も、死ぬ理由も、守りたかったものも。もう、全て手遅れだ。だから、もう……
「お姉ちゃん!!! 眼を覚まして!」
「ほし、な……?」
声が、聞こえた。その声を聞くだけで、どうしてか諦めてはいけないような気がした。誰の声なのか分からないのに、何故か一人の名前が零れ落ちた。
「お姉ちゃ──ぐっ!?」
『余計なことをするな。どうせこの女はもう立てん。心も折れ、残してやったのは絶望の光景ばかり。死ぬまで養分となる定めよ』
「ふざ、けるなっ……! お前なんて、私が!」
『無駄だ。この精神世界において、今の主は我だ。無理矢理侵入した小娘なぞ、赤子の手を捻るようなもの。このまま、お主も我が養分にして──』
黒い影が、少女に殺到する。まもなく、彼女の精神は破壊されて現実でも死に至るだろう。星奈は……私の妹は、そうやって殺される。
わたしの、いもうとが、ころ、される……?
「ふざけるな」
『ぐぎゃぁっ!? な、なんだ!? 何が起こって!?』
「おねえ、ちゃん……?」
「認めない。そんな結末は認めない」
『な、何故動ける……!? もうとっくに、精神は崩壊しているはずなのに……!?』
どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろうか。まだ、私には守らなくてはならない子達が居たというのに。
すみれ、巴、星奈。命を賭けてでも救いたかった、私の妹達。彼女たちを、守らないと。
「退け、三下。私の妹に気安く触れないで」
『ま、まて……! たすけ──』
黒い影を握り潰す。たったそれだけのことに、時間をかけ過ぎた。
こちらを見上げる星奈に、手を差し出す。妹の存在を忘れてしまうなんて、姉失格だ。もう、絶望している暇なんて無い。悲しみも後悔も全て飲み込んで、その上で私は立ち続ける。
「帰りましょう。星奈」
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「おねえ、ちゃん……って、あれ……?」
「星ちゃん……! 気がついて、良かった……!」
「うぇえん……! ほしな”ぁ……!」
「あぅ……ふ、二人とも、苦しいよ」
眼が覚めると、そこはお姉ちゃんの病室だった。まるで白昼夢を見ていたかのような感覚。しかし、確かなことがあった。
お姉ちゃんが、私を助けてくれた。私のために、立ち上がってくれた。それが、堪らなく嬉しかった。
「ふぅ……戻ってこれたか。最悪の結果は、免れたようじゃな」
「お姉ちゃんが、助けてくれました。そうじゃなかったら、今頃……」
「それ、は、少し違う、わ」
「え……? お姉ちゃん……?」
握ったままの手から、脈動を感じた。そこには、先ほどまでの無気力な生を感じない冷たさはなく、私の知っている暖かさが確かにあった。
「私は、変異種に負けた。さっきまでの私、は……ただ、死にゆく、定めだった。それを、貴女達が、救ってくれたのよ」
「そんな……私なんて、何も出来なかったのに……!」
「ありがとう。私を、助けてくれて」
そういって、お姉ちゃんは笑みを浮かべた。こんな私が、お姉ちゃんを救えた。生きているだけでお姉ちゃんを苦しめる、私が。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!」
「お姉さん。私も」
「ぐ”すっ……! 皆無事でよがっだ”よぉ!」
堪らず、私達はお姉ちゃんに抱き着いた。そうして、三人でわんわん泣いた。でも、悲しいからでは無かった。嬉しかったのだ。お姉ちゃんを救えたことが、ただひたすらに。
「ありがとう……三人共、大好きよ」
だから、これが過ちの始まりだったのだろう。
生きる意思を失い、そして私達の存在によって生きる意味を見いだしたお姉ちゃん。その歪な状態を、私はむしろ喜んですらいた。だって、お姉ちゃんが私達のためだけに生きてくれるなんて、そんなに幸せなことはないから。だからこそ、それに甘んじるべきではなかったのだ。
後になっても、ならどうすれば良かったのかなんて分かりはしない。まるで、運命がそう決まっているかのように、歯車は回り始めた。お姉ちゃんの目覚めと同時に。
「は、初めまして! 巫女見習いの、九重野乃花と申します!」
あの忌々しい女……お姉ちゃんを殺すあいつが、現れたのだ。




