雨音
天川神社を目指し、変異種をその都度倒しながら進む。その道中、どうにも私は嫌な予感がしていた。
「……おかしい。変異種が神社付近に集まっている……?」
「やっぱりそうだよね? 普通、変異種は結界が張られた場所を避けるはずなのに……」
「確か、天川神社には強力な魔除けが施されているのですよね。なのに、一体どうしてそんなことが?」
「分からないわ。でも、事実として異常なことが起こっている。警戒するに越したことは無いわ」
そんなはずは無いと、分かってはいる。あの湊が変異種に遅れを取るなど、想像出来なかったからだ。彼女は強く、聡く、そして徹底的な俯瞰を貫いてきた。それが崩れるなど、ありえないはずだ。
少々の遠回りの後、私達は天川神社へと続く道へ辿りついた。やはり、この近辺に変異種が集まっているように見える。結界は正常に起動しているというのに、これはどういうことなのだろう。
「もう安全よ。この神社に変異種は絶対立ち入れないわ」
「ふぅ……とりあえず、湊さん探そっか。結界が起動してるってことは、中に居るってことだもんね」
「……小日向さん。ソレ、持っていてください」
「『空空』を? 敵は居ないのに、どうして?」
「勘、です。ここに変異種の気配は少しもしないのに、嫌な感じが消えません。だから、念のために警戒は解かないでください」
小日向は手にした二つの剣から、『空空』へと持ち替えた。私自身、野乃花の言う嫌な感じを否定しきれなかったので、何も言わなかった。
私達は階段を上る。いつもと同じ道、いつもと同じ順路。だというのに、胸騒ぎが止まらない。私は、この先に進みたくないとすら思っていた。進まなければ、星奈を探すことなど出来ないと言うのに。
いけない。ここ数時間で色々なことが起きすぎて、気持ちの整理が出来ていないようだ。私は少し空を見上げて、遠くを見つめた。その瞬間、星がほんの僅か、瞬いたように見えた。
「いや、違っ──二人とも伏せて!!!」
時間にして数秒もしないだろう。私は咄嗟に、傍に居た二人を庇って防護壁を展開した。
それは光だった。何かが落ちてきた、それだけしか分からない。しかし、私はこの反応を知っている。何度も何度も、傍で見てきたから。
これは『流星』だ。私の知る限り、最強の巫女である万里小路アカネが最も得意とした、遠距離殲滅型巫術。私の使用している事前準備の必要な『流星』とは違い、彼女の使用していた『流星』に限りなく近い、星屑の一撃だった。
「でも、違う……! コレはアカネのじゃない……!!!」
アカネの一撃はもっと重かった。アカネの一撃はもっと速かった。何より……アカネは決して、変異種以外にこの技を使わなかった。こんな不意打ちのような真似、彼女ならば絶対にしない。
「小日向、野乃花!!! 全力で防護壁を展開! 一気に上へ行って術者を叩くわよ!」
「「了解!」」
私達は全力で階段を駆け上がっていった。その道中、何度も『流星』が降ってきた。速度、威力、精度。どれを取っても本物に劣っていない。けれど、それまでだ。本物はもっと凄かった。この程度なら、来ると分かっていれば何とでもなる。
「っ! きゃあ!?」
「野乃花っ!? くっ! 小日向、援護を!」
「分かった! 師匠は先に行って術者を!」
「えぇ、分かっているわ!」
神力としては断トツの野乃花だが、その技量はまだ未熟だ。『流星』の勢いを殺しきれず、階段を踏み外してしまった。幸い、小日向がカバーに入ったため、ロスは少ない。私は二人の元へ走り出したい衝動を抑えながら、前へと進んだ。
あと数十メートルで天川神社に着く、というところで『流星』の連射が止んだ。『流星』はその威力の高さから、近距離で放てば術者自身も巻き込まれる危険性のある巫術だ。たとえ幾分かその威力が下回っているとはいえ、危険なことに変わりは無い。
「随分、好き勝手にやってくれたわね」
頭の中では色々な憶測が飛び交っていた。巫女狩りと言われる異常者の襲撃。巫女に擬態する変異種の存在。あるいは、その両方。どれもこれも最悪の想像だったはずだ。
「覚悟、は──」
そう、最悪だった。考え得る限り、史上最低の想像だった。それ以上の絶望など、あるはずもないと思っていた。
「嘘、でしょ……」
階段を上りきる。見慣れた鳥居に、御社殿へと続く境内。その中心に、三人の少女が居た。三者三様、巫女の神力をこれでもかと感じた。そんなはず、無いのに。
「こんにちは、お姉さん。この姿では、初めまして、かな」
グレーの髪に、大きな帽子を被った人形のような少女は、そう言った。どんなに否定しようとも、その姿は私の知る可愛い妹の一人だった。
「手荒いことをしてごめんね? でも、これも全部天ねぇのためだからさ」
白いドレスを着た少女は、手にした大剣をこちらに向けながら神力を高めた。頭の中で困惑と絶望が交錯する。どうして、こんなことになっている?
「そう、全てはお姉ちゃんのため。だから……お願い、お姉ちゃん。今は大人しくしていてね?」
「な、んで……? ほし、な……」
それは私の大切な妹達だった。巴、すみれ、星奈。私の大切な大切な、命を賭して守ると誓ったかけがえのない存在。私は、この三人を巫女の責務から守るため、今まで巫女を続けていたはずだ。
それらが全て、砕けた。経緯は分からない。どうしてこんなことになったのかも分からない。ただ、三人は巫女になっていた。それが全てだった。もう、この負の連鎖から逃れることは出来ない。
「それは私のセリフだよ。どうしてお姉ちゃんは、私達を巫女にしてくれなかったのかな? おかげで、計画を随分と性急に進めることになっちゃったよ」
「な、何を言っているの……?」
「あぁ、なるほど……お姉ちゃんはまだ思い出してないんだね? てっきり、全て知っているんだとばかり」
「やっぱり、イレギュラーが、起きたみたい。多分、引き継ぎの、せい」
「あぁ……あの金髪のデカい女も、そのイレギュラーってやつ?」
三人は納得が言ったという顔をして、手にした武器を降ろした。星奈はにっこりと笑って、私の元へ寄ってきた。普段と何も変わらないまま、いつもと同じ調子で。ただ、狂気に染まった瞳だけが、星奈の異常を訴えていた。
「良いよ、教えてあげる。私達がかつて、どんな末路を辿ったのか。私達が、これから何を為そうとしているのか。全部、教えてあげる」
白い光が、私を包み込んで行く。私の知らない、未知の巫術。抵抗しないといけない。でも、身体が動かなかった。それほどまでに、打ちのめされていた。
「──天さんっ!!!」
その時、声が聞こえた。とても大事な、人の声。どうして、そんなことを思うのだろう?私は、あの子と出会ってまだ数週間しか経っていないと言うのに。不思議と、かけがえのない存在だと思うようになっていた。それは一体、何故?
眩い光が、視界を真っ白に染めていく。そんなことを考えながら、私はゆっくりと意識を落としていった。
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「はぁっ……! はぁっ……!」
息が切れる。足が痛くって、もう走りたくないけど、それでも走り続ける。一秒だって速く、お姉ちゃんの元へ行きたいから。
「お姉ちゃん……! 今行くからね……!」
それは突然の連絡だった。私のお姉ちゃん……鷹司天が、事故にあって意識不明の重体だと、学校に連絡があったのだ。報せを受けて、私は病院へと向かっていた。その道中、私は激しい後悔に襲われていた。
その日は朝から雨が降っていて、陰気で嫌な一日だった。何より、朝からお姉ちゃんの姿が見えなかったのだ。早くに学校へ行ったのだろうか? そんな呑気なことを考えていた私を殴りつけたい。どうして、もっと早くお姉ちゃんの異変に気付かなかったのだ。
「っ! 星奈! こっちじゃ!」
「奏さん! お姉ちゃんは大丈夫なのっ!?」
「っぅ……星奈にこんなこと、言いたくはないが……下手をすれば、命すら危ういかも、しれん……」
「そ、んな……」
どうして、こんなことに? 私もお姉ちゃんも、ただ平和に暮らしたかっただけだ。私は、お姉ちゃんやすみれ、巴が居てくれればそれで良かったのに。何故、こんな酷いことをするのだ。私は世界を呪った。
「なぁ、星奈……儂は、天がこのような怪我を負った原因を知っておる」
「っ! どういうことっ!? お姉ちゃんは事故に遭ったんじゃないの!?」
「違う。天は、巫女としての役目を果たしたのじゃ。この街を守るためにな」
「み、こ……?」
奏さんは、私に巫女という存在を教えてくれた。巫女と呼ばれる少女達が、日夜変異種と呼ばれる化け物と戦っていること。お姉ちゃんはその巫女として、3年も前から戦っていたこと。そして……
「今回、『悲劇連鎖』と呼ばれる変異種の大量出現により、この街の巫女は天を除いて全員が死亡した。その意味が分かるか?」
「……お姉ちゃんを、もっと戦わせるってこと?」
「……そうじゃな。しばらくは静まるじゃろうが、それも数週間の短い期間じゃ。天には怪我を出来る限り治した後、巫女として復帰して貰うじゃろう」
「ふざけないでよっ! なんでお姉ちゃんがそんなこと!!!」
「それが……巫女として生きるということじゃ。儂とて、天を死地に赴かせとうない。じゃが、誰かが務めを果たさなければならないのだ」
何だ、それ。そんなの、お姉ちゃんが傷付いて良い理由にならないだろ。理不尽だ。お姉ちゃんは何にも悪くない。なのに、なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ。絶対におかしい。
「おね、え、ちゃん……」
暗い待合室から、お姉ちゃんの居る病室に通される。ガラス越しに見るお姉ちゃんの姿は、痛々しくて見ていられなかった。至る所に包帯が巻かれ、機械がお姉ちゃんを辛うじて生かしていた。気が、狂いそうだ。
「星奈……お主にこの話をしたのは、星奈には巫女の才があるからじゃ。お主の友の、柊すみれ、姥神巴にも同様の才が認められておる」
「なら……なんで、お姉ちゃんと一緒に巫女にしてくれなかったの?」
「……天に、口止めされたからじゃ。『私一人で十分だから』とな。星奈らには、巫女の存在すら知らせるなと」
「そう、なんだ……私達の、ために……」
涙が溢れて止まらない。嗚咽に混じって、吐いてしまいそうだ。気持ち悪くて仕方が無い。私の生活も、安全も、幸せも、全てがお姉ちゃんの苦しみの元で成り立っていた。私は、知らず知らずの内にお姉ちゃんを苦しめていたのだ。
「……やる。私も、巫女になる」
「そうか……星奈よ、少しこっちに来い」
奏さんは私を抱きしめると、静かに涙を流した。あぁそうだ。この人も、私と同じくらいお姉ちゃんを愛していた。平静で居られるはず、無かったのだ。
「すまん……すまん、星奈、天よ……儂はお主らを見守ることしか出来ん……!」
「良いんだよ……これからは、私がお姉ちゃんを守るから」
もう、お姉ちゃんを傷付けない。お姉ちゃんを苦しめるモノ、全てを許さない。私は固く、そう誓った。その日から、私は雨の日が嫌いになった。いつだって、私の起きる不幸の日には、決まって雨が降るから。




